髪色
「ふふ。まぁ師匠を見てると私なんて凡人だって思ちゃうから」
「そんな、凄い方が師匠なんて……身が引き締まります」
「あ〜。そんなに緊張しなくて良いと思うよ?
魔道具に関しては、天才的だし右に出る人は多分いないだろうけど……。
寧ろ向こうが緊張してるかも?」
「? どういう事ですか?」
師匠になる方が緊張する? 何故に? と思ったが、それ以上バネッサさんは何かを言うつもりはないようだ。優しく微笑んだ後、話題が変えられた。
「まぁ、それは後でわかるわ。
それよりもこの森を抜けたらすぐにトライアル地区の関所に着くのだけれど、私のこの元の髪は、あの地区だとちょっと目立つのよね?
だから、ちょっと変えちゃうね?」
バネッサさんはそういうと、ピアスに触れた。
淡い光が髪を覆うと髪が水色からダークブランウンに変化した。髪色が変わったからと言って、バネッサさんから醸し出される美しさは変わらないけれど、意味のある事のようだ。
移民が多いと聞くから髪色など気にされないと思っていたがそうじゃないらしい。
私は、居住区にいた時の茶髪に茶目のままだ。
もうこれに慣れてしまった自分もいるが、私の場合入国審査がある。入国審査はこのままで良いかどうかちょっと不安になった。
「あの。私も今、本来の髪と目の色じゃなくて……。元に戻した方が良いですか?」
「それはどちらでも構わないわ。一応、髪の色や目の色とか記録はとるけれど、この国では重要視されていないし、あまり関係ないかな。特に変えているからとかで、罰則もないし」
「良かったです。出来れば、このまま変えたくないので」
私はホッとした。お父様やお母様から譲り受けた髪や目の色が嫌だと言うことではないけれど、なんと言うかあの澄んだ海の色の髪は、メイドさんがうっとりするような目で見られていたし、深い夜空の色の瞳は、理知的で聡明の現れだとよく褒めてくれた。何と言うかお恐れ多いと言うか私なんかには勿体無いと思ってしまう。
「本当の姿は嫌いなの?」
バネッサさんが戸惑ったような顔で聞いてきた。
「そうではないですが……。私なんかが恐れ多いと言うか……。私には勿体無いと言うか……」
お父様もお母様も凄い人だから。
「フィリアさんが卑下することはないと思うわ。フィリアさんはあっちの国で功績をあげてきたってきいたけど?」
「あれは、みんなのおかげで……」
私は、手伝っただけで、ジョアンナがいなければできなかった。私がいなくても、遅かれ早かれ発見されていただろう。
「う〜ん。今はそう言うことにしとくね?
けれど、いつかフィリアさんの本当の姿みてみたいな?」
「そうですね」
「まぁ髪の色なんて関係ないんだけどさ。好きな色で良いよね。私だってあんな像が無ければこんな事しなくていいんだけどね」
そう言いながら、バネッサさんは髪を触った。
像って何だろう? と疑問に思いつつも、これ以上この話を続けたくなくて、私は曖昧な返事をする事しかできなかった。
◇◇◇
森を数時間歩くと急に道が拓けた。
目の前には、10メートルは余裕で超えるだろうオフホワイトの高い塀がある。先は見えないのでどれくらい続いているのかはわからないが、多分この特区をぐるりと囲んでいるのだろう。何かしら力を感じるので、魔道具が魔法なのか何か施されている特別な塀だ。
私が感嘆しているのをよそに、バネッサさんは見慣れているのか、スタスタと塀へ近づいて行った。
塀に近づくと5メートルくらいはある大きな門が見えてきて、沢山の人が列をなしているみたいだ。
近づくと大きな門の両サイドに小さな門があり、大きな門の前と左の小さな門の前には多くの人が並んでいた。右の門には誰にも並んでいない。
大きな門の前に並んでいる人たちは馬車を引いている人が多いので、荷物の大きさで別れているのかと思い左側の列に行こうとした。
「そっちじゃないよ。こっち!」
バネッサさんは、誰も並んでいない右側の扉を指さしていた。
多くの人が並んでいるのに、良いのだろうかと思いつつ、バネッサさんが私の手を引いて右の扉に進む。左側からなんとも言えない視線がひしひしと伝わってくる。居た堪れなくなり早足で進んだ。
やっぱり横入りになるんじゃ? とビクビクしていたら、門兵の1人がこちらにやってきた。




