表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宵闇に灯火の唄を  作者: 野木 千里
第二章
63/142

58話

 ライラに外套ばかりでなく普段着まで新しく購入させたメフシィは、その足でご機嫌な様子でソラのところへやってきた。サーシャを送っていくための既製品の外套などをいくつか持ってきてくれたのだ。ムルシドに行動計画を提出するためにケビールと頭を抱えていたソラは、客人を喜んで受け入れた。

 狼人街までに必要な外套は全部で三種類だ。一つは南東大陸付近用の外套。二つ目にそこから海流に乗って一気に北へ進むための毛の外套。最後に氷で覆われたアャースクを馴鹿に乗って移動するための毛皮の外套だ。外套どころか靴まで皮だと聞いて二人は驚いたが、寒さを考えると仕方のないことなのかもしれない。

「私にとっては運の良いことでしたが、どうしてアレキサンドラを庇おうと思ったのですか? 確かに違法ではあったのですが、あなたは警吏ではないでしょう?」

 ソラに外套を着せながらメフシィが問う。

 何故、と言われれば理由は沢山あるのだが、鷹であったことを隠して話すのは難しい。

「そうですね、浅はかな行動だったと思います。本当に、ご迷惑をおかけしました」

「謝罪はもう十分ですよ、怒っているわけではないんです。ただ、疑問で」

「疑問と仰られると?」

「あのくらいであれば、それなりに大きな街なら見なくもないです。それに、手荒な相手だと分かっていながら丸腰で向かっていかれたのにも驚きました」

 ソラは見たことがなかったが、ケビールを見れば頷いていたのでセメクでも見ないことはないのだろう。ソラは鷹としては育てられたが、たしかに剣術の一つも習ったことはない。戦場に出るのも旗を振ったり調停員の役割をこなすための立ち位置だからかもしれないし、もしかしたら本来は戦乙女と同じ職なのかもしれなかったが、それはもう確認しようがない。

「……自分まで惨めな気持ちになったからでしょうか」

 口が異様に乾き、茶を一気に流し込んでからソラは続けた。

「殴られている彼女を見て、まるで自分がそうされているように辛く惨めな気持ちになりました。男の方にあんな風に声を上げるのは許されないことだと思いますし、メフシィさんやケビールさんにまで危害が加えられるかもしれないということを考えるべきだったとも思います」

 結果としてメフシィが違法の奴隷商人の一斉摘発のための資料を揃えていたから助かったようなものだ。下手をすれば二度とサヒルの市場を歩くことはできなかっただろう。

「だって、あんなのあんまりでしょう? あんな風に扱うのであれば、最初から連れて行かなければ良かったんです。あんなに痩せて、殴られて。とても他人事には思えなかったんです」

 振り下ろされる鞭の痛みを思い出して、ソラは顔を覆った。

 他人事のはずがなかった。あれは確かに十年前の自分だったのだから。見過ごせばまたあの頃のようなところへ連れていかれるような気がして、それが怖かっただけなのだろう。

「私が彼女を庇ったのは結果論です。自分のためにただ止めただけです」

 そう答えることが情けなく、また彼女にはとても恥ずかしいことのように思えた。人を助けたいという高尚な思いではなかった。サーシャは愛称で呼んで良いと言ってくれたが、そんな風に思ってもらえるような立派なことは出来なかったことを、よく理解しているつもりだ。    

 メフシィは申し訳無さそうに眉を下げた。

「ああ、申し訳ない。あなたを悲しませたかったのではないのですよ。そうだ、お詫びと言ってはなんですが、今度商会へいらしてください。北大陸式のお茶会をしましょう」

 重ねてメフシィはソラに謝罪すると、荷物を纏めて部屋を出ていった。話を聞いていたケビールがソラの傍へ寄ってきて手を握ってくれる。ソラの手が震えているのを彼が見逃すはずがなかった。

「誰だよ、殴った奴」

 怒りの滲む声でケビールが問う。

「ユルク殿下の、前の主人です。殿下に助けていただいたのももう十年も前の話ですが」

 十年前のことがこれだけ心に燻り続けているのだ、サーシャは今、毎夜悪夢に目覚めていることだろう。十に手をかけるまでソラがそうだったように。

 その晩、久しぶりにソラは暗がりで殴られる夢を見て目を覚ました。泣きわめく余裕もなく、またケビールの名を呼ぶことも叶わず、彼女は枕元に置いている髪飾りを掴んで額に当てるようにして縋り付いた。主人の目の色と同じ翠玉と、元婚約者の目の色と同じ月長石は、恐怖のあまり涙も声も出せない彼女に寄り添うように月光を孕んで輝いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ