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宵闇に灯火の唄を  作者: 野木 千里
第二章
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65話

 もうすぐ年が明けるから、と通常であれば一月かかる旅路を馴鹿トナカイ使いは二十日に短縮してくれた。サーシャが家族と年越しできるようにという配慮だが、サーシャの表情は晴れなかった。

 ソリの外に流れる風景が次第に雪深くなり、たまの晴れ間が恋しくなる。サーシャが言うには、この辺りはアャースク国内でも冬が一番長く、また冬の間は晴れることが少ないという。住民の多くが氷売りを生業にしているらしい。氷菓が恋しいと漏らしたソラをケビールが小突いて黙らせた。

 狼人街は街というだけあって、見渡す限り木製の建物が立ち並んでいる。雰囲気は暗いがサヒルの大市場と街のつくりはよく似ている。一行が街に踏み入れようとすると、住民たちが訝し気に様子を伺っているためか緊張感が漂った。

「これは……人間は中に入れないかもしれませんね」

 メフシィが小さな声でソラに伝える。ソラとて外套で翼を隠しているので一見しただけでは獣人族に見えない。身体的特徴が目立たないケビールなど完全にただの人間だった。

「なんか、へん」

 そうサーシャが言う。普段はこのような警戒状態ではないのだろう。

「氷、買う人は、人間。よく来る」

「アレキサンドラ、街の責任者を連れてきてくれ。このままでは帰りにソリを襲われそうだ」

「はい」

 メフシィに依頼され、サーシャは街の人に声をかけた。この凍てつくような寒さの中で立っているのは辛い。自然と一行は身を寄せ合うがたいして意味はない。馴鹿使いが馴鹿を周りに連れてきてくれた。

「あなたたちはよく寒くないですね」

「全身毛に覆われてるもんな。いいよなぁ」

 そう言いながら馴鹿にぬくもりを求めるソラとケビールを見てメフシィが身を縮こまらせながら笑う。調査団の面々も二人に倣って馴鹿を触っている。馴鹿は素知らぬ顔で鼻息荒く立っているだけなのが滑稽な光景だ。

『我々の街の子供を連れて帰ってきたのは、お前たちか』

 街の中から出てきた一人の男が酒に焼けた声で一行に北大陸語でそう問う。深い氷のような色の瞳をしていて、毛の襟巻をしている。サーシャが戻ろうとするのを抑え込んでいるのか、彼女の腕を掴んでいる。

『はい、その通りです。我々はミガルティ帝国の皇子に命じられ、奴隷として囚われていたそのお嬢さんを送り届けに参りました。できれば、数日の滞在を許していただけると嬉しいのですが』

 メフシィが調査に都合の良いように多少脚色を入れて男に伝える。

『滞在というのは、帰るための食料などの調達のことか? 高いぞ』

『お値段はお気になさらず。実は事情がありまして、そのことも相談させていただきたいのです。もちろん無理にとは申し上げませんが……こちらには年若い娘もいるので、どこか屋根のあるところでお話ができませんか』

 メフシィが意味ありげな視線をソラに向ける。メフシィの意図に気づいた男が不快そうに顔を歪めるが、ソラを一瞥して街の入り口付近の建物を顎で指した。

『そこで話し合おう。ついてこい』

 街の人々に見守られながら、調査団と男とサーシャはその小さな建物に入る。どうやら街の外から来た人間が滞在するための宿の役割を果たしているらしい。台所などはなく、ただ寝泊まりするだけの空間だ。食事をとるための粗末な机と椅子、外套かけ以外はなにも置かれていない。暖炉は火が消えて久しそうだ。

 男はいくらか薪を投げ入れ、手慣れた様子で火をつける。暖かくなるのはまだ先のことだろうが、それでも風の入らない場所で火が付くと安堵から皆がため息をついた。

『それで?』

 サーシャが気を回して水を持ってきてお湯を沸かしてくれる。ありがとう、とメフシィに声をかけられ、彼女が小さく礼をしたのを見ていた男はますます不快そうに咳払いをする。

『我々の子供を連れて行ったのはそもそも南東大陸の人間だろう。恩着せがましく連れ帰ってきて何を要求するつもりだ。その娘も奴隷として囚われているのをお前が誤魔化していない保証がどこにある』

 全く信用されていないどころか、むしろ警戒されている。彼らが遠路はるばる訪れたことなど、男にとってはどうでも良いのだろう。そんな親切な人間はいないと懐疑心にとらわれているのは、彼らが『持たざる者』に手ひどくされた証拠なのかもしれない。

 ソラは人間がいくら説明したところで、狼人の男は納得しないだろうと自分の外套を脱いだ。部屋はまだ寒いがここで調査のための交渉が決裂すると仕事に差し支える。上着も脱いだとき、この寒い中未婚の女性に服を脱がせた申し訳なさからか、調査員たちとメフシィが顔を伏せた。

『鳥人族か。昔話に聞いたことがある』

 背に生えた翼を男はじっと見ている。

『……はい。同じ獣人族として彼女の扱いを見過ごせず騒ぎを起こしたところ、こちらの方に助けていただきました。私はミガルティ帝国第五皇子の調査員です。皆様方に伝わる伝承や御力の運用についてお伺いしたくて参りました』

『その皇子とやらは女に長旅をさせるような男なのか』

『私自ら申し出たことです』

 申し出させられたことについては伏せたほうが良かろう。男は眉を寄せたが全く自分には関係のない話だ。そうか、とそっけなく返事をしただけで言及はしてこなかった。

『事情とは調査とやらのことか?』

 男はメフシィへ向き直るとぶっきらぼうに問うた。メフシィはこれ幸いと笑顔を浮かべて、ええ、ええ、と返事をする。

 彼はしばらく腕を組んでいたが、やがて結論を出してメフシィにこう言った。

『三日やる。その間に用事を全て済ませろ。帰るときに全て荷物を改める。調査の内容も検分する。いいな?』

 その言葉に一行は深々と礼をした。三日でどれほどのことができるのか分からないが、最善を尽くす他ないだろう。


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