提案
教皇様は私の答えがわかっていたように、柔らかな笑みを浮かべていた。
「正直に言ってくれてありがとう。
そんな恐縮しなくて良いから頭を上げて。
別に結界の事は負担になっていないから大丈夫だよ。
……じゃぁ、ルイスの事はどう思っている?」
「えっ?」
先程よりも更に柔らかな雰囲気で、少し茶化すように紡がれた言葉は、予想外の言葉だった。思わず声が出てしまう。
「ふっ、野暮なことだとは思っているんだけれど、王族にとってはとても重要な事なんだ」
私の間の抜けた声に笑みをこぼしながらも、答えないと言う選択肢は与えてくれそうに無かった。
ルイス様の事……。
ってどう言う意味かしら??
えぇっと? ルイス様とは12歳の時にアカデミーの話で拗れてしまってから一度も会っていない。もう8年も前の事だ。少年の姿のルイス様しか覚えがなく今はどうされているのかも知らない。
どう思っている? どう? と言われても友達? 魔力授受の協力者? でも昔の話だし、今は何と言えば良い??
私が混乱していて言葉を紡げないでいると、教皇様はこちらに視線を戻した。
予想外の質問に動揺している私は、困った様に微笑む教皇様と目があってもそれ程緊張しなかった。むしろ何と答えたものかと視線で訴えてしまっている気もする。
それを教皇様は正確に読み取ったようだ。さらに突っ込んだ質問が投げかけられた。
「フィリア嬢は、ルイスと結婚するつもりはある?」
「!?」
私は瞠目した。私とルイス王子が結婚?? 何故そんな話に!? 私はすぐに言葉を返した。
「いえ、私のようなものが滅相もございません」
「ルイスがそれを望んでいても?」
「ルイス王子が望んでいるとは思えません。
ルイス王子には、もっと相応しい方がいらっしゃると思います。私のような半端者なら尚更あり得ません」
先ほどの柔らかさから一転、急に鋭さを増した眼差しに、私は針で動きを止められたうさぎのように凍りついた。
それでも……私は恋愛も結婚もするつもりはない。それは誰でも同じ。ここは意見を曲げるつもりはないので、鋭い視線に物怖じしながら、それでもしっかり目を見て紡ぐ。
それを見た教皇様は、少し悲しげに視線を緩めた。
「そうか……。ルイスはね。本当にフィリア嬢を妃にと望んでいるんだ。時が経っている分、ちょっと拗らせちゃってるんだよね。
……魔力草が見つかり、魔力ポーションが出来た。試練も手助けができる。下位であっても、魔法使いになりさえすれば、どんな階級同士でも結婚、妊娠できるように腕輪の開発も進んでいる。これからも王族の役割は必要だろうが、魔力階級によって分かれていた婚姻はなくなる」
確かにお母様の開発した魔力授受の腕輪があればどの魔力階級同士でも婚姻は可能になってきた。更に半端者は希望し、努力は必要だけれど、魔法使いへの道はかなり近くなった。
けれど元々私は魔法使いになるつもりがないのだ。元々の半端者でいる理由が、結婚を無理にしなくて良いからだ。
「申し訳ありません。ルイス王子様がどうこうと言うわけではなく、私自身が誰とも結婚するつもりがないのです」
このような事を言えば不敬になると思ったが、誤魔化すのはよくないので私は本心を伝えた。私も困ったような顔になってしまう。私の1番の心残りは前世の子供達だ。前世で幼い子供達を残して転生してしまった私にとって、今世で結婚したり、まして子供をなんて考えられないのだ。
前世での生がどのようにして終わったのかわからない。もし、結婚して、こちらで子供を産んで、また私がいなくなったら?
そんな無責任な事はごめんだ。そんな事絶対にしたくないのだ。
「そうか……。私達が何かを手助けすることによって、その気持ちが変わることはあるのかい?」
「いいえ、この気持ちは変わる事はないでしょう」
前世の子供達がどの様に暮らしをしているのだろうと考える時がある。母親がいない事で辛い思いをしていないか、幸せなのだろうか? そう考えるだけで苦しくなる。
この気持ちは変わる事はない。私が一生かけて背負っていくものだ。
「そうか……。ただ、今のままだとルイスは諦めきれないんだ。今もルイスに多くの縁談がきているが全て断っている。
……これはお願いだから、フィリア嬢には断る権利があると思って聞いて欲しい」
教皇様は一度言葉を切って、こちらを見据えた。
「アーレン王国を離れてくれないか?」




