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宵闇に灯火の唄を  作者: 野木 千里
第二章
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72話

 狼人族との約款の最後の打ち合わせが終わり、食事を食べ損ねたソラのためにメフシィがその場にあった軽食を包んでくれた。アャースクで仕入れた焼き菓子と黒い麺麭は日持ちするのでもっぱら最近はそればかり口にしていた。運悪く食料を売ってくれる船とすれ違うことができずにいたため、そろそろ近くに停泊する予定だとメフシィが教えてくれた。男性陣は酒さえあれば気にしないらしいが、ソラとサーシャは日持ちのする保存食と棗が主食になりつつあり、流石に辟易としていた。

「そうだ、檸檬レモンの砂糖漬けがあるんです。持って行ってください」

「ありがとうございます」

 メフシィはソラと打ち合わせをすると、出来るだけお土産を持たせてくれる。メフシィの心遣いにありがたいようなちょっとだけ反抗してみたくなるような気持ちがソラの胸を擽る。小瓶に入った淡い黄色の果実は太陽の色のようで持っているだけで気分が明るくなりそうだ。

 せっかくだからケビールやサーシャとお茶でもしたいが見当たらない。昼過ぎの一番働き時だ、きっと今頃何かしら仕事をしているのだろう。

「ソラちゃん? どうしたの?」

 探していた人物のほうから声をかけられてソラは顔を輝かせた。

「ケビールさん。よかった、今お時間は?」

「交代したところだからあるよ。なんかあった?」

「一緒にお茶がしたくて」

 そうソラが答えると、ケビールは頬を緩ませて分かった、と返事をしてくれる。だが、彼はすぐに顔を顰めて咳ばらいをした。

「それで、後ろのは何?」

 振り返ると満面の笑みのファンが立っていた。流石に驚いて一歩下がったソラを見て、芳は意外そうに笑う。ケビールはソラの肩に手を置いて思いきり警戒している。船内で騒ぎが起こらないことを祈りつつ、ソラは二人を順番に見た。

「えっ、ケビール僕のこと知らない? 不凍港で泊まった時同室だったの覚えてない?」

「あー……お前すぐ飲みに行って戻ってこなかった奴か? 覚えてると思ってんのか」

「僕はお前の寝顔よーく覚えてるけどね。ケビールの寝顔って結構かわいいよね、ねぇソラ」

 どう答えても角が立ちそうなことを聞かれてソラは黙りこんだ。失言を誘われそうで怖かったからだ。笑顔で首を傾げればそれ以上言及されないことをソラは良く知っている。

「……えー、何の話だっけ?」

 ソラの目論見通り、芳はその話を止めにしてくれた。もしかすると自分の笑顔には圧があるのかもしれないと薄々察知しているが、知らないでいるほうが得策だろう。

 もはやケビールの芳に対する警戒心は最大のようで、自分の後ろにしっかりソラをしまい込んでしまった。

「これから俺たちお茶の時間だから、もう行っていいか?」

「僕も行きたい! ねぇ折角だから仲良くしてよ。周り年上ばっかりなんだってば、僕寂しいのダメなんだよ」

 新年を迎えて十九になった男の言葉とは思えない。

 だが一人は寂しいものだ、それはソラにも良く分かった。

「ケビールさん、芳も一緒にお茶をしても良いですか?」

 そう声をかけると、彼はやはり長い長いため息をついて困り果てたように肩を竦めた。

「……分かったよ」

 最早大型の犬のように顔を輝かせた芳は、満面の笑みでケビールの肩に腕を回した。背がソラと同じくらいのせいか、かなり無理をしているようだ。つま先立ちが見ていて哀れだ。

「そうこなくっちゃ! よろしく、ケビール!」

 茶葉が部屋にあるから、とそのまま芳は走り去っていった。恐らくこれからどこに行ってもちゃんと二人の居場所を突き止めるに違いない。

 三人のお茶の間、始終芳は喋りっぱなしだった。最後部屋に送り届けてくれた時、ケビールはソラに二人だけのお茶の時間を申し入れてくれた。嬉しくて鼻歌を歌っているところをサーシャに聞かれてしまった。サーシャは嬉しいことがある度に件の鼻歌を歌うようになり、船員にも好評のようだったが、ソラは鼻歌を聞く度に気恥ずかしくてたまらなかった。

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