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宵闇に灯火の唄を  作者: 野木 千里
第二章
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70話

 話がまとまったところで、調査団は街を発つことになった。サーシャがオリガに使いに出て、家族との最後の挨拶を済ませる間に調査団は旅支度をした。外は大吹雪だったが、恐らく近くで停泊しているであろう人間の隊商に見せるためにもソラが雪を止めることになった。大吹雪を止めるなどという桁外れの能力を見るために、狼人たちは家の窓に張り付いたりこの悪天候の中街の入り口にたむろしたりしていた。

『アレキサンドラ、ご家族へ挨拶は済ませたかい?』

 メフシィのアャースク語での問いかけににサーシャは返事をしなかった。彼女の目はうっすらと赤く充血し、淡い色の口元は固く引き結ばれている。メフシィは軽くため息をつき小さく文句を言った。

『喧嘩別れは困ると言ったのに』

 ソラはサーシャのことが気がかりになり声をかけた。

『大丈夫ですか?』

『うん、もういいの』

 そう言うものの、サーシャはソラの手をつかんで離さない。家族にもう会わないと決めるにはあまりに幼く、また子供に金の無心をする親を受け入れる心の準備もまだ終わっていないようだった。

 またいつか彼女の心の準備が整えば会いに戻れば良い。もう奴隷ではない彼女は、いつでも戻ってくることが出来る。それだけでも随分違うはずだ。

「ソラさん、準備はよろしいですか?」

 メフシィに声をかけられ、ソラは頷いた。調査団の面々は力を見たいようで後ろから付いてくるらしい。護衛たちも興味津々といった様子だ。ケビールだけが唇を引き結び、不満げな顔をしている。

 小屋の扉を開いて外に出ると、出来るだけ襟巻に顔を突っ込むようにしてソラは声を張り上げた。

「麗しき空の精霊よ

眩い顔覗かせて

あたたかな息吹をひとつ

翼を広げ向かう道

私は小鳥、今日もまた

あなたの元で舞い踊る」

 一度目の詠唱で雪が止んだ。空は変わらず曇天だが、しばらくすれば晴れ間を覗かせることだろう。狼人たちはどよめき、狼狽えている。年のいった者たちはなにやら耳を押さえて難しい顔をしていた。

 まだぽつりと名残惜し気に頬に落ちる雪が鬱陶しくて、ソラは自分の頬を拭って手を空中へ向けた。火を扇ぐようにすれば、冷たい風が街を駆け抜ける。どうやらあの時覚えた感覚は残っているようだ。雨乞乙女をしていた頃とは段違いの力だ。ミガルティで出発まで本を読み漁った甲斐もあり、以前よりはまだまともに風を操れるようになっている。

「すごい」

 ぽつり、と調査団の誰かが声を漏らした。彼らには雨乞乙女を任されていた時期があったことしか伝えていない。ソラが鷹であったということは、ごく少数に伝えたうえで口止めをしている。ソラを守るためのことではあるが、聞いた相手を守るためにも必要なことだ。

「御力を実際に目にする機会があるなんて。調査員として申し出た甲斐がありました。いやはや本当に圧巻ですねぇ、あわよくばもう一度見たいですねぇ。あとできればやっぱり自分も最後まで同行したいなぁ。ムルシド殿下、一年だか二年くらい待ってくれないかなぁ」

「駄目に決まってるだろ、帰れ」

 アャースク語の通訳がメフシィに遠回しに交渉しようとして、同僚に怒られている。調査団は彼らを見て仲の良さが微笑ましくて笑っている。ソラも少しだけ仲良くなった彼の言葉に振り返って少しだけ微笑んだ。

 ふと、もう一人の方の通訳と目が合う。西大陸の人間らしい涼やかな目元がじっとソラを見る。話したことのない相手と目が合った気まずさをソラは微笑んで誤魔化して、イワンの方へ向き直った。彼を町長として扱うというのもどうやらオリガの意向のようだ。

『彼女を雨乞乙女として、信用しただけましたでしょうか』

『ああ』

『ではまた追って約款を送付いたしますので、ご了承いただけると幸いです』

『……ああ』

 メフシィが代表として笑顔で話しかける。

 イワンは「はい」としか言わない。町長でもないのにこの矢面に立たされた彼は哀れだったが、それ込みで用心棒をしているのだろう。改めて話すと益々彼が街の代表ではないことが態度や話し方から伝わってくる。

『今回の調査へのご協力誠にありがとうございました。ムルシド殿下もさぞやお喜びのことでしょう』

 ソラも代表として謝礼をする。

 それを見届けたメフシィが、いつもの人受けする笑顔を浮かべて一番大きな荷物を開けた。街の店で買ったおやつだ。

「さぁ子供たち、怖がらせて悪かったね! これは私たちからの贈り物だ、遠慮せずに食べてくれ」

 メフシィの言葉をサーシャが伝えると、街の子供たちが大人の後ろから元気よく飛び出してきた。大雪の中メフシィと馴鹿使いが店をひとつ空にして菓子類を買いあさった。それを聞いた街の店主たちが、メフシィに出来るだけ多く売りつけたようだった。

 子供たちは次々に菓子に手を伸ばし、満足げに親のところへ走っていく。大人たちは困惑しているが、子供たちの様子を笑顔で見ている調査団に好意的な目を向ける者もいる。

 ふと、サーシャが菓子を三つ掴んで人ごみの中に走っていく。彼女は三姉弟と思しき子供たちのうち、一番大きな子供に菓子を持たせ何か言い含めている。三姉弟の長女と思しき彼女は目にたっぷりと涙を浮かべて、サーシャに抱き着いた。弟たちもそれに続く。どうやら両親は傍にいないらしい。彼らはたっぷりとそうした後、名残惜しそうに手を振り合いその場を後にする。

 菓子を配り終えた調査団は戻ってきたサーシャの頭を次々と撫で、黙って荷物をソリに積み込んだ。

 あの場に来てくれていたのが両親だったら、彼女はどれだけ救われたことだろう。見知らぬ土地で何度も泣いて助けを求めただろう母親と父親が、彼女をせめて見送ってくれれば。

 だが、どんなに他人が渇望したところで、サーシャの両親は最後までその場に現れなかった。それが静かな表情をしたサーシャに何を決意させたのだろうか。サーシャに彼女は幾人かに泣いて引き留められが、ソラそっくりに微笑んで名残惜しむこともせずに屋根付きのソリに乗り込んだ。

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