別離
「この一年、魔力移行はされてないのにフィリアが魔法使いになったという報告は上がってきていない。
創造神様からの魔力供与は途絶えていないはずだ。
何故魔法使いになっていない?」
……一年程、魔力移行せずに何故私が魔法使いになっていないかを不思議に思って、来てくれたということね。
私の気持ちを理解してくれて……と言う訳ではないのは少し残念だ。
答えは複合的なものだけど、それを全部話すのは避けたいな。迷った末に私は1番納得しやすいだろう一つをルイス様にいう事にした。
「ミィ、ティナ、レナ、モカ……誰か来てくれる子はいる?」
私の呼び掛けに応じてくれたのはレナだった。
レナは、出会った時は薄いピンクの目と髪の小さな女の子妖精だった。今も手のひらサイズなのは変わらないけれど見た目はお姉さんになっている。負けん気が強かったレナだが、今は少しは落ち着いて来ている……と思う。
「はぁい! フィリアどうしたの?
ルイスにいじめられてるの?」
うん。ルイス様との相性が良くないのは変わってないですね。出て来てくれたレナはとぼけた感じでルイス様に嫌味を言う。直接の言い合いを避けてる分、大人になったと言える?
「別に……いじめてる訳じゃない。ただ……フィリアに魔法使いになって欲しくて……」
「それはフィリアの望む事じゃないよね?
自分の意見を押し付けるルイスはいじめてるのと変わらないよ? 私達精霊は、自分達が自由気ままである分、相手にも強要しない」
「……」
ルイス様は気まずそうにレナに言い訳をするが、レナに冷静に返されて閉口している。
「えぇっと、レナを見てくれるとわかると思うけど、ルイス様に魔力移行出来なかった分、レナ達が魔力を引き受けてくれたの。その影響でだと思うけど、レナ達がこんな風に成長したんだと思う」
私はこれ以上険悪な雰囲気にならない様に、早めにこの一年の説明をする。これだけではないけれど出来ればこれで納得して欲しい。
ルイス様は私の答えを聞いてとても悲しそうにくしゃりと顔を歪めた。
「そうか……もう俺は必要無いんだな」
「そんなことはありません。ルイス様がいてくれたから、今の私がいます。ルイス様さえ良ければ、また魔力移行をお願いしたいです」
試練の扉が開いた時、ルイス様に魔力移行しなければ、私は魔法使いになっていたか、試練の扉に閉じ込められていたかのどちらかだ。そうなっていれば、ひっそりと生きることは難しかっただろう。ルイス様には感謝している。
これからも魔力移行に応じてくれるなら喜んで魔力を差し出したい。それに、何気ない話とか友達の関係でいたいのだ。ルイス様にとっては迷惑なのかもしれないが……。
「……もう魔力移行はしない。……したくない。
どうしても、魔法使いなるのは嫌なのか?
この一年、私は王立アカデミーに通ってみて、毎日色々な刺激を受けている。
それで気づく事もあるし、自分の意見が変わる事もある……アカデミーは勉強だけじゃないんだ。
毎日刺激がある分、どうしてここにフィリアがいないのかと思うんだ。
王立アカデミーでフィリアと一緒に学びたいと思うのは私の我儘なのか?
最近は外に出る事もあるんだろう?
前向きになったのなら、もう一歩踏み出さないか?」
泣きそうな顔で紡ぎ出された言葉に、私の胸は締め付けられる。学生生活は勉強だけじゃない。日々の生活、そのものが将来の糧になることは前世の私が経験した事なので良く知っている。
……それでも今世の私は半端者である事を選択したのだ。これは私が覚悟を持って決めた選択だ。ルイス様には申し訳ないが変えるつもりはない。私は緩く首を振り、否を示した。
「試練が怖いなら、俺も一緒に受ける。兄上が試練を受ける者に協力できる魔道具を開発したんだ。だから試練を受けるのは1人じゃない。だから安心して受ければ良いんだ」
ビンセント王子は本当に凄い方ね。そんな魔道具まで開発するなんて……。それでも私は……。
「ごめんなさい」
私の言葉に、ルイス様の顔がさらに歪み、涙が頬を伝う。
「そうか……意思は固いんだな」
「はい」
私の返事を聞くとルイス様はそれ以上は何も言わずにくるりと踵を返して転移してしまった。
私は自分が選択したはずなのに、何故か私の頬にも温かい何かが流れ落ちた。
ルイス様とは、成人して神殿に入ってしまえば会えなくなる関係だったのだ。それが少し予定よりも早くなっただけ……。そう自分に言い聞かせて、レナに慰められつつ、感情が落ち着いたところで礼拝堂を後にする。
礼拝堂の控室にはマーサとオリバーが待っていた。
「後悔はしていないのか?」
目元には簡単な癒しの魔法を使ったのでバレないと思っていたが、2人には何かあった事はお見通しらしい。戻ってきた私を見てオリバーが、代表して訊いてきた。いつもは私に対して敬語なのに今は何故か気安く話しかけに来た。マーサも心配している。
私は何も言わずに、にこりと微笑み首肯した。
何か言葉に出すと、溢れ出てしまいそうだったから。まだ私の心は揺れている様だ。
「まぁ後悔してもいいんだけどな。
私はフィリア様の意思を尊重する。
どんな意見であっても肯定するから自分の思う様に生きれば良いんだ。
俺は専属護衛騎士だからな、ずっと側にいて守るよ」
最近は飄々としていたオリバーがなんと殊勝なことを言う。今日は雪かな?
「ふふふ、意見を尊重するんですか?
私の意見を無視して外に連れ出そうとするあなたがそれを言います?」
「それはそれ!これはこれ!
俺は選択肢を増やして欲しかっただけだ。強制はしてないぞ? 多少強引だった気もするけど?」
目をキョロキョロさせてオリバーは誤魔化すつもりの様だ。
「私は成人したら、神殿に入るんですよ?
例え護衛騎士だったとしても一緒には入れません」
「えっそうなの?」
今度はわざとらしく驚いた顔をしている。どうやらとぼけるつもりの様だ。
「だったら神官になるかな?」
「神官になっても、半端者と居住区は違うので無理ですよ?」
オリバーは腕を組み真剣に考えているフリをする。
オリバーの事だ。きっと無理な事は知っているはずなのにワザと知らないフリをしてる。
「じゃぁ私も半端者になるか?」
「…………」
思いの外、真剣に言うオリバーがいる。
本当にオリバーは私の事をどこまでわかっているのだろう。見透かされ過ぎて怖いくらいだ。私がどうやって半端者で居続けているのか把握済みらしい。
「例え半端者に、オリバーがなったとしても一緒にはいれませんよ」
「そうか……残念だ」
今度は本当に残念そうな顔をするオリバーだった。




