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宵闇に灯火の唄を  作者: 野木 千里
第二章
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74話

 翌朝、ソラとファンはメフシィ商会の邯志ハーン・チィ支店へ赴いていた。メフシィが昨日のうちに支店に連絡を入れ、現地職員がめぼしい本を集めてくれていたからである。中には商会でなければ手に入らなかったと言われるものまであり、期待は高まる一方だ。

 西大陸様式の大きな建物は随分と古いものではあったが、丁寧に修復した上で使用されているようだ。かつてこの建物が建てられた時の美しさを残すことはそれなりに時間も金もかかるだろうに、メフシィは北大陸にある店舗と同様に使われなくなった屋敷を買い取ったにすぎない、と謙遜していた。慈善事業にも熱心な者が調査団で元締めをしてくれているというのは非常に心強い。

 赤く塗られた柱や精巧な細工のされた窓枠にソラが見惚れていると芳が笑った。

「珍しいんだったら、今度僕の実家に遊びにおいでよ。王宮が建設された頃に出来たんだ」

紅璃コウリ宮の頃に? 確か前々王朝の頃からありますよね?」

 邯志の王宮は王朝が変わるごとに燃やし尽くされるのが定番だが、今の王朝になる時は『異民族から取り返した』として珍しくそのまま利用されている、と邯志皇帝直々に教えてもらったことがある。ソラはありがたいことに現皇帝の覚えもよいので、熊猫人族との協定が締結された後に協賛の願いをしにいく予定だ。

「そうそう。だから、紅璃宮の一般公開日に行っちゃ駄目だよ」

 紅璃宮の一部は、定期的に一般公開されることになっている。観光客も行くくらいのところであるし、協賛を願い出る立場である以上王宮へ足を踏み入れることになるだろうとソラは思っていた。

「どうしてですか?」

「知らないの? 現皇帝は稀代きだい蒐集癖しゅうしゅうへきがあって、対象が獣人族なんだよ。最初の蒐集物がそろそろ三十路になる金糸雀で、次の金糸雀を欲しがってるとか。だから行っちゃ駄目だよ」

 皇帝がやたらにソラに優しかった理由を知って、彼女は絶句した。

 そう言われれば立派な真珠の首飾りの代わりに、彼はソラの抜け落ちた羽を持って帰ったことがあった。あれは遠慮するソラを気遣ったものではなかったらしい。楽しかった思い出が一挙に汚されて顔を引き攣らせているソラを見て、芳が笑う。

「王宮に行かなきゃ大丈夫だよ。見つかったらムルシド殿下の金糸雀ってことにすれば流石に手は出されないと思うし、いざとなれば僕も庇うから。……いや僕だと殺されて終わりか? 一族皆殺しかな? まぁいいけど」

「よくありません。紅璃宮には行きませんから、あなたも私などのために身を投げないでくださいね」

 ソラが芳にそう言うと、彼はにっこり笑って了承してくれた。

「もちろん、君のお願いなら聞くよ」

「私のお願いです」

 その言葉を聞いて芳は機嫌が良さそうに小指をソラの小指に絡めてきた。呆気に取られているソラを見て、「こうして約束するんだよ」と簡潔に教えてくれる。

「指切りの約束だから、百年後も破ったら許さない」

 随分怖い約束の言葉だが、多分深い意味はないのだろう。約束事をして満足したのか、芳はソラの手を離してまた歩きだした。ソラも置いていかれないように後を追う。

 どうやら元々芳はこの支店で働いていたようで、責任者に顔を見せるだけで書籍の集められた部屋に通された。途中やはりソラは目立っていたが、もうどこに行ってもそうなのだから受け入れる他ないと諦めることにした。

 本の山を見せられた二人は卒倒しそうになったが、大人しく、そして芳の文句交じりに作業を進めることになった。

「ねぇ、熊猫人族パンダにんぞくは肉ばっかり食べてるとかいう内容の本っている? こんなのばっかりなんだけど」

「内容によるので軽く目を通してください」

「えー。いいけど。僕じゃなかったら絶対一月以上かかるよそれ!」

 ものすごい自信だが、読む速さがとてつもない。それを見込んでのことだ。ソラもミガルティで読んだものを省きつつ、ざっくり目を通す。何せ出来るだけ多くの資料を買い求めよという命令なのだ。一行でも有用なものがあるのであれば皇子の元へ送らなければならない。

 本当であればアャースクでも同じように文献探しをしたかったが、言葉が分からないので断念した。やっと仕事が回ってきてソラもファンも張り切っていた。

「芳はどうして通訳を?」

「南東大陸語の練習がしたかったのと、あとは経歴に箔をつけたかったからかな」

 首を回しながらいい加減に読んでいるように見えるが、次から次へと本に目を通して仕分け作業にも余念がない。見れば筆胼胝ができていた。

「ウチもまぁまぁいい家でさ。兄が継ぐから僕は出てきたんだけど、絶対僕の方が優秀だと思うんだよね。実家以上の大金持ちになって見返したいんだ」

「確か弟さんもいらっしゃると噂で伺ったことがあります」

「そ。兄一人弟一人。男ばっかで暑苦しいのなんのって。ソラは?」

「父が早逝したので、私一人です」

 ユルク王太子の顔を思い出しながら、ソラは目を伏せた。戦で別れてから既に半年以上が経過した。きっと背丈も伸びて、妻を迎え入れたことで王としての器に一歩近づいたのではないだろうか。子供を成せば男の子であれば立派な王子に、女の子であれば素晴らしい王女になることだろう。

「この仕事を任せていただいたことは、本当に幸せなことだと思います。ライラ様のためのことですが、私も自分のことを知るいい機会になるかと」

「雨乞乙女やってたんだっけ」

「はい」

 やっていたと申告するのが申し訳ないほどだが、嘘ではない。ソラは雨乞乙女としても戦乙女としても確かに任命はされたのだが仕事をした回数は驚くほど少ない。戦乙女に至ってはたった二日で戦闘不能状態に陥ったのだ。

 芳は興味なさげに本を積み上げながら、欠伸をしそうな声で呟いた。

「どこも女を犠牲にして維持してんだな。クソみてぇ」

 今まで聞いたこともないような口調と声色にソラは息が止まりそうになったが、聞かなかったことにした。それを問いただせば、折角できた友人をなくしてしまうような気がしたからだ。

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