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宵闇に灯火の唄を  作者: 野木 千里
第一章
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7話

 アサドの大切な銅貨を早く見つけよう、とソラが屈んだ途端に部屋の前から声が聞こえた。

「ソラ、結い上げの髪飾り持ってきたから開けて。殿下もいらっしゃるから」

 返事の前に扉が開かれる。所詮奴隷の部屋だ、返事を待ってもらえるはずもなく、まだ待って欲しかったと文句を言える立場でもない。

「……どうしたの? お腹痛い?」

「あの、いえ。躓いてしまって! どこも痛くありませんよ」

 訝し気なラヒムが足元を探さないように、ソラはとっさの嘘を吐く。胸の内はユルクへの謝罪の言葉でいっぱいだ。裏切るつもりは毛頭ない。だが主人の許可しないときに外について学ぼうとしたことは事実だ。

 こんなに胸が痛むのなら、少年の申し出を断れば良かった。自分で先生を探すのはもうこれきりにしようと誓いながら、ソラは深く頭を下げた。

「カプラの国の誉れ、ユルク王太子殿下を心よりお待ち申し上げておりました」

「ああ、元気そうでなによりだよ。顔を上げて」

 明るい外の光を背に受けた王太子の眩いこと。その王太子に仕えることができる喜び。それ以上のものはないはずだ。彼女は心の中で自分に言い聞かせる。

「はい。殿下におかれましてもご機嫌麗しゅう」

 あの小さな銅貨に心動かされることなど、あってはならないはずだ。

 ユルクに勧められるまま、ソラはラヒムの持っている箱の中身をのぞき込んだ。色とりどりの宝石で出来た髪飾りがいくつも並んでいる。

「どれも素敵ですね」

 口だけだ。もちろん選ぶ髪飾りは王太子の頭環サークレットと同じく銀細工に翡翠の飾りのついたものだ。石の大小やその大きさといったことは、ソラには一切関係がない。

 とにかく自分が敬愛する主人の持ち物だとわかるもの。それが一番大切なことだ。

「ほら、言ったじゃないですか。選ばせたら絶対これになるって」

 ソラが髪飾りを手に取ると同時にラヒムの溜息が聞こえる。

「そうだね、やっぱり先に結婚相手を決めた方がいいと思ったよ」

 ラヒムが王宮に来た頃は一番背が高かったが、今や二人に見下ろされる立場となったソラは黙って二人を見上げた。無言の抗議を見てユルクが笑った。落ち着いた香の香油を塗り込んだ柔らかい手のひらがソラの頭を撫でる。手のひらが飾りをつけない髪を惜しんでいるようだ。

「まだ結婚相手が決まっていないから仕方ないんだけどね。決まってから結い上げをした方が仕立て直しの心配はいらないかな」

「ですが花嫁衣装に翡翠をつけましたよ」

「結婚式の日の髪飾りは宝石商が貸してくれるよ。気に入れば買い取ってあげるから違うのにしない?」

 そんなにいくつも髪飾りを持って行ったところで、姑に贅沢だと取り上げられはしないだろうか。若干の不安がソラの胸をよぎった。

「ソラ、これも綺麗だよ」

 ラヒムが別の髪飾りを差し出してくる。ユルクは決まって柘榴石や紅玉ルビーのものをソラに持たせたがるのが不満だ、自分は王太子の目と同じ色のものを身に着けたいと漏らしたのを覚えていたのだろうか。金の細工に翠玉エメラルドがはめ込まれている。淡い色をしていて価値が低いのか、周りには玉髄ぎょくずい月長石げっちょうせきも飾られていて涼し気な印象だ。

「綺麗……」

 いくつも小さな石が付いているのが素朴な花束のようで、ソラやユルクが選ばないようなものではあったが、どこか心惹かれるものがある。なぜだかそれだけが特別なもののように思えるような、不思議な髪飾りだ。

 ラヒムに感謝を述べようとして、ソラはなぜかぎくりとして黙り込んでしまった。気が付いてはいけない何かがある気がしたのだ。薄灰色の目はいつも通りに思えたし、何ら不自然なこともないはずなのだが。

「ありがとうございます、これにしてください」

 ソラがユルクに髪飾りを差し出すと、彼はいつも通りとびきり優しく微笑んでくれた。

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