後見人
森で出会った流れ者さんはオリバーさんと言うらしい。
オリバーさんは体力的にも精神的にも瀕死の状態だった。
かなり強い精神操作の魔法もかけられており、治療に数ヶ月かかった。
オリバーさんは隣国のキュルディス共和国から亡命してきた。キュルディス共和国は隣国では唯一魔法使い協定が結ばれていない国だ。水面下ではいまだに奴隷狩りが行われているのではないかと言う噂もあるみたいだが、実際そうであったのだろう。
こんな風に流れ者の聴取後、関係先の隣国には抗議の通知書を送るらしいが、物的証拠がない、言い掛かり等色々な理由をつけて逆に反発されて視察を拒まれている。協定も結んでないので無理に大規模調査を行うのは難しいのだ。
オリバーさんの場合も抗議は送ったらしいが返事がないらしい。そう言う国もあるので注意が必要だ。
オリバーさんはグレゴリーさんが発見したのもあって、グレゴリーさんが後見人を引き受けた。
後見人とはアーレン王国で自立して生活出来るようにサポートする人の事だ。
外の世界とアーレン王国は生活様式も違うし、仕事内容や、法整備も違う。今はこちらの生活に慣れるためのオリエンテーションをしているようなものだ。
私のグレゴリーさんとの訓練にもついて来ていて、時々指導をしてくれている。
オリバーさんは、焦茶色の髪と目をした精悍な顔の人だ。
最初は痩せ細っていたけれど、食生活が良くなったこととグレゴリーさんと一緒にいるせいか、見た目はやせているが、筋肉がよくついていて引きしまった体つき、所謂細マッチョ? になり始めている。グレゴリーさんほどではないけど。
オリバーさんの指導はなんと言うか嫌らしい戦法が多い。
私の見立てではあるけれど、かなりの戦闘訓練はしていたのだと思う。どうしてこの人が奴隷なんかに……とも思っている。オリバーさんは、あまり感情表現しない。キュルディス共和国で相当大変な目に遭ったからかもしれない。私がふれたりはしないほうがいいのだろうけど……。それでも少しずつ表情は改善して来ている。グレゴリーさんの明るさはオリバーさんとの相性はとても良さそうだ。
話す時は淡々としていて無駄がないが、いざ指導となると、相手を観察して相手の嫌がる所を的確についてくると言うか、とてもやりにくい。グレゴリーさんも策士ではあるが無駄のない最短をいく感じ、対してオリバーさんは無駄のない動きに遊びを入れるというか、よくわからない緩急がある。先が読めない人だ。オリバーさんの考えがよくわからない。
けれどこれが実践に近いのではないかと思う。
指導者が2人に増えて、幅が広がったと言うか視野が広くなった気がする。
…………
「ご指導ありがとうございました!!」
今日の指導が終わり挨拶すると、オリバーさんからとんでもない提案がやって来た。
「フィリア嬢にお願いがある。私をあなたの護衛として雇ってくれないか?」
真剣な眼差しでこちらをオリバーさんは見ているので冗談ではないのであろう。
「……はい?」
私の中にかなりのはてなマークが浮かぶ。護衛??
オリバーさんは、一通りこの国の生活にも慣れて来たので、こちらで暮らすための仕事を探しているらしい。
私は一応侯爵家令嬢ではあるが、半端者なのでお披露目会、デビュー等は全くしておらず、隠された存在である。
本来の侯爵家令嬢であれば専属の護衛がついたりする事もあるらしいが…………。
流石に神殿へ行く際は、シドが御者兼護衛として来てくれてるが、今まで専属の護衛はつけられてないない。元々私は神殿以外に外出した事なんてなかったし、特に護衛は必要ないものと思っていた。
私には不相応だと思い断ろう。
そう思って私が話そうとすると、それを察したオリバーさんが先手を打つ。
「フィリア嬢自身が結論を出すのではなく、一度ご両親に会わせてもらえないだろうか?
それからでも遅くはないと思う。こちらの手紙を侯爵家当主に渡していただきたい」
何というかオリバーさんらしい手法だ。先の先まで読んでるような。
私に頼んで了承すれば儲け物。無理なら手紙を渡してもらい両親を説得するつもり。
その為か少し厚めの封筒に並々ならぬ意志を感じるのは気のせいなのか……。グレゴリーさんは静観している。グレゴリーさんはこの事に口を出す気はないらしい。グレゴリーさんへの根回しは完璧だ。
何故かオリバーさんが私の護衛になりたいのかよくわからない。
「どうして私の護衛になりたいと思ったのですか?」
私から断るのは骨が折れそうだし、両親から断ってもらう方が角も立たないだろう。手紙を受け取りながら、気になった事を素直にきいた。
「まぁ色々理由はあるが、フィリア嬢は半端者なのだろう? あと数年で神殿に閉じ込められるのに、街に出かけた事もないと聞く。
自身の選択なのかもしれないがそれは勿体無いと思うぞ。自由でいられる期間が限られているのならば、短い期間でも楽しむべきだ」
なるほど、私が街へ出かけたりしないのを可哀想だと思ったのね。専属護衛がいればそれも可能になると。私は特に街への憧れとかはなかった。本に囲まれていれば幸せだったし、前世も今世も殆ど物欲がない。綺麗な宝飾品や衣装等にも興味がないのだ。
唯一、甘い物が気になるくらいだけど、私が甘い物が好きな事を知ってる侯爵家の料理人やら家族から沢山お土産で持ち帰ってくれたり、作ってくれたりするので、態々出かけようと思ったことが無かった。両親もそれがわかってるから専属護衛を指名してないだけだと思う。
特に興味をそそられないなぁと思っていると、それを見透かしたようにオリバーさんから声がかけられる。
「興味がなくても、一度行ってみれば価値観が変わる事もある。今からそんなに視野を狭くする必要はないと思うぞ」
オリバーさんは心が読めるのかしら……ちょっと怖いです。
「もし、街へ興味を持ってしまって、憧れが強くなってしまうと、成人後神殿に入るのに辛くなりませんか?」
私の言葉にニヤリと笑みを見せる。あまり表情を表に出さないオリバーさんが笑うとちょっと新鮮だ!
グレゴリーさんには聞こえないように私の耳にだけ届くように屈んで声をかけて来た。
「そうなれば、試練への訓練も身がはいるというものだろう?」
うっ……オリバーさんには隠し事が出来ないのかしら……私が魔法使いになりたくないのがバレてる。まだちゃんと挨拶してから数ヶ月しかたってないのに。
「とにかく、ご両親に手紙を頼むな!」
今日のオリバーさんは表情が豊かだ。オリバーさんの笑顔で言った言葉に、何だが私もオリバーさんの意向を無視する訳にはいかなくなった。
とりあえずこんな所で今日の訓練は終わった。




