主従契約
結局、オリバーさんの主従契約はお兄様と結ぶことになった。オリバーさんの真意は最後までよくわからなかったが、私との専属護衛の契約もしてこの日は終えた。
正直、物凄く疲れた。結局私がした事といえば護衛の魔法契約書に魔力を込めてサインして、オリバーさんとお兄様の主従契約の見届人を務めただけではあるが……。それでも物凄く疲れた。
主従契約には、2人だけで出来なくもないが、見届人がいる事でより強固な魔法となる。見届人が多ければより他の人達からの上書きがされにくいので、残りの3人が見届人になったのだ。
主従契約は、従者が片立て膝をつき、捧げる剣か魔法の杖を主人に掲げて、頭を垂れる。今回は剣だ。主人は掲げられたものを受け取り、従者の肩に捧げられたものを置き宣誓を受ける。宣誓中の主従契約の魔法陣の維持を見届け人達が行うのだが、めちゃくちゃ緊張した。両親が私を挟んで魔力を送っているため私は魔力少しずつ出すだけでいいのだが、契約内容に驚いたときは魔力が途切れそうになり焦った。両親が補助してくれたので大丈夫だったけど。
「今の契約……後悔するぞ」
お兄様が捧げられた剣を返しながら苦々しく言うと、オリバーさんは晴れやかな笑みを携えて言ってのけた。
「大丈夫だよ。君はきっと悪い様にはしないから」
「私は次期侯爵家当主だ。冷酷な判断をする事も忘れるな」
「それは勿論そうでしょうとも、誠心誠意支えさせていただきますよ。ご主人様?」
撥ねつけるように言ったお兄様の言葉に対して、涼やかに返されるオリバーさんの方が一枚も二枚も上手な気がした。それでも、お兄様優位には変わらないのにどうしてもオリバーさんはあんなにも余裕なのだろう。不思議だ。
オリバーさんの態度からすると主人に信頼を得る、本来の主従契約の趣旨とは違う形の様な気もするが良いのだろうか?
…………
この事は勿論グレゴリーさんにも伝えられて、今まで神殿住まいだったオリバーさんは、居住まいを侯爵家に移す事になった。これからは侯爵家が、オリバーさんの後見人となる。
オリバーさんは侯爵家の騎士団には所属せず、侯爵家の使用人枠として採用された事になった。専属護衛は基本的には側を離れない為、侯爵家の本邸に部屋を与えられるはずであるがそれはお兄様が断固反対して、侯爵家の使用人専用宿舎に部屋を与えられる事になった。
侯爵家への準備期間を経て今日は初の護衛としてオリバーさんがやってくる日だ。
私は何とも言えない緊張のもとにいたのだが、拍子抜けする程穏やかな日常だった。
「フィリア様、本日より専属護衛を拝命しましたオリバーです。よろしくお願い致します」
侯爵家の侍従服に帯剣して現れたオリバーさんは、今までの、指導者としてではなくあくまで護衛としての立場で話をするみたいだ。フィリア様と呼ばれるのは変な感じがするが線引きは大切なのだろう。
ただ、以前より表情が豊かになって来ているのは間違いない。侯爵家に来てからは特に。主従契約までしてるのに何故か前よりもイキイキしているのは謎だ。
主従関係はお兄様とだが、表向きは私の護衛であり、護衛契約もしたので今日からオリバーと呼ぶ様になった。
基本的にオリバーは私の数歩、後ろにいて、護衛に徹している。グレゴリーさんの指導の際は一緒に訓練したり、指導してくれるがそれだけだ。
あんなに強引に護衛になったからには、横で色々言われるのかと心配していたのに、肩の荷が下りた気分だ。
お兄様も最初のうちは頻繁に王立アカデミーから侯爵家に転移で帰宅し、オリバーと何やら話をしていたみたいだが、少しずつその時間は減りつつある。
私はいつもの神殿に通った後は、本に入り浸る日常生活を送っていた。
そんな生活が2週間ほど続いた後、私は例に漏れず、神殿に通った後は侯爵家の図書室にいた。神殿の御者も最初はシドと2人でしていたが、1週間後にはオリバーのみになったので、それからは午前中に神殿に通って、午後からは図書室に入り浸る生活が定着して来た。
シドは御者を務める最後の日に名残惜しそうに挨拶してくれたので、私は少し泣きそうになった。神殿に通い始めた時からもう何年も毎日顔を合わせていたので私も感傷に浸った。
神殿に行く時間は今まではある程度の時間は決まっていたけど、シドの時間にあわせて不規則になる事も多かったが、規則的になる事はいい事だと思う。神殿では規則と規律が厳しいと思うので、今から慣れておくのはいい事だ。私はそんなことを考えながら本を読んでいた。
「フィリア様、退屈ではないのですか?」
痺れを切らしたようにオリバーから声がかけられた。
お兄様から護衛は「主人に不用意に声をかけるな」とか「口を出すな」と注意されていたので言えなかったかもしれないが、とうとう口に出してしまったという感じだ。
ちなみにフィリア様と呼ぶのも主従関係をはっきりさせる為だとお兄様に言われての事らしい。
本人の線引きではなかった。
今まで指導してもらっていて、さらに半端者の私が主人で申し訳ない気持ちになるが護衛は本人の希望なので致し方ない。私はお兄様の味方だ。私も線引きはさせてもらっている。




