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ホラー小説集

牛の首

作者: 大浜 英彰

 臨海学校や修学旅行もそうだけど、親元を離れて同級生達と一緒にお泊りする学校行事には、非日常感があってワクワクするよね。

 私こと吹田千里(すいたちさと)が通う堺市立土居川小学校では四年生の学校行事として林間学校が毎年十月に開催されていて、みんな二学期の始業式から心待ちにしていたんだ。

 宿泊先の青少年研修センターがある泉南市は和歌山との県境に位置しているんだけど、緑豊かな自然が残っている所には唸らされたね。

 バードウォッチングの出来るアカマツ林や川魚が放流されている釣り堀など、私達の住む堺市堺区ではなかなか御目にかかれない景色が広がっていたんだ。

 そんな恵まれた環境で私達を待っていたのは、ディスクゴルフやニジマス釣りを始めとする、豊かな自然と広大な土地を活かしたアクティビティの数々だったの。

 大仙公園や大浜公園まで変速式自転車を飛ばしてフリスビーやローラースケートに興じるのも捨て難いけど、こういう野趣横溢とした遊びにも風情があるよね。


 とはいえ、楽しい時間は流れるのも早いみたい。

 飯盒炊爨で作ったカレーをお昼御飯に頂き、様々なアクティビティにチャレンジしていったら、あっと言う間に夕方になっちゃったの。

 そうして宿舎に集合して夕食とお風呂をこなせば、すっかり夜の帳が下りていたんだ。

「明日は樫井(かしい)の古戦場跡と埋蔵文化財センターを見学したら、後は土居川小までバスで帰っちゃうんだね。研修センターで目を覚ます事を黙殺したら、普通の遠足みたいだよ。」

 昼間の汗と疲れを大浴場で洗い流した私は、ドライヤーでも飛ばしきれなかった頭の湿気をバスタオルで拭いながら、相部屋の友達に翌日の行程を確認したんだ。

 乾いたら直ぐにでも、普段のツインテールに結い直さなくっちゃね。

 にしても、こうして髪を下ろした状態を友達に見られるのは落ち着かないなぁ。

 まあ、プールの授業の時もそうだけどね…

「確かにね、千里ちゃん。この手の行事の非日常感は寝泊まりするまでがピークで、学校や家に帰る最終日のテンションは他の課外授業と大差無い物だよ。幼稚園の年長さんの時にやったお泊り保育だって、そんな感じだったじゃない。」

 そんな私の問い掛けに理路整然と応じたのは、クラスでも特に仲の良い友達の一人である月石明花(つきいしめいか)ちゃんだ。

 明花ちゃんは茶髪を御河童に近いボブにカットしているから、ドライヤーだけでササッと乾かせるのが羨ましいね。

「お泊り保育かぁ…そりゃまた何とも懐かしい響きだよね。教室の大きいテレビで『お願い!バケねこん』の特番を友達と一緒に見た事は、今でもハッキリ覚えているよ。そのせいか、今でも『夏一番!バケねこん祭り』をテレビで見ると、さくら組で一緒だった子達の顔を思い出しちゃうんだ。」

 明花ちゃんの何気ない言葉に食い付いたのは、栗色の髪をセミロングにカットしたもう一人の友達だった。

 図画工作の成績優秀な猪地乃紀(いのちのき)ちゃんは、熱烈な漫画ファンとしての顔も持っているんだ。

 特に毎週金曜夜七時に放送されている「お願い!バケねこん」は幼稚園の頃からのお気に入りで、昼間の木工体験ではバケねこんの主要登場人物をモチーフにした小型のトーテムポールを精巧に作り上げたんだよ。

「この研修センターの個室にテレビは無いけど、代わりに教頭先生が多目的室で怖い話を語ってくれたじゃない。」

「そうそう!明かりも仏壇用の電池式ロウソクだけって凝り具合で、気合い入っていたよね!」

 明花ちゃんの話に相槌を打ちながら、私は先程の怪談話に思いを馳せていた。

 大学で民俗学を専攻されていた事もあって、我が堺市立土居川小学校の教頭先生は妖怪や怪談に詳しいんだ。

 それで林間学校や修学旅行みたいな宿泊を伴う学校行事になると、色んな怪談話を語ってくれるんだよ。

「ねえ、二人はどの話が印象的だった?私は怪談その物よりも、去年の林間学校で教頭先生を辟易させたっていうオカルトマニアの女子生徒の話の方が面白かったよ。」

「ああ…本題に入る前の注意説明の話だね、千里ちゃん。教頭先生には申し訳無いけど、それには私も同感だよ。確か、『あんまりマニアックなツッコミをされると時間が押してしまうので、質疑応答は御手柔らかにお願いします。』って注意事項があったっけ。」

 清き一票を投じてくれて感謝するよ、明花ちゃん。

 それにしても「清き一票」なんて、選挙前の街宣車みたいだなぁ…

「相当にしつこかったんだろうね、その女子生徒。去年の林間学校での出来事だから、その子は今は五年生になっているんだろうな。」

 こうして喋っていると、諸注意を説明する教頭先生の困惑した顔がありありと浮かんでくるよ。

「千里ちゃんも明花ちゃんも、妙な所に食い付いたんだね…私は『牛の首』が怖かったかな。あまりにも怖すぎて、聞いた人が三日と経たずに死んじゃうなんて…一体、どんな話なんだろう?」

 首をすくめた仕草から察するに、あの話は乃紀ちゃんの心に相当の波風を立たせたみたいだね。

 そりゃ確かに、話の内容が一切伝わっていなくて、分かっているのは「聞いた人が死んでしまう程に怖い」って事だけだったら、実態が気になってモヤモヤしちゃうだろうな。

「牛の首があれば、美味しい牛タンやツラミが食べられるね。フランスには牛の鼻や仔牛の脳味噌を使った料理もあるみたいだから、牛の首だけでフルコースが出来るかもよ。」

「怪談を料理のレシピに結び付けるなんて、料理好きの明花ちゃんらしいなぁ…」

 苦笑する私だったけど、この家庭科クラブに所属している友達の一言にホッとさせられた事は否定出来ないよ。

 もしかしたら「牛の首」って怪談も、その実態は調理方法に不満のあった牛が化けて出てくる話だったのかもね。


 こんな具合に友達との雑談に花を咲かせながら床に就いた私だけど、その夜は何とも言えない変な夢を見ちゃったんだ。

 夢の中の私は黄八丈の和服を着ていて、オマケに髪も桃割れに結われていたの。

 まるで時代劇に出てくる寺子屋通いの町娘みたいな格好だよ。

 そんな町娘姿の私は、獄門台に晒された生首を他の町人達と一緒になって眺めているんだけど、それが何と牛の生首だったんだ。

 体毛は綺麗な黒一色で、二本の角も天を突くように美しく伸びていたの。

 上方落語として広く知られている「池田の牛ほめ」に倣って形容するなら、差し詰め天角地眼(てんかくちがん)一黒鹿頭(いっこくろくとう)耳小歯違(じしょうはちごう)って具合かな。

 そんな立派な牛が晒し首にされている状況も不可解極まりないんだけど、本当に驚くべきはここからなの。

 何と既に生命を失っているはずの牛の目がギョロッと動き、ボロボロと涙をこぼしながら悲痛な視線を私に向けてくるんだ。

「えっ、何…?」

 そうしてゆっくりと口を開いたと思ったら、今度は悲痛な鳴き声を繰り返してくるじゃないの。

 それはまるで、何かを訴えかけてくるようだったんだ。

「ちょっ、ちょっと待って…私に向かって吠えないでよ!」

 すっかり面食らった私は、弾かれるように後退りしちゃったんだ。

 だけど幾ら離れても、牛の首はジッと私を見つめて嘶いていたの。

「あっ!痛いなぁ…!お陰で転んじゃったじゃない!」

 ついには周りの群衆にぶつかって、尻餅をついちゃったよ。

「いい加減に口を閉じてよ!でないと口に神社の御札を貼っちゃうぞ…」

 お尻を打った痛みと苛立ちのせいとはいえ、我ながら相当に無茶苦茶な事を言っているよね…

 そもそも「池田の牛ほめ」で御札を貼るのは、口じゃなくてお尻なんだけど。

「って、うわあっ!」

 そうして周囲を見回したら、また大声を上げてしまったの。

 何せ先程まで普通の人間だったはずの群衆の顔が、みんな牛になったんだから。

 身体は和服を纏った人間なのに、首から上は獄門台に晒されているのと同様の黒い体毛の牛。

 まるでミノタウロスか牛頭鬼の国の盆踊り大会に迷い込んだような心持ちだね。

 そうして獄門台に晒されている牛の生首と一緒になって、悲しそうな目で私の事をジッと見つめていたんだ…


 そんな何とも寝覚めの悪い夢を見て困惑している私を更に驚かせたのは、同じ部屋で寝ていた明花ちゃんと乃紀ちゃんの二人もまた、私と全く同じ夢を見たって事なんだ。

 獄門台に晒された牛の首が悲しそうに嘶くのも、周りの群衆が和装のミノタウロスみたいになってしまうのも、そっくりそのままだったの。

「三人揃って同じ夢を見るなんて普通じゃないよ、千里ちゃん…」

「う〜ん…寝る前に『牛の首』の話なんか蒸し返しちゃったのが、やっぱり悪かったのかな…」

 明花ちゃんと一緒に首を傾げるしかない私だったけど、この奇妙な一件は終わっていなかったんだ。

「千里ちゃんと明花ちゃんの二人には言いにくいんだけど…実は私、まだ牛の声が聞こえるんだよね。」

「えっ…」

 乃紀ちゃんの一言は、私達二人の心胆を寒からしめるには充分だったよ。

「何処から聞こえてくるんだろう…あっ、あっちだ!」

 そうして一点を見据えると、ドアも閉めずに部屋から飛び出しちゃったんだ。

「乃紀ちゃんったらどうしたんだろうねえ、千里ちゃん…?」

「私に言われても困るよ、明花ちゃん。昨日のカレーで牛肉ばっかり食べていたから、祟られちゃったのかなぁ…」

 とはいえ、謎解きをしている場合じゃないって事だけは確かだったね。

 無駄話を切り上げた私達は、脱兎の如く駆け出した乃紀ちゃんの後を取る物も取り敢えず追ったんだ。


 私と明花ちゃんの二人が押っ取り刀で駆け付けたのは、研修センターの裏手に広がる雑木林の少し奥まった所だったの。

「あっ!居た、居た!乃紀ちゃんったら何やってんの?」

 明花ちゃんが驚くのも無理はないよ。

 雑木林に蹲った乃紀ちゃんの行動は、それ程までに常軌を逸していたんだから。

「もう少し…もう少しだから!」

 まるで譫言みたいに呟きながら、一心不乱に苔生した岩をハンカチでゴシゴシと拭う乃紀ちゃん。

 その姿は、何かに憑かれたようだったんだ。

「これはちょっと普通じゃないなぁ…明花ちゃん、先生達を呼んできてよ!」

 そうして友達に応援を呼びに行かせた私は乃紀ちゃんの奇行を見守る事にしたんだけど、彼女の真意が明らかになるのは時間の問題だったんだ。

「よし、出来た!見てよ、千里ちゃん!」

「あっ!ちょっと乃紀ちゃん、どうしちゃったの?」

 苔と泥で汚れた顔に誇らしげな微笑を浮かべると、乃紀ちゃんは私の腕を取って自分の成果を指差したんだ。

「こ、これは…」

 乃紀ちゃんが必死になって磨いていたのは、岩なんかじゃなかった。

 天を突くように伸びた立派な角に、小振りで形の整った可愛らしい耳。

 昨夜の夢に出てきたのと瓜二つな牛の首は、黒い御影石で出来ていたんだ…


 先生達の通報で駆け付けた御巡りさん達の話によると、あの黒御影石で出来た牛の首は、県内の天満宮から盗まれた御神牛らしいの。

 そう言えば数ヶ月前の新聞の三面記事に、仏像の首を海外に密輸しようとしていた窃盗犯が逃走中に事故死したという事件が載っていたっけ。

 私達が見つけた御神牛も、恐らく同一犯によって盗まれた品物なんだろうな。

 盗んだものの買い手がつかなくて雑木林に打ち捨てたみたいだけど、全くひどい事をするもんだよ。

 そんな神仏も恐れない窃盗犯への天罰は果たせたものの、自力での帰還を果たせなかった臥牛像の首は、助けを求めて私達の夢枕に現れたんだね。


 その後、私達の林間学校の思い出に強烈な爪痕を残した牛の首は、事件の捜査を終えた警察によって天神様に返還されたの。

 そして境内の台座に残っていた胴体と、元通りに接合して貰えたんだ。

 修理の痕跡を隠すために赤い布が首周りに巻かれたんだけど、それがスカーフに見えて妙にカッコいいんだよね。

 かくして天満宮に戻った御神牛は、「天罰を下せる程に霊験灼然である」との評判で注目の的になり、境内には連日沢山の人が参拝に訪れるようになったみたい。

 災い転じて福となすとは、まさにこの事だね。

 発見者の一員である私も御利益のおこぼれに与りたい所だけど、それは欲張りって事になっちゃうのかなぁ…

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― 新着の感想 ―
[一言] まさか千里ちゃんにそんな過去が! なんとも怖いけど、不思議な話ですねぇ。 というか私もこういう心にぶっ刺さる体験を修学旅行にしたかったですよ。全然修学旅行中の記憶ないぜ。
[良い点] ∀・)語り手の語り方がなんとも不思議な感じで惹きこまれるものがありました。 [気になる点] ∀・)語り手は小学生なのかな?だとしたら、かなり頭脳明晰な小学生じゃないでしょうか。 [一言] …
[良い点] じわじわと怖さが募る中……三人が無事でよかったとほっとしました。 牛の首もちゃんと戻ったし、ホラーにしては珍しくハッピーエンドですね
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