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宵闇に灯火の唄を  作者: 野木 千里
第二章
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93話

ヒジャウの話は調査に出た船代や諸々を考えても、旅に出た価値があった。まず第一にミガルティではほとんど手に入らなかった竜人族の能力についての情報だが、これは鳥人族とほとんど同じで天候に干渉する能力だと言うことが判明した。鳥人族は風を操るが、竜人族は雷を操る。ヒジャウは風を基にしているか、水を基にしているかが関係しているのではないか、と自身の考察をファンに伝えた。竜人族は水を基にしているため、蜃気楼のように遠い景色を眼前に映すことができるという。初めて会ったときに浮いていたのはどうやったのか、と芳に問われて「格好良かったかもしれんが、神嫁以外はできぬ技だ。我も長くは使えん」と彼女は答えた。

 神嫁を選ぶ儀式の手順も鳥人族の雨乞乙女や戦乙女と非常に似ているのではないか、と芳が指摘したことにより考察の余地が増えそうだった。

 またヒジャウはソラたちに経典を聞かせてくれた。島の外の人間が聞きたがるのは初めてだ、と言う彼女はまるで子供に読み聞かせでもするかのように優しい声で全編を暗唱してくれる。ソラやサーシャは歌のようなそれを大変気に入り、速記した芳は終わる頃にはぐったりとしていた。

 彼女は精霊降ろしに失敗した女性たちが飲んだという胡散臭い秘薬もくれたが、それはケビールと芳によって隠された。ライラに届けられるかすら怪しい。

『ソラ、この約款だがな。我々竜人族は他種族とほとんど関りを持たぬ。奴隷を許さぬと言ってもこの島に邯志とミガルティの定期船以外で人間が来ることはないし、人攫いも我がすぐさま見つける。それに定期船以外で外に出ることもないのだ。我々に利点はあるのか』

 ヒジャウはソラから受け取った獣人族協定の約款を手に、険しい顔をしていた。

「それは」

 ソラが言い淀んだ。

 確かにソラたち一行を迎えに来たのはヒジャウだ。島のどこにいても狼人族と似たような速さで駆け付けられるという。その上雷も自由自在なのだから、外敵に対して負ける心配はほとんどなかった。

『我々のうち誰かが出たいと言えば、航海の間お前が守ってくれるのか』

「それについては、人数が多くなければお約束できます。とはいえ、人魚の襲撃に関してはお約束できませんが」

『それに、ミガルティの庇護がなければこの協定、なかなか厳しいものがあるぞ』

「仰られる通りです」

 最初は名を貸すだけだった契約だ。現実味をつけるために肉と骨をつけ、協力を増やすために邯志で申請も出した。北大陸から出てくる奴隷たちの一番の行先である南東大陸の国の賛同がなければ形骸化する可能性もある。

「それでも、何もないよりはずっと良いと思います。私たちが人間から受ける不条理をただ耐えるだけの必要はありません」

『人間にどんな復讐をするつもりだ?』

 それを聞いてソラは驚いた。そう発想するものもあるだろう、と言われ考え込む。

『獣人族が徒党を組んで戦に発展すれば、悪いが人間では歯が立たぬ。空には鳥人が、海には人魚、川には魚人、陸には狼人もいる。逃げおおせたとて熊猫人族の幻覚で崖から飛び降りる羽目になるやもな。お前は何がしたい?』

 それは薄々ソラも感じていた。本気で自分が戦に手を出せば、大切な人が戦場にいない場であったら一体何人殺めたことだろう。弓矢や投石機から飛び出す石を落とすだけではなく、最後は川を決壊させて何人もそこに呑まれた。本気を出せば、きっともっと多くの人間を確実に殺し、国王軍であったとしても壊滅させることが出来るだろう。

「お互い理解し合えないところもきっとあるでしょう。それゆえ戦が起こることも多いのだと思います。……でも、そうですね」

 ソラは芳を見た。微笑まれて彼は息をすることさえ忘れて彼女に見入った。

「それぞれの違いを容認できるようになれば、もっといい案を誰かが出してくれるかも。私はそれを待っているだけなのかもしれません。もしかしたらこの約款と協定が、誰かの助けになるかも。良いか悪いかは分かりません。ですが、流れが止まった川は腐ります。今停滞しているのであれば枝や泥を取って流さないと」

 ヒジャウは怪訝な顔をして、何度も約款とソラを見た。きっと彼女は何度も子供の遊びだ、絵空事だと文句を言おうとしたのだろう。それでも言わなかったのは、きっと長く生きた故の矜持だ。

『私をミガルティへ連れていけ。ミガルティの皇子が良しと言えば、その場で協定を受け入れよう』

「来られるんですか?」

『我も長生きしすぎた。死ぬ前に好きなところへ行ってもよかろうよ』

 本当に長生きなのか、それともただの『精霊降ろし』の後遺症でそう思うのか、それは誰にも判断がつかなかった。ただ、確かにヒジャウは一定以上の知識と力を持っており、竜人族はヒジャウの命に従っている。

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