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宵闇に灯火の唄を  作者: 野木 千里
第二章
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59話

 気持ちの良い晴れの日の午後だった。調査のための資料を読んでいたソラとケビールを呼びつけたムルシドは、いつものような笑顔でお茶を飲んでいた。西大陸の白くつるりとした茶器で北大陸製の薔薇茶を飲んでいて、華やかでむせ返りそうな匂いにケビールが眉をしかめている。

 その様子を楽しそうに眺めながら、ムルシドが二人に報告を促す。

「そろそろ計画はできたか? ソラ、答えてみよ」

「はい、殿下。まずはメフシィ殿がアャースクへ向かわれるのに同乗させていただき、狼人街で伝承などの聞き取りを行います。アャースク語の通訳とはここで分かれ、資料を集めてもらったうえで帰国をお願いします。同国の不凍港までは現地の馴鹿となかいに乗り向かい、そこから西大陸まで海流に沿って向かう予定です。邯志ハーン・チィ国内の熊猫人ぱんだにん族に聞き取り、出国の際に資料をこちらへ送付します。また、各人の帰国に関しては、メフシィ商会が各首都に支店を置いていますので、その定期便に乗っていただきます」

 そこまで聞いてムルシドは肩を竦めた。机上の空論だと言いたげだ。

「邯志まで行けば一年近くかかるぞ? 一旦帰ってきても良いぞ」

「できれば、海流を操ると言われている人魚族と、鳥人と同じく天候を操る竜人族りゅうじんぞくに対しても調査をしたいんです。邯志から南西諸島を目指そうかと」

 ケビールがそう返事をしたことで彼が目の色を変えて前のめりになってくる。

「なるほど、お主は水中でも言葉が聞けるはず。人魚族の言葉を覚えていくか」

「まぁ、海の魚の声を聞いて想定するくらいのことしか出来ないと思いますけど。てか、水中だと聞こえる音って限られてるから癖さえ分かれば何となく何を言ってるか分かりそう」

 ムルシドはケビールを手元に置いておきたそうな顔をしている。恐らく今初めて聞いた情報なのだろう。根掘り葉掘り聞いて、実際に水中でケビールが話すのを聞きたいとまで言い出すかもしれない。

「なるほどな。中央大海流周りを一周すれば確かに早かろうよ。では当然船も遠洋を進むものが良いな」

 南東大陸と北大陸はかなり近いためその恩恵にはなかなか預かれないが、世界の中心には中央大海流と呼ばれる大きな輪状の潮の流れがあり、天候は年中穏やかな晴れだ。中央大海流の真ん中には中央大陸と呼ばれる前人未到の島が視認されているが、そちらは年中嵐で到達する頃には船が沈んでいるだろうという噂だ。帰ってきたものがいないので確認のしようがないが。中央海流に乗れば、南東大陸から北大陸、そこから西大陸を経由してまた南東大陸に帰ってくるまで半年とかからない計算だ。現地の調査、陸の移動を考慮しておおよそ調査期間は一年半といったところだろうか。

「ではメフシィの方へ声をかけてやろう。北大陸で年明けとなるだろうが、恨むなよ。出発前に良い物を食べさせてやるからな。資料送付の金に糸目はつけるな。あるだけ送ってこい」

 二人はなぜムルシドが皇位継承権を放棄してサヒル地方を治めているのか、よく理解した。出来るだけ多くの国から資料を集めるために交易の要がどうしても欲しかったのだろう。

「それにしてもどうして呼歌に関してお調べになっているんですか? それも世界中の資料を集めるなんて」

 状況によっては資料の種類を選定しなくてはならない可能性も考えて、ソラがムルシドに問うた。

「おお、よしよし。今晩寝物語に聞かせてやろうな」

 すかさずソラの部屋に訪れようとするムルシドをケビールが睨みつける。

「誰か金糸雀に報告してくれない? お前の主人なんとかしろって」

「お主らの主人でもあるぞ」

 ケビールはムルシドに雇われているというのに、全く敬意というものを理解していないらしい。そのくせそれなり以上に気に入られているのがソラには不思議でたまらなかった。ムルシドほどの人間であれば、ケビールの首など昼寝明けの目覚ましにもならないだろうに。

「そうさな、ライラを呼んでくれ。あやつから話させたほうが早かろう」

 そう言われてムルシドの副官は部屋から出て行った。ソラはその背を見送りながら、やっぱりラヒムを思い出してケビールにつつかれた。


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