サティカ
書類に名前を書き、ダンさんに渡す。
ダンさんも確認欄に署名すると用紙が一瞬きらりとした。机の上にあったブレスレットも同時に光る。
「これで手続きは問題ないな。
んで、このブレスレットは、『サティカ』と呼ばれているサポートと住民パスの認証用魔道具だから必ずつけといてくれ。と言うか一度つけると、この地区内では外せない事になっている。
故意にサティカを外すと重い罰則があるから気をつけて。まぁ俺の腕力でも外れたことはないんだけどな?
だからよっぽどじゃないと外れないから安心しな!
この地区の至る所に知的財産がゴロゴロしてるから、守秘義務のためなんだ。
位置情報やそのほかのデータ管理も付帯しているから、ちょっと窮屈かもしれないが慣れてほしい。まぁ事件でもない限り、騎士団も閲覧できないから安心してくれ」
「はい。大丈夫ですよ。理解しています」
私はそう言って、迷わずブレスレットを右手首に通した。
手首に来るとちょうど良い遊びを空けてブレスレットが縮まる。手首を動かす分には困らないが、もう取ることは出来ないだろう。素材は何なのか、かわからないが、ほんの少し光沢があり色は白に近い。とても軽く、特に邪魔になる事もない。気にならないブレスレットだった。
トライア地区全てが、技術の塊なのだ。情報漏洩対策は必須だろう。前世でも、監視カメラが出始めた時は、気になったが、しばらくすると、至る所にあるので気にしなくなった。
人は慣れる生き物である。多分大丈夫だ。
……人見知りは慣れるものではないのです。ごめんなさい。
「そうか。監視されているようで最初は気になるかもしれないが、意外と便利な魔道具だ。使いこなせばかなり良いものらしいぞ?
その説明も含めて、午後から移民向けの初期講習があるから受けてくれ。半日程かかって、ちょっと長いが、これもこの地区に慣れるためなものだから、しっかり聞くように。
次は、コーディネーターの手配だけれど……」
「はいはーい!! 私が担当コーディネーターをするから大丈夫!!」
ダンさんが、コーディネーターの話をする前に、バネッサさんが口を挟んだ。
コーディネーターとは、移民が認められて、住民パスを貰った人に1年間、生活の基盤や職業斡旋、困り事を気軽に相談できる担当者の事だ。基本的に最初に住む地域の有資格者が選ばれる。
コーディネーターは、この国に住んで10年以上の成人した人で、研修を経て、認定試験に受かった人がなれる。
コーディネーターさんにも、地区からお金が入るのでお互いwin-winの関係らしい。
「バネッサ……お前、資格あるのか?」
「失礼な!! ってまぁ言いたいところだけど、今回のことで急いで取ったからねぇ。言いたい事はわかる。心配はごもっとも?」
「へぇ〜。フィリアちゃんはどう思う? 資格はあるが初心者コーディネーターだ。まぁ初心者でもちゃんと試験は通っているから大丈夫なんだが……。バネッサは生まれも育ちもココだから全てが庭みたいなモンだ。情報量は半端ないだろう。まぁ不安だとすれば、バネッサはちょいと変わってるけど……?」
意味ありげにダンさんはバネッサさんを見る。
バネッサさんはそんなダンさんを睨んでいるが、本気で怒っている訳ではなさそうだ。
バネッサさんとダンさんの掛け合いはとても見ていてほっこりする。言葉だけで見ると刺々しい会話だが、2人の性格からか全く嫌味に感じない。
お互いをよく知っていているからこそ出来る掛け合いなのだろう。夫婦漫才のような安定感だ。
「ふふふ。私は構いません。お任せします」
「良いのか……ちょっと話しただけだが、フィリアちゃんとバネッサの性格は全然違うだろう?」
「なんか棘のある言い方ね!! なかなか良いコンビになりそうじゃない?? ねっ!? フィリアさん!!」
「はっはい!!」
私は勢いに任せて返事をした。
「もうこの際、呼び捨てでよくない?
いいよね? フィリア!!」
「呼ばれるのは構いませんが、私は色々教わる立場ですし呼ぶのは……」
「あ〜そう言うの無しで!
私って敬われる人っぽくないでしょ? だ・か・ら・お願い!!」
バネッサさんは両手を合わせて、前屈みになり私より目線を下げてくれてお願いされている。
えぇっとこう言う時はどうしたら良いのかしら?
教えてもらう立場なのだから、相手に合わせる方が得策よね?
「わかりました。バネッサさ……バネッサ!」
「ん〜!! ありがとう! フィリア!!」
バネッサはチューしてきそうな勢いで抱きついてきた。嬉しいやら恥ずかしいやらちょっと複雑な気分。ダンさんはまる無視だ。
「……まぁ、無理ならコーディネーターはいつでも変更できるから言ってくれな!」
「そんな事にはなりませんよ〜だっ!!」
「……こんなガキだが大丈夫か?」
ダンさんの言葉に反応して、バネッサさんが何処からともなくピコピコハンマーを取り出し、ダンさんの頭をピコーンと、渾身の一撃をお見舞いする。
本当に夫婦コンビみたいだ。
私が耐えきれず笑ってしまったのはしかたがない。




