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宵闇に灯火の唄を  作者: 野木 千里
第二章
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60話

 午後のお茶の時間を邪魔されて不満たっぷりな金糸雀様のために、部屋は豪勢なお茶の準備が施されることになった。焼き菓子、木の実、果物、各種茶。ライラはひらひらとした淡い桃色の服を身にまとい、やはり重そうなほど大量の宝飾品を身に着けて部屋に入ってきた。ムルシドの茶の毒見は瞬く間に終わり、火傷しそうに熱い茶が手元に回った。

「へー。アンタがソラの婚約者ねぇ。ま、せいぜい蜜月楽しんでね」

 ライラはまた何を見たのかケビールを占ったらしい。ケビールが不信感たっぷりな目で彼女を見た後、小声でソラに聞いてくる。

「アイツいきなり何?」

「ライラ様は占いがお得意だそうですよ」

「金糸雀ってみんなあんなに偉そうなの? ソラちゃんも王宮だとあんなだった?」

「答えにくいことを聞かないでください」

 どうやらライラとケビールはものすごく相性が悪いらしい。お互いの言ったことが癇に障りあって二人とも眉間に皺が寄っている。

 不機嫌な金糸雀は見たくないのだろう、ムルシドがご機嫌取りをしてライラを膝に乗せてやることで彼女の溜飲は下った。ケビールはそれを冷たい目で見ているが、ソラは呼歌を研究している理由が知りたかったので見なかったことにした。

「私さ、雨乞乙女やってた」

 あまり言いたくないのか、ライラは歯切れ悪く言った。

「母が街で娼婦やってた時期があって、すぐに借金も返して自由民になったんだけどアタシが出来ててさ。父親は誰か分かんないけど、多分西大陸からきた商人。見た目がまるきりそっちに似ちゃって目立つんだよね。あんまり目立つから母の生まれた村に二人で帰ったのが十の頃。そっから四年、一人で雨乞乙女してた」

 疑問が生まれてソラが問う。

「雨乞乙女は通常一人だと思っていました」

「山向こうはそうらしいね。その代わり十日に一回とかじゃなかった?」

「確かに、二十日に一度の訪問でも良いと言われました」

 だよねぇ、とライラが言う。彼女は木の実の殻をムルシドに渡し、自分でお茶のお替りを入れる。あまり話したくなさそうだ。よかったのだろうか、とムルシドを見るが彼の表情は穏やかな笑顔に包まれていて読みづらい。

「こっちの山側って水が土に残らないから、三日か四日に一回は歌わされるの。しかも力が弱いとなかなか雨が降らなくて、何度も歌う羽目になっちゃうんだよね。それに、子供が出来なくなるなんて噂もあったから皆やりたがらなかった。住むためにやりなさいって言われてたから、私に拒否権なんてなかったけど。それで十四になってすぐの頃、『精霊降ろし』しかけた。アンタみたいに力が強くなかったからさ、何日もかけて徐々にそうなっていったんだよ。母親は不気味がるし、体中熱くて痛くてたまんないし、真冬だってのに川に浸かってさ。誰も助けてくれなかった」

 忌々し気にライラが息を吐く。

 もしかすると、ソラの前任の雨乞乙女も同じような目に遭っていたかもしれない。何か恐ろしいものを感じてソラは固唾を呑む。

「視察に来てたムルムルが助けてくれたんだよ」

「ム、ムルムル……?」

 ムルムルというのはムルシドの愛称なのだろう。困惑して復唱するケビールをムルシドが睨む。

「まだ十六だった。じゃらじゃら宝石つけてるのに私を川から出して、口きけないように猿轡されたんだよ。とんでもない変態に殺されるのかと思ったら、力が収まるまでずぶ濡れのまま待っててくれて、そのまま私を自分の家まで連れて行ってくれた。金糸雀に月のものはいらないと思うんだけど、心配してくれてね。アンタたちに調査に行ってもらうのも、何か解決方法がないか調べてくれてるからなんだよ。半分は、妖力に対する知的好奇心なんだろうけどさ」

 ライラはムルシドの腕にしがみついて、気恥ずかしそうに笑った。ムルシドも嬉しそうな顔をしてそれを見ている。

「風を纏ったライラは、この世のものとは思えん美しさだった。あれを放っておくなど男が廃るわ」

「趣味悪いよ」

「その趣味の悪い男にいつまでも付いてくるのは誰だ?」

 惚気話を聞かされてケビールが冷ややかな目で二人を見ている。そんなことを聞かされるためにわざわざこの女を呼んだのか、と言いたそうだ。

 ソラはといえば、ライラも雨乞乙女だったという思わぬ共通点を知って次いで言葉が出なかった。

 カプラと獣人族の戦の初日の夜、体が熱くて堪らなかった。あれは御力が既に暴走状態に入りかけていたからだったのだろう。資料を集めるだけではなく実地調査を行う必要性を強く自覚して、ソラは深く礼をした。

「殿下のお気持ち、良くわかりました。調査に全力を尽くします」

 ライラは恥ずかしそうに、いいよぉ、と小さな声で言った。だが何も調査はライラのためだけではない。ミガルティに来てから一月以上経つが、ソラの月のものが来ていなかった。解決の手段があるのであれば知りたい。そして、できることであればケビールに、彼の子を抱かせてやりたかった。

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