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宵闇に灯火の唄を  作者: 野木 千里
第一章
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5話

 王太子の好む花の香油をたっぷりと塗り、ソラは王太子の隣の分厚い座布団の上に収まっていた。羽が飛ぶからと顔を歪める王女たちのために飾布レースで翼を覆い、上等の手袋で指先も隠している。

 飾布を留めるための宝石は大粒の翡翠で、白しか許されない奴隷の装いを華やかに飾っていた。

「ソラもなにか食べなよ。僕だけだと気が引ける」

「ありがとうございます、殿下」

 主人にそう勧められて、ソラはようやく食べ物を口にした。ラヒムが剥いた蜜柑だ。あなたは食べないの、と身振り手振りで確認しようとして、ラヒムの後ろにイーティバルが立っているのを見つけたので止める。

 ソラはイーティバルが大の苦手だ。以前、毒見もできない奴隷に価値がないと言い放たれて毒見を買って出たところ、見事に毒に当たったことがある。薬学の知識もない子供の毒見にどれほど価値があるのかは分かったものではないが、色や匂いを知ったかぶりしようとしてもたもたと触っているうちに匙が黒ずんだのが幸いした。当時、本当に殺そうとしたのでは、と戦慄したことをソラはしっかり覚えている。

 実際は、ソラが毒見になるとふんで、ラヒムの前任にあたる王太子の元副官が仕込んでいたのだが。

 主人が毒殺されそうになって自分が代わりに死ぬことは怖くないが、自分が目的の毒は流石に堪えた。抑揚もない声で謝られたところで、部屋に入ってくる直前の主人の「早く謝って」という怒気を含んだ命令が聞こえていたので、ちっとも悪く思っていないように思えてしまった。

 視線を反らせて蜜柑をもう一粒。心優しい王太子の副官がもっと食べるかと勧めてくる。皿の上に木の実まで盛られて一体どうしたことかと顔をしかめるが、ラヒムは素知らぬ顔をしている。

「太らせて夕飯の席に上らせる気ですか」

「殿下はもう少し大人っぽい女の子でいて欲しいみたいだよ」

「では、いただきます」

 自分の主人の趣味は全然違うように思われたが、ラヒムがそう言っていつも以上に更に食べ物を盛るのは王太子の指示だろう。ならば逆らう理由もあるまい。ソラは蜂蜜がたっぷり入った茶を飲みながら木の実にも手を伸ばすことにした。会場は和やかな雰囲気で、国王と正妃がやってくるまでは皆好き好きに話していた。当然、側室たちが声を潜めて話している内容も、下座にいるソラの耳には聞こえしまう。

「旅芸人でしょう? わたくし気分が悪くなってきましたわ」

「本当に。自然教の人間を王宮に入れるなんて。ただでさえ鳥臭いのにたまったものじゃないわ」

 聞こえていますよ、と心の中に文句を留めてソラはうんざりしながら茶器を台へ置いた。毎回こうして妃たちが揃うと陰口が聞こえて食欲が落ちる。これなら部屋でゆっくりとスープに硬くなった麺麭パンを浸してかじっていた方がずっと良い。

「今日の踊り子は市井では有名で、イスティファと言うらしいよ。年は僕たちの一つ上なんだって」

 今の陰口が聞こえていたのか聞こえていないのか、ユルクがソラに話しかけてくる。

「まぁ、お一人ですか。陛下は沢山呼ばれるのを好まれるのかと思っていました」

「すごい腕前なんだって。ミガルティでも披露したらしいよ」

 それは本当にすごいのだろう。ユルクの母はミガルティ帝国の元皇女で、彼の国の情報はユルクの従兄であるミガルティ帝国の皇族から伝えられることがほとんどだ。

 今年十五になる年で何度も王室に呼ばれるような腕前の踊り子を見るのは初めてだ。

「楽しみです」

「そうだね。いろんな国の話を聞けると思うよ」

 慈愛に満ちた微笑みを向けられて、ソラは少しだけ驚いた。遠回しに今日の買い物を中止したことを謝罪しているようだ。

 わざわざ気にかけてもらえるなんて、と彼女の心は浮足立つ。

「はい、そちらも楽しみにしております」

 舞台の脇の灯が灯され、鮮やかな色が床に落ちる。豊かな香りの香が鼻をくすぐった。

 ソラは陽の落ち切って暗くなった外を見やった。あの不思議な話し方をする少年は、そういえば一体どんな理由でカプラ王宮へ来ていたのだろうと、なんとなく気になったからである。

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