住民パス
「ちょっと!! 余計に緊張しちゃったじゃない」
「すまん」
「いっ、いえ、私なんかの為に事務方のトップの方が来て頂いただけでなく、そのまま手続き迄なんて申し訳なくって……お忙しい所すみません」
私の顔を見て、バネッサさんがダンさんに詰め寄る。
ダンさんは反射的に謝ってくれたが、ダンさんは謝る必要なんてない。ダンさんだって、本来なら、こんな小娘の相手をするような人ではないはずだ。教皇様が絡んでいるから、致し方ないのかもしれないけれど、私としては恐れ多いです。
「これが仕事なんだから気にすることないわよ?
威圧審査なんかしようものなら仲裁機関に訴えてやるんだから」
「そんなことしねぇよ!! はぁ……とりあえず、手続きしよう」
ダンさんは、バネッサさんの軽口に付き合うのをやめて私に向き直った。
「大体の事は上から聞いているんだが、重要な事は再度確認させてもらうな?」
「勿論です。よろしくお願いします」
入国審査がない場所もこの世界では沢山あるが、ここは最先端の魔道具が揃っている場所だ。入国審査も厳しいに違いない。
「まずは意思確認だな。トライア地区に入るパスは3つあるのは知ってるな? えーっと、住民パスで良いんだよな?」
「はい。これからこの国で生きていくつもりです。末永くよろしくお願いします」
トライア地区に入るにはパスと呼ばれる身分証が必要になる。
身分証は大きく分けて3つある。
・トライア地区に永住する予定の方向けの住民パス。
・地区内外を行き来しながら商業をする人が持つ商業パス。
・観光を目的に訪れるビジターパスだ。
商業パスは、かなりの信用と実績、纏まった保証金が必要になるので取得が難しい。今の私にはどれも足りないので申請したところで通るはずもない。
まぁ、魔法薬等の商品のみの輸送は、商業ギルドや運搬を扱う輸送ギルドと呼ばれる仲介業者にお願いすれば引き受けてくれるので問題ない。トライア地区はアーレン王国と取引しているのは確認済みだ。
商業パスはあくまで本人が地区内外を行き来するパスなので私には不要だろう。
ビジターパスは、出入国が比較的簡単にできるが、その分、入国手数料と入国保証金が商業パスよりも高額だ。更に、最終出国後も保証金は10年間預かりとなるので、余裕のある富裕層の人しか実質使えないパスである。
人物保証人も必要で何かあった場合はその人達も同じ責任を負う。更に更に! ガイドと言う名の監視が付くことも了承しないといけない。
住民パスは、他のパスと違い、保証金はいらないが、外に出る事は原則不可だ。
ただ、住民パスを取得出来ればトライア地区の職業訓練や職業斡旋、住宅の初期費用の補助など生活基盤を整えるための手厚いサービスが受けられる。
私は半端者なのでアーレン王国に戻る事は出来ないのだから、地区外に出ることもないし、手厚いサービスを受けれた方がいいに決まっている。迷わず住民パス一択だ!!
私の意思を確認できたのか、ダンさんは頷いて冊子と数枚の誓約書、少し光沢のある白のブレスレットを出してきた。
「共通語は読めるよな?」
「大丈夫です」
神殿にある書籍は、共通語も多い。読んでるうちに自然と身についた。勿論、読めない人には、その国の言語で書かれた契約書を用意してくれるらしい。移民に優しい国である。
「これが、この地区の簡単な法律の概要と生活様式の冊子。まぁここの住民は色んな文化がごちゃ混ぜになってるから、基本的には尊重しあう法律になっているんだ。その都度柔軟に法改正もあるから大変な事もあるけれど、周知期間もあるし、納得いかない法律ができた場合は、異議申し立ても出来るから。そんなに心配しなくて良い。ざっとで良いから目を通してくれ。問題なければサインを頼む」
「わかりました」
法律概要を読めば、基本的には周りに迷惑をかけなければ文化や宗教を許容する内容だ。新たなアイデアや風紀も大歓迎だが、協調性を持つ重要性も説いている。あまりに周りを尊重しない行動は注意や警告を経た上で独房や懲罰、最後は国外追放もある事が書かれている。
新たな生活をスタートさせるために、最初はかなり手厚いサポートもあるし、万が一の保証もあるが、基本は自助努力。
サポートはするが、最終的には、1人の国民として発展に寄与する事を求められていて、常に努力をして欲しいと締め括られている。
移民の受け入れに積極的な為か、サポートや相談窓口が充実している。小心者の私にはとても安心できた。
不安が全くないと言えば嘘になるが、一所懸命やるしかない。何か重要なサインをする時はいつもビクビクしがち……ちょっと手が震えていたが、自分を奮い立たせ、入国書類にサインした。




