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宵闇に灯火の唄を  作者: 野木 千里
第二章
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78話

「君と話していると楽しい。君の目に映る未来ってきっと素敵だろうなって、狼人街で思った。獣人族でミガルティで過ごしていて、辛いことだって悲しいことだってあっただろうに、困っている人に手を伸ばせるなんて、並大抵のことじゃない。そんな優しい女の子が僕と結婚してくれたら、なんて思っちゃたんだ。ケビールより先に僕と出会っていたら、なんて考えてしまうときもある」

 そう言ってファンは項垂れた。

「ケビールだって大事な友人だ。本当は二人の門出を心から祝いたいって気持ちだってあるんだよ?」

 心から苦しむような声だ。ソラは思わず芳の肩にそっと手を添えた。ふと上げられた顔の切なげな表情に申し訳無さからか胸が締め付けられた。

「でも、ソラったらずっと辛そうなんだもん。放っておけないよ。あんな風に喧嘩して、他の女の子とばっかり一緒にいて、それって幸せなの? ケビールはちゃんとソラを幸せにしてくれるの? 僕は嫌だよ、好きな女の子がそんな風に悲しんでるの横で見てるだけなんて」

 彼はソラを抱きしめようとした。それを手で制する。異性と二人きりになったのは、ケビールに隠れてそういうことをするつもりだったからではないし、相手にも口実にされたくなかったからだ。この心優しい青年を傷つけただろう。ソラがそう思って芳を見ると、芳はやはり悲しげな顔をしている。

「……僕は君の良い理解者になれると思うけどね」

「確かにあなたと話していると楽しいです。議論も出来ますし、学びとなることも多いです」

「僕も同じだよ。君の教養の深さに驚かされる。宮廷語も完璧だしね。無意識だと思うけど、それが使えるだけできっと獣人族協会が上手くいくことも多いはずだよ」

 ユルク王太子の顔を思い出して、ソラは目じりに浮かんだ涙を拭った。

 過ぎ去った日々が懐かしい。二度と戻ることはない場所だが、そこで教わったことがあまりにも多く、あまりにも重い。

 ソラが断ろうとしていることに気がついたのだろうか、芳は若干の焦りを伴ってソラが立ち上がろうとするのを阻止した。

「うーん、困ったな。どうしても君と結婚したいんだよね」

「芳は、私でなくてももっと良い相手がいると思いますよ」

 ウェン呉服店の子息であれば、国内の才女を選び放題だ。それこそソラのような硬い宮廷語ではなく、もっとたおやかで美しい言葉を喋る女性と結婚することも難しくないだろう。歴史や法の知識を学ばない分、文学や芸術に造詣が深く、社交界の華となる人物もいるだろう。あえて、西大陸で美しいと言われる色白のふくよかな女性でないソラが選ばれる理由はない。

「おや、自覚がないときたか。それはぶりっ子じゃないよね、君って本当に自分のことを分かってないみたいだね」

 芳の声色が変わった。流石に危機感を覚えたソラは立ち上がった。一瞬の浮遊感がソラを襲う。

 気がつけば天井と芳の顔が見え、腹を両足で挟み込まれていた。芳は先程と違って随分機嫌が良さそうに笑顔を浮かべている。

「……驚きました。文呉服店のご次男とはいえ、いくらなんでも無作法ではないですか?」

「それ以上話さないほうが身のためじゃないかな。自分がどれだけ世間知らずの『お姫様』なのかわざわざ男と一緒の時に明かすなんてさ。こうされたら普通の女は絶叫するんだよ。勉強になった?」

「叫べば満足なさるの?」

 芳はソラの言葉には返事をせず、そっと髪に手を伸ばした。髪飾りを引き抜かれ、止める間もなくそれを部屋の隅に放り投げられる。金属の落ちる音が虚しく部屋に響く。ソラは芳を押しのけて立ち上がろうとしたが、肩を押されて簡単に寝台に押し倒された。笑顔のままの男をこれほどに不気味に思ったことはない。

『驚いたのはこっちだよ。どれだけ過保護に育てられたらそうなるんだよ』

 突然飛び出してきた母語にソラは閉口した。なぜ彼がそれを知っているのか。ソラは自分の母語がカプラ語であることを調査員たちに話したことはなかった。

 目を白黒させているソラに、芳が続ける。

『母語くらい南東大陸語の訛り方で分かるよ。どう、怖い? 気が変わった?』

 頑なに首を振って身じろぎをしようとするソラに、芳は残念そうな表情を見せる。

「……先に聞くけど、ムルシド殿下の金糸雀をしたことはないんだよね? もちろん戻ってからそうする予定もないよね。流石に皇族相手では分が悪い」

答えないソラの服に彼は手をかけた。一体何をされるのかソラには全く分からなかったが、ラヒムとの結婚式に出る少し前、険しい顔をした女官長がソラにこう告げた。「その服に手をかける者があるとすれば、それは医者かあなたの夫です。それ以外は殺してでも阻止するか自害なさい」と。何故と問えば、夫婦以外では契ってはならないと回答があった。

「やめてください。ねぇ、芳。私たち友達になったじゃないですか。こんなひどいこと、どうか止めて」

 最後の期待を込めて声をかければ、芳は心底軽蔑したようにソラを見下ろした。

「男と女の間に友情があると思ってるの? お前相当馬鹿だろ」

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