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その相手は

戦闘シーンあり

 赤ん坊と別れて一ヶ月が経った。ユンデュモイが内部分裂を起こしていたこともあって宣言通り三日で戦争を終わらせることができた。

 監禁しているはずの俺がホイマイヤー軍にいるのを見てユンデュモイの戦争賛成派が大慌て。戦士の洞窟を確認すればもぬけの殻、魔力吸引も解除されて俺の魔力も手元から消え、例の極大魔法の魔法使いも既に使い潰してしまっていたため戦力がままならず、絶望しているところを戦争反対派が隙を与えずにさっさと白旗を振ったため戦場に出たのは実質一日だ。




「もう少しでキャンプ地だってよ」

「あと二、三日で主都か」

「なにもなければな」


 疲れてはいるが国に帰ってきて気の抜けた顔の戦士たちの行列の中、周囲に合わせて歩く。俺が隊長を務める部隊は機動力の高い少数精鋭で構成されており、こういった移動中に起こる緊急事態には真っ先に現場に向かわせられるため、馬に乗って移動することはあまりない。自分で走ったほうが速いからである。

 休憩もあるし、歩いて移動する者は交代で荷馬車に乗るため辛くはない、はずだ。俺としては馬に乗るより歩く方が好きなのでありがたい。


 この辺りは妻の実家が治める場所だ。ベルトに巻き付けてある妻のお守りに触れる。偽物騒動のときにしっかり取り返してくれていたらしい。家に帰ったら妻に事情を話して赤ん坊を探しに行こう。忘れ去られないうちに見つけられるといいのだが。次に会ったときはどのくらい大きくなっているだろうか。


 抱き上げた赤ん坊の重さを懐かしんでいると、先行していた斥候兵が大隊長に近付いて行くのが見えた。その瞬間遠くから嫌な気配を感じた。周囲の魔力感知の得意な者たちや索敵向けのスキル持ちが同じ方向に顔を向け身構えている。非常事態を察知して荷馬車から降りる者もいた。

 大隊長が叫ぶ。 


「この先で馬車が襲われている!フェイスリー隊はすぐさま向かえ!」

「は!」


 返事をして部下と共に伝令に着いていく。後ろから大隊長が他の隊に指示を出しているのが聞こえた。現場が見えてくるとシンプルだがしっかりした作りの紋章のない馬車と、一人の護衛兵に数人のローブを着た者が群がっていた。斥候兵を追い抜き、接敵ついでに戦斧を振り回して二人気絶させる。後ろを振り向いてさらに一人。暗殺者もいるが戦士のような者もいる。追いついた部下が次々と敵を無効化していく。


「救援に来た。ホイマイヤー軍だ」


 血塗れの護衛兵は知らない顔だが、その格好とあしらわれた金糸で施された刺繍の紋章には見覚えがあった。妻の実家のものだ。馬車の下から、護衛兵と同じ青紫色の上着を着た男の腕がはみ出ていた。すでに地面に倒れていた人数と合わせると、彼らは二人で一〇人以上を相手にしていたらしい。今にも崩れ落ちそうな護衛兵が肩で息をしながら「あ、あっちに……」と立ち並んだ木々の向こうの広い草原を指す。護衛対象がそこに逃げているのだろう。


「お前たちは着いて来い!護衛対象が追われている!」


 近くにいた部下に怒鳴るように指示を出し自分も神速スキルで走りだした。副隊長が数名の名を呼び、残るように指示を出す声が一瞬で通り過ぎる。木々の間を抜け開けた視界には、青紫色の服の護衛兵が一人と、我がフェイスリー家の御者と侍女が七人ほどの敵を相手にしているのが目に入り――


「ちゃーーーー!!!」


 ――さらにその向こう側に何かを庇うように走っている妻を追いかける剣を持った男と、男に縋りついて振り落とされる妻の侍女がいた。

 走る。脛を隠すほどの背のある草たちを踏み付け、とにかく走る。声のしたほうへ。妻の脚を後ろに迫っていた男が斬るところが見えた。敵はその瞬間を見逃さない。結界が間に合わない。走れ。速く、もっと速く。剣が妻に向かって振り下ろされる。


「っ!させるか!!」

「ぐっ!」


 矢のように突っ込んで戦斧の穂先を向けて相手に突っ込む。こいつも結界スキル持ちらしく、大した怪我には至っていない。吹っ飛んだ男から少し距離を取り、戦斧で結界を叩き割ったところで妻に張った結界が発動する。


「ミル!」

「あーたんっ」


 男の腕を踏み潰し戦斧で剣を破壊して、妻のほうへ駆けよれば彼女の傍で小さな存在がうろたえていた。妻は血を流している脚に手を置いて苦痛に耐えている。妻を抱きかかえて脚に手をかざし洗浄魔法のあと治癒を掛ければ傷はみるみるうちに塞がっていく。しかしこれで受けた痛みがなくなるわけでも流れた血が戻るわけでもない。


「もう大丈夫だ、ジューンミル」

「アス……うしろ……」


 後ろを振り向くとさっきの男が腕を庇いながら逃げようと動き出していた。


「あれなら誰かが追いついて対処するから――」


 上空に気配を察知する。空に、鳥よりも大きくドラゴンより小さい黒い影が差している。さざ波のような雲が浮かぶ空を切って飛来してきたそれは、猛禽類が野を走る獲物を狩るように、男に向かって勢いよく落ちた。


 重い音がなる。風圧で草がざわざわと揺れ、青臭い匂いが辺りに広がる。その場にいたのは転がった男と槍を持った長身の若い青年。青年はすかさず男に槍を振るい、結界が割れる。しかし止めをさそうと次の攻撃に移ったときには新しい結界が邪魔をして大した怪我にはなっていない。二撃で割れる弱い結界だが発動が早いので戦い慣れていることがわかる。


「ぐあっ!く、こいつ、英雄の拾い子か!」

「逃げても無駄だ」


 これだけやっても逃げる気力を失わない男はいっそ立派である。腕じゃなくて足を潰せばよかった。


「ルーンフーム、帰ってきたのか」

「さっき着いたばかりだ。父上、ここは自分がやる」

「気を付けろ!おそらくユンデュモイの戦士だ!」

「わかった!」


 あの男の持っていた剣はユンデュモイ軍が使っているものだった。槍を握り直したルーンフームが逃げ惑う男を追いかけていく。再び上空に昇っていく息子に後を任せて、ずっと大人しく草に身を隠すようにしゃがんでいた存在に話しかける。


「怪我は……」

「ぁいりょーむ」


 しっかりとした答えに頷いて頭を撫でてやり、ジューンミルを横抱きにして立ち上がる。草原には随分人が増えていた。追いついたらしい他の部隊が敵を捕縛し、数人がルーンフームに加勢しに行ったようだ。俺の腐れ縁であり、妻の従兄弟でもあるサーガオが寄ってくる。


「ジューンミル!無事か!」

「ええ、もう大丈夫……」

「脚を斬られたので治癒を施した。すぐに軍医の元に向かう」

「今日はどのみちこの辺でキャンプする予定だったからすぐそこにいるはずだ」

「わかった。サーガオ、その子連れてきてくれ」


 そういえばそうだった。どうりで人が多いはずだ。軍医はおそらく馬車のほうにいた護衛兵を治療しているはずなので、馬車のあったほうに向かった。後ろの「不満だろうが私の抱っこで我慢してくれ。大人しくできるか?」「あーい」という会話に気が抜ける。あの子は「できるか?」と聞くと反射で肯定するのだ。




 馬車は道から避けられており、その近くで治療にあたる軍医を発見する。少し離れた場所で先程の護衛兵が疲労の浮かぶ顔でこちらに手を上げるのが見えたので、治療されているのは馬車の下にいた者だろう。ジューンミルが体を強張らせるので、ぱっと見で判断できた情報を伝える。


「あの治療の仕方なら命に別条はないということだ。安心していい」


 力を抜くジューンミルを抱え直し邪魔にならない場所に進めば医療テントを張る衛生兵と、木に背中を預けて布の上に座り込んでいる妻の侍女がいた。誰かの上着で腹を隠している侍女の髪とエプロンは血で汚れており、気は失ってないが結構な怪我をしていたのがわかる。肌に血は見当たらないので最低限の治療を施したのだろう。


「まあエデ!」

「奥様っお嬢様っ、ご無事で!」

「動かないで!私たちは無事よ」


 ジューンミルは侍女の様子を見て逆に元気が戻ったらしい。無理に走り出さないように侍女の隣に座らせるように妻を下ろして上着を脱いで膝に掛けてやる。サーガオは赤ん坊を抱えたまま少し離れたところで待機している。


「アス、私の服を綺麗にしてくださる?」

「あ、お、奥様!汚れてしまいます!」


 ジューンミルが侍女の腕に手を回して首をかしげる。結婚して九年が経つがその愛らしさは変わらない。しかし、投げかける視線は色っぽい。


「ふむ、任せてくれ」


 ジューンミルのこのお願いは侍女の服を綺麗にして欲しいという意味だ。異性が家族や恋人以外の女性の服に洗浄魔法や修復魔法を掛けるわけにはいかないので、巻き込む形にしているのだ。二人の服を綺麗すると後ろから「ちりぇいちりぇい(きれいきれい)、ねー」という声と拍手が聞こえて笑いそうになる。


「ミルもエデも怪我はもうないんだな?軍医の診断が終わるまで安静にするように」

「はいっ、はい、ありがとうございます旦那様……っ」

「もうエデ、今あんまり泣くと体に悪いわ」


 ジューンミルとエデに言いつけているとサーガオが寄ってきた。


「おい、この子も怪我しているぞ」

「なに!」


 ジューンミルと一緒に転んだのだろう、ふわふわした服の下に隠れていた腕と膝の擦り傷から血が滲んでいた。様子をじっくり観察しながら治癒を掛けサーガオから赤ん坊を受け取る。


「おちび、どうして教えてくれないんだ」

「ちゃ~~~!んひ、えへえへえへえへえへ!きゅあ~~~~~!!」


 赤ん坊からすれば一ヶ月は長かっただろうに、俺のことはちゃんと覚えていたらしい。再会を喜んでくれているのか赤ん坊は一瞬でご機嫌になった。思ってるよりもずっと早い再会に、つられて笑顔になる。


「まあ、二人とももう仲良しなのね」

「ああそうだ。これを見てくれ」


 ジューンミルの隣にしゃがみ、左の袖を捲って自分の左腕と赤ん坊の左腕を並べる。同じ位置にある菱形とも十字とも言える痣。色は薄くなってほとんど消えかけている。気になったのかエデとサーガオも身を乗り出して覗き込んできた。


「奥様、これ……!」

「”妖精の落書き”……」

「ああ、この子は俺の恩人なんだ。ユンデュモイ軍に囚われていたのを助けてくれた」

「んなっ、さっきから妖精が騒いでいるのはそういうことか!」


 ……騒いでいるのか、妖精。サーガオの言葉にジューンミルがキョロキョロして周囲を見渡す。


「確かに、いつも以上にいるわ」


 しかもたくさんいるらしい。赤ん坊の頬を揉むと嫌がられたので腕を持ってふるふる振る。


「実は結構な回数を俺のところに転移してきているのだが……」

「……気づかなかったわ」


 だんだんジューンミルの顔が険しくなり、エデの顔が青くなっていく。この話題は後でするべきだったか?


「ハッ、あの魔力低下中のマークは旦那様が!?」

「ああ。あの時は問題なかったか?」

「ええ、奥様が迅速に対応しましたので……てっきり旦那様の職場の方がお付けになったのかと」


 ジューンミルは少し考え込んで訝しげに俺を見た。


「もしかして一ヶ月前にこの子にパンをあげたのは、アスなのですか?」

「ああ、あの結界付きの大きなパン!?」

「パン、とは?」


 サーガオが「なんの話をしているんだ」と言いたげな顔をして質問する。


「お嬢様が二時間ほど行方不明になって、大きなパンを抱えて帰ってきたことがございまして。妖精の仕業かと思っていたのですが……」

「貴様、ユンデュモイでわざわざパンを物色していたのか?」

「いや、脱出するときにユンデュモイ軍の食料を拝借しただけで、決して遊んでいたわけではない……」


 サーガオのしかめっ面が五割増しになったので目を逸らして赤ん坊の柔い手を揉んだ。遊んではいない……冒険っぽくはあったが。

 ここでパンを連呼したことであの日の話だとわかったらしい赤ん坊が助け舟を出してくれた。


「ぱん!ぱん、あい!しゅう、にゃいにゃい」

「うむ……。パンをこの子に預けていたのだが、”はいする”のをお互い忘れていたな」


 ”はいする”の「はい」で手を差し出す動きをする赤ん坊。すごいな。俺がパンをあげたのではなくて預けたのをしっかり理解している。


「そう、そういうことだったの」

「ぱん、おいちー」

「おいしかったのか。それはよかった」


 ジューンミルが俺の膝の上にいる赤ん坊の頭を撫でる。にこにこしている赤ん坊が彼女に突撃しないようにしっかり手で押さえていると、ジューンミルが俺に笑顔を向けた。照れくささと喜びと期待と、少しの不安を混ぜたような複雑な笑顔だった。


「……アス。この子はルプラウリ、ルプラウリ・フェイスリー。私たちの、娘です」


 心臓が大きく鳴る。下まぶたに力が入り、意思もなく息を吸った。


「……俺たちの?」

「はい。アスが出征して少しあとに妊娠が発覚して」


 既視感があるはずだ。血が繋がっているんだから。そうだ、思えば幼少期の姉にそっくりだ。この子の魔力の多さも、色素の薄さも、フェルフ族の特徴があるのは俺譲りなわけで。


「ちゃー?あーたん?」

「ルプラウリ、この人はアストリーゴ・フェイスリー。あなたのお父様、”おーたん”よ」


 赤ん坊が目をまんまるに見開いて灰色の瞳に俺を映した。初めて顔を合わせたときもこんな表情をしていたな。


「……おーたん?」

「ああ」

「……お、お、おーた、ふえ、え、え、え、ああ~~~~!」

「はは、今まで一度も泣かなかったのに、今泣くのか……」


 伸びあがってシャツを鷲掴んでくる赤ん坊を受け止めた。

 真っ暗な洞窟でも、別れのときも、襲われても、涙を流すことはなかった子がえんえんと大声を上げて泣いている。

 何事かとこちらを振り向く衛生兵たちにサーガオが気にするなと手を振ってそのまま離れていった。


「おーたん……っ、おーたんっ、うええええ」

「ああルプラウリ、俺がお父さんだ」

「う゛ん゛ん゛~~~」

「こんなに泣くなんて……お父様に会いたかったのね」


 ジューンミルが優しい声で笑ってルプラウリの髪を梳く。奥でエデが号泣している。


「この子にあなたのお父様はかっこいいのよって何度も話したから、ずっと、待っていたのかもしれません」

「ひっ、ひっ、ん、ん、おーたん、たっといいにょよ、ひっ、う゛」

「はは、そうか……そうか」

 

 しゃくりあげる小さな背中をトントンと叩き、ときどき揺らしてあやす。木の影が少し長くなり、空の色が変わってきた。テントを張り終えた衛生兵が遠慮がちにやって来て、エデとジューンミルを診察に連れて行く。泣くので忙しいのか赤ん坊はそれに気づきもしなかった。


「おーたん……」

「ん?」


 濡れていくシャツをそのままにしばらく抱いていると落ち着いたらしいルプラウリがビショビショの顔を上げて涙に塗れた声で俺を呼んだ。尻を乗せた腕を目が合うように持ち上げてやる。


「ぁいちゅき……、ぁいしゅてぅ」


 ふくふくの頬を俺の頬にくっつけてくる我が子のなんと愛おしいことか。まるい額にキスをして涙を拭ってやる。


「……俺も愛してるよ、ルプラウリ」




 ”妖精の落書き”または”導きの印”。体の同じ位置に同じ模様の痣がある者は導かれたように巡り合い、運命のように結ばれることもあれば、憎悪にまみれて命を奪い合うこともあるという。


 俺の腕の”妖精の落書き”に導かれたのは、小さな恩人で、俺の娘だった。




終わり。次ページは登場人物紹介です。

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