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宵闇に灯火の唄を  作者: 野木 千里
第二章
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61話

 ムルシドからの命を受けたメフシィ商会は、積み荷を降ろしたばかりの船を調査用に貸し出した。よく手入れのされた立派なものだ。調査員のソラと保証人兼護衛のケビール、アャースク語の通訳、船医、それから荒事が起こった際の兵士がムルシドの名で乗り込むことになった。そこにメフシィとサーシャ、竜人族語の通訳、商会の手練れの航海士が同行する。旅の総会計はメフシィが取り仕切ることになっていた。

「やぁ、良い船出日和ですね」

 メフシィがそう言うように、出発当日の港は雲一つない晴れ間が広がっていた。目を凝らせば北大陸が見える。もしケビールが海の中でも泳ぐことができたのであれば、きっと泳いだほうが早いと笑う位の距離だ。

「おはよ、ございます」

 挨拶の言葉を習ったらしいサーシャが、船員たちに礼をしている。長袖を着てはいるもの随分薄着だ。薄手の上着とスカートは見ていて寒々しい。

「おはようございます、サーシャさん。上着を貸しましょうか?」

「寒い、ない……」

 聞き取りは随分上手なようで、ソラの言ったことを理解してサーシャが首を振る。確かに身を縮めているのは南東大陸の人間ばかりで、北大陸出身の乗組員たちは随分と涼しい顔をしている。

 サーシャはそれだけ言うと、荷物せっせと運び出した。休めば叱責されると思っているのだろうか、船員たちが休むように声を掛けても、一向に休もうとはしない。

「アャースクはここよりずっと寒いですからね。彼女が連れてこられたのがこの季節で良かった。夏だったならきっと南東大陸までもたなかったと思います」

 それほどひどい栄養状態だったのだろう。少しふっくらとしてきたものの、まだ健康という言葉からはかけ離れた体つきだ。メフシィは次いで、それでもまだ食べられるようになってきたんです、と二人に告げた。

「……そんなにひどい扱いを受けていたんですか?」

 ケビールの質問に彼は頷いた。

「はい。前の雇い主は北大陸の商人でした。北大陸には奴隷法がありませんので、南東大陸の奴隷以下の扱いを受けていたと思ってください。女性の前でこれ以上の言及は避けますが」

 わざわざ明らかにしなくても良い話題だが、女性だから、と区別されたことにソラは多少気分を悪くしたが何も言わなかった。戦の時だってそうだった。男性陣は酒を飲む余裕があったのに、ソラが食べられたのは果物の一つ二つだった。聞けば気分を悪くすると思われているし、実際のところそれはただの憶測ではあったが事実にもなり得ることだった。

「メフシィ様、仰られないということですが一つ教えてください。扱いが悪いのは全ての奴隷になる予定の方々ですか?」

 メフシィは途端に苦虫を噛みつぶしたような顔をした。

「……いいえ、奴隷としての商品価値で奴隷商人も扱いを変えます。彼女の扱いは最低の部類に入ります」

「それは何故ですか」

 奴隷の商品価値の最上位は美女だ。権力者に気に入られさえすれば奴隷から何某夫人にのし上がることも容易だ。ライラのように皇子の第一夫人に近しい扱いを受けることも夢ではない。次いで学のある男、体力がある者と続き、子供がくる。子供は教育次第では十分役に立つので重宝されることもある。場合によっては奴隷ではなく養子としてもらわれていく場合もある。

 サーシャはまだ十分子供と言って良い年齢のはずだ。容姿も特筆すべき程悪くなかった。それが醜女や体の弱い男以下の扱いを受けていた。

「……獣人の奴隷は、人間の奴隷以下の扱いですよ。金糸雀を近くでご覧になられていると混乱なさるかもしれませんが」

 予感だったものが確かな情報として提示され、ソラは顔を伏せた。自分も確かに奴隷ではあった。だが扱いは姫たちとほとんど変わらないもので、主人の元で結婚することすら許されていた。

 だが、世の大多数の奴隷の扱いはそれとはまったく異なる。温かい寝床も、十分な量の食事も、清潔な衣類も与えられることはほとんどないのだろう。

「獣人ってだけで嫌がる人間は多いんだ。メフシィさんや皇子様みたいなのの方が珍しいんだ」

 ケビールがそう教えてくれる。魚人族の国にいる間は知らなくても良かったことを、これからは知って、念頭に置いて生きていかなくてはいけない。

「なぜ?」

 鳥人族というだけで何かと言われていたのは、鳥人族がカプラ王国と長く戦い、その上で負けたからではなかったらしい。そのことを王太子はソラに伝えなかった。鷹であるソラは知る必要がなかったからだ。彼女への無礼な振る舞いは王太子への不敬だと捉えられるからだ。

「だって人間には鰓だって翼だってないだろ? だから俺たちだって人間のことを『持たざる者』なんて呼んだりする。違いを口に出して拒否するか、許容して受け入れるかだけの違いだよ。気にしなくていい」

 ケビールとメフシィは目を合わせず、そのまま仕事に取り掛かった。特段話をして旅の同行者として問題がなさそうな二人だが、お互いに眉根を寄せあうライラとケビール以上のわだかまりが確かにそこにはありそうだ。

 ソラは資料を運びながら、それでも受け入れがたくて何度も彼らを見遣った。

「誰もソラちゃんに対しては嫌なこと言ってきたりしないと思うから、本当に気にしなくていいから」

 ケビールが重ねてそう言ってくれればくれるほど、ソラの心には彼の言葉が積り、重くのしかかってきた。

 それを見ていたサーシャがソラの傍に寄ってきて、笑顔で彼女の名を呼んだ。その精一杯のぎこちない笑顔は彼女が獣人族であろうとなかろうと、子供が見せる幼く無垢な愛情を感じさせられずにはいられないものだった。

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