私、あの頃とは立場も中身も違うのですよ...?見くびらないで下さい。[side皇妃マリエル]
「おい、マリエル!やっと見つけた!お前、最近会場回るのサボってたから」
男はマリエルの腕を背後から引っ張りそう言った。
たしかに少し前までのマリエルはトレシアの呪いを解くのに奔走してたので義務として椅子に座り少し顔を見せた後はすぐに帰っていた。
そのような状況下でパーティーを開催したのも全て、呪いを解くためだった。
皆が同じ場所に集まっているということは皇室の影が秘密裏に邸宅などの調査をしやすく、また会場ではトレシアファンクラブの協力者たちが疑惑の人物たちにさりげなく接触することもできる。
...そんなマリエルの考えを知らず職務怠慢だとでも言いたげな男は、さらに腕を掴む力を強めたかと思えば体が向かい合うようにマリエルを半回転させた。
マリエルはそこで顔を見て気付いた。
(この男性って...兄のご友人の...)
「あの、触らないでいただけますか?」
(皇妃の腕を掴むだなんて正気なの...?というか...呼び捨て...)
「はあ。俺だよ俺。わかるだろ?」
男はため息をつきながら呆れたように言った。
「はあ。シルリーレガ伯爵令息ですよね..」
マリエルは『いや、ため息つきたいのはこちらですが』と思いあえて盛大なため息をついた。そしてまたしてもあえて眉間に皺を寄せながら睨みつけ、腕にある男の手を振り払った。
すると男は驚いたような顔をして一瞬固まったが、すぐに回復して不快な言葉を口にし始めた。
「やっぱ、覚えてるじゃん!なんだよそんな顔して。らしくないぞ」
「あの、私はあなたが嫌いで憎いから覚えているだけです。馴れ馴れしく話しかけてくるのはやめてください。
らしくないですって?本当の私を知らないだけでしょう?だって私たち全く仲良くありませんもの」
(私はキッパリと断った。...はずだったのに。)
「なっ!どうしたんだよお前...!昔はもっとなんでもはいはい言ってたじゃないか!」
男は先ほどより声を荒らげながら言った。
(まだ諦めないのですか。私、やはりこの方のこと嫌いです。今もはや限界突破しました。
兄と一緒になって私をいじめてきた癖に都合の悪いことは忘れているのでしょうか?
ああ、胸がムカムカして仕方ありません...)
「それはあなたが怖かったからです。なぜあなたみたいな方に神経をすり減らしていたのか...あの頃の私は確実にどうかしていました」
「お前、家族を出禁とか生意気じゃないか?皇妃になったからって偉そうにして...どうせお飾りの皇妃の癖に。」
「生意気ではありません。当然の判断をしてまでです。父も母も兄も...その妻も、全員が長年私を虐げてきたのは令息も知っていますよね?
それから、私はれっきとした皇妃でありそのことに誇りを持っております。馬鹿にしたような物言いは皇室を侮辱していると捉えられますよ。
あなたも兄のように出禁になりたくなければ口を慎まなければなりません。これは脅しではなく本気です」
ほとんど息もせず相手に口を挟ませる隙もなく言い切ると男は唖然とした顔をした後、すぐに『恥をかかせやがって』とでもいいたげな顔でマリエルを睨みつけた。
(やっと終わる)...マリエルはそう安堵した。しかしおかしな方向にパワフルな男はまたすぐに口を開いた。
が、そこに騒ぎを聞きつけたトレシアが社交界ではやや反則気味の急足でやって来た。
「なっおま「マリエル、どうしたの?あら?こちらの方どなたかしら?」
トレシアとしては慌てていただけでわざとではないのだが、結果的に男の言葉は遮られた。
「この方は兄のご友人です...」
マリエルがそう説明した。
「ああ、あの人の...」
「それで...私もよくわからないのですが、生意気で気に入らないそうです」
「え?マリエルが?」
トレシアは心底わからないという顔で尋ねた。
「はい、そのようです」
「? そこのあなた、なぜそのようなことを言ったのですか?マリエルと何かトラブルでもあったのなら私に教えてください」
話は双方から話を聞かなければならない。
トレシアはその男の言い分も聞くことにした。
少し、「マリエルがトラブルなんか起こすか?」という気持ちは混ざったが、それは一旦しまいあくまでも公平を心がけた。
圧をかけずに穏やかに話すその姿は国母として相応しいと言えるだろう。
「え、あの...」
すっかり縮こまった男にマリエルは思わず苦笑し、昔、実家に遊びに来た男が普段と違い意地悪をしなかった日を思い出した。
当時の婚約者であった小公爵が来ていた日だ。
男はたくさんの使用人がいても気にせずマリエルをいじめてきたが、自分より上の者にはそうもいかないらしい。
異常なほどペコペコしていた男は滑稽だった。
弱いものには強く、強いものには弱い。
人間として善性が大きく不足しているとマリエルは思う。
今日、皇妃であるマリエルに上から声をかかれたのは、昔の弱々しい姿が心にあるからだろう。
もしくは《実家と絶縁して後ろ盾のない代役としての役割が不要になった寵愛をうけていないお飾りの皇妃》だと思っているのかもしれない。
なんともバカな話だ。マリエルが両陛下から大切にされてるのは有名な話なのに。
静まった空気の中そんなことを考えてると、痺れを切らしたトレシアは言った。
「...あなたはもう話せないようですね。そこの方、説明してくださらない?」
周囲にいた内の一人に状況説明を頼んだのだ。
マリエルに聞くだけでは公平さが損なわれることを危惧した結果だろう。
皇后たるもの公の場で私情を出すべきではない。
証言に偏りが出る可能性を減らすため、トレシアは自分やマリエルと関わりの薄い令嬢を選んだ。身近だと気付かぬうちに色眼鏡をかけてしまうものだからだ。
「は、はい!そこの方は皇妃様の過去の話を持ち出して昔は従順だったのに、というようなことを発言していました。それから...口に出すのも憚るのですが...『どうせお飾りの皇妃の癖に』と馬鹿にしたような口調で言っていました。皇妃様はきっぱり断っていたのですが、彼は中々諦めずに粘っており皇后陛下がいらっしゃらなければまだ追い詰めていたのではないかと...」
緊張した面持ちをしながらも令嬢は答えた。
「そう、そうなのね。話してくれてありがとう。そこのあなたたちも同様かしら?」
周りにも確認するとみな声を揃えて答えた。
「「「「「はい!」」」」」
それから続けた。
彼ら彼女らは、より強く同意したり、情報を付け加えたりした。
「「その通りです」」
「間違えありません」
「私も、皆さんと同じです。彼が皇妃様に一方的に話しかけ失礼なことを言っておりました」
「私は最初から見ていたのですが、皇妃様の腕を強く掴み、拒んでいるにも関わらず中々離しませんでした」
「みなさん、証言してくれてありがとう」
トレシアは品のある笑みを浮かべ感謝を表すと、すぐに真剣な表情で男を見ると言った。
「そこのあなた、皇妃に対してそのようなことを言うということは皇室への侮辱だとわかっているのですよね?もう二度とあなたの顔はみたくないわ」
『顔を見たくない』....つまり『もう皇宮に来ないでくれ』という事実上出禁だ。
彼は顔を真っ青にすると何も言わずに足早に去った。
その行動が無礼だとなぜわからないのか、マリエルは深くため息をついた。
その後、トレシアが場の空気を戻しパーティーはなごやかに再開された。
パーティーが終わった後、マリエルとトレシアは話をした。
「言いがかりつけられていると何人もの令嬢や侍従たちが私の席まで急いで駆けつけてきて何事かと思ったわ。それで向かったけれど...思った以上に酷かったわね」
「はい、私もびっくりしました」
「そうよね、大丈夫?嫌なこと思い出したりしてない...?」
「思い出しはしましたが、過去のことなので私は問題ありません」
「そう、強いわね。すごいわ。」
「ふふ、ありがとうございます。それにしても...彼、なぜあんなにも私に執着するのでしょう?きっぱりと断っても食い下がってきて...」
「うーん、信じられないかもしれないけど、あれは歪んだ恋心だったりするかも...。」
「えっ!?あれがですか、恋ってもっときれいなものじゃないのですか?お二人みたいに...」
「あくまで予想に過ぎないけれどね。
たしかな私たちはお互いが初恋だし純粋に近い恋だと思うわ。でも恋って案外どろどろな場合もあるのよ。」
「そうなのですか?私はお二人のようなお互いを思いやる恋というものが素敵だと思っていました...。どろどろとはどのような過程を経てそのようになるのですか?」
「うーん、勉強はしたわけではないから感覚になるけれど...好きな子に相手されたくてちょっかいをかけてそれがエスカレートして意地悪になったり...とか?」
「え?好きな子に意地悪...?私には全く意味がわかりません...」
「私もそう思うわ。ああ、でもそうね...たまに陛下をからかいたくなるからそれの最上級...いや最下級?みたいな感じかしらね?」
「へーなるほど...?うーん、たしかに陛下はからかうと反応が大きいですからね...私もたまに笑ってしまいます」
「そうなのよ、それもいきすぎてはならないのよね。『親しき中にも礼儀あり』だからね」
「あっ!それ東洋について学んでいるときに聞いたことがあります。トレシア様、本当に東洋が好きなのですね」
「ええ、大好きだわ。あ、そうだ、ちょうどそこから仕入れたのがどろどろの愛憎劇のお話しだったわ...!」
「小説にもあるのですか?知らなかったです」
「マリエルは真面目な本か童話かしか読まないものね」
「あまり意識したことはなかったのですがたしかにそうですね?私もどろどろした小説を一度読んでみたくなりました」
「ふふ、あまりいいものではかもしれないけれど...そうね、貸してあげるわ」
「ありがとうございます。トレシア様のおすすめなら、なんだかおもしろそうです!」
「私にもマリエルの本貸してくれる?」
「はい!お腹の子に聞かせるのにおすすめのありますよ!」
トレシアは妊娠をしており、マリエルの持っている夢のある童話は読み聞かせにぴったりだ。
「いいわね、ありがとう」
「いえいえ!あの...それにしても彼は気持ち悪かったです。もう絶対に会わないようにできませんか?」
マリエルはトレシアと話して楽しい気分に水を刺されるようで心底男が疎ましいと思った。だが、早めに解決しなければならない。
「あ、そうだわ。その話だけどね、彼は不敬罪で禁固刑になるわ」
「そうなんですね、ひとまずホッとしました。その...刑期が終わったらどうなるのでしょうか?」
「その後も厳重に監視をつけて決してあなたに近づかせないわ。
それと、皇室から抗議文を送ることにしたからね。調べてみたら、彼結婚してないのね?だからご実家であるシルリーレガ伯爵家に送るわ。刑期を終えて外に出れたとして、彼の家族は決して彼を表には出さないでしょうね」
「そうですか...ホッとしました。」
「まあ、その頃には彼は六十くらいだから寿命だと思うけどね...」
「そうですか、そんなに長く彼を捕えられるのですね。
本当にありがとうございます...。」
「感謝することはないわ。あなたは皇妃であり私の大切な家族だから当然よ。
それに!マリエルはこんなにかわいいのに生意気だなんて...!」
「かわいいだなんて...ありがとうございます」
「ふふ、本音よ?マリエルに嘘はつかないもの」
「私、本当に、皇妃になれて幸せです。
トレシア様と仲良く過ごせて、陛下とは政治の話をしたり...。今回もこの立場のおかげで彼から逃れることができました」
「それならよかったわ。私もあなたとたくさんいられて楽しいわ。彼、執念深そうだから捕まえられてよかった。
さてと...よーし!今夜は一緒に寝ましょ!マシューとマロンも連れてきて。」
「ぜひ!」
マリエルは食い気味に言った。
マシューとマロンとは犬の兄弟でトレシアと二人で飼っている。ちなみに名前の由来はマシュマロと栗だ。それらはトレシアが東洋の『いっぽん』という国から輸入し、マリエルも完全にハマったのだ。語感もかわいらしいからぴったりだった。
寝室に連れてきたマシューとマロンは少し遊ぶとすぐに眠くなったようで、寝室にある専用の寝床に向かい眠りについた。賢い子たちだ。
そしてマリエルとトレシアは大きな大きなベットに腰掛けた。
トレシアはマリエルに貸してもらった童話をお腹の子とマリエルに読み聞かせた。
マリエルは寝付けないだろうなと思っていたが、童話が読み終わる頃には座ったままの姿勢でぐっすりと寝ていた。それを見て安心したトレシアはマリエルを横たわらせるとすぐに眠りについた。
二人と二匹はそのまますやすやと朝まで眠りましたとさ。
「言いがかりつけられていると何人もの令嬢や侍従たちが私の席まで急いで駆けつけてきて何事かと思ったわ。」
↑なぜ皆、直接助けないのか。
マリエルは普段交流の少ない下級貴族と関わろうとその集まりの中にいて、《身分の低い者は高い者に話しかけられるまでは話してはならない》という絶対的な社交界のルール上難しかったのだ。だからこそ、より身分の高い皇后に止めてもらうことにした。皇后にも直接話しかけるわけにはいかないので、使用人を数人通して伝言ゲームのように情報を伝えた。(近くの使用人→使用人のまとめ役(下級貴族)→侍女(高位貴族の婦人か令嬢)(使用人同士は下から上に話しかけることも可能) 面倒くさく伝わるのも遅くなることを考えると、社交界の悪しき風習とも言えるだろう。
また、男は下級貴族の中では悪い意味で有名で緊急事態とはいえ関わり合うのが怖かったのもある。
《男=伯爵家の四男》
屋敷で会ってマリエルの従順なところが気に入った。(それにとびきり美しかった) マリエルに「お前友達いないだろ?遊んでやってもいいぞ?」などと言って「いえ、令息のお手を煩わせるわけにはいきません。私はやることがありますので気を遣っていただく必要はありません。」などと返され一人でムカムカしてた。ツンデレの悪いとこどり。マリエルは鈍感なので恋心は伝わっていない。いつも突き飛ばしたりしてくるので遊ぼうだなんて意地悪するための口実だと思っていた。
元から拗れていた恋がどんどん歪んであのような結末に。
性格も悪く、継ぐ爵位もないので誰も寄ってこない。結婚願望が強いが未婚。もうすぐ三十歳。(重要な貴族の顔と名前は全て覚えているトレシアが知らなかったのは、爵位を持たない平民のような存在だったため。伯爵家の令息として名乗れるのは本来成人するまでで、それまでに入婿になるか兄たちの補佐としての腕を磨くか、をしなければならない。今回パーティー会場に入れたのは形式上届いた招待状があるためだが本来はそれは辞退するものであり、そもそも送らないという選択肢がなく回りくどいことをするのが社交界の面倒なところ。暗黙の了解がたくさんある。)
他の兄弟と比べ出来が悪いことから性格がひん曲がった。
家族は誰も比べるような言葉は口にしなかったが、使用人や友人と思っていた人の陰口を聞いてしまい病んでしまった。幼い頃は被害者。
そこから努力をすることもなくなり堕落していき、加害者への道を進んでしまった。
長男→小伯爵主(幼い頃からかなり優秀。父と執務を行いながら着実に次期伯爵家当主としての道を歩んでいる)
天才型に近いが努力もする。
次男→伯爵家が持つ子爵位を継ぎ現子爵(勤勉で堅実な領地経営をしている。重圧を感じやすいので長男でなくて安堵している)
完全努力型。真面目。
三男→魔塔に所属する魔法使い(魔力は弱い方だが術式などを研究して組むことが得意。魔法オタクで貴重な本がいくらでも読める魔塔は天国)
好きこそものの上手なれタイプ。