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2回目

「最初のつまづきは、ワシの今の親父。あのおっかさんの亭主がよ。浮気をしちまうことなんだ。。。」

赤子はゆっくりと語り出した。

「今から約半年後くらいかねぇ。会社の女とついうっかりできちまうらしい」

「お母さん可愛らしい方なのに。。。」

とうの若奥様は講師と楽しげに話し込んでいる。


僕は肝は小さいが、順応能力は高いらしい。この短時間で、赤子と江戸前ジジイのギャップが気にならなくなっていた。

人には必ずなんらかの才能が眠っているというが、こんなところで目覚めるとは思わなかった。。。。


「まったくよぉ。。。おっぱいデカいし柔けーし、飯はうまいしなんの不満があるんだかなぁ」

「不純な気持ちで乳吸ってませんか?」

「ふ、赤ん坊の特権さね」

赤子の父親はふと魔が差したのか、同じ会社に勤務する女と関係を持ってしまったらしい。

ただ、もともと真面目な人だったのか、すぐに目が覚めて女と手を切ろうとしたらしい。


しかし、古今東西こういった場合、うまくことが運ばないと相場が決まっている。アカシックレコードに約定が細かく書き込まれているのかというくらいほぼ同じ状況を招く。

その事について、世界中のあらゆる時代のあらゆる賢者達が口を酸っぱくして注意しても人類は同じ轍を踏む。もっとも、賢者自身も轍を踏むんだからタチが悪い。。。。

兎にも角にも人類は、それこそ、もう、踏みたいの踏み抜きたいのワザとなの?と、呆れを通り越して嫌がらせかと思うほど同じ轍を踏みまくっている。

その上で自分だけは安全だと信じきっているんだから、本当にタチが悪い。

そして、このタチの悪さも同じ轍だ。。。

轍は轍で、踏まれても踏まれても削れることも減ることもなく形状記憶してんのかって位の勢いで同じ形状を保持している。もう踏まれんのわかってんだから、そこどけよと思うのだが、轍は宿命のごとく当然の顔をして踏まれることになる。


「その女はよ、なんだ、あれだ。えー、メルヘン?サイコキネッシス?とかいうやつでよ」

「メンヘラでサイコパスですか?」

「そのヘラでパスでよ。とにかく神経病んでたんだ」

メンヘラやサイコパスの定義がどのようなものであったかはともかく、とどのつまり、父親は女と手を切り損ねていた。

別れ話の度に女が手首を切ったりガス栓を捻ってみたりと、リストカットに自殺未遂をしてみせたためだった。

「まぁ、そんな派手な付き合いをしてたらバレねぇ方がおかしいわなぁ」

「芸者さんだったらお金で穏便に別れられたかもしれませんね。。。いっその事ほっておけばよかったのに」

「。。。正直。。そんな女にあっさり引っかかるようなバカな父親だが。。。見殺しにする様な野郎じゃなくてよかったとは。。。思ってるのよ。。。エライ目あうけどな」

「まぁ、シモの世話になったご婦人を無碍にするのはただのロクデナシですからねぇ。。。。」

赤子は、おっわかってんな兄ちゃんとばかりに、ニヤリと笑って親指を握る力を強くした。


あくまで浮気相手は同じ会社で働く女性で、そういった機微に長けた職業の人ではなかった。

結局、奥さんにバレてしまい、家庭に自分専用の針の筵を敷き詰める事になったらしい。

「結局、切るに切れねぇから親父はそのヘラ女を仕事以外では無視するようにしたんだ。おめさんには興味ねーよって。けどなぁ。。。。それが悪かったんだな」

父親は、しばらく女に関心を示さないように頑張った。女は手を替え品を替え接触を試みたらしいが、父親は仕事以外は無視に徹した。

それが順調に進み、ほどほどに諦めてくれたかと思った頃、女は会社で勤務中の父親の目の前で手首を切り職場のフロアの一角を血で染めた。


僕は、玉が縮む時には音がする。ということを人生で初めて経験した。隠れた才能といい玉の音といい、人生のファーストインパクトは、考えもしないタイミングで予告もなく訪れるものらしい。。。。


僕が今顔面に垂れ流しているものが、冷や汗か脂汗かわからなかった。

「親父さん。それはそれは見事にクビがとんだな。平将門かってクレーにな。依願退職ってやつにはなったみたいだがな」

女は手首を切る前に、父親との付き合いをネットで動画配信して、そのアドレスを全社員にメール配信していた。もちろん女もクビになったが、父親は同じ業種での再就職の道を断たれた。


「たま。。。イエ、後味悪いですね。仕事の道は無くなるわ、浮気相手とはいえ死んじゃうし。。。」

「。。。死ななかったのよ。。。。ヘラ女」

声なく、えっ、と僕は赤子に目を向けた。

「悪りぃがよ。そこでヘラ女なり親父なりが死んでりゃ、ワシはエライ目見ずに済んだのよ」

「すいません。玉が更に縮んだんですが。。。。。。音聞こえませんでしたか」


会社を辞めた事で、家庭内の針の筵はさらに鋭さを増して父親に襲いかかった。

父親と母親が会話をする事がほとんどなく、ひどい日は顔すら合わせないようにして過ごしていた。

父親はとにかく早く再就職をする事で、家庭を再構築する意思がある事を示したかった。

世間はそれほど甘くなかったが、元はと言えば自分の引き起こした事なので這いつくばるように頑張っていたようだった。

「そんなある日な。来ちまったのよ。家に。ヘラ女。。。。」

「そ、それ、ホラーかなんかですか?あんたの知らんでいい世界とか?」

作り話やお昼のワイドショーだったらどれほど良かったか。。。。と赤子は薄ら笑う。


女は家の前で、聞こえよがしに父親への愛情と自分達の付き合いの深さを大声で語った。

流石に怒った母親は、父親が止めるのも聞かず玄関を開けてしまった。

「待ってました!というか、狙ってたんだろうな。玄関が開いた途端、手首切りやがったんだよ。ヘラ女」

僕は肝が小さい。。。。今度の音は濁音系の擬音がついた。

さらに玉はシワを深くして縮み上がる。

「玉!玉が!ギュン!グオン!って、玉が!!擬音に濁音が!点々が!!!」

赤子は僕に一瞥くれただけで、淡々と語り続けた。


母親があげる悲鳴、広がる血溜まり、騒動が波紋のように広がり、日本が世界に誇る各種緊急車両が揃うのに時間はかからなかった。

「ワシが赤ん坊のせいもあるんだろうが、夢の中みてーな感じだったわ。あまりにも現実味がなくてよー、泣き声をあげることもできなかったなぁ。。。」

その悪夢の後の事は想像に容易く、父親と母親が別々に自宅を去る事になる。

「ワシが生まれるからって、頑張って買った家でローンがかなり残ってたみてぇだな。築年数が浅かったんだが曰く付きの物件になっちまって安く買い叩かれたミテェだ」

そりゃ、玄関先で痴情のもつれから、女が自殺したとなれば無理もない話だ。

「。。本当の地獄はこっからなのよ」

僕はもう一度赤子を見た。その時の僕は、飛騨の山奥にいるという四六のガマよりも脂汗を吹き流していた。僕が脂汗を流しても薬にはならない。。。。


「くどいようだが。。。死ななかったのよ。ヘラ女」

僕のファーストインパクトは留まるところを知らないらしい。じわじわと、体の奥が擬音を鳴らす準備を始めていた。

僕のたまはどうなってしまうのだろうか。。。。。。。。。。




本当にどうしよう。。。。

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