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宵闇に灯火の唄を  作者: 野木 千里
第二章
74/142

69話

 雪まみれになった三人を見て、馴鹿使いと経路の確認をしていたメフシィは急いで温かい茶の準備をしてくれた。三日間暖炉を焚き続けた小屋は随分と温かく、暖炉の前の置いた革靴は出発までには乾きそうだった。ソラは自分の翼を締め付けていた外套を脱いで一息つく。

 それからサーシャにオリガから預かった伝承を託して通訳へ持っていってもらう。

 メフシィは馴鹿使いを部屋から出してくれた。

「それで、ご相談とは?」

「まずは謝罪を。経歴を詐称しておりました。申し訳ありません」

「なんと! 内容によりますが、先を聞きましょう」

 メフシィは驚いた様子だったが、一度驚いて声を上げた以上は狼狽えることもなくソラに続きを促した。

「私は先のカプラ―セメク間の戦で戦乙女を背任しました。その前の乾季には鳥人族の村で雨乞乙女を。そして、それ以前は……」

 ソラは生唾を飲み込んだ。今、そこまで詳らかにする必要はないかもしれない。だが、この経歴があるからこそムルシドはソラを殊更に可愛がってくれていることは事実だ。

「カプラ王国のユルク王太子殿下の鷹を、仰せつかっておりました」

 メフシィが息を呑んだ。彼が驚くのも無理はない。今現在ソラは見つかれば王宮に連れ戻されるか殺されるかの二択しか選択肢が残っておらず、このことを人に話すことが既に命を危険に晒す行為だ。罪人の部類にいるといっても過言ではない。

「ムルシド殿下はこのことは?」

「殿下はご存じの上で私に調査員の仕事をくださいました」

 メフシィが瞬きもせずにソラを見ている。

「実は先ほど狼人街の町長に、私の存在を仄めかすことで人攫いへの抑止へして構わないと申し上げました。このことをムルシド殿下がどうお考えになられるのかは存じ上げませんが、私の一存で決めたため、処罰が下ることも考えられます。メフシィさんには先にお伝えしておかなくてはと、急いで戻った次第です」

 メフシィは黙り込んだままソラの言葉が途切れるまで、ソラの目から一切視線を逸らせなかった。それが一体どういったことを意図してのものなのか、ソラには判断が付かなかった。彼は岩にでもなったかのように身動き一つとらず、また声も一言も発しなかった。

 ソラが助けを求めてケビールを見ると、彼も困ってソラを見ていた。

「あなた自身がお考えになられたんですか!?」

「うわっ」

 突然大声を上げたメフシィにケビールが驚いて声を上げたが、彼は構わず続けた。

「素晴らしい! なんという慈悲深い、心優しい方なんでしょう! 私は四十三年生きて来ましたが、このように心の美しい人に出会ったことがありません! つまり、あなたは狼人族の苦境を見捨てることができなかったんでしょう? あの時、アレキサンドラを助けたのと同じように!」

 ものすごく曲解をされているような気もしたが、ソラにそれを訂正する隙は与えられなかった。サーシャの件はそもそもソラも奴隷だったので、同じ奴隷が手ひどく扱われるのを見ていられなかっただけだ。狼人族の件に関しても、自分に出来ることはあまりに小さいのでただ存在を貸しただけだ。メフシィに絶賛されるようなことをした覚えはなかった。むしろ、ソラからすれば自分の尻ぬぐいをしてくれて恩の一つも売りつけてこないメフシィの方がよほど立派に思えた。

「この件、我がメフシィ商会にも応援させてください。ただの口約束ではなく、あなたと狼人族の契約にできませんか? 恐らく他の獣人族からすれば自分たちも入りたいと願うはずです」

「同盟になさるおつもりですか?」

「まぁ、そんなところです。ですが戦にのみ益を結ぶとムルシド殿下の不興を買いましょう? なので普段は交易に対して定期便を出す形にするんです。そこを商会に委託していただきたいのです。よろしいですか?」

 同盟ではない。かといって商業取引契約でもない。うまい言葉がソラには思いつかなかったが、メフシィの提案はありがたいものだ。

「ありがとうございます。本当に、なんとお礼を申し上げれば良いのか」

「お礼なんて。それにいざとなれば、あなたたちには商会で働いてもらいます。アレキサンドラと三人、どこへでも行って貰いますよ」

 そんな風に気楽そうに彼が言ってくれるものだから、ソラも幾分気分が軽くなった。

 それからようやくソラは自分の手がずっと震えていたことを知った。きっと随分長い間そうなっていたのだろう、少し痺れていた自分の手を撫でつけてソラは笑った。


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