教皇様
今日より第二部開始です。よろしくお願いします。
振り返ると、壮年の男性がこちらにゆっくり向かってくる。
黄金の長髪を肩のあたりで緩く纏め、柔らかな紫眼の整った顔は笑みを浮かべ慈愛に満ちていた。
ただ、教皇のみに許された光沢のある白地の絹に金糸の刺繍が施された正装を着こなし、醸し出す雰囲気は王族として申し分ない覇気だ。
一目見て高貴なるお方が誰か分かり、私は隅により最敬礼をして頭をたれた。
「勿論でございます」
ここは半端者居住区の礼拝堂。本来なら半端者か元半端者の登録者しか入れない。ただ1人例外を除いては……。
「そんなに、畏まらなくて良いよ。ここはあなた達の居住区。私の方がよそ者だ」
艶やかなテノールの声は、威圧感はなく穏やかだった。ゆったりと跪いて神像に祈りを捧げられる。その時ふわりと空気が変わる。クリスタラスケート様と会話されているのかもしれない。流石と言うべきだろう。
祈りが終わった後で話しかけられた。
「邪魔をしたね。名前を聞いても良いかい?」
「教皇様にお会いできて恐悦至極にございます。フィリアと申します。
……とんでもございません。私達が安心して暮らせるのは全て教皇様のお陰ですので」
「私はやるべき事をしてるだけだよ。フィリア嬢、会えて嬉しいよ。少し話に付き合ってくれるかい?」
問いかけではあるが、是以外の回答ができるはずもない。
ひょえ〜教皇様と言うことは、イコール王弟殿下でいらっしゃいますよ。
今の国王陛下は少し前に代替わりされ、ビンセント王子やルイス王子のお父様だ。
なので正確には前国王陛下の歳の離れた弟君になるので、前王弟殿下である。今の国王陛下との方が歳も近いので両親と同じ年代の方だ。どちらにしても恐れ多い方である。
「承知致しました」
結界を管理している教皇様は勿論居住区内に入る事が可能だ。ただ普段、教皇様は居住区にこられることはほぼ無い。お忙しい方であるし、私達が萎縮してしまうからだ。
とても思慮深い方で、私達の事を見守ってくださっているときく。
半端者居住区の結界は教皇様が維持管理されている。
ただでさえ王族が少ないのに、王族を1人独占している半端者の居住区は過激派にとって面白くは無いだろう。半端者の予算を減らされたのも、目の敵にするのも頷ける。
教皇様は風当たりの強い半端者達を擁護し、矢面に立ち調整してくださっているとも聞く。半端者の予算が減らされている事に心を痛め私財も投じてくださっている。
本当に出来た方だ。
そんな方がただの世間話をしにきたのでは無いのは予想できた。私は人見知りと小心者を抑え込み、冷や汗を背中にながしながら教皇様と向き合った。
教皇様が礼拝堂にある長椅子に腰掛ける。
私は最初、跪いて話を聞こうとしたが何故か同じ長椅子に座るように促される。固辞しようとしたが、何とも言えない笑顔の圧に負けて今同じ長椅子に座った。いや絶対おかしいよね??
こんなの他の人に見られたら不敬に思われる気がする……。更に冷や汗が出てきた。
「傅かれるのは好きじゃないんだ。
少し込み入った話だと思うし、出来れば身分の事は今は忘れて欲しい。
フィリア嬢の本音を聞かせてもらいたいんだ」
親戚の伯父さんの様に優しく語りかけて下さってはいるが、醸し出すオーラがあるのでそんなの無理ですよ!?
私は成人して貴族籍も抜けているし平民である。
天と地の差のある身分を忘れる事なんて出来ません!!
誰か救いの手をお願いします!! と言う願いは勿論叶うはずもなく……。
「かしこまりました」
私は返事はしたものの、ガチガチに緊張しているのが伝わったのか教皇様は、苦笑いをして私から視線を外し、礼拝堂のクリスタラスケート像を見ながら話し始めた。
私は視線が外れた事に安堵して、失礼にならないようにゆっくり息を吐いた。思っていた以上に緊張して呼吸を忘れていたみたいだ。小心者の私なのだから許してほしいです。
「あまり話が長くなると、フィリア嬢が倒れてしまいそうだから、単刀直入に言うね。
フィリア嬢は、魔法使いになるつもりはあるのかな?」
視線は外されたものの、その言葉にはとても重みがあった。はぐらかしたり嘘を吐いたりすることは許されない雰囲気だった。
私は今の神殿暮らしが気に入っている。魔法薬の開発は落ち着いたので、毎日礼拝堂でお祈りし、魔法薬を作ったり、皆で鍛錬したり、ほぼ同じ時間に同じ日程を行っている。
毎日変わり映えがしないと言われればそうなのかもしれないが、私はその変わり映えしない事こそが心の平穏であり、幸福だ。
半端者のみんなが安全に魔法使いになる方法が確立されようとしている今、殆どの半端者は魔法使いなる事を目指すのだろう。実際そう言う動きになっている。
けれど私は魔法使いになる気は……正直に言ってない。
私が下位魔法使いなり貴族に戻る様な事があっても、ルクセル侯爵家のお荷物になるのは確実だ。家族がそんな事は気にしないとわかっていても、私が迷惑をかけたくない。
何とか少しでも長く半端者居住区にいて今の生活が続けば良いと思っている。
こんな事、正直に言えば反感をかいそうではあるが、今はちゃんと答えるべきだと思った。
「……正直に申し上げれば、私は魔法使いになろうとは思っていません。今のこの生活が好きで合っています。
これが長く続けば良いと思っています。
教皇様の結界で護られていますから、ご負担に関して重々申し訳なく感じております。……このような考え方で申し訳ありません」
私は真摯に頭を下げた。
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