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宵闇に灯火の唄を  作者: 野木 千里
第一章
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4話

 白い貝殻が五つと真っ赤な珊瑚さんごが三つ。真珠は二つ、柘榴石ざくろいし翠玉エメラルドの小さな欠片を宝石箱から出して、ソラは満足そうに頷く。果物をいくつか籠の中から取り出して、小さな声でごっこ遊びに勤しんでいる。

「こちらは西方から取り寄せた無花果でございます。まぁ素敵。無花果いちじくは美味しいのですぐに食べてくださいまし……」

 行商の真似をしてみるものの、支払いの順序がわからずソラはそのまま考え込んだ。果物を買ったとして、貝殻(金)を渡すのか、貝殻を渡してから果物を選ぶのか。もし、全部渡しても足りなかったら一体どうするのか、悩みはつきない。

 そういえば朝、行商が渡り廊下を通っていた。悩んでいたソラの頭に行商の姿が浮かぶ。帰りも同じ道を通るなら、運が良ければ教えてもらえるかもしれない。ソラは窓辺に駆け寄ろうとして、部屋をのぞき込む丸い目に驚いて短く悲鳴を上げた。

「姉ちゃん、何してんの?」

 六つになる頃の襤褸ぼろを着た少年が、窓枠に手をかけて部屋の中をのぞき込んでいたからだ。

「あなた、一体、私は部屋で『お買い物』を」

 しどろもどろになりながら、ソラは手巾ハンカチで額を拭く。随分使い込んだものだが、それでも少年の服よりはるかに清潔だ。

「はぁ? 誰もいねぇし、もしかして姉ちゃんやべーやつなの。鳥人ってだけでもやべーのにさぁ」

「やべー……? いえ、あの、そうですね。一人で『お買い物』の勉強をしていました」

「俺より年上なのにそんなことも勉強しなきゃできねーの?」

 無慈悲な言葉にソラの眉尻が下がる。必要なものは支給され、外に行くときは必ず同伴が必要だ。王宮の中でさえ、行ってはいけないところが沢山ある。街に降りて買い物など夢のまた夢だ。

 ソラの悲しげな顔を見て、少年は気まずそうに視線を反らせる。

「その……俺が教えてやっても、いい、けど」

「本当ですか?」

 鉤爪のついた柔らかい手のひらが、少年のごつごつした豆だらけの手を掴む。ふわりと漂う花の香りは、少年がよく出入りする娼館でも嗅いだことのないほど優しく甘い。

「私はソラです。ユルク王太子殿下の『鷹』です。よろしくお願いします」

「ユルク王太子!? ゴメン、やっぱ俺」

 蜜を固めたような目で見つめられて、少年は恍惚と自分の名を告げた。目の前の生き物が奴隷だということは、幼い彼でも十分理解できた。布製の首枷に王太子の紋章が縫い付けられている。王太子の住む第一後宮ではどこにいたって目に入ってくる紋章だ。

 だがソラは姫のように綺麗で、柔らかい肌をしていて、いい香りもする。それだけで彼は不思議と夢心地になってしまっていた。

「そう、アサドというのね。素敵なお名前ですね」

 とろけるように甘い声で話しかけられて、アサドは顔を紅潮させて放心した。

 これが奴隷だというのなら、自分は一体何なのか。靴でさえ誰かから盗んだもので、それすら穴が開いて冷たい雨の日は辛いというのに。手のひらが豆だらけになるまで働いても、ソラがもっている宝石の一粒だって手にすることはないだろうに。

 そんな考えが溶けて消えてしまうほど、その奴隷は別の世界の生き物だった。

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