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【『南さんは幽霊女子。』~僕らの浄霊師(エクソシスト)学園!!~】

作者: すみ いちろ

「えー。皆さん、ご入学おめでとうございます──」

 

 体育館。始業式。

 僕は、今年で十三歳になる。

 親に七五三みたいな恥ずかしい格好をさせられた僕は、先生たちの話を聞きながらも、さっきから、ソワソワしている。

 後ろを振り返ると、ついてこなくて良いって言ったのに、僕のお父さんとお母さんが感極まって泣いている。

 あぁ。恥ずかしい。だから、ついてこなくて良いって言ったのに。

 いや、それよりも。

 今年、新しく建てられたこの学校。体育館。

 床材や建築素材なんかの真新しい匂いがする中、だだっぴろい空間に幾つものパイプ椅子が並べられているのに。誰も座っていない椅子イスがある。


 いや。

 厳密に言うと、座っている……。

 半透明の姿で、僕にしか見えない、いつものアレ……。

 僕は、小さい頃から『みえる』と言うことで、みんなからよく怖がられていた。

 そう。幽霊だ。しかも、僕と同い年くらいの子の。

 式が終わると、先頭を歩く先生について行く、僕を含む新入生のみんな。

 階段を上がって、渡り廊下を抜ける。

 まだ、誰とも面識すら無いこの時間。気まずくて重い。

 なのに、もう打ち解けている人たちが、何人かいる。

 目の前の真新しい校舎の様子でも見て浮かれてるんだろうか「ワー!」とか「キレイー!」とか言ってるのが聴こえる。

 僕は、誰の顔さえも見れずに俯いて、下を向いて自分の歩く足もとの床ばかり見つめていた。

 

(──やっぱり、いる……)

 

 さっきから、寒イボっていうか、鳥肌が立つのが治まらない。ゾクゾクする。

 ただでさえ、緊張して不安なのに。

 僕らの並ぶ列に憑いて来ている…。

 体育館で見た子たち。幽霊。

 しかも、僕の隣にも──いる。


 当然、僕は、顔さえ上げれずに俯いたままだ。

 あぁ。学校初日から憂鬱だ。来るとこ、間違えたかな。

 けど、今さら遅い。もう、入学してしまったから。


 教室に辿り着いて、それぞれに割り当てられた席につく。名前の順、出席番号順だ。

 僕は、いつも端っこの一番前の席。

 僕の苗字からすると、決まって当然その席になる。

 なぜなら、僕の苗字は『あ』で始まるから。

 青木さんとか赤木さんって名前の人がいれば別だけど。今回は、残念なことに、いない。

 

「今日から、新しい学校生活のスタートです! それでは、皆さん! まず初めに自己紹介から始めましょう!」


 新任の女の先生が教室の壇上に立ち、僕らの目の前で張り切って、そう言った。

 どうして、いつもこうも温度差があるのかな。

 それより、『自己紹介』と言う最初の難問に、僕は頭を抱えた。

 嫌だ。

 みんなの前で晒されたくは無い。息が詰まる。

 僕と同い年くらいの子の幽霊とか、そんなのどうでもよくなるくらいに。

 何と言っても、僕の名前は必ずほとんどトップバッターになる。

 この人生の試練。

 みんなは、あまり経験しないであろう自己紹介のトップバッターという試練を、どうして僕は、十三歳という若さで今、受けなければならないのだろう。


「あ……。は、初めまして。ぼ、僕は、赤羽アカバネ射矢イルヤで、す。す、好きな事は、と、特に、あ、ありません」


 僕は、おずおずと、教室の床よりも一段高い壇上に立たされ、俯きながらも呟くように喋った。

 たぶん、誰も聴いていないと想う。

 緊張し過ぎて、途中、噛んだ。

 だから、嫌だったんだ。案の定、「シーン」としている。

 やめてくれ──


「えっと……。赤羽アカバネ君? 本当に好きな事は、ないの?」


 きょとんと僕を見て、担任のカノウ先生が、そう言った。

 先生の名前は、カノウ夢葉ユメハ

 僕らの自己紹介の前に、先生がそう言ってた。まだ18歳らしい。

 先生は美人で、僕には目の毒だ。

 ドキドキするから、あんまり僕の方を見ないでほしいと思う。

 余計に緊張する。

 何でも先生は、もと幽霊だったのに、神様に特別に生き返らせてもらったらしい。

 噂だけど、僕の住む地元では有名だ。

 衝撃の事実だ。

 嘘か本当かは、知らないけど。 

 さっきの体育館での始業式では、説明が無かった。


 僕は叶先生をチラリと見てから、コクリと無言でうなずき、壇上から静かに降りてもとの席に座った。

 途中、何も無いのに、僕は床につまづいて、コケそうになった。

 死ぬほど恥ずかしい。

 僕は、椅子に座れるように、なんとか手足を頑張って必死に動かし、ようやく自分の席に座れた。

 ハーッ……。

 深い溜め息が出た。

 僕は、再び頭を抱えて下を向いて俯き、机の角っこを凝視した。

 恥ずかし過ぎて俯いて、いつものように自信を無くしていると、僕の座る席の後ろからドシドシと、床を揺らしながら歩いて来る音が、僕の足もとに響いた。


大山オオヤマ白虎タケトラ。妖魔。よろしく……」 


 静かに低い声が、ビリビリと教室中に響いた。

 身体がとても大きくて、もう声変わりをしている。

 それに、いきなり『妖魔』って言ったもんだから、教室中がザワついた。

 それは、昨年、ネットで『妖魔大戦』って言葉が、秘かに流行ったから。

 最初、流行りのゲームかアニメの事かと思ったけど、幽霊とか妖怪が人を交えて、実際に戦うのを見たって言う人が後を絶たなくて、話題になった。

 それで、その時に何人かの人が生き返ったとか?

 その時に、第一級以上の活躍をしたのが、もと幽霊先生の叶先生らしい。 

 

 大山君は、僕と同い年なはずなのに大人顔負けの体格で、太い腕、鋭い目つき。本当に虎みたいだった。

 大山君とも、友達になんてなれっこ無いって思った。

 僕は、大山君の事がコワすぎて、無理。

 それ以上は大山君の方を見れなかった。


「はいはーい! 先生はもと幽霊だったの? このクラスの半分の子は、なんで幽霊なの? あ、私? トドロキ来姫ライキ! 浄霊師エクソシスト志望! よろ!!」


 いきなり手を挙げて、突然、席を立って自己紹介をしたかと思えば、言うだけ言って「フフン」と鼻で笑って席に座ったこの女の子。かなり自信に満ちている。

 苦手だ。

 この子と上手くやって行ける自信は、僕には、とうてい無い……。

 浄霊師エクソシスト養成中学校なんだから、浄霊師エクソシスト志望なんて、いちいち言わなくても良いと思うんだけど。言えない。


 ──四月。

 地元の小学校を卒業した僕は、神霊術を特別に勉強出来る私立のこの浄霊師エクソシスト養成中学校に入学した。

 理由は、簡単。

 僕は、小学校の友達も居ないから地元の中学校に行くのは嫌で、お父さんとお母さんに言って、今年出来たばかりのこの学校に行くことになった。

 それに、僕は、小さい頃から変なものが見えるから、誰も怖がって僕には近寄らなかった。

 よくある話。

 変なものって言うのは、もちろん幽霊だ。

 

 ふと、僕が顔を上げると、轟さんは赤いリボンで、髪の毛を一つにくくっていた。

 紺のジーンズの短パンに、ピンクのパーカー。

 アヤトリみたいな赤い紐を両方の手首にクルクルと巻きつけていた。何かのおまじないなんだろうか?

 彼女は、幽霊じゃなかったみたいだ。

 けど、このクラスにいる何人かの幽霊な子たちは、轟さんのテンションと比べると、かなり静かだ。

 静かって言うか、冷ややかだ。

 「何、コイツ?」みたいな──?

 教室の温度を下げないでくれ。轟さん。

 けど、轟さんは、全然平気なんだろな……。

 僕が、もう一度、下を向いて机の上を見つめていると──叶先生の「後で説明するねー」の声が、軽やかに僕の耳もとへと響いた。それから──


「えと……。初めまして……。ミナミ未有ミウです。よろしく……です」


 ──何人かの自己紹介が済んで、しばらく時間がいつの間にか経過してたみたいだ。

 次の女の子の声が、消え入りそうに挨拶するのが聴こえた。最後の方の言葉は、よく聴こえなかった。

 僕が顔を上げると、この女の子は、僕と同い年くらいに見えた。

 けれど、この子の身体は、向こう側が透けていた。

 そう。

 驚くことに、この女の子は、幽霊なんだ。他にも何人か幽霊な子がいるみたいだけど。

 何処の学校のかは知らないけど、ちゃんとセーラー服を着ていた。 

 けど、長くて黒い髪の毛が、バッサバサだ。前髪が伸びすぎていて、顔がよく見えない。

 ただ、身体が、半透明。

 日常的に幽霊が見える僕にとっては、さほど大した事でもないんだけど。

 僕は、小学校の頃から、幽霊が見えるから学校というものには行ってない。

 いわゆる不登校とかいうヤツで、お父さんもお母さんも、ずっと僕を心配してたから、そう言う事もあって、この学校に行く事になったんだ──

 

 叶先生が、「他に言いたい事とかある?」って、この子に訊ねた。

 おずおずと、この子は黙って先生と僕らに一礼すると、俯きながら頭の上に火の玉みたいなのを幾つか揺らして、壇上からスーッと降りて行った。

 名前は、南さんって言ってたっけ?

 もとの席へと戻ると、彼女は音も立てずに静かに座った。

 

(友達になれるかな──?)


 ──幽霊なのに、初めて南さんを見た僕は、何故かそんな風に想った。

 僕が、そんな風に考えながらボーッとしていると……気がついたら、いつの間にかクラスメートみんなの自己紹介が終わっていた。


(キーンコーン……カーンコーン……──)


 何故か、その時。

 生まれて初めて学校のチャイムの鳴る音を、僕は聴いた気がした。

 その時、ふと、誰かの視線に気がついて、僕は斜め後ろを振り返った──

 ──見られてる?

 窓際の後ろの方の席で、さっきの幽霊女の子の南さんが、下を向いて座っている。

 相変わらずのバッサバサの長くて黒い前髪。

 けど、その髪の毛の奥にある目がチラッと見えて、僕の方を──こっちを見てた気がする。

 僕が、緊張してるから、そう見えただけなんだろうか?

 幽霊女の子の南さんだけど──睫毛まつげが長いのが印象的だった。


──┿──


(キーンコーン……カーンコーン……──)


 ──チャイムが鳴った後の休憩時間。

 ふと廊下を見ると、さっき始業式で挨拶してたお爺ちゃん校長先生が、ルンルン姿でステップ踏んで、ウキウキしながら歩いていくのが見えた。

 僕は、椅子に座ったまま視線を教室の前に戻す。

 教室のホワイトボードに書かれた文字。


 『ご入学おめでとう!!』


 あぁ、これ。

 担任のもと幽霊女先生の叶先生が張り切って書いたんだろなーって、僕は教室の椅子に座ったまんまボーッと一人で眺めてた。

 換気のために開けられた教室の窓の外を見ると、入学初日なのに小雨がパラパラと降ってて、新しい教室の床材や建築素材とかの匂いが雨の匂いに混じって、余計に慣れないこの新しい学校に来てしまったんだなーって想う。


(僕、上手くやっていけるのかな? 友達出来るかな)


 後ろを振り返り教室を恐る恐る見渡すと、僕と同じように椅子に座ったまんまボーッとしてる子たちがいた。

 いや。


(頭の上に火の玉が揺れてるんですけど──、やっぱり幽霊さんですよね? 僕と同じクラスメートだけど。ウゥ……)

 

半透明な姿で座っている幽霊な子たちが何人か──いる。

 学生服とか私服とか。

 けど中には、いつの時代の子? なんて子もいる。

 

(モンペにハカマ? 着物? 何時代?)


 幽霊な子たちは、みんなそれぞれ黙ったまんまだ。

 教室の前の方を見てるみたいなんだけどボーッとしてて。

 

(なんか、僕みたいだな)


 姿や形は違っても、なんかそんな風に想った。

 けど、そんな風に僕が見渡していると急に突然姿を消して、霊感のある僕にも見えなくなる子がいた。


(あれ?)


 突然、消えたかと想うと、教室の窓辺の方にいて運動場の方を向いてたり、廊下の方をスー……と歩いている子もいる。

 いや、足はちゃんとあるみたいなんだけど。

 何か、時期はずれだけど、夜のホタルの光みたいに、フワフワと点いては消えて現れては消えて。

 幽霊な子たちは僕から見ると、ポツリポツリと点いては消える灯りのようにも見えた。

 僕は、霊感はあるけど、こうやって長いこと見てると瞬間移動みたいにして見えるもんなんだなーって想った。

 だけど、同じクラスメートでも僕と同じ生きてる側の子たちは、われかんせずだ。

 幽霊な子たちに話しかけるわけでもなく、一人の子もいればもう何人の子たちと打ち解けてる子もいる。

 さっきの自己紹介の時に自分から手を挙げて発表したトドロキさんは、案の定、もう何人かの子たちとペチャクチャ喋ってて、まるで小鳥みたいに楽しげだ。


(凄いな。トドロキさんは。コミュ力お化けだ)


 いや、生きてるトドロキさんはお化けじゃないんですけど──僕から見たら眩しくて、そんな風に想ってしまう。


(あぁ。嫌だなー。早く帰りたい……)


 ひととおり教室を見渡した僕は、あることに気づく。

 自己紹介の時に見た幽霊女の子の南さんが、いない。


(どこ行ったんだろ?)


 後ろを振り向いてた僕は、自分の席から離れるわけでもなく、クラスの様子に戸惑いながらもビクビクとしていた。

 だって、初日。

 これからのこととは言え、小学校の時みたいに仲間外れにされたくない。


(ウゥッ。不安だ)


 今年で十三歳になると言うのに七五三さんみたいな格好をさせられた僕は、ポケットの中のビー玉を握りしめる。

 これは、僕が小さい時から持ってる御守りで。とは言っても、ただの大きめのガラス玉。

 けど、ビー玉の中の泡とか太陽の光にかざして見ると、まるで宇宙みたいで。

 キラキラしてて、なんか僕がまるでビー玉の中にいるみたいに想えるから、いつもズボンのポケットの中に入れてて、手のひらの中でコロコロ転がしてはギュッと握りしめたりして、時々ズボンのポケットの中から取り出しては眺めてた。


(安心する)


 そう想いながら、僕がお気に入りのビー玉を教室の席に座ったまま眺めてると、突然、目の前に人の姿がボーッと、ビー玉越しに急に現れた。


「う、うわっ!?」


 驚きすぎた僕は、椅子ごと後ろに、ひっくり返りそうになった。


「キレイ」


「え?」


 突然、何が起きたか分からないまま、声のする方を恐る恐る見上げると幽霊女の子の南さんが、バッサバサの黒くて長い前髪をまるで幽霊みたいに(幽霊なんだけど)垂らして、長い前髪の髪の毛の隙間の向こうから、僕をジーッと見つめている。

 だけど、自己紹介の時に見た時よりちょっとだけ南さんの目が大きく開いてて、目の奥がキラキラと輝いてるようにも見えた。けど──


(──いや、急に現れて怖いんですけど、幽霊だけに!! )


 ひとこと。

 南さんは「キレイ」という言葉だけ残してスーッと消え去ってしまった。


(えっ!?)


 もう、南さんは見えない。

 どこに居るのか、さっぱり見当もつかない。幽霊だけに。

 教室中を急いで見渡したけど、どこにも南さんの姿がない。


(な、なんなんだ!?)


 戸惑う僕をヨソに2回目のチャイムが鳴って、入学初日の最初の休憩時間が終わった。


(キーンコーンカーンコーン……。キーンコーンカーンコーン……)


(ガラガラ……。バタン──)


 チャイムが鳴ってしばらくすると、担任のもと幽霊女先生の叶先生が教室の扉を開けて入って来た。

 僕はもう席について座っているけれど、さっきまで喋ってたトドロキさんが慌てて席に座る。

 どこに行ってたのか、ノシノシと大山君も教室の後ろの入り口から入って来て特に慌てる様子もなくドシン!と、大きな虎みたいに座った。やっぱり、大山君は、怖い。

 そして振り返ると、南さんがいつの間にやら着席していたのが見えた。幽霊だけど、どこ行ってたんだろ?

 教室に入って来た叶先生はもう幽霊じゃない生きてる人間先生だけど、おもむろに僕ら生徒にも分かるくらいにハッキリと「ハーッ」と深いため息をついて立ち止まり、それからツカツカと教室の一番前の壇上に上がって、先生用の机の上に手をついてこう言った。


「えー。突然ですが明後日から、オリエンテーション新入生合同合宿訓練を始めることに決まりました」


「「「「 えぇっ!? 」」」」


 クラス中がどよめく。

 それは、そうだ。

 オリエンテーションと言う名の合同合宿訓練は四月には予定されてたけど、まだ先で。

 急遽、まさか明後日から始まることなんて誰も聴いて無かったからだ。


「先生、先生!! なんで明後日から合同合宿訓練が始まるんですかっ!?」


 トドロキさんが、またもや手を挙げて素早く立ち、誰もが聴きたかった質問を最速最短の速さで 先生に質問した。

 もうすでに、学級委員長だ。トドロキさん。


「えー。かのう百会びゃくえ校長先生の独断と偏見で急遽、勝手に決まりました。ハーッ……」


 2度目の深いため息をついた叶先生。

 叶百会かのうびゃくえ校長先生は、叶先生のお爺ちゃんで、お寺の住職もしてて介護施設の運営や他にも幾つも会社を起業している日本有数のお金持ちだ。

 始業式の時に見たけど「~じゃっ!!」が口癖のように語尾につく、ちんちくりんのハゲちゃビンの何時代なにじだい?って想うくらい昔風(着物?)な格好をしたお爺ちゃんだ。クマのぬいぐるみの『点』みたいな目をしてた。


「校長先生の独断と偏見って何ですか!?」


 またもやトドロキさんが、素早く手を挙げて質問する。


「ハーッ……」


 担任の叶先生が3回目のため息をついた。


「推しのアイドルグループのライブの日程と重なるとのことで、急遽、日程が早まりましたっ!!」


 そう言った担任の叶先生がうつむいたまま壇上で、バン!と机を叩いた。

 叶先生の顔を見ると、美人だけど、呆れている。

 先生は遠い目をして4回目のため息をついた。

 クラス中のみんながシーンとしている。さすがのトドロキさんも静かになった。

 けど、僕は──


(おいおい、仮にもここは、学校だろ!? 校長先生とは言え、んな勝手なことが、まかり通るのっ!? 生徒より推しアイドルかよっ!?)


 僕の心の中の声が、弾け出そうだ。

 だけど、必要なものとか、急いでそろえなきゃなって想う。

 そう言えば、幽霊な子たちって、何を用意するんだろ?

 叶先生が、いそいそと、ホワイトボードに水性の黒のマジックペンで、何か文字を書きだした。

 素早いけれど、丁寧な文字。

 保険証のコピーとか、着替えとか? 必要なものとかを書いてるのかなと、思いきや──


 ──!?


 『生き残る』


 ──とだけ書いて担任の叶先生は『生き残る』の文字の上に今度は水性の赤マジックペンで勢い良く、まるっと円を描いた。

 再び僕らの方へと向き直り、壇上の先生用の机に手をついて担任の叶先生が僕らにこう言った。


「えー。オリエンテーションの新入生合同合宿訓練は一ヶ月間です。必要なものは、すべて学校が用意します。生きてる子たちも幽霊な子たちもお互い必死に協力しあって生き残って下さい。以上」


「「「「 えぇっ!? 」」」」


 再びクラス中が、どよめく。

 いや。幽霊な子たちもどよめいてたのかまでは分からないけれど、何か教室中がザワついてた感じは、すぐに分かった。

 けど、生き残るって何? サバイバル訓練?

 オリエンテーションなんだから、みんなとの仲を深めるのが目的とか? そんなじゃないのっ!?

 校長先生も変だけど、この学校も変だ! 

 僕はこの先、大丈夫なんだろうか。

 僕は、みんながどんな様子なのか気になり、チラリと後ろを振り返って見てみた。

 すると視界の中に、ちょこんと椅子に座る南さんの姿があった。

 

(な、なんか、こっち見てる?)


 南さんが長すぎる前髪の隙間の奥から、やっぱり僕を見てたんだろうか? すぐに南さんの目と僕の目があってしまった。


(な、なんなんだ?)


 一瞬、僕を見た南さんがフッとくちびるの端っこを上げて笑ったように見えた。


(ウッ?)


 なんだかよく分からない気持ちになる。

 教室の後ろの方の窓辺に座る南さんの黒くて長い髪の毛が、風に揺れた気がした。

 

(幽霊なのに風を感じるのかな?)


 ふと疑問に感じた僕の視界の中に、ひっそりと椅子に座る南さん。

 僕はなんだか恥ずかしくなって前へと向き直り、叶先生がホワイトボードに書いた『生き残る』の文字をそのままじっと、凝視していた。

 窓の外のパラパラと降ってた雨は、いつの間にか止んでるみたいだった。

 

 それから、すぐに、合宿の始まる明後日が、今日になって僕ら浄霊師エクソシスト養成中学校の生徒全員が、合宿先のあるこの海岸へと無事に辿り着いた。

 ここは、かつて、妖魔大戦のあった敵の本拠地で、海岸の断崖絶壁から上る山の頂上に、かつて戦った敵のアジトがあるらしいんだけど、妖魔大戦の終わった今は、僕ら浄霊師エクソシスト養成中学校の教育施設へと様変わりしているらしい。

 もともと断崖絶壁だった今僕らがいるこの場所は、船が停泊しやすいように整備されてて、さらに断崖絶壁をくり抜いて作られた洞窟を抜けると山道になってて、そこからさらにさらに山の斜面をずっと上って森を抜けると僕らの目的地──合宿場所に辿り着けるらしい。

 けど、僕らの合宿場所は『樹海』と呼ばれる広大な森林地帯に囲まれてて迷いこむと2度と出られなくなるらしい。

 

(ガー……ピー……)


 赤いメガホンみたいな拡声器を持った川岸教頭先生が、合宿先の海岸に停泊した船から降りて来た僕ら生徒全員を前にして、挨拶を始めた。


「あー、あー。マイクのテスト中。えー。ゴホンッ! みなさん。改めまして。この度は、ススキがおか浄霊師エクソシスト養成中学校に、ご入学おめでとうございます。急遽、ワガママな校長のせいで、オリエンテーション合同合宿訓練が早まったにもかかわらず、新入生全員が無事ここにつどえたことを大変嬉しく思います」


 まだ二十代半ばって言ってた男先生の川岸カワギシカエデ教頭先生が、青空のもと遠い目をしながら挨拶した。棒読みで。

 白のカッターシャツがシワシワで、赤いネクタイが曲がっていた。

 しかも、海辺から吹く風に教頭先生のボサボサの黒い髪の毛がフワフワとなびくように揺れてた。

 いや。ハゲてはないんだ。

 今年で十三歳になる僕から見るとオジサンだけど、川岸教頭先生は、なんだか凄く疲れているみたいだった。

 それは、そうだ。

 四月の終わり頃から五月にかけて予定されていたオリエンテーション合同合宿訓練が、ちんちくりんのハゲちゃビンのクマのぬいぐるみの『点』みたいな目をしたお爺ちゃん校長先生のワガママのせいで、何もかもが前倒しになったからだ。

 推しアイドルグループのライブをどうしても生で観たいって言うお爺ちゃん校長先生のワガママな理由で。とは言え。

 僕もススキがおか浄霊師エクソシスト養成中学校の生徒として、みんなと一緒にここまで来たんだけれど、道中のことは、あんまりよく覚えていない。

 と言うのも、僕は乗り物酔いしやすくて、何時間もバスに揺られて吐きそうになり窓辺の座席でめいいっぱいシートを後ろに倒して寝かされていたからだ。

 バスの座席は、各班ごとに分けられてて僕の班は、あろうことか、小鳥みたいによく喋る轟さんと、妖魔で虎みたいな大山君(体が大きすぎてシートに収まらない)そして、びっくりしたんだけど。

 僕の隣の席には、幽霊女の子の南さんが、座っていた。

 けど、ほんとよく覚えていないんだ。

 気分が悪くなって、窓を開けて、風にあたって。バスの車内では、僕は、ほとんど寝てたんだと想う。

 幽霊女の子の南さんが僕の隣の座席ともあって最初は緊張してたけど、乗り物酔いのせいで気分が悪くて、それどころじゃなかった。酔い止めの薬、飲んでたのに。

 それから僕は誰かに、ひょいっと抱えられて(虎みたいな大山君かな?)みんなと一緒に船に乗せられた。

 よくあるフェリーとかの大きさの船で、クラスメートの子たちとかが、甲板や船内で騒いでハシャギまくってる声が、酷すぎる船酔いでダウンした僕の耳もとに聞こえた。

 案の定、小鳥みたいな轟さんは、みんなとハシャギまくってたような気がするけど、時々、「大丈夫?」とか言って、船の中の休憩室で寝かされていた僕に声をかけてくれてたみたいだ。

 けど、ほんと僕は船酔いが酷過ぎてそれどころじゃなかった。散々だった。

 だけど、船酔いで休憩室に寝かされてた僕の傍に、誰かがいた気がする。

 海から吹く風が心地良かった。

 そうだ。誰かが僕の隣にいた気がして、ボーッとしながら言ったんだっけ……。


「誰? いるの?」


「同じ班だから」

 

 そんな風に、聞こえたんだけど。南さん? だったのかな?

 たぶん。そうなのかもしれない。いつもみたいには姿は見えなかったけど。

 ずっと船の中でも寝かされてた僕は、合宿先のある場所に船が停泊する頃には、なんとか自力で立てるようになっていた。

 

(ゴゴゴゴゴ……)


 僕らを乗せたフェリーみたいな船が合宿先のある岸に停泊するために、旋回しながら大きなエンジン音を立てる。

 再び船内が激しく振動して揺れる。

 僕は「ウッ」となりながらも、なんとか吐き気をこらえてヨロヨロと立った。

 僕の荷物は大山君が、またまた、ひょいっと軽々と持ってくれた。


「あ、ありがとう」


「同じ班だからな」


 妖魔で虎みたいな大きな大山君の素っ気ない返事だったけれど、なんか嬉しかった。

 

 ──まだ二十代とかって言ってた川岸教頭先生の挨拶の後に、僕はなんとなくボンヤリとここまで来た道中での記憶を思い返していた。

 けど今は、まだ四月の初めころで。酔ってた時は心地良かった海から吹く風も今は、ちょっとだけ冷たく感じて肌寒い。

 だけど、お天気が良くって太陽の光が眩しい。青空だけどクラクラする。

 何をしてたのか教頭先生の挨拶の後に海からの風に吹かれながら、ちんちくりんのハゲちゃビンお爺ちゃん校長先生が今ようやく遅れて船からヒョコヒョコと降りて来た。

 うぶ毛みたいな校長先生の頭の毛が海から吹く風に揺れている。まるで別の生きものみたい。気持ち良さそうだ。けど、ちんちくりんのハゲちゃビンだから太陽の光が校長先生のツルツルの頭に反射していて、とても神々しい。光輝いている。

 

「だいぶ疲れておるようじゃの? 川岸教頭先生?」


 お爺ちゃん校長先生が、背の高いまだ二十代の川岸教頭先生の肩をポンポンと2回ジャンプしながら(ちんちくりんだから)叩いて言った。

    

「アンタのせいでしょーがっ!?」


 三角の目をして、ちょっと怒っている川岸教頭先生がお爺ちゃん校長先生の両脇を子どもみたいに、ひょいっと抱えて抱っこして持ち上げた。

 校長先生を抱っこした教頭先生の目がワナワナと震えている。


(あぁ。なんかフラフラする。早く終わんないかな? 教頭先生と校長先生の、このやりとり)


 僕は、ちょっとだけ、また気分が悪くなり始めて足もとのカバンから水筒を取り出してグビグビと水を飲んだ。自由に持って来て良かったから水筒にジュース入れてる子もいるんだろうけど、やっぱり水が一番喉のど越しが良い。

 ジュースだと、すぐに飲んじゃって無くなっちゃうし。それは良いとして。


「もう、すっ込んでてくださいっ!」ってハーッと、ため息をついた川岸教頭先生がお爺ちゃん校長先生を後ろに追いやって、合宿の小冊子にあった『1.校長先生の挨拶』を省略してすっ飛ばした。


(ガシャン! ガー……ピー……)


 川岸教頭先生の持ってた赤いメガホンみたいな拡声器が地面に落っこちた。

 先生たちの後ろから「ワシ寂しい」って、お爺ちゃん校長先生の声がボソッて聞こえた気がした。

 けど、地面に落っこちたままの赤いメガホンみたいな拡声器を誰も拾い上げることもなく、この合宿の大まかな目的の説明と各クラスの担任の先生の挨拶が、そのあとで始まった。


「えー。改めまして。A組の担任のカノウ夢葉ユメハです! みなさん! 格闘技は、好きですかっ!? 私は、格闘技を通じて浄霊の何たるかを教えます!! 寝技、立ち技、すべての格闘技を通じて、幽霊のみんなも、生きてるみんなも楽しく仲良くなりましょう!!」


(シーン──)


 相変わらず先生とは温度差のある僕ら。いや。僕らは、まだこないだまで小学生だったわけだし、なんてリアクションして良いのか分からない。そ、それに、格闘技だって!? 格闘技と浄霊って、なんか関係あるの?苦手だ。僕は、運動音痴なんだ。無理だ。


(上手くやっていけるのかな)


 けど、川岸教頭先生が「ハイ! 拍手っ!!」って言った後で、教頭先生につられて慌てて僕らも拍手した。

 

(パチ……パチ……)

 

 温度差は、あるけど。僕だって超一流の浄霊師エクソシストになりたい。

 だから僕は、めいいっぱい大きな音でパチパチ!!と拍手した。

 すると後から、ワーッて歓声が上がるみたいにしてA組のみんなが、たくさん大きな音でパチパチパチ!!と拍手し始めた。

 

(な、なんだ!?)


 たぶん、みんな最初だし。川岸教頭先生に言われるまでは、なんてリアクションして良いか分からなかったんだろな。そういう意味じゃ後からだけど、僕もめいいっぱい勇気を出して大きな音で拍手出来て良かったと思う。

 担任の叶先生が、嬉しそうに、ピースサインを出して笑っている。たぶん、男子の中には叶先生のこと好きになるヤツもいるんだろうな。

 そうそう僕らはA組で。ツインテールに髪の毛を二つくくりにしている担任の叶先生は赤い上下の体操着ジャージを着ている。定番の2本の白のラインが横に入ってるヤツだ。なので、僕らA組の生徒は赤いジャージ服姿だ。

 けど、幽霊な子たちは入学した時と同じ格好をしているように見える。ボンヤリ半透明に。

 だけど、幽霊な子たちも僕らと同じ格好が出来るようになれるからって昨日、合宿前の授業で担任の叶先生がそう言ってた。

 幽霊な子たちだってイメージの訓練次第では、どんな服装にも変えられるって。

 合宿の訓練の目的の中には、幽霊な子たちのイメージ訓練もプログラムの中に入ってるようだ。


 南さんは──?


 チラっと同じ班の幽霊女の子な南さんを見てみる。やっぱり南さんは、どこかの学校のセーラー服姿だ。

 海から吹く風に幽霊なのに南さんの黒くて長い髪の毛が揺れた。


(チラっ──)


 学校にいる時みたいに。また、南さんと目が合った。大きな南さんの長い睫毛まつげに瞳。


(み、見てる?)


 やっぱり、僕は恥ずかしくなって、僕らの目の前にいる担任の叶先生の方をもう一度見た。

 けど。


(な、なんか知らないけど南さんと目が合うんだよなー? なんなんだろ? 幽霊って生きてる人のことが気になるのかな?)


 よく分からないまま次のB組の担任の女先生の挨拶が始まった。


「B組担任の魔道専門。黒井戸クロイド黒音クロネ先生だよー。よろしくー。あ。魔道は魔術ってことで格闘技ー? なんかよりも浄霊っぽいかもねー? おまじないなんかも教えちゃうよー?」


 なんか先生なのに軽いノリで挨拶する黒井戸クロイド先生も叶先生と同じ女先生で、もと幽霊先生。噂じゃ今は、生き返ってて普通の人間らしいけど、やっぱり叶先生と同じように妖魔大戦で第一級以上の活躍をしたとかで神様に特別に生き返らせてもらったらしい。


 もう、何がなんだかって想うほど嘘みたいな本当の話──らしい。

 黒井戸クロイド先生は、黒いショートの髪の毛をしてて叶先生もそうだけど何て言うのかな。可愛いって言うよりキレイだ。

 叶先生より2つ年上らしいから、二十歳ってことで年頃の男子とかが見たら喜びそうなくらいで。

 魔道専門って言ってたから僕にはそっちの方が向いてるのかなー?なんて思う。興味もあるし。担任の叶先生には悪いけど。

 黒井戸クロイド先生は、黒のジャージ服姿だ。だから、B組の生徒は、黒のジャージ服を着ている。

 僕も、B組の黒のジャージ服が、良かったな。

 あ、B組の担任の黒井戸クロイド先生が「格闘技ー?」なんて言ったもんだから隣にいる叶先生の顔が、ヒクついている。苦笑いとかの比じゃない。ちょっと怖い。

 続いて、叶先生も黒井戸先生も使わなかった赤いメガホンみたいな拡声器を地面から拾い上げたC組の担任の先生──白銀シロガネ真莉愛マリア先生が青のジャージ服姿なのに、背中に背負っていた大きな剣を引き抜いて天にかざすと、拡声器を使って声高らかに宣言した。


「我が名は白銀シロガネ真莉愛マリア! 聖騎士パラディンである!! 騎士道における浄霊の全てを教える! こころざし高き有能な生徒諸君よ! 我につどえっ!!」


 な、なんか違う。つ、ついて行けない。

 白銀シロガネ真莉愛マリア先生も女先生で、スラッとした背の高い美人だ。

 異国の人なんじゃないのかって想わせる、腰まで届く長い金の髪の毛に青い瞳。

 叶先生や黒井戸先生と、ちょっとタイプが違うのは先生の雰囲気だけじゃなくって、もともと浄霊師エクソシスト専門プロとしてやっていた生きてる人間ひとだったってこと。

 この白銀先生も妖魔大戦で活躍した先生らしいんだ。

 けど、変な噂とかは無くって叶先生よりも一つ年上らしいから、たぶん十九才。

 ということを噂好きの小鳥みたいな轟さんが言ってたのを聞いた。

 もともと修道院に白銀先生と一緒にいた僕らと同い年の子たちが、このススキがおか浄霊師エクソシスト養成中学校にも生徒として入学して来ているらしい。

 白銀先生が担任をしているC組の満天ミツゾラ星夜セイヤって男子と青風アオカゼ姫花ヒメカって女子だ。二人は幼馴染みってことで、白銀先生のことよりも、そっちの方が、何かと噂だ。

「付き合ってるんじゃないのー?」とか言って、やっぱり噂好きの轟さんが言ってた気がする……。


「「 真莉愛マリアさん! 素敵過ぎですー!! 」」


 う、うわっ!? び、びっくりした。白銀先生の挨拶の後で、この幼馴染みの二人が、声をそろえて白銀先生に言ったもんだから。二人の声に僕は、ちょっと、びっくりした。


「さんではない。ここでは先生と呼びなさい」


「「 ハイ!! 真莉愛マリア先生っ!! 」」


 ものすごく白銀先生のことリスペクト(尊敬)しているんだね。満天ミツゾラ君に、青風アオカゼさん。やっぱり僕は、ついていけないや。


(な、なんか世界が違う。アハハハ……)


 背中に大剣を背負っている白銀先生は青色のジャージ服を着ているので、C組の生徒は青色のジャージを着ている。

 

(ジャージはC組の青でも良かったよね。僕のクラスの赤色は、ちょっと嫌だな)


 僕が、そんな風に想っていたら幽霊女の子の南さんが、僕の隣でクスッと笑った。


(え? な、なんか僕、変な顔してたかな? い、いや。C組の白銀先生とか満天君とか青風さんのノリが可笑おかしかったんだよね?)


 あー。なんでだろ? そんな僕の隣でクスッと笑われると例え幽霊女の子の南さんでも気になってしまう。変だったかな? 僕?

 そんなことを考えてたら白銀先生の後ろから僕らと同い年くらいの女の子が「ジャーン!!」とか言って出て来た。


「僕が保健の先生のヴィシュヌヴァ先生だ!よろしくー。あ、僕に治せない傷は無い!! 病気だってドンと来いだ!! だから安心してみんなで合宿を楽しもう!!」


 僕と同い年くらいにみえる女の子?じゃない。この僕っこ女の子先生がヴィシュヌヴァ先生で保健の先生だ。信じられない──。本当に、先生なの?

 治せない傷は無いとか病気だってドンと来いって、どんだけなんだ?

 お医者さん以上? 物凄い頼もしさを感じるんだけど何者だろう?名前も名前で、ヴィシュヌヴァって。日本人じゃないの?

 保健のヴィシュヌヴァ先生は指先の出てる黒い手袋を両手にはめてて、保健の先生らしいそれっぽい白衣を着てる。大人用の白衣しか無かったのか入学の時の僕の七五三みたいな姿じゃないけど、着さされてる感満載だ。それに、黒ブチの大きな丸メガネをかけてるんだけど、なんか顔のサイズと合ってない。

 

(な、なんか、マッドサイエンティストみたいなんですけど)


 けど、どう見たって僕と同い年くらいの女の子にしか見えなくって。

 

(ヴィシュヌヴァ先生って大人っぽく見られたいのかな?)


 それにアホ毛って言うのかな?さっきからお爺ちゃん校長先生の時みたいにヴィシュヌヴァ先生の頭の上のアホ毛が、風にクルンクルンとプロペラみたいに回っている。


「はいっ! 拍手っ!!」


 保健のヴィシュヌヴァ先生がそう言って気持ち良さそうに両手を広げると──サァァ……と風がたちまち吹いて、なんだか身体全体が一気に元気になった。


(パチパチ!!パチパチパチ!!)


 なんか、学年全体で物凄い拍手が湧き上がった。見事だ。

 

(何者なんだろう? ヴィシュヌヴァ先生って? 同い年くらいの僕っこ女の子先生にしか見えないんだけど)

 

 そんな風にして、みんなの疲れてた空気が一気に吹き飛んで。ようやく、先生たちの挨拶が終わった。

 

「えー。では、今から小休憩をはさみまして各クラスグループ毎に順番に登頂します。合宿先の宿泊施設は山の上ですが頑張れば1時間ほどで着きます。はりきって行きましょうー。あ、途中に洞窟があったり急な山の斜面がありますが、くれぐれも無理はしないように。何かあったら担任の先生に言いましょう」


(だいぶ疲れているのかな? 川岸教頭先生?)


 僕らからみると川岸教頭先生はオジサンだけど、まだ二十代。


(遠い目をしている……)


 相変わらず、しんどそうな川岸教頭先生は、なんか先生って言うよりも、どこかの会社の普通のサラリーマンみたいって感じだ。先生たち以外にも手伝いに来てくれたスタッフさんたちに、あれこれ忙しそうに指示を出しているんだけど、なんか川岸教頭先生のテンパってる一杯いっぱいな感じが、見てると申し訳ないくらいに僕にも伝わって来る。


(あんまりジロジロ見ちゃ悪いかな?)


 そう思った僕は、そこまで読む気はしないけどカバンからゴソゴソ『旅のしおり』を取り出して読んでいるようなフリをした。そう言えば、川岸教頭先生自体の自己紹介的なものは無かったような。


(忙しくて忘れたのかな?)


 って言うのも落ちこぼれ浄霊師エクソシストになるかも知れないなんて今から心配している僕は、川岸教頭先生の専門にしてる『心霊機械工学』(『旅のしおり』には、少しだけそんなことが、書かれている)に興味がある。なんでかって言うと知識と技術と少しの霊力センスがあれば、みんなのサポート役になれるかも知れない(そんなことが、『入学のしおり』に書かれていた気がする)からだ。

 僕らの学校じゃ浄霊の時に使う『魔道具』のことも教わるみたいなんだけど──(担任の叶先生があんまり言いたくなさそうに、「B組担任の魔道専門の黒井戸先生から教わるんじゃないー?」 みたいなことをチラッと学校で言ってた気がする)──最先端の科学と技術を取り入れた『心霊機械工学』の機械よりも、たくさん霊的なセンスが必要な『魔道具』の方が使えるようになるまでよっぽど難しいらしい。

 なので、自信の無い僕は、『心霊機械工学』をしっかり勉強したい。そう思ってた。

 だから、ちょっとだけ『心霊機械工学』を専門にしている川岸教頭先生のことが気になっていた。

 いやいや、好きとかそう言う意味のことじゃあなくって……。


(んー。保健のヴィシュヌヴァ先生の『不思議な風』は、川岸教頭先生の心の中にまでは吹かなかったのかな?)

 

 さっき保健のヴィシュヌヴァ先生の挨拶の時に吹いた『不思議な風』のおかげで、僕や周りのクラスメートたちみんなは元気いっぱいな感じだ。出発までの小休憩ってこともあって余計にそんな感じがする。 


 さっきまで、みんな体育座りをして先生たちの話を聞いてたけど先生たちの話が終わると、だんだん同じ列の前の子や後ろの子とかと体育座りをしながらペチャクチャと、おしゃべりを始めた。

 出発までは小休憩のおかげで少しだけ自由時間がある。

 山頂の合宿用の宿泊施設までは、近くにトイレが無いもんだから船まで戻ってトイレに行く子、水筒に入ったお茶か飲み物を飲んで水分補給してる子(僕)、ふざけあったりじゃれ合ったりしてる子(危なっかしいし疲れちゃうよ?大丈夫なんだろうか……?)、しゃべりまくってる子(轟さんだ)、目を閉じてドカッ!と腕組みして座ってる子(虎みたいな大山君だ。存在感あるな)──

 ──見ているフリをしてた『旅のしおり』をカバンにしまって僕は、あたりをキョロキョロ見渡していた。

 僕と同じ学年のみんなは、だいたいの子が前まで小学生だったからなのか、だんだんお構いなしにワーワーキャーキャー騒ぎ出して嬉しそうにしている。

 幽霊の子たちの中でも静かにしてる子と悪ふざけみたいにハシャギまくってる子(全然幽霊っぽく無いんですけど──、やっぱり体は半透明)とがいる。

 見渡すと暗いというか淡々としているというか幽霊らしい子(こう言っちゃ変だけど)と幽霊なのに底抜けに明るくて元気そうな全然幽霊みたいじゃない子(けど、やっぱり見た目は幽霊)がいて、やっぱり幽霊の子たちの中でも、温度さがあるみたいだ。テンションが全然違い過ぎる。

 こう言っちゃ何だけど中には全然、打ち解けてない子もいる。僕が言うのも何だけど。

 それは、生きてる子たちにしても幽霊の子たちにしても同じことが言えるんだけど、全然違う方向を向いてたり、ボーッと立ってたり。体育座りをして地面の砂を一人でいじってたり。チラホラ、そんな子たちを見つけてしまう。

 流石に今回の合宿は、グループ毎に分けられているから、班の中で誰かから質問されれば答えたりとかは、しているみたいなんだけど。


(心を通わすのが、難しい……。いや、ほぼコミュ障の僕が言うのも申し訳ない気もするんだけど。南さんだって──)


 僕は少しだけ勇気を出して南さんの方をチラッと見た。南さんは風に吹かれるままボーッと突っ立っている。時々、髪の毛をかき上げる仕草をみせては、光る海を見つめているみたいだった。相変わらずの長い睫毛まつげと大きな

 けど、入学したての時の南さんみたいに、今の南さんは、うつむいてはいなかった。顔を上げて、どこまでも続く水平線の彼方を見ているようだった。南さんの着ているどこかの学校のセーラー服とスカート、胸の赤いリボンが風に揺れている。

 

(そう。そうだ!! 心を通わす!! そのための合宿じゃあないのかっ!? きっと幽霊の子たちとも生きてる子たちとも友達になれるっ!! 合宿は、まだ始まったばかりじゃないかっ!!)


 ちょっと、いつもとは違う思考パターンに自分でも驚いてビックリした。なんか、海を見つめる南さんが余計にキラキラと見えた。自分でも不思議だった。

 小休憩の時間が終わって、みんながもとの場所に帰って来た。各クラスの担任の先生たちが、点呼を取って確認してる。僕も、叶先生に、「赤羽くん!」と呼ばれたので慌てて「は、はいっ!!」と返事をした。

 相変わらず、僕は、言葉に詰まるけど。それより今から洞窟を抜けて山登りしないといけないから、そっちの方が心配だ。


(もつかな。僕の体力。同じ班の大山君や轟さん、それに幽霊女の子だけど南さんにも、また迷惑かけちゃうのかな)


 僕らは各クラスごとに並んでて、さらに同じ班の子たちと一緒に登ることになってるみたいだ。

 

「さあ!! 行っくよー!! A組っ!! 出発ーっ!!」


 僕らA組担任の叶先生の明るい声が、空いっぱいに響いた。


「ちょっと待ってくれんかの?」


 その時、先生たちの後ろに追いやられてたツルッツルのハゲちょろげお爺ちゃん校長先生が突然、僕らの前に出て来て何かを言おうとした。


「な、なんです? 校長先生? この期に及んで、また何かヤラカそうって言うんですか?」


 川岸教頭先生が何かを察したみたいに恐る恐るお爺ちゃん校長先生にたずねた。


「いや、なに。登頂したら宿泊施設で、みんな休むじゃろ? 部屋にもグレードがあっての? 一番先に到着したクラスが一番ええ部屋を使えるみたいな? どうじゃろ? その方が盛り上がるじゃろ?」


 ツルッツルのハゲちょろげお爺ちゃん校長先生が、また突拍子もないことを言い出した。それを聞いた先生たちも僕らも、みんな騒ぎ出した。


「「 あ、あんたって人はっ!!? 」」


 僕らの担任の叶先生と川岸教頭先生が声をそろえて、そう叫んだ。


「安全第一でしょうがっ!? 部屋の割り振りは『旅のしおり』に書いてあるように決まってます!! 競争して山登りして、生徒たちが怪我したら、どうするんですかっ!?」


 川岸教頭先生が目を三角にしてツバやシブキが飛びそうなくらい勢いよく、僕ら生徒たちの目の前で、お爺ちゃん校長先生に猛反発した。

 叶先生もお爺ちゃん校長先生を説得するために必死になってる。

 僕は本当に川岸教頭先生と叶先生の言うとおりだと思う。


「いや、何。保健のヴィシュヌヴァ先生もおるし怪我の治療は心配ないわい。それに、いかに早く生徒たちの能力を引き出し安全に登頂させるかも各クラス担任の先生たちの力量が問われるところじゃろ? 先生たちの活躍ぶりを見せてもらって今月のお給料……ボーナスも倍にアップさせてもらおうかの?」


「「 なっ!? 」」


 川岸教頭先生と担任の叶先生が声をそろえて、ちょっとだけ一瞬たじろいだ。お金の話がお爺ちゃん校長先生から出て来て、急に川岸教頭先生と叶先生の様子が変わった。

 

「僕がいるから、怪我のことは心配ないよ? しっかりサポートさせてもらうから大丈夫っ!! いくら霊力が高くても、たくさんお金を手にすることは難しいからねー」


 なんだか、保健のヴィシュヌヴァ先生もお金のことが気になってるみたいだ。指先のあいた黒い手袋をはめたまま何かを指折り数えてて、ヴィシュヌヴァ先生がニヤついている。


「あら? 叶先生は自信がないの? 残念ねー。全部、上手く行くように私ならサポートしちゃうけど? 安全、楽しさ、生徒たちの能力アップ。担任の教師としては全部出来てこそじゃない?」


 B組担任の黒井戸先生が、僕らの担任の叶先生をやっぱりアオる。いきなり、最初から何もかも求めるなんて無茶だ。無理があり過ぎる。もう、のほほんと、ゆっくりで良いじゃないかって僕は思う。けど、アオられた叶先生の表情が、みるみる変わって行く。


「黒音っ!! 分かったわ!! これは、決闘よっ!! あんたのクラスが先か私のクラスが先かっ!! 勝負よっ!!」


 あー。なんで、この二人の先生たちは、お互いに張り合うんだろ。叶先生が一歩も引かない。僕らの運命は、いったいどうなるんだろ。南無阿弥陀仏。


「勝負か。面白そうだな。金に興味はないが勝負ともなれば話は別。叶先生と黒井戸先生には悪いがC組担任として、この白銀シロガネ真莉愛マリアも決闘を申し込みたい。フフ……。久しぶりに血がたぎる。生徒たちの安全は私が聖騎士パラディンとして確保する。勝負と言いながらも、いざという時は生徒たちもそうだが、私たち教師同士もお互いに助けあい苦難を超える。それでこそが浄霊師エクソシストではないのか?」


 も、もはや次元の違うお話になって来た。や、やっぱり、C組担任の白銀シロガネ先生には、ついてイケない…。


「「 流石ですっ!! 白銀シロガネ真莉愛マリア先生っ!! 」」


 わっ!! び、ビックリした!!またしても、白銀真莉愛先生のクラスの満天ミツゾラ星夜セイヤ君と青風アオカゼ姫花ヒメカさんが、大きな声で、白銀先生に声援を飛ばした。

 笑顔で、C組のクラスメートたちみんなに手を振る白銀先生。なんか、白銀先生は大きな剣をジャージ服姿で背負ってるし、腰まで届く金色の長い髪の毛に青色の瞳だし、変な感じだけど、この場面だけを見ると何だかまるでよくある異世界もののアニメを見ているみたいだった。そんなこんなで、やっぱりお爺ちゃん校長先生の意見が通ってしまい『第1回クラス対抗洞窟山登り合戦』が、始まった。


「オゥラァ!! みんなぁっ! 行くぞぉーっ!!」


 担任とか受け持ってないはずの川岸教頭先生が人が変わったように張り切り出した。あんなに疲れてる顔をしてたのに。お金って怖い。

 隣を見ると幽霊女の子の南さんも静かにラジオ体操みたいなのをして、深呼吸をしている。ウォーミングアップってわけか?南さんも、やる気?轟さんも虎みたいな大山君まで、みんな準備運動をし始めた。


(な、なんか、みんな気合い入ってるな。ぼ、僕だけ? まだ、心の準備が出来てないの?)


 なんか誰が引いたのか、僕らの目の前の地面には『第1回クラス対抗洞窟山登り合戦』のための白いスタートラインが、石灰の粉でいつの間にか引かれていた。

 お爺ちゃん校長先生が、どこから持って来たのか運動会の徒競走でスタートする時に鳴らすピストルを耳を塞ぎながら、かかげようとしていた。


(ゴゴゴゴゴゴゴ、キーン……)


「な、なんだ!?」


 僕からすると、やむなく始まってしまった『第1回クラス対抗洞窟山登り合戦』。スタート前から、なんか、とんでもない霊力の高まりを学年のみんなや先生たちからも感じる。


「ほっほっほっほっ」


 スタートラインでスタートを合図する時のピストルを構えて立つお爺ちゃん校長先生からも、すんごい霊力が研ぎ澄まされているのが分かる。笑ってるけれど。

 何ていうのかな。いや、僕だって多少霊感があって人には視えないものが視える。ここにいる幽霊の子たちとか?けど、その程度なんだけれど、なんだか空気全体がとんでもなくビリビリ震えてるって言うか。僕は、アワアワと、うろたえていた。キョロキョロと、辺りを見渡すと──

 ──人間なのに鳥みたいな格好になってる子や、蛇? ウロコを全身にまとってる子や、人間の姿のまま何かの動物に変身しているような子たちがいた。


「あわわわわわ」


(か、勝てっこない)


 僕は、その子たちの変身した姿を見てビビってしまった。


「へっ! 慌てるこたぁないぜ? 赤羽。 あいつら俺と同じ『妖魔』だ。けど、バカだな? いきなりパワー全開にして飛ばしてみても身がもたねぇぜっ!!」


 虎みたいに大きなガッシリとした大山君が、スタート前にビビって緊張している僕の肩をポンポンって軽く叩いて、そう言った。意外にも大山君が僕のことを「赤羽」なんて名前を呼んでくれたことに少し驚いた。いや、ちょっとだけ、嬉しかった。けど、『妖魔』の子たちに混じって、何かの呪文? をブツブツ目を閉じて唱えてたり、お数珠や十字架を握りしめて何かを念じてる子たちや、墨で全身にタトゥーみたいなのを描いてる子、体に巻いてる包帯をクルクル巻き取って炎みたいなのを体から出してる子、地面に魔法陣みたいなのを描いてる子たちもいた。


(ぐぇっ!? にゅ、入学したてなのにっ!? も、もう、そんなことが出来るのっ!? え!? 浄霊師エクソシスト志望で何も出来ないのって僕だけ!? ど、どうしよう)


 せっかく大山君のおかげで気持ちが落ち着き始めてた僕は、な、なんか、みんなとの浄霊師エクソシストとしてのハッキリとした差を感じてしまい──。

──またしても不安と緊張で、縮こまって落ち込んでしまった。


「赤羽君? 慌てない慌てない。確かに、あの子たち浄霊師エクソシスト志望の子たちね? サラブレッドってとこかしら? けど、大丈夫っ!! 私が、しっかり赤羽君のことサポートしてあげるからっ!! ねっ!?」


 小鳥みたいに、よくしゃべる轟さんが不安な僕の気持ちを「私がいるから大丈夫!!」的な感じのことを言って強引にまとめようとした。けど、どうしても僕は劣等感みたいなのを感じてしまう。

 轟さんだって両腕に巻いてる赤いアヤトリみたいな紐を僕の目の前でシュルシュルと自由自在に動かしているし。ぼ、僕が持っているのは、ず、ズボンの中のポケットのビー玉だけ。

 轟さんの赤いアヤトリみたいな紐や、他の浄霊師エクソシスト志望の子たちが持ってる『魔道具』なんて呼べるほどのシロモノは持ってない。『妖魔』の子たちには遺伝とか血筋とかだから、そんなに僕も劣等感は感じてないって言うか。そこは、仕方がないって想えるんだけど。

 C組の満天ミツゾラ君も青風アオカゼさんもカバンから自分用の『剣』を取り出して、革ベルトみたいなので腰に固定して準備し始めている。


「私たち浄霊師エクソシストは術──力の発動までに時間がかかるのよ。『妖魔』の子たちとは違ってね?」


 轟さんが、そう言うと同じ班の大山君がニヤリと笑って、こう言った。


「瞬発力──爆発力なら俺たち『妖魔』の方が浄霊師エクソシスト連中よりも上だなっ!! 咄嗟とっさのタイミングで力を発揮出来るから術が間に合わねーなんてことはねぇっ!! どんな状況にだって対応できるぜっ!!」


「ふん! 状況次第よ! いくら『妖魔』の子が瞬発力に優れてるからって対応出来ないケースだってあるわよ?」


 轟さんが「へへーん」と、してやったりの態度で鼻をフフンと鳴らした。


「けっ!! だからこそ、どんな状況でも対応できるように、ここで修行するんじゃねぇかよっ!!」


 なんか、虎みたいな大山君が小鳥みたいな轟さんに一本取られたみたいな感じになってて悔しそうだ。

 スタート直前の時間にしては、けっこう同じ班の轟さんや大山君としゃべれたけど各クラスと各班のスタート前の作戦会議は、ほとんど、なし。

 いや、こうやって、しゃべれてるわけだし、何かを伝えることくらいは出来たのかも知れないけれど。お爺ちゃん校長先生が、生徒のみんなや先生たちの臨機応変さを見たいからーとか言い出して、ほとんどのみんなが誰とも何も相談出来ないまま、いきなりスタート開始することになってしまっている様子だった。


(後は──)


 僕は、もう少しだけ目を凝らして幽霊の子たちを視てみる。相変わらず、ボーッとしている子や、スタートとかそっちのけで、ハシャギ回っている子たちもいる。けど、B組担任の黒井戸先生が同じクラスの幽霊な子たちに、この僅かなスタート前の時間に何かをこっそり耳打ちして回ってる。


「取り憑く」


 幽霊女の子な南さんが僕の隣に、フワーッと寄ってきて、そんなことをポソリ……と、つぶやいた。


「え? 取り憑くって?」


 僕は南さんにたずねた。


「特殊能力。幽霊の子たちには、あんまり無い。って思う。特殊な力は、先生たちから教えてもらう。生き返れるように。今の私たちには取り憑くこと。それだけ」


「え? 取り憑く? 特殊能力!? 生き返る!? 何のことっ!?」


 僕の隣で一緒に聞いていたおしゃべり好きの轟さんが、僕と幽霊女の子な南さんとの会話に、目を輝かせて食いついて来た。


「私たちの担任の叶先生も幽霊な子たちが、なんで学校にいるのか後で説明するーって言ってたけど、まだ何も説明が無いんだよねー? もしかして。その。何か関係あるのかな? 生き返るってことと?」


 轟さんが幽霊女の子な南さんにそう言うと、南さんは少し黙ってからこう言った。


「後で言う」


 それっきり南さんは、バッサバサの長くて黒い前髪を垂らしてうつむいてしまった。


「まったく。轟はデリカシーってもんが、ねぇな? ピーチクパーチク。鳥みたいにウルせぇんだよ。話しかけられるのも人によっちゃあ時にはツラいってもんだぜ?」


 大山君が空気の読めない轟さんをさとしている。


「な、なによ!? あ、あんたのその一言ひとことの方が、よっぽど傷つくんですけどっ!?」


 負けじと小鳥みたいな轟さんが、虎みたいな大山君に喰ってかかった。


「ま、まあ、やめなよ? 二人とも。もうすぐスタートだよ? た、確かに轟さんみたいに南さんの言うことも気になるし大山君の言うように、今すぐ聞かなくても良いとは想う。今は、とりあえず無事、山の上の宿泊施設まで登りきれることを考えようよ」

 

 ぼ、僕は、ちょっとだけ勇気を出して轟さんと大山君に、そう言った。同じ班のメンバーとして。


「ふん! そうだな。赤羽の言うとおりだ。今、南に聞くことじゃねぇよ。校長のジジイは、クラスが勝てば一番良い部屋に泊まらせてやるとか言ってやがったが、そんなことよりも俺たちA組が他のどのクラスよりも一番強えぇってことを証明してぇっ!! 絶対にB組にもC組のヤツらにも負けねぇっ!!」

 

 大山君が何か興奮気味に虎みたいにガオー!!ってなりながら、そう言った。

 

「ふん! 高級ホテル『ザ・シーサイドビュウホテル・リッツヒルトン樹海』!! 私たちの教育施設にして高級過ぎて3月まではプレオープンで抽選で宿泊客を募ってたけど、ネットでもすんごい人気で絶賛話題沸騰中とかって、そんなことは、どうでも良いのよっ!! 要は私たちA組が他のどのクラスよりも凄いってとこを見せつけてやるんだからっ!!」


 そ、そうなんだ。な、なんか、ちょっとだけ聞いたことあった気がしたけれどホテルなんて興味なかったし。ま、まさか、僕らの宿泊施設が、そ、そんな高級ホテルだったなんて。

 けど、大山君も轟さんも、そんなことは、どうでも良いんだ。

 いや、轟さんは、どうでも良いとか言っときながら、やたらなんか詳しいし。

 でも、A組。僕らのクラスの勝利。それに関しては大山君も轟さんも、燃えているんだ。


「高級。リゾート。最上階は絶景。ラグジュアリーなビップルームが多数。温泉もある。ルームサービス半端ない。けど、私も、みんなの足、引っ張りたくない。負けたくない」


 珍しく幽霊女の子な南さんが興奮気味に、たくさんしゃべった。でも、なんで、南さんは宿泊先のホテルのこと知ってるんだろ?夜中に誰かのネットでも、こっそり見てたのかな?


「み、南さん、ホテルのこと詳しいね?」


 僕が南さんにたずねると、


「ホテル好き。居心地の良いところは他の幽霊な子たちも、みんな好きなんじゃないのかな? けど、勝ちたい。それが青春でしょ?」


 スタート直前。僕は南さんのこのセリフを聞いて、ものすごくドキッ!!とした。


(せ、青春…か。か、考えたことなかったな)


 静かに、しゃべった南さんの長くて黒い髪の毛が海から吹く潮風にフワッと揺れて、空からまぶしく光る太陽に反射した。


「位置について!用意!!」


 お爺ちゃん校長先生が、いよいよスタート前のセリフを言い出した。ドキドキする。


「お!? そうじゃ!! 1位になったクラスの生徒には霊験あらたかにしてほまれ高きゴールデンバッジを!! 最優秀の先生と最優秀の各クラスのグループには特別エムブイピー賞として何かワシから特別にご褒美をやろうぞっ!!」


「「「「 うおぉーっ!!? 」」」」


 スタート直前の、いつものワガママお爺ちゃん校長先生のこの突拍子もないセリフのせいで生徒のみんなや先生たちまでもがワーっ!!となって、どよめいた。


(パンッ──!!)


「スタートじゃあぁっ──!!」

 

 お爺ちゃん校長先生のスタートの合図のピストルの音が青空に鳴り響いた。


「「「 うおおぉぉぉっ!! 」」」


(ドドドドドドドドドド!!)


 各クラス各班の妖魔な子、浄霊師エクソシストの子、幽霊な子たちが、一斉にスタートラインを飛び出した。どよめきの中、砂煙を上げて。まずは、スタートラインから100mほど離れた鬱蒼うっそうと生い茂る山頂へと続く洞窟の入り口を目指して、みんなが一斉に走り出した。


「うおおぉぉぉっ!! みんな!! 俺に、ついて来ぉーいっ!!」


 疲れていたはずの川岸教頭先生が、まるで別人みたいに生き生きとして、生徒の誰よりも速く革靴にスーツ姿のまま先頭を切って走り出した。『心霊機械工学』で使う重そうな機械を背負っているのに速い。オジサンだけど流石は教頭先生だ。


「流石は楓くん。一流の浄霊師エクソシストにして教頭先生ね。壮絶を極めた『妖魔大戦』を生き延びただけのことは、あるわねー?」


「楓……。いきなり、あんな飛ばして大丈夫かなー? たぶん、生徒の子たちの先導役を買って出て張り切っているんだとは思うけど」


 B組の担任の黒井戸先生が黒い球体に包まれて突然、僕らの目の前に現れた。

 かと思うと──。

 僕らA組の担任の叶先生が赤いジャージ服を着たまま、黒井戸先生を追いかけるようにして物凄いパンチとキックの連打を、黒井戸先生の身体を包む黒い球体ごと浴びせていた。


(ズガガガガガガ!!)


 僕らの目の前だけ突然、夜になって。物凄い稲光と雷の轟音が鳴り響いてるみたいだった。昼間なのに。


(ドガガガガガガガガ!! ズゴォォォン!!)


「あら? 私の邪魔ばかりしてて良いの? 夢葉ユメハ? A組のサポート役に徹しないとクラスの子たちがヤバいんじゃない?」


「アンタこそ自分とこのB組優先で、私のA組や真莉愛マリア先生のC組を妨害するつもりでしょっ!!」


「ウフフ……。言いがかりよ? 夢葉ユメハ? 私が何したって言うのかしら?」


「フン!! 今の内、アンタを牽制けんせいしとかないと、アンタは何しでかすか分からないからねっ!! 黒音クロネ!!」


 横を振り向くと僕の隣で走ってる?いや、正確に言うと、ちょっと地面から浮いて飛行している幽霊女の子な南さんが、バッサバサの長くて黒い前髪を風になびかせながら、大きな目を輝かせて、長い睫毛まつげをパチクリとまばたきさせて涼しげな顔をして「ふふ……」と、笑っているように見えた。

 相変わらず、僕らA組担任の叶先生とB組担任の黒井戸先生はバッチバチだけど、C組の白銀しろがね先生は我関せずと言った感じで、叶先生と黒井戸先生のバトルには参加しようとはしなかった。


「フフ……。相変わらず元気が良いな。叶先生と黒井戸先生は。私も混ぜてもらいたいものだ。が、今は生徒優先。血がうずく。フフ……」


 C組担任の白銀しろがね先生も笑っているみたいだった。余裕の表情と言った感じで叶先生や黒井戸先生と比べると、かえって不気味だった。


 け、けどっ!!僕は、それどころじゃあないっ!!

 押し合いへし合いになりながら、各クラス各班の生徒のみんなが、一斉に山頂へと続く100m先の洞窟の入り口を目指して走り出したもんだから、僕は砂煙の中、転ばないように踏まれないように倒れないように、それだけで必死っ!!


「ぐっ!!」  


 走りながら転ばないように僕が耐えてると、上空を赤い火の鳥みたいなのが、一瞬、太陽の光にキラめいて青空高く山頂へと吸い込まれるように飛んで行った。


「ちっ!! アイツは、朱雀すざくのところのB組の『くれない』だ!! 姉貴の朱音アカネが一流のプロ浄霊師エクソシストで妹のアイツ(くれない)も妖魔で火の鳥だ!!」


 ギュウギュウと押し合いへし合いの中、大きな山みたいな虎のような大山君が、ドスドスと重たそうに走りながら悔しそうに、そう言った。


「ちょっ!! み、見てよ、あの子の背中!! 何体もの幽霊な子たちが、ぶら下がったり、のっかったりしてるわよっ!?」


「けっ!! 妖魔だからな。俺たち妖魔は普通の人間と違って霊に取り憑かれても平気だしな。むしろ、力として妖力に変換できる。やるかとは思ったが、くれないの奴、案の定かよ」


 小鳥みたいな轟さんが驚いて、虎みたいな大山君が打つ手無しと言った感じで、大きな口から牙をむき出しにして言った。B組担任の黒井戸先生が、スタート直前に幽霊な子たちにささやいてたのって、このことだったのかな。


「あきらめるの?」


 幽霊女の子な南さんが、僕の隣でギュウギュウの押し合いへし合いの砂埃すなぼこりの中、地面から身体を浮かせて飛行しながら、そう僕たちに、つぶやいた。


「え?」


「へっ!! 言うじゃねぇかよ? 南!!」


 またもや小鳥みたいな轟さんが驚いて、そのあとで大山君が何か思いついたらしく、ニヤリと笑った。


「赤羽!! 俺が、『爆裂大腕爆波ばくれつだいわんばくは』でお前を火の鳥のくれないのとこまでブン投げるから、轟!! お前は、アヤトリの赤い紐で赤羽巻きつけとけっ!! 赤羽が火の鳥のくれないをとらえたら、俺と轟で赤羽を妖魔のくれないごと引き寄せる!! 南は、俺か轟に取り憑いて力を貸せっ!!」


「了解っ!! アンタにしては、ナイスアイディアね!!」


「チッ!! ひと言、多いぜっ!!」

 

 ひえ……。なんて事だ。僕が、遥か上空を飛ぶB組の火の鳥のくれないさんのところまで、虎みたいな大山君にブン投げられて、カッ飛ばされて──

 ──僕が、B組の火の鳥のくれないさんに、しがみつく? って言うか抱きつくっ!?んなっ!? で、出来るのか!?いや、ヤルしかない。けど、B組のくれないさんは火の鳥だよ!? も、燃えているんですけど。


「お、大山君? く、紅さんは火の鳥で、燃えているんだよ? だ、大丈夫なのかな?」


「赤羽!! んなコト、四の五の言ってる場合じゃねぇっ!! 保健のヴィシュヌヴァ先生が、いるだろーが!! 俺の見たてじゃ、ヴィシュヌヴァ先生はマジ凄ぇ!! やるだけやってみろっ!! 赤羽!!」 


「わ、分かったよ……」


「心配いらないよ? 赤羽君? マジヤバかったら、私が赤いアヤトリ紐で赤羽君を引き戻すから。ね?」


「そう。心配いらない。赤羽君……」


 ギュウギュウと押し合いへし合いの中。各クラス全員の子たちが、砂埃すなぼこりを上げて走っているけど、僕は轟さんの言葉と幽霊女の子な南さんの言葉が、嬉しかった。特に、何気に、あんまりしゃべらない幽霊女の子な南さんが、僕のことを「赤羽君」と言ったのには驚いたのもあったけど、ちょっと嬉しかった。と、その時──

 ──C組の方で何か声がして「キラン」と何かが光って、遥か上空を飛ぶB組の火の鳥のくれないさんをめがけて飛んでいった。


甲賀こうが流闇手裏剣、『満月風車』。飛ぶとは卑怯にござるな? ならば、拙者も飛び道具を使わせてもらうでござる」


「おおっ!! 流石は、御剣みつるぎ君!! ナイスだよっ!! シビれる忍術っ!! ねぇ、姫花ひめか?」


「だよねー? 刀剣も良いけど、霊力で作った手裏剣って素敵よねー。星夜せいやよりも御剣みつるぎ君のが、カッコイイかも?」


「え?」


 な、なんか、C組の子たちの声が聞こえたみたいだけど。B組の火の鳥のくれないさんをめがけて乱射されて飛んでいった光る物体は、ことごとく、ヒラヒラと火の鳥のくれないさんにかわされてC組の方へと戻っていった。


「くっ!! 敵方もやるでござるな? 拙者の闇手裏剣、『満月風車』が全てかわされるとは!? め、面目ない……。星夜せいや殿に、姫花ひめか殿」


「だ、大丈夫だよ? 御剣みつるぎ君? 数撃ちゃ当たる!! 落ち込まなくても、レッツトライだ!」


「んー。やっぱ、御剣みつるぎ君の忍術でも無理かー。ウチのクラスの男子は、なんか頼り無いなー」


「「 え!? 」」


 なんかC組の方が、わちゃついてるけど。B組の火の鳥のくれないさんが、同じクラスの幽霊な子たちをたくさん乗せてグングンと山頂の僕らの宿泊施設まで昇ってゆく。


「チッ!! ヤベぇぜっ!! こうなりゃ、赤羽!! やるしかねー!! 作戦決行だ!! 行くぜっ!!」


「ひゃ、ひゃいっ!!」


 僕は、虎みたいな大山君に、まともに「ハイ」と返事出来ずに……。ただただ、心臓の音をバクバクさせるだけだった。


「じゃ、アヤトリ紐を赤羽君、巻きつけるわよっ!! 頼むから、B組の火の鳥のあの子を阻止してねっ!!」


「ふぁ……、ふぁふぁったよ!!」


 僕は、「分かったよ」って、言いたかったけど、言葉にならなかった。


「じゃあ、南さんは、私か大山君に取り憑いて力を貸して!!」


「うん……。けど、私は赤羽君に取り憑く……。たぶん、その方が良い……」


「「「 え? 」」」


 なんか、僕も轟さんも、虎みたいな大山君まで、キョトンとしてしまった。

 

 僕は、轟さんの赤いアヤトリ紐でグルグル巻きにされて、いよいよ虎みたいな大山君の妖魔の技『爆裂大腕爆波ばくれつだいわんばくは』で、遥か上空を飛ぶ火の鳥のくれないさんのところまで、カッ飛ばされることになった。


「じゃあ、行っくよー!! 古式こしき……アヤトリ組紐くみひも──『赤色のちぎり』……」


 轟さんが目を閉じて、そう言って静かにお祈りすると、手を合わせた轟さんの両手からスルスル……と赤いアヤトリ紐が僕へと伸びて──

 ──クルクルと不思議な感じで、轟さんの赤いアヤトリ紐が僕の身体に巻きついて行く。


「ハハッ!! 間に合えよー!! 行くぜっ!! 猛虎!! 俺式、白虎びゃっこオリジナル!!『爆裂大腕爆波ばくれつだいわんばくは』!!」


 ──ああ、神様……。どうか、僕をお守りください……。南無阿弥陀仏……。アーメン……。


「フフ……」


(ん? あれ? 保健のヴィシュヌヴァ先生?)


 なんか、遠くの方で、保健のヴィシュヌヴァ先生が風にゆれるみたいにして、僕に「フフ……」って笑いかけたように見えた。


「さぁ。大丈夫だから。赤羽君。行こっか」


「え?」


 幽霊女の子な南さんのささやくような声が聞こえたかと思うと。僕の身体の中に南さんが、入って来たっ!!


「う、うわっ!?」


 なんだか、目の前に星が回る──けど、なんだろう? だんだん、暖かくなって──不思議なことに僕の身体まで、何だかフワフワと軽くなっているような気がした……。

 けど、なんか、変な感じだ。

 僕の中に、僕以外の人がいる──幽霊女の子な南さんの呼吸とか心臓の音とかが不思議なくらいよく聴こえた……。南さんは幽霊なのに。


「さあ……。行こっか……。赤羽君……」


 もう一度、幽霊女の子な南さんの声が、僕の中で響いて──。



──┿──



「──ギィヤァァァァァァァァァーーーーー──!!」

 

 説明しよう。僕は、B組の火の鳥妖魔のくれないさんを阻止するため──轟さんの赤いアヤトリ紐でグルグル巻きにされ、虎みたいに大きな大山君の妖魔の技『爆裂大腕爆波ばくれつだいわんばくは』で、この大空をカッ飛んでいた。


 いや。

 正確に言うと、僕ひとりでカッ飛んでいるわけじゃない。

 幽霊女の子の南さんが、僕の身体の中に入って来て──僕は南さんと一緒に、この大空をカッ飛んでいる。


 ここまでの流れは、本当に一瞬。

 待った無しの状態で、轟さんの赤いアヤトリ紐がクルクルと巻きつき、幽霊女の子の南さんが、僕の身体の中にスーッと入って来て「大丈夫だよ?赤羽君?」って言ったかと、思うと──


 ──突然、虎みたいな大山君の左腕が、人間の腕じゃない鬼のような大きな腕にバケモノみたいにふくれ上がって──、たちまち僕の身体を手のひらサイズで包めるくらいに巨大化させて、僕の身体を幽霊女の子の南さんごとつかんだんだ。


「行くぜっ!! 俺式、白虎びゃっこオリジナル!! 『爆裂大腕爆波ばくれつだいわんばくは』!!」


(ガシッ──!!)


「ひ、ひぇっ!?」  


「うおおぉぉぉっ!! 間、に、合、えっ!! ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──!!」


「ギィヤァァァァァァァァァーーーーー──!!」


 と言った感じ──……だぁぁぁぁっーー!!

 ひぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっーーー!!


 虎みたいな大山君の放った妖魔の技『爆裂大腕爆波ばくれつだいわんばくは』は、正確なコントロールで。

 僕と僕の身体の中に入った南さんは、グングンと、火の鳥妖魔のくれないさんのもとへと、大山君に大空をカッ飛ばされて近づい行く。


(キーーーーーーーーン──!!)


「あばばばばばば……!! ぶべらべらべらっ、ぼへぇーーーー!!」


 物凄い風圧だ。

 言葉にならない。

 着ている服が風でバタバタと音立てて──僕の身体の表面をおおう皮膚が、物凄い風の力で波打っている。


「赤羽……君?」


「ぼふぇ……?」


「もうすぐ……」


 僕の身体の中に入ってて、南さんの姿は視えないけれど──

 僕の身体の中にいる南さんの声が、頭の中で木霊こだまするみたいにして響いて──


 僕と南さんの目の前に近づいて来る火の鳥妖魔のくれないさんが、慌てて僕らの方へと振り返り──鳥みたいに目を丸くして(あ、今はくれないさんは鳥だ)、口をパクパクさせている。

 火の鳥妖魔のくれないさんに、のっかってる幽霊の子たちも、わちゃわちゃと慌てふためいていて──


「──ん? って、何? ひ、人ぉっ!? ぶ、ぶつかる!? よ、よけられない──!? 」


 C組の子が火の鳥妖魔のくれないさんめがけて放った丸い光のタマだって、全然よけれてたのに──

 たぶん、僕と南さんは、その光のタマよりも速く──虎みたいな大山君に『爆裂大腕爆波ばくれつだいわんばくは』で、ブン投げられてたみたいだ。

 

 あっと、言う間にゼロ距離に──


「ぶひゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 近づいた。

 

(ドゴォォン──!!)


「きゃぁぁァァーー!?」


「あぶぇっ!?」


 頭の中と僕の目の前に、くれないさんにぶつかった時の衝撃で、星が飛んだ。

 

 ──けど、ぶつかった時の衝撃は、そんなに無くて。

 普通なら、このスピードで人間が人間にぶつかれば──死んじゃうんじゃないかって、想うんだけど……。


(……ううっ。あれ? 風? 感じる──……)


 ふと、空を見上げると──ヴィシュヌヴァ先生が、風にのって飛んでるみたいに浮いてて……。

 僕と南さんの方を見て、ウインクした。


「イェイっ!! 赤羽君、ナイスファイト!!」


 そう言ったヴィシュヌヴァ先生が、風にのって空を飛んで浮いたまま、僕と南さんに向かってウインクしながら──左手の親指を立ててサムズアップして、笑っている。


(ヴィ、ヴィシュヌヴァ先生──と、飛べるんだ……。い、いったい……)


 訳が分からない僕は、ふと、右の手のひらを見てみると、透明な風の層みたいなのがクルクルと回って包み込んでいて──火の鳥妖魔のくれないさんに炎で焼かれてても、おかしくないはずなのに──僕の身体は火傷ひとつ追わずに守られていた。


 けど、僕は、気がつくと──大の字になって火の鳥妖魔のくれないさんに、しっかりガッチリ抱きついていたみたいだった。


「きゃぁぁァァ!! やめて! 変態っ! 痴漢チカン!!」


「い、いやっ! あのっ!! ちがっ!!」


 ヴィシュヌヴァ先生の風みたいな力のおかげもあってか、僕も南さんも、火の鳥妖魔のくれないさんも無事みたいだけれど……。

 やっぱり、それでも、僕と南さんが空飛ぶくれないさんにぶつかった時の衝撃のせいか、くれないさんが僕に抱きつかれてパニックになっているせいなのか──分からないけれど──


 火の鳥妖魔のくれないさんの空飛ぶ高度が、グングンと下がって来ていた。


「よっしゃあー!! やりやがったぜっ!!」


「ヤタッ!! 作戦成功っ!!」


 見下ろすと──


 ワァァと、塊になっている学年全体のみんなの中に、ガッツポーズしている大山君と嬉しそうに飛び跳ねる轟さんの姿が、小さく見えた。


「ヤッタね? 赤羽君に南さん!! それに、轟さんも大山君もっ!! 流石は、私のA組の生徒たちっ!!」


「ウフフ……。まだまだ、これからよ? 夢葉ユメハ? ウチのB組は、こんなもんじゃないわ?」


「フフ……。戦いの幕開けには相応ふさわしい……。見事な攻防。C組も負けてられんな……」


 夜の雷みたいだった僕らのA組担任の叶先生とB組担任の黒井戸先生とのバトルが、いったん止んで、もとの昼間みたいな明るさに戻って──

 C組担任の白銀しろがね先生は、C組の先頭に立って走っている。


 川岸教頭先生の姿は、もうどこにも見当たらない。

 たぶん、先頭を切って、一番ノリで、洞窟の中に入っていったんだと思う。


 空の上から見える順位としては(先生たちは順位には関係ないけれど)──


 先頭を、ひた走る川岸教頭先生。

 そのあとに、戦闘バトルしていた叶先生と黒井戸先生。

 を、横目に──白銀先生が追い抜く形。

 そして、白銀先生に続くC組の子たちが、集団の少し手前に抜けようとしている最中……、僕らのA組とB組が、てんやわんやのモミ合いのしっちゃかめっちゃか。団子状態。誰が誰だか分からないくらい。


 だけど──

 轟さんと、大山君は、集団のだいぶ後方にいるみたいで、僕と南さんを見上げているのが、分かる。

 火の鳥妖魔のくれないさん阻止作戦の決行のためとは言え、仕方がないとは言え……。


 それと、火の鳥妖魔のくれないさんに取り憑いていたB組の幽霊な子たちが、パラパラと地面へと落下しているみたいだ。


「『美食家ソウルイーターラフレシア』!! 花園はなぞの君!!」


「あいよー」


 B組担任の黒井戸先生が、そう叫ぶと──


 B組の子の誰かが、背中を丸めた途端──その子の背中から見たこともない大きな花が開いて──落ちてくるB組の幽霊な子たちを、まるで吸い込むようにして、あっという間に受け止めた。

 って、あれ? 食べてる?


「な!? アイツは、浄霊師エクソシストか? 妖魔じゃねぇな?」


「えと……。誰だっけ? あ、植物霊使いの子だ!! たくさん霊を吸収して、爆発的な力に変えるとかって、聞いたような?」


「だろうな。妖魔も、取り憑いた霊を力に変えれるが、吸収は出来ねぇ。身体の表面に取り憑かせるのと、身体の中に降霊憑依させるのとも、違う」


「やっかいね……」


「あぁ……。って、赤羽と南を引っ張るのが、先だ!! このまま、くれないをゴールさせるわけには、いかねぇ!!」


「あ。いっけなーい。忘れてた! てへ!」


──┿──


「なまら、他のクラスにばっか、ええカッコばっか、させてられないでやんす!!」

 

「ぐもももももも!! フンガー!!」


 何か、誰かと誰かの叫び声が、僕と幽霊女の子の南さんと、火の鳥妖魔の(くれない)さんのいる上空まで聞こえて来た。

 誰? と、思いきや。

 赤いジャージ服を着ている毬栗(イガグリ)頭の丸坊主の男の子と、柔道着を着たやたら身体の大きな幽霊な男の子の二人組がドスドスと。先にトップで洞窟に入った川岸教頭先生に次いで、2位をひた走るC組先頭の白銀先生に──海岸の砂浜の砂煙を巻き上げながら──追いつこうとしていた。


「──A組の子……たち」


 僕の頭の中に、そう言った幽霊女の子の南さんの声が響いたかと思うと──スーッと、南さんが僕の身体の中から出て来た。

 ぶわっ……として──一瞬、何か僕自身が脱皮したかのような感覚に襲われた。(いや、僕は、虫でもないし、爬虫類でもないんだけど)


「え? 南さん? 僕の身体から抜け出……──」


「ここからは、私も手伝う……」


 え? そうなの? いや。南さん。充分、僕の心の励みにはなったよ?

 でも、ほんというと、もうちょっと、僕のなかにいて、励ましてくれたりしても良かったんだけれど……。

 ん……? でも、なんか、この照れ臭い感じ……。なんなんだろ。


「なに? 私の背中で、イチャついてんの!? あんたたち、もしかして、付き合ってんの? 私も彼氏欲しー!! って、そんなのどうでも良い!! ウカウカしてらんないわっ!! さっさと、ゴールしなきゃっ!! 私の美しい、この美貌(びぼう)火の鳥スタイルに惚れちゃう男子も、いるかもしれないしっ!!」


 なんか……。声を張り上げて言うところが……。

 轟さんばりに、自分アピールの強い子だなって、思う……。(くれない)さんって。いや、轟さんより上か。

 妖魔だけど、やっぱ、異性とか興味あるんだなー……って、そんなの思っちゃいけないのかもだけど、あんまり異性とか意識したこと無い僕は、そんな風に想った。


 そうこう思っていると──


「良いで、やんすか? オイラたち、親友でやんすね!?」


「フンガー!!」


「なら、オイラが、へばったら、霊力を貸すでやんすよ!?」  


「フンガー!!」

 

「なら、背中に乗るでやんす!! 同じ班の子とA組の子たちは、ピンチになったら、オイラの胴体を切り離して助けに行くでやんす!! ぐむむむっ!! 妖魔態化!! 『阿修羅百足(アシュラムカデ)』ーっ!!」


「フンガー!!」


 「フンガー!!」しか言ってない(なぜか、「フンガー!!」の声だけが空までよく聞こえる)幽霊男の子が、毬栗(イガグリ)頭の丸坊主の男の子の背中にひょいと乗ると──、見る見るうちに毬栗(イガグリ)頭の丸坊主の男の子は、何本足があるのか分からないほどの、巨大な百足(ムカデ)へと、姿を変えていった。

 洞窟の中へ突入したら、百足(ムカデ)って、めちゃめちゃ速そうだと想う。

 

「へぇ……。アイツら、ヤルぜっ!!」


「って、感心してる場合っ!? 私たちも、引っ張るわよ!?」


「へっ!! 言われるまでもねーぜっ!!」


「「 せーのっ!! 」」


(ガクン──!!)


 火の鳥妖魔の紅さんの空飛ぶ高度が、僕にからみついた轟さんの赤いアヤトリ紐を、虎みたいな妖魔の大山君が引っ張ったことで急速に下がった。

 僕は、必死に火の鳥妖魔の紅さんの背中に、しがみついた。


「離せ!! 離してよ!! この、変態っ!!」

 

「嫌だ!! 離すもんかっ!! 命に変えてもっ!!」


「な、なに!? ほ、惚れてんの!? 私に!?」


「ち、ちがっ!!」


 思い込みの激しい子だなって、想う……。火の鳥妖魔の紅さん、て。


「こちょこちょこちょ……。こちょこちょこちょ……」


 ──と。僕が、火の鳥妖魔の紅さんの背中に、必死で抱きついていると──僕から抜け出た幽霊女の子の南さんが、火の鳥妖魔の紅さんの身体を、こそばし始めた。


「アッハ!! アハ!! な、なに!? や、やめてよ!? ギャハハハハハハ!! く、くすぐったいっ!! なにって、アハ!! ゆ、幽霊なのに、アハ!! あ、あんた、なんで、私にアハ!! さ、さわれ……ヒィー!! アハハハハハハ!!」


「ヴィシュヌヴァ先生の風の力。幽霊の私でも、今は、あなたに触れられる……」


 よく視ると──幽霊女の子の南さんの手のひらに、ヴィシュヌヴァ先生の風の力なのか、透明な風の膜みたいなのが、クルクルとまとわり付いてて──どうやら、今限定で、幽霊女の子の南さんでも妖魔女子な紅さんの身体に触れられるようだ。


「よし!! あいつら、何か、やりやがったぜ!!」


「みたいね! 火の鳥妖魔のあの子が、グングン地上に降りてくる!!」


 轟さんと虎みたいな大山君が、なんか、口をパクパクさせて言っている。嬉しそうだ。

 

 上空を飛ぶ僕が、ふと、隣を見ると──


 火の鳥妖魔の紅さんと、その背中にしがみつく僕と、尚も、こそばし続ける手を止めない南さんに向かって──

 風に乗って空飛ぶヴィシュヌヴァ先生が、先生の足もとまである長い白衣をバタバタと風になびかせながら──

 顔のサイズに合わない大きな丸い黒眼鏡の奥から、キラキラと瞳を覗かせて──

 

 またもや、僕らに向かってバチッ!とウインクした。

 先生は、手にはめた指先の空いた黒い手袋グローブから左手の親指を出して、サムズアップしている。

 ヴイシュヌヴァ先生の頭の上のアホ毛が、プロペラのように風に揺れていた。


「グッドラックだね!! 少年と少女たちよ!!」


 ヴィシュヌヴァ先生が、そう叫んだ後──もうすぐ地上まで、あとわずか……といったところまで、轟さんと虎みたいな大山君が、火の鳥妖魔の紅さんと、僕と幽霊女の子の南さんを赤いアヤトリ紐で、凧糸たこいと手繰たぐり寄せるみたいにして引っ張った後。


 百足ムカデ妖魔の男の子と、妖魔態化して変身したその百足ムカデの背中に、「フンガー!!」と叫んで乗った柔道着幽霊少年の男の子が、早くも山頂の僕らの宿泊施設へと続く洞窟の入り口に入っていった。


「ウンウン。やっぱり、洞窟一番乗りは、私のA組よねっ!!」


「させるかっ!! ──B組が、植物霊使い!! 花園くんっ!!」


「ふわぁ~……。ねむっ……。了解ー。伸び縮み自由……。巨大アサガオのツル~……」


(ズルン……。グムムムムムムムム……──)


 なんだか、眠たそうに欠伸あくびをするB組の花園くんて子が、やる気なさそうに叫んだ後──僕らのA組の「フンガー!!」幽霊少年な子と百足ムカデ妖魔な子を追いかけるようにして──巨大な何かの植物のツルが、一瞬で大きくなって伸びたように空から視えた。


「ふわわわ……。ねむっ……。B組のヤツらぁ、全員つかまっとけ……」


 B組の花園くんが、なんだか眠そうに──口をパクパクさせて言った。


(ズドドドドドドド──!!)


 一気に、B組の子たちが、花園くんの巨大アサガオのツルにつかまって、洞窟へと雪崩なだれ混んでゆく。


「ヤタッ!! 生徒の能力と個性の把握は、担任の勤めよね? 夢葉ユメハ? ウフフ……」


「ハッ!! あんたなんかに、言われるまでもないわ!! これからよっ!! 黒音クロネ!!」


 B組の生徒全員が、瞬時に洞窟へと入った最後尾に、黒井戸先生が、巨大アサガオのツルに片手でつかまり、笑顔で僕らに手を振る。


「バイビー!! チュッ……!!」


 投げキッス……。初めて見た。


「うへっ!! 黒音っ!! アンタのなんか、見たくないわよっ!!」


 悔しそうにも、黒井戸先生の後を追いかける、僕らのA組担任の叶先生。

 僕も、B組の子たちに先を越されて焦るけど──だいぶ、地上へと、僕と幽霊女の子の南さんと、火の鳥妖魔の紅さんは、降りて来ている。


「ここから……──」


「え?」


 火の鳥妖魔な紅さんを、尚も手を休めずに──こそばし続ける幽霊女の子な南さんが何かをつぶやいて──よく聞き取れなかった僕は、幽霊女の子な南さんへと聞き返した。


「あひっ! わひっ!! も、もお、ダメ……。アハハハハ!! ま、まいったわよー!! 降参っ!! もうやめてー!! アハハハハ!!」


 最後、僕は暴れまくる火の鳥妖魔な紅さんに、必死でしがみついてるのが、精一杯だったけど──


 僕に巻きつけられた赤いアヤトリ紐を手繰たぐり寄せた轟さんと、虎みたいな大山君が、僕と火の鳥妖魔な紅さんをキャッチ!!

 幽霊女の子な南さんが、火の鳥妖魔な紅さんの背中から、フワッと降りて──ようやく、僕らは地上へと生還した。


「フン!! 私たちB組は、先に行ったわよ? って、キャー!!」


 火の鳥妖魔な紅さんの変身が解けて──

 すっぽんぽんの丸裸の紅さんが、両腕と両足をくねらせて、ワチャワチャと、その場で立ち尽くしている。


「おほっ!?」


「ほげっ!?」


 目を丸くして、鼻の下を伸ばした虎みたいな大山君と、驚き過ぎて呆気に取られてる僕。


「キャー!!」


 叫び声を上げて、すっぽんぽんの丸裸なまま、その場にしゃがみ込み、うずくまる紅さん。


「ちょっ!! バカ男子!! 見ちゃダメー!!」


「見ちゃ、ダメ……」


 慌てて、叫んだ轟さんとボソッと呟いた幽霊女の子の南さんが、僕と大山君の目の前に立ち塞がり、バリケードを作った。


「ふ、ふごっ!! わ、悪い……。俺は、こう言うの、み、見ねぇ主義だぜ……」

 

「もう、見たじゃない!!」


「み、見てねー……」


 顔を真っ赤にして、しゃがみ込みながら怒鳴る紅さんと、同じく顔を赤くして、知らん顔して口笛を吹くそぶりの大山君。


(はわわわわわわ……──)


 僕は、ドキドキが止まらずに、慌てふためくだけだった。


「やっぱり、男の子……だね?」


 幽霊女の子な南さんが、長くて黒い前髪をかき分けて、チラリと僕を見てから、長い睫毛まつげをパチクリとさせた。

 幽霊女の子の南さんは、地面からやっぱり少し浮いてて──南さんの着ているどこかの学校のセーラー服が、風に揺れて見えた。


「ちょっ、服!! 誰か、服!! 持って来てー!!」

 

 慌てて叫ぶ轟さん──けど、僕は、百足ムカデ妖魔なあの男の子もきっと──なんて、想像してしまう。

 誰か、って言うか、同じ班の子たちがあの子の服とか荷物を持ってくれてたら良いんだけど……。


 と──


(ヒラヒラヒラヒラ……)


 紅さんの黒ジャージにバスタオル、下着(見てはいけない)一式が、風にのって飛んできて──きちんと、畳まれたまま、ストン……と、紅さんの目の前に置かれた。貼り紙が添えられている。


(『──紅さん。ごめんね。後で私の魔力で引っ張るから、これ着てね。B組担任の黒井戸先生より──』)


 貼り紙には、B組担任の黒井戸先生が魔力で描いた水墨画みたいな文字が、書かれてある。

 魔法陣を描くみたいにして。


「う……。くっ……!!」


 恥ずかしそうな顔を真っ赤にして、着替え一式を手に取る紅さん。

 

「バカ男子!! 向こう向けっ!!」


「向こう……向いてて……」


 轟さんに怒鳴られ、南さんに静かに注意された僕と大山君。

 僕は、呆気に取られてたけど、知らん顔してた大山君も、やっぱり何だかんだ言って、見てたみたいだ。


「んもう……。黒音クロネったら、自分のクラスの子ほったらかしにして……。何してんのよ……。大丈夫? 紅さん?」


 慌てて駆け寄って来た僕らA組担任の叶先生が、黒髪のツインテールを揺らして、しゃがみ込んで──B組の紅さんを優しくナデナデして慰めている。


 その後から、背中に大きな剣を背負った青ジャージ服姿のC組の白銀しろがね先生もやって来て──涼しい顔をしたまま、腰まで届く金色の長い髪の毛を掻き上げて、紅さんの目線までしゃがみ込んで──ポンポンと紅さんの頭に優しく触れた。


「平気か……?」


「だ、大丈夫……です。平気です……」


 僕らの担任の叶先生が、B組の黒井戸先生が魔力で送って来た大きなバスタオルを、ふわりと紅さんに掛けてあげて、C組担任の白銀しろがね先生が、「ザン!!」と背中に背負った大きな剣を地面に突き刺して、僕らの目の前で仁王立ちになった。


 半端ない白銀しろがね先生のオーラ……。

 

 紅さんは顔を真っ赤にしてうつむいて、着替えを始めた。

 紅さんは赤毛で、ショートヘアな髪型は、黒井戸先生みたいだった。


(──……ブブブブブ……──)


(──え?)


 その時、真っ黒い球体みたいなのが、電気みたいな光を帯びて──着替え始めた紅さんを包み込み──アッと言う間に洞窟の中へと引きずり込み、消えていった。


黒音クロネの時間差魔力……。んもう!! 魔力発動が、ちょっと遅い!! ハイ! 大山君も赤羽君も!! A組の子たちのフォローに行って!!」


 パンパン!!──と、手を叩いた叶先生の声で、僕も大山君もハッとなった。


「……あ、赤羽っ!! い、行くぜっ!!」


「う……、うん!」


 僕と大山君は、一目散に、その場から駆け出した。


「A組とB組の見事な攻防──しかと見届けた……」


 そう、白銀しろがね先生の声が聞こえた瞬間。


 一瞬の閃光が、僕と大山君の目の前で光ったかと想うと──


 ──アッと言う間に、白銀しろがね先生の姿が洞窟の中へと消えていた。


 ちょうど、その頃、僕らA組とC組の子たちも、全員ようやく洞窟の中へと入った頃だった。


「さあ!! 最後尾になっちゃったけど、ここからよ!!」


「「「「 ──ハイっ!! 」」」」


 僕と大山君と、轟さん──幽霊女の子の南さんも、四人そろって僕らの担任の叶先生に、元気よく返事をした。


──┿──


「なっ!?」


 山頂の僕らの宿泊施設へと続く洞窟の入り口を目の前にして、僕は言葉が詰まった。

 ゆっくりと──僕らは洞窟の奥へと、入る……。

 ヒンヤリとした風が、洞窟の中から吹いて来た。


「こ、これって……」


 長い黒髪をポニーテールみたいにひとつくくりにした轟さんの髪の毛が、洞窟の岩肌かられる光と、洞窟内に流れる少しヒンヤリとした風を受けて、轟さんの背中で揺れている。

 氷柱ツララみたいなのが、いくつも洞窟の天井からぶら下がっていて、見上げる轟さんの顔も目も、洞窟の青紫色の光に照らされていた。轟さんの着ている赤いジャージ服さえ、青に見える。


「たまげたぜ……」


 虎みたいに大きな大山君の身体でさえ、洞窟内にあふれた青紫色の光を全身に受けていて、いつもは、イカツイ風貌ふうぼうなのに、なんだか、幻想的な雰囲気さえかもし出していて──

 大山君は、ツヤツヤと光る洞窟の天井の岩肌を仰ぎ見るようにして、立ち尽くしている。

 洞窟内で輝く岩肌の光を受けて、大きな大山君の身体を映す影さえも、黒じゃなくて青色に見えた。

 


「不思議な……場所」


 僕の後ろから、幽霊女の子の南さんの声が聞こえた。

 僕が振り返ると──どこかの学校のセーラー服を着た南さんが、幻想的に光る黒だったはずの長い前髪を青紫色にかき上げて──洞窟の光を受けた大きな長い睫毛まつげと瞳を、南さんはパチクリ! とさせた。

 セーラー服の赤だった南さんの胸のリボンが、洞窟内に吹く風と光のせいか、青色に揺れる。

 南さんは、洞窟内の岩肌の青紫色の光に染まる長い睫毛まつげと瞳を、キラキラさせながら、両手を胸に当てて、少し地面から身体全体を浮かせて、フワフワと立っている。


「でも……大変」


 南さんが、そうつぶやいたのも分かる。無理もない。

 なぜなら、それは──


「あちゃー! 合宿前に下見に行ったかえで(川岸教頭先生)と、お爺ちゃん(ちんちくりんのハゲちゃびん校長先生)から話は聞いてたけど、想像以上ねー……」


 赤ジャージとツインテールの黒髪が、洞窟の青紫の光に染まる叶先生。

 叶先生が、そう言って僕らの後ろからやって来て──額に手をあてたまま目を閉じて、洞窟の天井からブラ下がる氷柱ツララみたいなのを仰ぎ見るようにして──腰に手をあてて立っていた。


 僕が、もう一度、前に向き直ると──

 

 ──そこには、たくさんの生徒たちが、光る岩肌の地面に倒れてて、しゃがみ込んでる子や、身動きの取れなくなった子たちで、ごった返していた。


「あぁ……。夢葉ユメハ。想像以上に、ここは生徒たちにはキツかったみたいだ……。黒音クロネちゃんと白銀しろがね先生も、生徒たちの救護に当たってる」


 ワラワラとへばっている生徒たちの中から──洞窟のツヤツヤとした岩肌から漏れる光を受けた川岸教頭先生が──生徒たちに声を掛けながら、大きくて重そうな心霊機械工学の機械をスーツに背負って──僕らの目の前に現れた。川岸教頭先生の赤いネクタイが、青紫色に光り、風に揺れる。


かえでー!!」


 川岸教頭先生に駆け寄った僕らA組担任の叶先生が、突然、川岸教頭先生に抱きついた。


「ちょっ! コラッ!! 生徒たちの目の前だぞっ!! 夢葉ユメハ!!」


「てへ……。ゴメーン……。かえで


 僕は、目が点になった。

 大山君も鋭い目つきだったのを、さらに見開き──轟さんも、大きな瞳をキラキラとさせて、抱きついた担任の叶先生と抱きつかれた川岸教頭先生を見つめている。

 大山君と僕は、ポカーンと口を開けたままで、轟さんは、開いた口を両手で抑えるようにして立ち尽くしていた。

 南さんは──

 僕が振り返ると、南さんも驚きを隠せない様子で。

 南さんは大きくて長い睫毛まつげと瞳を、青紫色にキラキラと輝かせながら、いつもよりももっと大きく見開いていて──轟さんと同じく、開いた口を両手で隠すようにして、地面からフワフワと身体を浮かせている。

 けど、南さんの身体は幽霊って言うか、霊体? で、半透明で──だけど、南さんの手や足は、指先やつま先の方ほど、服を着ている身体本体に比べると、より透けて見えた。今は、青紫色に。

 


「付き……合ってる?」


 南さんが、そう口にした瞬間──


「「 ちがっ! ちがっ! ちがっ! ちがーうっ!! 」」


 僕らの担任の叶先生と川岸教頭先生が、光よりも速く南さんのもとへと、アッと言う間に駆け寄り──あたふたと、二人同時に両手をバタバタとさせて叫び、二人ともクジラのような形の目で苦笑いしながら「違う違うアピール」をしている……。

 

「フフ……。もちろん、違うわよ? A組の南さん?」


 どこからか飛んできたB組担任の黒井戸先生が、バチバチ!っと、赤と黄色の火花みたいな電光を放った黒い球体の中から現れて──黒井戸先生は、洞窟の光で青く光る自分の黒のショートヘアを耳もとでかき上げながら、南さんと同じ目線までしゃがみ込んで──優しくニコッと、南さんへと微笑みかけた。

 黒井戸先生に、優しいよりも怖いを感じた僕。

 なぜだろう……。大人の事情ってヤツ? なのかな……。


「……ん? どうした? 見ても分かると思うが、今は生徒たちが大変な状況になっているぞ?」


 「ガシャン!」と──大きな銀色の長い剣を洞窟の地面に突き立てたC組担任の白銀しろがね先生が、腰まで届く金色の綺麗な長い髪の毛を青紫色に背中で光らせながら、かき上げて──まるでお人形さんみたいな整った顔立ちで、スラリと立っていた。

 いや、僕らの担任の叶先生だって、お人形さんみたいに美人だし、黒井戸先生だって、お人形さんじゃないけど大人っぽい雰囲気が漂ってて、綺麗で美人だ。

 けど、C組担任の白銀しろがね先生は──色も白すぎるし、顔も小さいし、瞳も青で、背も高くて違う国のモデルさんみたいだ。


 けど──

 そうだ。生徒の子たち皆が、この青紫色に光輝く洞窟内の岩肌に、へばって……倒れている。

 僕も、なんだか……、力……が。


「ふむ。だいぶ、困っておるようじゃの? 先生方、生徒たち諸君っ!!」


 声が──。僕の後ろから、する……。

 振り向くと、ちんちくりんのハゲちゃびんお爺ちゃん校長先生が、紋付きはかまの白と黒の着物を着て、ポンポンポーンと、青紫色に光る洞窟内の壁を蹴って──クルクル回転しながら飛ぶようにして、やって来た。

 だけど、僕も、虎みたいな妖魔の大山君も、浄霊師エクソシストの轟さんも、幽霊女の子の南さんも、他の生徒の子たちと同じように、その場にへたり込んで、動けなくなった。


「な、何? これ……? ちょっと、身体……が。霊力……が」


「ちっ!! よ、妖力……が、吸われるようだぜっ!!」


「立って……られない」


 轟さんの背中まであるポニーテールが、地面をかすめて──轟さんは、両手をついてお姉さん座りをして、へたり込んでうつむいている。

 虎みたいな妖魔の大山君は、片膝をついて、しゃがみ込んだまま、鋭い目を光らせるように歯を食いしばって、動けないでいる。

 南さんは──小さな身体を棒みたいに真っ直ぐにして、青紫色に光る洞窟の天井を見つめながら仰向けになって、寝転がっている。それこそ、小さなお人形さんみたいに。


(霊力……? 吸われる──?)


 僕は、もともと霊力が、少なすぎるのか──なんだか、身体全体がダルい感じはするんだけど──そんなに、立ってられないみたいにはならなかった。


(そうか……。僕は、みんなよりも霊力が──、って、そんなこと考えてる場合じゃないっ!! みんなを、助けなきゃ──。でも、どうやって……)


 僕が、そんな風にして考えていると──


 また、後ろの方から声がした。


「ありゃりゃ! こりゃ、ヤバいよ? 百会びゃくえっち? 生徒たちみんな、へばってるじゃん!!」


 ヴィシュヌヴァ先生だ。


「よっ……と──」

 

 ヴィシュヌヴァ先生が、足もとまである身体のサイズに合わない長い白衣を風にフワリと浮かせて、両手を広げて洞窟の青紫に光る岩肌に着地した。

 そして、顔に合わないサイズのとても大きな黒い丸眼鏡を洞窟の光に反射させて、指先の開いた黒い手袋グローブから人差し指を出して、眼鏡の真ん中のフレームの部分をクイッと、上げた。

 ヴィシュヌヴァ先生の黄緑色したアホ毛も風でクルクルと回る。

 

 それにしても、百会びゃくえっち? 

 ちんちくりんのハゲちゃびんお爺ちゃん校長先生のことかな? 名前が、かのう百会びゃくえだから……。


「ほっほっほ。ヴィシュヌヴァ先生、すまんな? ヴィシュヌヴァ先生の絶妙な風の力で、なんとか、生徒たちも耐えておるようじゃの?」


「まったくもー。無茶するよ。百会びゃくえっちは。まだ、この子たちには早すぎるよー?」


「ほっほっほ」


 いや。「ほっほっほ」じゃないでしょ?

 生徒たちみんなは、かなり、へばってる。

 けど、風の力──


(……そうか。洞窟内に吹く風は、ヴィシュヌヴァ先生の風の力か。ん? よく見ると、だんだん、みんな元気になって来ているような──?)


 そう。

 さっきまで、生徒たちみんなは、へばってたのに、だんだん息がしやすそうになって来てて──みんな、その場で、胡座あぐらをかいたり体育座りをしてくつろぎ始めていた。

 背筋を「ウーン!」と、伸ばす子もいる。

 妖魔な子も。浄霊師エクソシストの子も。幽霊な子も。


「ぐあー……。って、ん? すっぽんぽんで、やんす? わっ! ワー!! 服を持って来るでやんす!!」


「フンガー!!」


 どうやら、「阿修羅アシュラ百足ムカデー!!」とかって叫んで、妖魔体化して大百足オオムカデになってた子も、今目覚めたみたいだ。すっぽんぽんで、お尻が出てるけど。

 「フンガー!!」幽霊少年な子も元気そうだ。


「ふぁ……。眠っ……。んー? 俺の植物霊……。まだ、出ねーか。だいぶ、霊力吸われてんな……」


 B組の植物霊使いの浄霊師エクソシストな子も、ようやく顔を上げれたみたいで、手のひらを何かグーパーさせて、確認しているみたいだ。


星夜せいやっ! 立てる?」


「ご、ごめん。姫花ひめか……。まだ、立てない……」


「まったくもー! 情けないんだからっ!!」


 C組の満天みつぞら星夜せいや君と、青風あおかぜ姫花ひめかさんだ。

 ちょっと、フラつき気味だけど、立ててる青風あおかぜさんに対して──満天みつぞら君は、腰に巻いてた革ベルトから剣を抜いて、洞窟の地面に突き立てて、なんとか立とうとしている。


(──いや、無理しなくて良いのに……)


 僕は見てて、そう想うけど……。あの子たちのいるところは、同じ洞窟内でも、ちょっと離れた場所で、すぐに行けない。けど、なんだか、あの二人の間に割って入れるのは、C組担任の白銀しろがね先生だけだと思う。


「拙者は、霊気の流れを体内に留める訓練を父上より施されていたので、立てるでござる。大丈夫でござるか? 星夜せいや殿に、姫花ひめか殿?」


「流石は、甲賀流本家! 闇忍者っ! 御剣みつるぎ君っ!! カッコイイ!!」


「照れるで、ござる……。って、え? 星夜せいや殿っ!?」


「お、俺だって……。立てるっ!!」


 なんだか──いつもどおり?

 C組の子たちが、ワチャワチャと何かしてるみたいだけど、いつもの通常運転にもどったような雰囲気で、僕はホッとした。

 僕の目の前では、へばってた生徒の子たち──みんなが、だんだんと、元気を取り戻しているみたいだった。


 その時──


(パンパン──!!)


 川岸教頭先生の手を叩く音が、静かな洞窟中に響いた。

 

「ハイ。注目──。えー。今から、校長先生からこの洞窟内における注意と説明があります! えー。みんな、しっかりと、聞くよーにー!!」


 川岸教頭先生が、洞窟内の天井の岩肌をあおぎ見たかと思うと、僕らへと視線を戻して、心配そうな目で、川岸教頭先生の隣に立つちんちくりんのハゲちゃびんお爺ちゃん校長先生の方をチラリと横目で見た。


「うぉほん!!」


 ちんちくりんのハゲちゃびんお爺ちゃん校長先生が、咳払いをして──僕らに何かを言おうとして、シーンとなった。

 青紫色に幻想的に光る洞窟内が、一瞬、静まり返った──


──┿──


(──ピチャン……)


 洞窟の天井の氷柱ツララみたいに伸びる岩から、水滴の落ちる音が聞こえる。

 たくさんの生徒の子たちは、みんな静かに黙ったまま、ちんちくりんのハゲちゃびんお爺ちゃん校長先生の方を向いて、体育座りして見ている。


(ゴオオオォォォォ──……)


 洞窟の中を流れる地下水の音だろうか。

 青紫に光る幻想的な洞窟の岩肌を背に、お爺ちゃん校長先生を中心にして、先生たちが僕らの方を向いて立っている。

 何処からか誰かが用意した小さな赤いお立ち台の上に立つ、お爺ちゃん校長先生。


「うぉほん! ──……。(……楓くん、マイク、マイク──!!)」


 お爺ちゃん校長先生が、咳払いをしてから何かを言おうとして──何かを思い出したらしく、隣にいる川岸教頭先生に小声で耳打ちしている。

 グーパーを繰り返すお爺ちゃん校長先生の左の手ひらに、川岸教頭先生から拡声器が手渡される。


「(──ピー……。ガー……)あー。アー。うぉほん!! えー。生徒たち諸君!! お疲れさまなのである!!(である……である……である──……)」


(──シーン……)


 それだけ?

 拡声器の音量を上げた、ちんちくりんのお爺ちゃん校長先生の声が、洞窟中に響き渡る。

 体育座りをして聴いていた僕ら生徒たちの目が点になる。

 さらに、僕らの頭の上を『?』マークが飛んでいく。

 川岸教頭先生、叶先生、黒井戸先生、白銀先生、ヴィシュヌヴァ先生も──、みんな一斉にお爺ちゃん校長先生の方へと振り向いた。


「……そ、それだけですか? 叶校長先生?」


 困った表情の川岸教頭先生が、何かお爺ちゃん校長先生の方を向いて話しかけた。


「ん? 楓くん。いや、川岸教頭先生。『』じゃよ? 『』。何事も、『』が肝心じゃろ?」


「……ま、そうですが……。って、スピーチ! スピーチ!!」


「ふぉ、ふぉ、ふぉ……。──そうじゃの……。では、生徒たち諸君!! 改めましてなのじゃ!!(なのじゃ……なのじゃ……なのじゃ──……)」


 またしても、拡声器を通して──お爺ちゃん校長先生の声が、洞窟中に木霊こだました。

 もう一度、改めて僕らへと向き直る先生たち。

 洞窟の天井を見つめて立っている川岸教頭先生が、きゅっ!──と、首もとのネクタイを締め直した。

 白と黒の紋付きはかま姿の着物から右手を出して、何度目かの咳払いをしたお爺ちゃん校長先生が、静かにゆっくりと話し始めた──


「この洞窟に入ってから、動けなくなった生徒たちは、手を挙げてみるのじゃ!!」


 お爺ちゃん校長先生の声に──おずおずと、みんなが体育座りをしたまま手を挙げる。

 僕も轟さんも幽霊女の子の南さんも、手を挙げたけど、虎みたいな大山君は、手を挙げようとしない。


「(──なに、カッコつけてんのよっ!?)」


 小さな声で轟さんが、隣にズーン……と大きな身体で胡座あぐらをかいて座る大山君のお腹を、グイグイと左の肘で押した。


「お、俺は、全然、動けてたぜ……」


 なにか、汗をかいたような表情で──鋭い目つきの大山君が、くちびるとがらせたまま、そう言った。


「カッコワル……」


 プイっと、横を向いた轟さんのポニーテールが、轟さんの赤いジャージ服の背中で揺れた。


「うっ……」


 それを見た虎みたいな大山君が、大きな自分の身体をデーンと洞窟の岩肌に座らせたまま、腕組みをして身動きが取れなくなっていた。


「赤羽君は……素直」


 幽霊女の子の南さんがチラリと僕の方を向いて、長い睫毛まつげと大きな瞳をパチクリ! と、させた。

 そして──、

 南さんは耳もとの長い髪の毛を、左の手でかき上げながら僕にそう言った。


「ど、どうも……」


 僕は、なんだか恥ずかしくって、そんな風に、たったひと言だけしか南さんに言えなかった。


「フフ……。照れ屋さん」


 幽霊女の子の南さんが、僕の方を向いて笑っている。


「え?」


 なんか、僕は、どんどん恥ずかしくなって──それ以上、南さんの方を向いてられなくなった。

 手が汗ばむ。

 な、なんでだろ……。


 僕が、お爺ちゃん校長先生の方へと向き直ると、お爺ちゃん校長先生が、話の続きを話し始めた。


「ほうほう。ほとんどの生徒たちが、身動きとれなくなったようじゃの? お気づきのとおり、この洞窟は、霊力を始め妖力をも吸い取る。その昔、修行のために用いられた天然の洞窟──その名も『修験洞しゅげんどう』じゃっ!!」


(……『修験洞しゅげんどう』──?)


 修験道しゅげんどうじゃなくて、『修験洞しゅげんどう』……。

 いかにも険しそうな名前だ。

 お爺ちゃん校長先生のその言葉を聞いて、体育座りして聞いていた周りの生徒の子たちみんながザワザワと騒ぎ始めた。


 みんなが、体育座りしてザワザワとしている中、急に──青いジャージ服を着て、関節部分にプロテクターをあてた子が背中に忍者刀(間違いない)を背負ったまま立ち上がった。

 さっきのC組の忍者少年の子だ。


修験道しゅげんどう……もとい『修験洞しゅげんどう』。 ここは修験者しゅげんじゃの修行の地でござったか……」


「何か知ってるの? 御剣みつるぎ君?」


姫花ひめか殿。父上の話では霊力を高める秘境の地とは、世界各所に点在するでござる。ここはその一つ。合宿にこの地を選んだのも、我らが霊力を高めさせる目的にござろう……」


御剣みつるぎ君、カッコイイ……!!」


「照れるでござる……」


 いや。立たなくて良い。

 僕なら恥ずかしくって、立てない。って言うか、立つ必要がない。

 一気に、みんなからの注目度が上がったC組の忍者少年の男の子。

 謙虚そうに見えて、目立ちたがり屋なんだろうか?

 また、C組の忍者少年の子と青風さんと満天君のいるあたりが、ワチャつき始めた。


「ぐっ!! ググッ……!! ふー……。立てたよ?」


 ──もう一人。

 忍者少年の子に対抗するように、フラフラと立ち上がった。満天君だ。

 いや。今、立つ必要はない。


「おぉ!! 満天殿っ!! 流石に、ござる!!」


「へへ……。僕だって、出来たさ? 御剣みつるぎ君?」


 なにか、フラフラとした満天君と忍者少年の男の子が、その場で立ったまま、固く握手してから抱き合っていた。

 な、なんなんだ? 

 なんだか、よく分からないけど──、熱い。

 熱い友情みたいなのが、忍者少年の子と満天君のいるあたりから、伝わって来る。

 なんか、その場所から「パチパチ!」と拍手と、「おー!」って言う歓声が何処からか自然に湧いて、皆が前よりももっとザワザワと騒ぎ始めた。


「ふぉふぉふぉ……。これは凄いの。出来る生徒が一人、おったようじゃの?」


 お爺ちゃん校長先生も感心したようで、スピーチ中の突然の出来事にも驚かず、目を細くして──白いアゴひげを触っていた。


花園はなぞの君? 植物霊……出せる?」


「ふぁ……。ねむ……。ん? くれないか。まだ出せねーな。って言うか、出ねー。C組のアイツ、すげぇな……」


 見渡すと──、

 B組の黒井戸先生みたいなショートヘアをした火の鳥妖魔のくれないさんが、赤毛を耳もとでかき上げながら、隣に座っている男の子の顔をのぞき込むようにして会話している。

 

 良かった。紅さんは、ちゃんと、B組の黒のジャージ服に着替えれたみたいだ。

 くれないさんの隣に座る男の子は、韓流アイドルみたいなセンター分けヘアスタイルのイケメン君だ。うらやましい限りだ。


「ぐもももも……。さっきの『阿修羅アシュラ百足ムカデ』の変身で妖力をかなり消費したでやんす。残りのオイラの妖力も、ほとんどこの洞窟に持って行かれたでやんす……」


「フガ……。フガフガ、フンガ……」


 僕の見渡せる範囲の洞窟の一番奥。

 毬栗イガグリ頭の同じA組の百足ムカデ妖魔少年の子と、柔道着「フンガー!」幽霊少年の子だ。

 見た感じ、すっぽんぽんだった百足ムカデ妖魔少年の子も、ちゃんと僕らA組の赤ジャージ服を着れているみたいだ。良かった。

 だけど──、

 「フンガー!」幽霊少年の子も、幽霊女子の南さんも、幽霊な子たちはみんなツラそうだった。

 ひょっとしたら、肉体が無い分……かなり、ツラいのかも知れない。霊体そのものだから。


「ちょっとー? 百会びゃくえっち? 話、まだ終わんない? 長時間、この洞窟に生徒の子たちを長居させるのは、ヤバいよ? 特に、幽霊な子たちが心配だよー?」


「ふむ。そうじゃの。ヴィシュヌヴァ先生。では、もうちっと多めに霊力と妖力回復の癒しの『風』を吹かしてくれんかの?」


「ふー。そう来ると想ったよ。オッケ、ラジャー。んじゃ、多めに風吹かしとくよ?」


 なにか、ちんちくりんのハゲちゃびんお爺ちゃん校長先生に、耳打ちしているヴィシュヌヴァ先生。

 ヴィシュヌヴァ先生も小さいけど、お爺ちゃん校長先生は、もっと小さい。

 ちんちくりんだから。

 赤いお立ち台の上に立ってるお爺ちゃん校長先生と、ヴィシュヌヴァ先生の身長は、同じくらいの高さだ。

 

 ヴィシュヌヴァ先生が、両手を広げて前にかざすと──

 風が舞って、ヴィシュヌヴァ先生の着ている白衣がブワッと、浮いた。

 洞窟中に強く、風が吹き渡る。エアコンの風を『強』にした時みたいに。


「おぉっ……。良い風だな。心地良い……」


 C組の白銀しろがね先生が、両手を広げて風を感じている。白銀しろがね先生の腰まで届く長くて綺麗な金色の髪も、風に揺れている。


「さて、そろそろ行かなきゃだね、カエデ? 次の段階にっ!」


 僕らA組担任の叶先生が、黒のツインテールを風に揺らしながら、川岸教頭先生の肩をポンポン! と、軽く叩きながら微笑んでいる。

 段階? なんのことだろう……?


「お、俺も生徒たちにレクチャーするのか? あんまり、教えるのは得意じゃないんだが……」


 レクチャー……。そうか。僕らが、この洞窟に来た意味。

 今から何かが、始まるんだ──


 革靴にスーツ姿の川岸教頭先生が、頭をポリポリと掻きながら、視線を斜め上にらしている。

 両方の手で、もう一度、赤色のネクタイを「きゅっ!」──と、締め直す川岸教頭先生。


「なーに、言ってんの? カエデくん? カエデくんなら出来るよ? それとも、もう一度……。私と『復習おさらい』、する?」


 川岸教頭先生に、アヤし気な雰囲気で近づくB組担任の黒井戸先生。

 ──B組の黒井戸先生が、黒のショートヘアを耳もとでかき上げながら、川岸教頭先生の耳もとに、そっと手で触れ……何かをささやいていた。


「ちょっ!? 黒音クロネ!! 生徒たちの目の前だよっ!?」


「なーに? 夢葉ユメハ? さっき、カエデくんに抱きついたお返しよ……?」


「うっ……」


 なんなんだろう……?

 この三人。

 川岸教頭先生に、叶先生に、黒井戸先生。

 なにか、イケない大人の事情ってヤツなのかな……?

 そんな空気を肌で感じる。

 僕は、なにか、見てはいけないものを見てしまった気がした。


「では、生徒たち諸君っ!! これより、霊力及び妖力の扱い方の初歩スキル──【『』】を体得してもらうっ!! 先生方、よろしくレクチャー頼むぞいっ!! 制限時間は、1時間っ!! 出来た者から先に行って良しっ!! 出来なかった生徒は、合宿訓練で後から追加補講じゃーっ!!」

 

「「「「「 えぇーーーーーー─────っ!! 」」」」」


 岩肌が青紫色に光輝く洞窟内に、みんなの声が、どよめいた──


「フフフ……。何か、楽しげですねぇ……? 待ちくたびれましたよ? 私も混ぜてくれませんか?」


 突如として、洞窟の奥から響く声。

 再び、洞窟内が、シーン……とする。

 

 黒のピチッとしたズボンに、白の長袖のカッターシャツ。

 オールバックのヘアスタイルに、チョビひげを生やした男。

 青白い顔に、赤い目を光らせながら──アヤしげに、こっちに近づいて来る。

 まるで、ホラー映画のヴァンパイアみたいに。

 いったい──誰……?


──┿──


「フフフ……。待ちくたびれましたよ?」


 キラキラと青色に光る洞窟の奥から──

 洞窟の岩肌に座ったままシーンとしている僕ら生徒たちをかき分けるようにして、一人の男の人が現れた。

 

 真っ白い肌に赤く光る目。

 ツヤのある黒髪をオールバックにして、チョビヒゲやしている。

 川岸教頭先生みたいなスーツ姿だけど、カッターシャツの胸もとが、そんなに開けなくても良いのに、おヘソの近くまで開いている。

 なんだか、音も無く近づいて、知らない内に首もとから僕の血を吸いそうな化け物──


(──吸血鬼ヴァンパイアみたいだ……)


 初めて見た。

 

(いや、本物の吸血鬼ヴァンパイアなわけがない……。だけど──)


 「ククク……」と笑いながら口もとにあてている手は青白く、悪魔みたいな鋭い爪をしている。

 ひょっとしたら、牙だって生えているのかも知れない──


「おぅっ! ピピ郎! 上で待ってたんじゃないのか?」


 拍子抜けするくらい──

 川岸教頭先生がスタスタと、その吸血鬼ヴァンパイアみたいな男の人に近づいて、肩をポンポン! と叩いた。

 ン!? どう言うことだろ? それに、ピピ郎?


「ククク……。いえね? 上で、今か今かと皆さんを驚かす準備を入念に整えていたのですが、皆さん、ちーっともやって来ない! 頭が取れそうなくらい、首を長ーくして待ってたのですよ。こんな風に、ね?」


 そう言うと、その吸血鬼ヴァンパイアみたいな男の人は、カポッと自分の頭を取り外して、クルクルと指先で回し始めた。

 

(──え?)


 目を疑った。

 辺りをキョロキョロ見渡すと、他の生徒の子たちみんなの目が点になっている。


「いっ!? いぃ、やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 叫んだ轟さんが後ろにズッコケて、驚いたまま上を向いて固まっている。

 虎みたいな大山君も、口を四角に開けたまま無言で絶叫して、驚きすぎて固まっている。

 幽霊女の子の南さんは呆然ぼうぜんとし過ぎていて、驚きすぎて幽霊だけど普段よりももっと姿が薄くなっているみたいに見えた。

 い、いったい……。


 僕が、そんな風に思っていると──

 

「クククク……。マジカルイリュージョン……──」


 吸血鬼ヴァンパイアみたいなその男の人の声が聴こえた瞬間──


 僕の目の前に、青白い顔をした赤い目玉の生首が、突然現れた。


「ギ!! ッシャアアアアアー!!」


 生首が、真っ赤な口を開き、僕の首もとに噛みつこうとした。


「ひぇぇぇぇぇぇっっ!! ぐえぇぇぇぇぉぉぉぉぉぉぉっ!!?」


 驚きすぎて、絶叫した僕は、腰を抜かして、口から魂が、抜け出そうになった。いや、抜け出ていた。

 けど、僕の頭の後ろで聞こえる悲鳴──

 どうやら、生徒の子たち皆の顔の前に、赤い目玉の生首が現れてたみたいだ。

 僕の朧気おぼろげに見える視界の中で、轟さんにも大山君にも幽霊女子の南さんも、赤い目玉の生首に驚いてた姿が見える──

 それから、僕は、気を失ったのか、倒れて目を閉じていた……。


「赤羽っ!!」


「赤羽君!?」


「赤羽……、君……」


 虎みたいな大山君と、轟さん。それに、幽霊女の子の南さんの声が聞こえる。

 一瞬本当に、僕は気を失って倒れていたみたいだ。

 僕が、うっすら目を開けると──。僕の顔をのぞき込むようにして、三人の顔が、うすボンヤリと見えた。


「ククク……。これはこれは、少々驚かせ過ぎましたかね? 挨拶代わりのマジカルショータイム! いかがでしたか?」


 さっきの吸血鬼ヴァンパイアみたいな男の人の声が聞こえる。


「やり過ぎだ……。ピピ郎」


「そうよ。やり過ぎよ。ピピ郎」


「ウフフ……。私好みで良いけど?」


「やり過ぎだとは思うが、良いものが見れたと思うぞ?」


「相変わらず、ピピちゃんは、自己主張強すぎじゃない?」


「ほっほっほ! 元気が良いのっ! ピピ郎君! 楽しませてもらったぞぃっ!」


 青く幻想的に光り輝く洞窟の天井に──


 川岸教頭先生、叶先生、黒井戸先生、白銀しろがね先生、ヴィシュヌヴァ先生、お爺ちゃん校長先生の順番で声が響いた。

 それに混じって、生徒の子たちのザワザワとした声や泣き声みたいなのも聞こえて来た。


(──……ん? ぼ、僕だけじゃない──?)

 

 どうやら吸血鬼ヴァンパイアみたいな男の人は、先生たちのよく知る人みたいだけど、生徒の子たち皆を驚かせていたみたいだ。

 けど、流石に初対面で? これはやり過ぎだと僕は思った。


「ククク……。マジカルアートイリュージョン! みなさんに本物のマジック!を味わって頂けて光栄です──。……では、自分で自分を自己紹介致しましょう!!」


 僕が目をこすりながら、上半身を起こすと──

 先生たちに『ピピ郎』と呼ばれた吸血鬼ヴァンパイアみたいな姿の男の人は、赤い小さなお立ち台の上から、ひょいっ!と、お爺ちゃん校長を降ろすと、スタスタとその赤いお立ち台の上にそのまま立った。


「我が名は、アルフォンソ=ピッピ=ストレィロォ!! 通称ピピちゃん! もしくはピピ郎!! 華麗にして流麗!! 闇夜に浮かぶ月のごとし!! みんなのアイドル!『ピピ郎先生』!!」


(──バサ……)


 どこから持ってきたのか、さっきまでは無かった黒いマントが突如として現れた。ほんとにマジックみたいだ。

 『ピピ郎先生』が黒マントを赤くひるがえすと──そこから、赤いリボンやら青や黄色にカラフルにメイクしたガイコツたちが、一二三ひーふーみ──……。全部で六体。ワラワラと踊りながら出て来た。

 

 流石に生徒たちみんなは、幽霊やら妖魔やら浄霊師エクソシストの卵でもあるので、ちょっとびっくりはしたみたいだけど、何より『ピピ郎先生』の明るい演出に洞窟内のシーンとした空気がなごんだ。


「さぁっ! ボーンシスターズ!! みなさんをトリコにするのです!! レッツダンシング!!」


 白と黒のスーツっぽい姿の『ピピ郎先生』がそう叫んで、黒いマントから軽く指先を出して「パチン!」と鳴らす。

 ピピ郎先生の赤い目が光ったかと思うと、さらに金管楽器やバイオリン……太鼓を持ったガイコツたちが、正装服姿のフォーマルドレスやスーツに身を包んで、コンサート会場に現れるようにして、颯爽さっそうと出て来た。


「ボーンパラダイスオーケストラのみなさん!! 今宵は!……いえ、まだお昼でしたね? 祝宴!パーティーです!! ミュージカルカーニバルスタートぉっ!!」


 またまた『ピピ郎先生』の赤い目が光り、指先が「パチン!」と鳴った。

 すると、ド派手な音楽が一斉に──青く光り輝く洞窟内に響き渡った。

 いつの間にか赤い小さなお立ち台の上で、『ピピ郎先生』は、オーケストラの指揮者みたいな指揮タクト棒を振って、白と黒の燕尾服に着替えていた。


「さぁさぁ! 霊気初歩スキル【『』】!! 身に付けようじゃありませんか!! 学生諸君っ!! レッツスタディ!!」


 六体は確認出来た『ピピ郎先生』のマントから現れたオシャレカラフルガイコツたちが、幾重にも分身して──

 生徒たちの子だけじゃなく、先生たちの手も取り踊り出した。


「ちょっ! ちょっとぉっ!? な、何コレ!?」


「お、俺も踊るのかっ!?」


 叶先生も川岸教頭先生も……。オシャレガイコツたちにピンクの腕輪をつけられて──ズンチャッチャ♪と、慌ただしく踊り出した。

 クルクルと叶先生が、カラフルガイコツシスターズに回され、叶先生の黒髪のツインテールも同時に回る。

 叶先生が、ステップを踏む度に、洞窟の岩肌の地面が稲光で光った。雷みたいだ。

 

 川岸教頭先生も、固いステップで、ぎこちないながらも、ネクタイを締め直す動作は忘れない。

 川岸教頭先生の妙に腰を意識して踊る姿が、何とも言えない──トシを感じさせる……。


「ククク……。その腕輪は、強制的に霊気と妖気を【『』】の状態にするものです……。フフフ……。感じるでしょ? あなた方にみなぎる身体中に秘められた『霊気レイキ』の原初を……」


 尚も指揮タクト棒を赤い小さなお立ち台の上で振るう『ピピ郎先生』が、「ククク……」と不敵に笑う。


「ふふ……。面白い。フォークダンスとは何時いつぶりのことか。青春に相応ふさわしい……」


「ちょっ! ぼ、僕も踊るのかなっ!? が、ガイコツと踊るなんて、ぼ、僕の趣味じゃないんだけど……?」


 背中に銀色の大きな剣を背負ったまま──腰まで届く金色の髪の毛を揺らして踊る白銀しろがね先生。

 まんざらでもない様子で華麗にステップを踏む白銀しろがね先生の隣で、ぎこちなくステップを踏むヴィシュヌヴァ先生の姿が印象的だ。

 時々、顔のサイズに合わない黒い丸眼鏡を指先でクィッ!と上げて、なんだか焦った様子でガイコツシスターズの動きに合わせてステップを踏むヴィシュヌヴァ先生。

 ヴィシュヌヴァ先生の身の丈に合わない長いサイズの白衣が揺れている。


「さぁ? 踊りましょうか? ガイコツさん? 私はカエデくんと踊りたいんだけど?」


 そう言った黒井戸先生が、視線を川岸教頭先生の方へとやりながらも、華麗にステップを踏む。

 月光の下で、黒い薔薇とかが舞うかのような大人のダンス。


(う、上手い──……)


 流石だ。先生たちの中じゃ、黒井戸先生が一番ダンスが上手い。

 生徒の子たち、みんなからも……「おぉっ!!」と、拍手と歓声が上がる。

 すると、黒井戸先生の隣で──


「ひょっひょっひょっ!!」


 あぁ……。

 お爺ちゃん校長先生は、もう完全に楽しんでいる。

 もう、僕らが合宿に来た目的を忘れてるくらい。

 だって、両手にガイコツシスターズ。クルクルと骨を回す踊り。

 とっかえひっかえ、ガイコツシスターズの頭蓋骨を回しては、入れ代わり立ち替わり……お爺ちゃん校長先生が激しくダンスステップを決める。

 アクロバティックなハカマ姿のお爺ちゃん校長先生の動きが、踊りでガイコツシスターズを翻弄ほんろうしている……。


(──す、凄いな……)


 僕が、感心していると──


 轟さん、大山君、幽霊女子な南さん──生徒の子たちみんなの目の前に、ボーンシスターズが現れた。


(──ボン……。ボン……! ボーン……!!)


「ひぇっ!?」


「うぉっ!?」


「う……ぁ……」


 轟さんも大山君も──、幽霊女子の南さんさえ驚いた。


(──ガシャ……)


 僕の目の前にも現れた──オシャレガイコツシスターズ。

 

「ふ、ふぐっ──!?」


 強制的に霊気を【『』】にさせるピンクの腕輪が、いつの間にか僕の左手首に取り付けられていた。

 

「ククク……。まさに、トレビアーン……ですね? 赤羽君?」


 なに言ってんだ……。この人……。

 

──┿──


「あわ、あわわわわわ……──」


 僕の目の前に突如として現れたカラフルガイコツシスターズ。

 いや、見た目は赤や青、黄色にお化粧されてるんだけれども、見た目が完全にガイコツ。骨。

 洞窟内の岩が放つ幻想的な青い光と、ヴァンパイアみたいなピピ郎先生?が出したボーンパラダイスオーケストラの皆さん(みんなガイコツ)の演奏する音で、賑やかなんだけど──

 

 なんせ、骨。リアルだ。もちろん触ったことなんて無い。

 冷たくゾクリ!とする感覚が、僕の手のひらの上に乗せられる。


「初めてですか?」


(──う、うわっ! しゃ、しゃべった!? そ、それに、は、初めてって、な、何っ!?)


 僕のダンスパートナー?となるガイコツさんが、僕の手を取りスムーズに踊れるように僕を誘導する。

 け、けれど、手のひらの感触が……。気持ちの良いものではない。


「力を抜いて──、音楽を楽しみながら私に身を委ねてください」


「ふ、ふぇっ!?」


 カタカタと骨の音を鳴らしながら、僕の目の前のガイコツさんが、しゃべる。


(──ゴクリ……)


 息と生唾なまつばを飲む。のど越しが悪い。なんか、引っ掛かってるみたいだ。呼吸しづらい。


(──ハァハァ……。ゴクリ。ハァハァ……)


 恐怖感というか緊張感のせいで、僕は息を飲むばかりだ。

 楽しいはずの音楽も、聴こえているようで、聴こえて来ない。洞窟の幻想的な青色の光も、見えてはいるけど、ただ眩しいだけ。


「そんなに怖いのですか? 私の姿が?」


 女性だろうか? 僕の目の前のガイコツさんは。

 さっきから、しゃべり口調とか声質が、どうも女の人っぽい。


「私も色々とあったのですよ……。だけど、あなたに話すのはお門違いね?」


 ガイコツさんの暖かい声。僕の強張こわばってた身体が少しほぐれる。

 そっと、優しくガイコツさんが僕の腰に手を回す。

 

 辺りを見回すと──、轟さん、大山君、幽霊女子の南さん……、それに他のクラスメートのみんな、学年全員の生徒たちが、それぞれガイコツさんに手を繋がれて列を作り、洞窟内をグルグルと回り踊っている。

 青く光る洞窟内を、たくさんのガイコツさんたちに手を繋がれて踊るこの光景は、異様だ。

 さながら、夏の盆踊り? まるで、地獄絵図みたいに見えるけど、そうじゃない。


「こうか? こうか!? こう、踊るのかっ!?」


 ズンズン♪と大きな身体を揺らしながら踊る虎みたいな大山君。


「ん、なんか? これで、良いの? かしらっ!?」


 それとなく様になって来た轟さんのポニーテールが、背中で揺れる。


「タンタン……。タタ……、タン……?」


 地面から足が少し浮いてる(幽霊女子だから)のに、スー……スー……と、揺れ動きながら音の調子に合わせて口ずさむ南さん。


 なんか、僕の間近で見える同じ班の子たちの踊りを見ても、何かを掴みかけているように僕には見えた。


「さぁ。他の子たちを見るのも良いけど、楽しみましょうか? あなたの『霊気レイキ』がクルクルと身体の内側を巡るのを感じるかしら?」


 僕のダンスパートナーのガイコツさんが、カタカタとしゃべる。


 そうだ。

 霊気初歩スキル『【】』を修得するためのダンスだった。

 少し、うっすら目を閉じ気味にして、踊りながら僕の身体の内側を感じてみる。

 普段は、そこまで意識してなかったけど、強制的に『【】』の状態にさせるピンクの腕輪をつけられているせいか、僕の霊気が外に漏れ出ずにクルクル身体の内側で、巡っているような巡っていないような……。


「さぁ! 皆さん! 少しほぐれて来ましたかねっ!? ダンスナイトフィーバー! フォーッ!! あ。まだ昼間でしたね? では、ビートを上げてアップテンポフィーバー! フォーッ!! シャッフルターイム!!」


 赤いお立ち台の上で、赤い蝶ネクタイに白黒の燕尾服を着たピピ郎先生が、ヴァンパイアみたいに赤い目を光らせて、激しく指揮タクト棒を振る。

 それに合わせて、ボーンパラダイスオーケストラの皆さん(ガイコツ)の演奏する曲調が激しくなり、さらにボーンシスターズ(ガイコツ)のダンスステップも、激しいものになった。


「お、おいっ!? ピピ郎っ!? お、俺たちは、もう良いだろっ!?」


 川岸教頭先生が、より激しくなった曲調とともに、さらにカクカクと激しく腰を動かして、汗ばむ白のカッターシャツの上から赤いネクタイを、キュキュッ!と締める。

 

「ガイコツさん……。ごめん。私、カエデくんと踊るね?」


 そう言った黒井戸先生が、ガイコツさんの骨の手を離すと、すぐさまパートナーチェンジ!!

 黒井戸先生が、鮮やかなターンを決め、川岸教頭先生の手を握りしめた。


「く、黒音ちゃんっ!?」


カエデくん……? 久しぶりだね?」


 なんだかよく分からない大人な会話をして、見つめ合う二人。

 ダンスの流れで、川岸教頭先生が黒井戸先生の腰に手を添えた瞬間、身体を預けるようにして上半身を反らす黒井戸先生。

 またもや黒井戸先生の美しいターンに、洞窟内でパチパチと拍手が沸き起こり「おぉ……」と、感嘆の声が生徒のみんなから漏れる。


「ちょっ、ずるいっ!! 黒音ーっ!!」


 振り返って、それを見た僕らA組担任の叶先生が、ツインテールの黒髪を揺らしながら、焦った様子で尚もガイコツさんと踊り続けている様子。

 けれども、バン!と雷光が光って、叶先生のパートナーのガイコツさんが洞窟の壁に、ぶっ飛んだ。


「可憐だ……。美しい……──」


 僕からは遠目にだけど、白銀しろがね先生が、なんかポッ……と、頬を赤らめるているようにも見えた。

 え? なんで……? 白銀しろがね先生って──。え?

 黒井戸先生の踊る様子にか、叶先生から出た雷光にかは、よく分からないけれど、え? 何がどうなってるんだろっ?


「叶先生、あなたの雷光を、我が手に収めたい……」


「し、白銀しろがね先生っ!? え? ちょっ!? お、収められたくないんですけどーっ!?」


 か、叶先生にっ!?

 白銀しろがね先生が、ガイコツさんから叶先生へと、華麗にパートナーチェンジを果たしてステップを鋭く決める。

 いや、そっち!? てか、どっちとか、もはや、よく分かんないですけどっ!?

 

 まんざらでもない表情の白銀しろがね先生が、叶先生の手を取る。

 白銀しろがね先生の腰まで届く金色の髪が鮮やかに背中で揺れたかと思うと、困った表情の叶先生が、黒髪のツインテールを揺らして雷光のステップをバチン!と踏む。


「ふぉふぉふぉ……!! 若い衆は、元気が良いの?」


 ちんちくりんのハゲちゃびんお爺ちゃん校長先生が、チラリと横目でヴィシュヌヴァ先生を見ると──

 ヴィシュヌヴァ先生が、焦ったような表情で、身体をけ反らしていた。


「い、やぁぁぁぁっ!! ぼ、僕は、百会っちとは、お、踊らないんだからーっ!!」


 洞窟の天井まで、飛んで逃げるヴィシュヌヴァ先生。

 それを、軽々、ジャンプして追いつくハゲちゃびん校長先生。

 なんか、もー……。何がなんだか、めちゃくちゃだ……。


「フフフ……。先生たちは、元気があって、良いわね……」


 僕の目の前のガイコツさんが踊りながら、少し悲しげに笑いながらそう言った。


「──……なんか、あ、あったのですか?」


 いや、なんかも何も、そりゃあ色々とあったでしょうよ? って、もう一人の僕が僕自身にツッコミを入れる。

 けれども、なんとなく寂しげな目の前のガイコツさんに、言葉を掛けられずにはいられなかった。


「フフフ……。優しいのね? 私も、もともとは浮遊霊だったのよ? それをピピ郎先生が拾ってくれてね? 一緒に来ないかーって。ね?」


「え?」


 そうだったんだ……。

 アップテンポした曲調にもだんだん慣れてきた僕は、ガイコツさんの腕の中で踊りながら、そんな風に想う。


「で……。ここに?」


「うん。そう……。だって、なんか、楽しいじゃない? 君にも会えたし……」


「え?」


 心なしか、僕のパートナーのガイコツさんが、笑っているようにも視えた。ガイコツさんなのに……。


「ん? 君、霊気初歩スキルの『【】』で体内に霊気を留めつつも、霊力を外に放出させる『【ひょう】』に目覚めつつあるね? どっちもまだ不完全だけど、私にはかすかに揺らめくように君の霊気が視えるわよ?」


「え? あ、そ、そうなんですか? ……た、確かに、あ、あなたのお顔が、す、少し笑っているようにも視えたんですけど……」


 確かに、一瞬。

 ガイコツさんの生前と言うか、ガイコツさんの顔を覆うようにして、うすボンヤリと、もとの姿と言うか、笑っているような表情がかすかに視えたんだ。


「ウフッ……。器用ね? あなた、お名前は?」


「あ、赤羽あかばね……い、射矢いるや。で、す……」


 たどたどしく名前を言う僕に、ガイコツさんが「フフフ……」と、笑う。


「する? 君にとっての初契約? まだ浄霊師エクソシストとして、使役霊は持ってないんでしょ? 私が、どれだけ君のお役に立てるかは分からないけど?」


 そう言って、僕と踊ってたガイコツさんは、少しだけ幽かに女性のような茶色の長い髪の毛を揺らして、僕の手を離した。少しだけ、ガイコツさんの生前の後ろ姿が視えた気がした。


「あ、あの……。お、お名前は……?」


「じゃ、また後でね──」


 僕がそう言った後に、ガイコツさんが先生たちと同じように、隣の人へとすぐパートナーチェンジした。

 少しだけ、物寂しさを残して俯く僕の目の前に、新しいダンスパートナーが、待っていた。

 足がある。

 どうやら、ガイコツさんじゃなくて、生きている人の素足だ。

 ゆっくりと、僕が顔を上げると──


「さっきは、惚れたよ……?」


 そ、そこには──

 火の鳥妖魔の……、くれないさんがいた──


──┿──


「さっきは、惚れたよ?」


「え?」


 青色に光る洞窟内で、ボーンパラダイスオーケストラの皆さんの演奏が、ド派手に鳴り響く。

 そして、僕の目の前に現れた女の子。

 ──紅さんだ。

 

 洞窟内に鳴り響くド派手なダンスミュージックが遠くに聴こえるほど、僕と僕の目の前にいる紅さんの空間が、静寂に包まれていた。そんな風に感じる。

 

 紅さんの言う「さっき」って言うのは、たぶんこの洞窟に入る前──。

 空飛ぶ火の鳥妖魔の紅さんの背中に僕が飛び乗って、紅さんのぶっちぎり1位通過を阻止したことだ。

 

 赤毛だけど、ショートヘアの火の鳥妖魔の紅さんが、両手を後ろ手に組んで、恥ずかしそうに僕を上目遣いで見つめている。

 B組の黒の体操服を腕まくりして、ズボンも膝のあたりまで、まくり上げている紅さん。

 綺麗な肌色の素足と、つり目だけど大きな紅さんの黒色の瞳が、洞窟の青色の光に輝く。


 なんか、嘘みたいな打ち上げ花火のようなこの瞬間──。

 「さっきは、惚れたよ?」って言った紅さんの姿が、僕の脳内で何度も繰り返し再生されていた。


(──って、あれ?)


 視界の端っこの方で、かすかに揺れ動く視線。

 僕のすぐ真横で踊ってた幽霊女子の南さんの姿が、どことなく虚ろで、この青色の洞窟の光に消え入りそうなほど──……。


「赤羽君?」


「ほへっ!? は、はいっ!!」


 正面で恥ずかしそうに顔を赤らめて立つ、火の鳥妖魔の紅さんが、僕の名前を呼びかけていた。

 僕の目の前にいる紅さん。

 紅さんに名前を呼ばれて我に返る──。


「一緒に、踊ってくれないかな?」


「え?」


 恥ずかしそうに上目遣いで、紅さんが僕へと差し出した右手──。

 紅さんが、赤毛のショートヘアを、僕の視線へと横目に流し左耳にかき上げる。

 

 なんか、嘘みたいなシチュエーション……。

 ボーンパラダイスオーケストラの皆さんのド派手な演奏が青色の洞窟内に鳴り響く。

 けれども、僕の視界の右隣にいるはずの、幽霊女子の南さんがいるあたりの空間が、影のように黒い。


「あ、あ。……うん」


 僕は、火の鳥妖魔の紅さんに向き直り──さっきのカラフルガイコツシスターズのお姉さんと踊ってた時とは違った意味で、生唾ナマツバを一度に飲み込んだ。

 ゴクリ──。

 息が、しづらい……。


「格好良かったよ?」


 そう言った紅さんが頬を赤らめて、視線を落としながら僕の右の手のひらを握りしめる。

 ボーンパラダイスオーケストラの皆さんの演奏する派手な音楽が洞窟内を流れる。


「い、いや。ぼ、僕は君の背中に乗ってただけだから」

 

 紅さんの視線から目をらした僕。

 繋がれた僕の右手には、紅さんの右手の感触。

 紅さんの手のひらは、ゴツゴツとしていた。って言うか、ガサガサと硬い。


「驚いた? 私ってさ、ほら? 炎を扱うからさ。妖魔の修行で、ね? 赤羽君の手は──、柔らかいんだね」


 紅さんの大きな黒い瞳が、赤毛のショートヘアの隙間から見えて──、僕の目線とバチッ!と合った。


 僕は、紅さんに手を繋がれてて、何度も視線をらす……。

 けど、僕の視界の右端のあたりが、なにやら黒い──。

 洞窟内のド派手な音楽とは無関係に、僕の周りだけ温度が低い。って言うか、空気が冷たい──な、なに?


「ちょっ!? み、南さんっ!?」


 僕と紅さんが手をつないだ直後──。

 南さんのいる方向へと振り向いた轟さんのポニーテールが、赤いジャージ服の背中の上で、驚いたように跳ね上がる。


「なっ!? み、南っ!?」


 虎みたいな大山君も、僕と紅さんの視界の手前にいる南さんを見て、目を見開いて驚いている。


「あ……。れ?」


 どんどんと、身体中が、黒ずんでいく南さん。

 半透明な南さんの身体が、夜空のように黒く、透明な輪郭を残して今にも消え入りそうだ。


「ちょっ!? み、南さんっ!?」


「あ、赤羽君っ!?」


 僕は、紅さんの手を離し、慌てて南さんのもとへと駆け寄った。

 紅さんの慌てたような僕の名を呼ぶ声が、背中の後ろ側で聞こえた。


「ど、どうしたのっ!? 南さん!!」


「分からない。なんで、かな?」


 虚ろな目をした南さん。けど、南さんは幽霊だから、助けようにもスカスカと僕の腕がとおり抜けて行く。


「南さん、だっけ? 私の背中の上に赤羽君といた? 幽霊さんだよね?」


 腕組みした赤毛の紅さんのショートヘアが、揺れる。さらっと、前髪を掻き上げる紅さん。


「そう、ですね。初めまして。じゃない、さきほどは、どうも」


 南さんが、たどたどしく答える。

 

 そう南さんが言った、すぐ後──。

 南さんは、青く光る石の転がる洞窟の地面へと、フッ……と倒れそうになった。


「──あ、危ないっ!!」


 僕が慌てて、倒れそうな南さんへと腕を伸ばすと──、何かが「ブブブ……」と音を立てて間一髪──。

 倒れかけていた南さんの身体を、僕はなんとか受け止めることが出来た。

 いや、よくよく考えると、南さんは幽霊だから、地面に倒れても怪我をするなんてことは無いんだけど。


「嘘? 触れてる?」


 僕の背中の後ろから紅さんの驚いた声が聞こえた。

 それは、そうだ。

 本来、僕らが幽霊に触れられるなんてことは、あり得ない。

 逆に幽霊な子らは、なんらかの修行をすると、一定時間以上は触れられるようになるらしいんだけれど。

 だから、僕もどうやって倒れそうだった幽霊な南さんを受け止められたのか、分からない。

 けど、驚きよりも──……。


「あ、ありがとう。赤羽君。凄いね。触れられてる?」


 抱きとめた幽霊女の子な南さんが、僕の腕の中で、大きな長い睫毛まつげと瞳をパチクリ!とさせて、ボーッとした表情で、僕の目を見つめている。


「え? い、いやぁ。良かったよ。怪我はない? ってか、無いか」


 なんか、焦りつつも、なんて言って良いか分からないままに、僕は南さんへと返事した。

 なんなんだろう……。

 僕の腕の中に幽霊女の子な南さんが居るのが、不思議だ──……。


「へぇ。お熱いね? お二人さん。霊スキル【『ひょう』】って、ヤツ?」


 僕の背中の後ろから、何かニヤニヤとしたような声が聞こえた。

 声がした方に僕が振り向くと──、確かに見覚えのある男子が立っていた。

 B組の黒のジャージ服に、韓流アイドルみたいなツーブロックの黒髪姿のイケメン君。

 えーっと、名前は……。


「なに、花園君? あんたも見てたの?」


 腕組みして僕と南さんの様子を見てた紅さんが、素っ気なくその子に尋ねた。

 花園君──? あぁ、そうだ。植物霊使いの子だ。


「ふーん? まあ、気にすんなよ、紅。お前の惚れたソイツ。ある意味、天才クンじゃね? 霊力は最貧弱なのに、器用だねー?」


 うっ……。霊力最貧弱。

 言われなくても分かってる。

 たぶん、霊力だけで言えば、妖魔な子も浄霊師エクソシストの子も幽霊な子も……みんな合わせて学年全体の全生徒中、僕が最下位だ。自覚は、ある。

 天才とか器用とか言われても、バカにされてるようにしか聞こえない。

 相変わらず、花園君って子が、僕の背中の後ろでヘラヘラと笑っている。


「よぉ。言い過ぎじゃねぇのか?」

 

 それを聞いてた虎みたいな妖魔の大山君が、ズンズン!と、僕を追い越して──植物霊使いの花園君って子の目の前に立った。

 花園君は、まだ僕と同じ学年で多分13才なのに、身長がもう180センチ近くあって、スラッと背が高い。

 けど、虎みたいな大山君は、その花園君よりも、何て言うか……もっとデカい。


「へぇー。お前、浄霊師エクソシストに負けた妖魔の末裔まつえいってヤツ? デカいからって、イキってんじゃねぇよ」


「言ってろよ」


 背の高い花園君が、もっとデカい大山君を見上げながら、不敵に笑う。

 大山君は、今にも花園君に殴りかかりそうな勢いだ。

 けど、ヴァンパイアなピピ郎先生のボーンシスターズの皆さんにピンクの腕輪──霊具の一種だと想うんだけど──を取り付けられてるから、大山君は霊力が強制的に【『』】の状態にさせられている。

 だから、大山君は妖魔の虎には変身出来ない。けど、内に秘められた気迫というか霊力というか闘気というか……何かが静かに燃えているように感じられた。


「ちょっとぉっ!? 二人ともっ!! ケンカは禁止っ!! 減点の対象だよ? 先生たちだって見てるし、良くないよっ!!」


 鳥みたいな轟さんが、口うるさく、花園君と大山君の立つ二人の間へと、ズカズカ!と、割って入った。

 こう言う時の轟さんのパワーって言うか、性格って言うか、勢いは凄いものがある。

 あーだ、こーだと、赤いジャージ服の背中にポニーテールを揺らしながら、花園君と大山君の二人に注意する轟さん。

 もはや、学級委員長って言うか、先生みたいだ。


「そーだよ。格好悪いよ? 花園君。何が気に入らないのか知らないけど、アオってんじゃないわよ」


 そう言った火の鳥妖魔な紅さんが、植物霊使いの花園君って子の黒いジャージ服の背中をグイッ!と引っ張った。


「ケッ!! やめろよっ!! 紅っ!!」


 その時、紅さんの手を振り払った花園君の指先が、一瞬──。

 チッ!と、紅さんの頬をかすめた。


「痛ッ!! 最低サイテー」


 紅さんは、花園君の指先が当たった頬を押さえて、花園君の目を見てにらんだ。

 ショートヘアで赤毛の紅さんの妖気が炎のように揺らめくように感じられるけど、やっぱり妖気自体はピンクの腕輪のせいで強制的に【『』】の状態にさせられていて、紅さんの身体からは出ていない。


「ハッ!! 悪かったな? くれないっ! けど、霊スキル【『』】はおろか、【『ひょう』】なんて出来てるヤツは、コイツと先生たち以外まだ居ない! C組の御剣みつるぎって忍者バカでさえ、出来てるのは【『』】だけだっ!! 霊力最貧弱のコイツが出来てるなんて、おかしくねぇか? しかも、この短時間にっ!!」


 植物霊使いの花園君が、荒ぶる。

 見た目、韓流アイドルみたいなイケメン君なのに、なんか残念な感じだ。

 確かに、全ての霊力と妖力を吸い取るこの洞窟内で、最初から平然と立っていられたのは、霊スキル【『』】が使える先生たち以外じゃC組の忍者ニンジャ浄霊師エクソシスト──御剣みつるぎ君くらいだった。


「ふーん? 嫉妬? ダサっ!! そりゃ、アンタが言うように、赤羽君が天才クンだからじゃない?」


「くっ……!!」


 赤毛のショートヘアの前髪を、サラリ……と掻き上げた紅さん。

 紅さんの放った言葉に、身長の高い花園君が、ツーブロックの前髪を洞窟の地面へと垂らしてうつむく。


「けっ!! 嫉妬かよ? ダセぇな? なんか、お前に一瞬でもムカいた俺自身が、残念でならねーぜっ!!」


「ちょっ!! アンタも、言い過ぎっ!!」


 虎みたいな妖魔の大山君が、大きな身体を揺らしながら、植物霊使いの花園君へと言葉を吐き捨てた後──、轟さんがポニーテールを背中に揺らしながら、大山君を見上げるようにして言った。


「なんか。あの子。可哀想……」


 僕の腕の中で、抱きとめられていた幽霊女の子な南さんが、ポソリ……と、僕の目を見つめてそう言った。


「う、うーん。そ、そうだね」


 僕は、南さんに苦笑いするしかなかった。

 

(え? ぼ、僕が悪い? なんかスミマセン的な感じになってない?)


 さっきまでの状況を振り返ってみても、倒れそうになった南さんを抱きとめただけなんですけど──的な感じで、内心、なんか変なコトになったな──なんて想う。

 気まずい……。


「誰が、『忍者バカ』でござるか? 拙者、地獄耳ゆえ、霊スキルとは関係無く聴こえたでござる」


 うっわ……。

 ややこしそうなのが、もう一人。

 C組の忍者ニンジャ浄霊師エクソシスト御剣みつるぎ君本人が、ストン!と、洞窟の地面に片膝をついて急に突然現れた。

 いかにも、忍者って感じで。

 いや、花園君の『忍者バカ』発言に関しては、けっこうな大声で叫んでたから、ボーンパラダイスオーケストラの皆さんの演奏の音が大きかったとしても、わりと聞こえてたのかも知れない。


「あぁ!? 天才忍者バカか? わざわざ何しに来た?」


「バカは、余計にござる。拙者のことが気に入らぬのなら、正々堂々、勝負するにござる」


 忍者の御剣みつるぎ君は、背が低い。けど、お爺ちゃん校長先生みたいに、チンチクリンじゃないし、僕と同じか僕よりちょっと背が高いくらいだ。

 花園君を見上げるようにして勝負発言をした御剣みつるぎ君に対して、その御剣みつるぎ君を見下ろすようにして立つイケメン韓流アイドル風な花園君。

 ツーブロックの黒髪を地面に垂らして、ダラーンとうつむいて立っている。


「赤羽君は、悪くない」


 ポソリ──。

 僕の腕の中から声がした。

 幽霊女の子の南さんは、まだ、僕の腕の中に抱っこされたままだ。

 お人形さんみたいな幽霊女の子の南さんが、僕の目を見てパチクリ!と、まばたきをした。

 いや、ほとんど幽霊女の子の南さんには重みを感じないから──、いつまでも僕は、南さんを抱っこしてしまってたんだけど──。

 なぜか、南さんも、僕に抱っこされたまま動こうとはしなかった。


「ごめん、南さん。霊スキル【『』】の修得もあるから、赤羽君とダンスしなきゃいけなくて。良いかな?」


 紅さんが、優しく南さんへと微笑みかける。


「あ、すみません。どうぞ……」


 南さんもニッコリと笑って、僕の腕からヒョイ!と立ち上がって、もとのガイコツシスターズのパートナーさんと再び踊り始めた。

 

 紅さんと南さん──。

 なんか不思議な感じがしたんだけど、僕には良く分からない。


「ヘッ!! 俺もB組のイケメンくそ野郎じゃねぇけど、一瞬で赤羽を追い抜かしてやるぜっ!!」


「虎が、何言ってんだかねー。浄霊師エクソシストの未来は、俺無しじゃ語れねーようにしてやるよ!」


「フッ……。忍者バカの拙者の力っ!! おのおの方に、近い未来にて、とくとご覧にいれようぞ!!」


 虎みたいな大山君が、もとのダンスパートナーのガイコツシスターズの人のもとへと戻り、ズンチャ♪ズンチャ♪と、大きな身体を揺らしながらズンズン!!躍り始めた。

 そして、大山君と御剣みつるぎ君にスラッと背をひるがえした花園君が、スタスタとその場を静かに後にした。

 御剣みつるぎ君も、ニヤリと清々(すがすが)しく何かを悟ったかのように笑っている。

 

「あちゃー。何だか、ややこしそうな展開だねー……。あっちも、こっちも……。まったく──」


 轟さんも、背中でポニーテールを揺らしながら目を閉じて首を横に振り、両手を広げて呆れたような仕草をしている。「ま、楽しんで躍るわよっ!!」

 けど、僕には、ややこしそうな展開の意味が分からなかった。


「おーい!! 御剣みつるぎ君ー!!」


「ちょっ!? 御剣みつるぎ君? ここって、A組とB組が合流するポイントだよ? 何してるの?」


 C組の満天みつぞら君と青風さんが、革ベルトを腰に巻きつけて、装備した銀色シルバーソードをガシャガシャと揺らしながら、C組のダンスポイントから御剣みつるぎ君のもとへと走って駆け寄って来た。

 一触即発で今度は、B組の植物霊使いの花園君と、C組の忍者ニンジャ浄霊師エクソシスト御剣みつるぎ君が、戦闘バトルしそうだったからだ。


「む? 何やら騒がしいな?」


 黒髪のツインテールが揺れる僕らA組担任の叶先生──と、踊っていたC組担任の白銀しろがね先生が、ダンスの途中で急に叶先生の手を離し──、一瞬で、僕らの目の前に現れた。


「ちょっ!? 白銀しろがね先生ッ!?」


 置いてけぼりになった叶先生が一瞬だけ遅れて、ドッカーン!!と、物凄い雷のような電光とともに、秒速で僕らの目の前に現れた。


(ゴゴゴゴゴ……──)


 かと想いきや──。

 僕らの目の前に黒い球体が突如として現れて──、中から恍惚こうこつとした表情のB組担任の黒井戸先生が華麗に現れ、ヤツれた表情の川岸教頭先生がヨロヨロと千鳥足で、フラつきながら出て来た。

 川岸教頭先生の白のカッターシャツと赤いネクタイが、くたびれたように、ヨレヨレになっていた。


「も、もう良いだろ? 黒音クロネちゃん」


「良かったよ? カエデくん」


 なんだか、いつもどおり、よく分からない大人な会話をする二人。

 それを聞いてた叶先生が、黒井戸先生の方を向いて、キッ!!と、ニラんだ。


「むぅ……!」

 

 叶先生は赤く頬を膨らませていて、なんだか少し涙目になっているみたいだった。


「ふぉっふぉっふぉっ!! 待て待てー!! ヴィシュヌヴァちゃん!!」


「いやーぁ!! もぅっ!! 来ないでーっ!! 百会びゃくえっち!!」


 チンチクリンのハゲちゃびんお爺ちゃん校長先生が、洞窟内を縦横無尽に飛び回り──嫌がるヴィシュヌヴァ先生を追いかけ回していた挙げ句──偶然、二人とも、僕らの目の前へと現れた。


 いや。もう……。何が何だか──……。


「ズンチャ♪ ズンチャ♪ パンパカパぁーンっ!! さぁて、皆さんっ!! 楽しんでいただけましたか? では、クライマックスターイム!! 行ってみましょ、ドンッ!! レディ……ファイナルトラーイっ!! めくるめく魅惑のダンスターイム!! めぐるめぐる体内霊気!! つかみましたか? 霊スキル!! 【『』】!! ウン♪ママ♪ ウンマーっ♪!! レボリューションっ!! 革命して覚醒ですとも!! ハイっ!! 皆さん!!」


 尚も、叫びながら激しく指揮タクト棒を振るヴァンパイアなピピ郎先生。

 ピピ郎先生の目が赤く光り、ボーンパラダイスオーケストラの皆さんの演奏が、更に激しくなった。

 楽しそうだな……。ピピ郎先生。あんたって人は。


──┿──


「なぁ、ピピ郎? そろそろ、よくないか?」


 ツカツカと、洞窟内のツルツルとした岩肌の上を、革靴のままけないようにしながらも赤いネクタイを揺らし、器用に歩く川岸教頭先生。

 ピピ郎先生の立つお立ち台の側まで歩いた川岸教頭先生が、何やらピピ郎先生に耳打ちしている。

 指揮タクト棒を勢い良く振るピピ郎先生の目が洞窟の天井を仰ぎ見ながらも赤く光る。相変わらずヴァンパイアみたいだ。


「何がです?」


 すると、そう言ったピピ郎先生の背中から、もう一人のピピ郎先生が、にゅぅっ……と現れて。

 驚いたことに、ピピ郎先生が別の生き物みたいに、指揮タクト棒を振る本体のピピ郎先生を残して二人に分裂した。


「ほげっ!?」


 開いた口が驚きすぎてふさがらない。目玉が飛び出るとは、このことだ。

 僕の目の前に、偶然集まってきた先生たちは驚いた様子もなく、川岸教頭先生とピピ郎先生の様子を静かに見守っている。


(い、いや、人が二人になってるんですけど)


 僕が、驚いてピピ郎先生の方を向いてると、紅さんからチェンジした今のダンスパートナー、轟さんの声が聞こえた。


「幽体離脱ってヤツじゃない? けど、ピピ郎先生って不思議だよね。幽霊でもないし人間でもないし? 強いて言うなら、その中間みたいな?」


 確かに。

 ピピ郎先生は、説明のつかない不思議な感じがする。そう言う感じは、ピピ郎先生を初めて見た時からあった。なんか、存在そのものが、ふざけてるような? 視れば視るほど不思議な存在だ。

 

「そろそろ生徒たち全員が、霊スキル『【】』のキッカケをつかみ始めてるんじゃないのか?」


「ですねぇ。ざっくり言うなら、現状50パーセントくらいですかね? 生徒数に対する割合とその達成度を平均致しますと」


 アゴに手を添えてチラリと横目でピピ郎先生を見る川岸教頭先生。

 指揮タクト棒を振る本体のピピ郎先生から分裂した、もう一人のピピ郎先生が身振り手振りのオーバーリアクションで何かを川岸教頭先生に話すと、そのままもとのピピ郎先生の身体の中へと再び、にゅぅっ……と入っていった。


「そろそろだねー。そろそろ」


「ん? 何がだ? 叶先生? 霊力を体内にとどめる霊スキル『【】』の全生徒数における修得率とその達成度か?」


「言わずもがな。って感じ? 言い方、古くさくてダサいけど?」


「ふぉふぉふぉっ! 黒音クロネちゃんの言うとおりじゃの? ワシゃ、もうちと、ヴィシュヌヴァちゃんを追いかけ回したかったがの」


「だから、それは、もーいいって!! 百会ビャクエっち!!」


 叶先生、白銀しろがね先生、黒井戸先生、お爺ちゃん校長先生、ヴィシュヌヴァ先生たちが、相変わらずヤンヤヤンヤと、騒いでいる。

 けど、このフォークダンスみたなのも、そろそろ終わりに近づいているのかな?

 先生たちの会話が聞こえて来て、そんな風に想う。

 けど、ほんと、先生たちは生徒の子たちよりも元気が良い。なんだか見てると安心する。


「ラストダンスっぽいね? 赤羽アカバネ君?」


「え? う、うん。どうやら、そうみたいだね。轟さん」


 轟さんが、左手で背中のポニーテールをクルリと胸の前へと回した。

 轟さんの右手が僕の手を握りしめていて、ぎゅっと轟さんの手の温もりが僕の手にも伝わった。

 

(ん? 轟さんの赤いアヤトリ紐?)

 

 ピピ郎先生のピンクの腕輪のせいで、強制的に霊スキル『【】』の状態にさせられてるのに、フヨフヨと、轟さんの手首に巻きついたアヤトリ紐が動いている。


(轟さんも、霊スキル『【ひょう】』が使え始めてるのかな?)


 チクリ。

 けれど、誰かの視線が、一瞬。僕の背中を突き刺したように感じた。

 その視線の方向を見ると、


「チッ! なんか、コツつかみかけてたのに、もう終わりかっ!?」


「もう、終わり」


 必死になって躍っている大山君の手前で、寂しげにうつむく幽霊女子の南さんの姿があった。

 南さんの口もとが、何かをつぶやいたように動いたのが見えた。


「あ、あー。なんか、ラストダンスっぽいし。み、南さーん! こ、交代しよっか? あ、赤羽アカバネ君の天才スキルを、モノに出来るチャンスだし?」


「え? あ、うん」


 うつむいていた南さんの表情カオが、急にパァ……と恥ずかしそうに明るくなって、ダンスパートナーだった轟さんから幽霊女子の南さんへと、スルリ!と、ボーンパラダイスオーケストラの皆さんの音楽に合わせてチェンジした。


「ど、ども。は、初めまして。じゃないよね」


「うん。初めまして、じゃないよね」


 僕の言葉の後で、恥ずかしそうにうつむいた南さん。

 初対面でもないはずなのに、南さんの緊張した姿が、より一層僕を緊張させる。


「手……」


 そう言った南さんが、フルフルと右の手を震わせながら差し出している。


「う、うん」


 なぜだか、僕は急に恥ずかしくなって、幽霊女子の南さんの手に触れるのを躊躇ためらった。

 けど、勇気を出して、せっかくの霊スキルを修得するための時間だし恐る恐る南さんの右手に触れようとした。

 いや、霊スキル『【ひょう】』が、もう一度、発動するのか不安で怖かった。

 

(──いや、そうじゃない)


 なんだか、よく分からない初めての感覚で──。

 緊張しているからなのか?──なぜ、南さんが恥ずかしそうにしているのか。それに、僕まで、なんで、はずかしくなるのか?──それが、分からないのが、とても不安だった。


(──ブブブブ……)


 ──来た。

 霊スキル『【ひょう】』だ。

 体内に霊力を留める霊スキル『【】』を維持しながらも、それを自分の身体をおおうようにして霊スキルを発動させる能力チカラ


「柔らかいんだね。赤羽アカバネ君の右手」


「う、うん。南さんの手も、柔らかいよね」


 あり得ないんだ。あり得ないんだけど、あり得てる。

 それが、霊スキル『【ひょう】』。視えないモノに触れられる能力チカラ

 僕と南さんは、恥ずかしくて。

 そのまま動かずに、二人とも手を握りしめたまま躍らずに、その場に立っていた。

 洞窟の中を、ボーンパラダイスオーケストラの皆さんの演奏するダンスミュージックが鳴り響いている。


「さぁて、さてっ! 皆さん、つかみましたか! 霊スキル『【】』!! 焦らなくても心配ご無用っ!! ダンスタイムは、合宿中に何度でもキャンプファイアー!! 致しますからね? ウフフ。ではっ! 皆さん! これにてダンスタイムは、終了!! からのぉ、クラス対抗洞窟山登り合戦、スタートぉっ!!」


 ピピ郎先生が、ヴァンパイアみたいな赤い目を光らせると。

 ジャン!!と、鳴り終えたボーンパラダイスオーケストラの皆さんの演奏した音楽とともに、ピタリ──と、一瞬の静寂が、青く光る洞窟内に訪れた。

 時が、止まる。

 ピピ郎先生の着ている白と黒の燕尾服と、激しく振り続けていた指揮タクト棒が、微動だにして動かない。


(──パチパチパチパチ!!)


 どこからともなく、拍手と歓声が漏れる。

 ピューゥィ!ピューゥィ!と、口笛の音が洞窟内に響き渡り、誰が起こしたのかスタンディングオベーションの波が、僕の近くにまで押し寄せて来ていた。


(──ををををおっ!?)


 僕も南さんも、つられてスタンディングオベーションの波の一つになって一瞬だけ立ち上がり、すぐに、しゃがみ込んだ。


「なんか、楽しいね。久しぶりの気持ち。赤羽アカバネ君は?」


「そうだね。僕も」


 照れくさそうに笑う幽霊女子の南さんの表情カオに対して、素直に笑顔になれたと僕は想う。

 なんでだろ?

 隣を見ると、僕と南さんに背を向けた轟さんの後ろ姿が見えた。

 轟さんの背中に揺れる長いポニーテール。

 後ろからだけど、まるで轟さんが、まばたきひとつせずに、青く光る洞窟の地面を見つめているように見えた。


赤羽アカバネっ!! お前、もう100パーセント修得出来たのか?」


「え? う、うーん。どうだろ? まだ、分からないよ」


「なんだかんだ言って、一気に優等生の天才クンになったねっ! このこのぉー!!」


スミにおけない、ね?」


 虎みたいな大山君が、ドスドス!と僕のもとに駆け寄る。

 そして、明るい笑顔で振り返った轟さんが、グイグイ!と左肘で僕の胸を押している。

 恥ずかし気に嬉しそうに笑う幽霊女子の南さんが、長い睫毛まつげと大きな瞳をパチクリ!と、動かして僕の目を見つめていた。

 それから。

 長いバサバサの黒い前髪をかき上げながら、スー……と僕に近づく南さん。

 洞窟の青い光が、南さんの白いセーラー服と赤いリボンを青く照らしている。


「おめでと。霊スキル──今は君が、ナンバーワンだよ?」


 頼りなくて、小さな声。

 小柄な女の子だけど、スラッとした体格の南さん。細身で今にも消えてしまいそうなほど、身体全体が透けて視える。やっぱり南さんは、幽霊女子なんだなって改めて想う。


「今度は、赤羽アカバネ君に教えてもらわなきゃね! 頼んだよ? 我が班のリーダー!! 赤羽アカバネ君!!」


 振り返ると。

 轟さんが、僕のいる方に手を振りながら、親指立てて、よろしく!みたいなサムズアップをしている。

 背中の黒の長いポニーテールを左手でかき上げながら、轟さんの赤いジャージ服姿が洞窟の青の光に揺れている。

 轟さんは、虎みたいな大山君に何かを言ってバシン!と、背中を叩いていた。

 すると、背中を叩かれた大山君が、やいのやいの何かを轟さんに言い返していた。けど、轟さんは何も気にも留めない様子で笑っているだけだった。


「では! 皆さん!! 強制的に霊スキル『【】』の状態にするピンクの腕輪を解除いたしますよー? 準備は、良いデスかっ!?」


 白い肌にオールバック。

 ヴァンパイアみたいなピピ郎先生が、お立ち台の上に立ったまま、赤く目を光らせて叫ぶ。

 赤く開いた口からは、牙みたいなのが見えた。

 ほんと、ヴァンパイアみたいだ。


「そのセリフっ! ワシ! ワシが言うセリフじゃぞいっ!!」


「まーまー。良いじゃないですか? 校長先生は、いざという時こそ、動いてくれりゃ良いんですから」


「まぁ、そじゃの」


 チンチクリンのハゲちゃビンお爺ちゃん校長先生が、川岸教頭先生に抱っこされたまま、ジタバタとしてたけど、遠い目をした川岸教頭先生に何かを言われて大人しくなった。


 ──だけど、それとは対称的に、全生徒の子たち、みんなが、ザワつき始めた。

 また、洞窟に入る前のピリついた緊張感が走る──。

 僕たちの熾烈しれつなあの順位争いが、再び脳裏をよぎったからだ。

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