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宵闇に灯火の唄を  作者: 野木 千里
第二章
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51話

「跡継ぎを生まぬ妾にあたる鳥人族を金糸雀と言うのだ。詳しくはもう良かろう。それで? お主らは余の領内の湖にいきなり突っ込んできたわけだが、駆け落ちではないというのはどういうことか。詳しく説明せよ」

 ソラはムルシドの追求に言い淀んだ。

「その、御力が暴走したのですが」

 戦のことを語るべきか悩み、止めた。この場は凌いでできるだけ早く逃げ出すべきだ。ソラはまだ碌に動けないが、ケビールだけならうまくやれるだろう。言葉に詰まるソラにケビールが助け船を出す。

「力を使ってる最中にいきなり体中風に包まれたから助けに入ったら、二人とも飛ばされた。その間、俺が力を使ってみたけど効果は全然なし。ソラが力尽きて気絶してゆっくりになった時に湖を見つけたから飛び込んだって訳」

「雨乞乙女か?」

 やけに詳しい。どこまで明らかにすれば自分たちの無事が保証されるのか見極めがつかず、二人が黙り込む。

「戦乙女だな。鷹は逃げ出した後セメクに隠れておったのか。それで見つかって戦に発展した、違うか?」

 これ以上嘘の申し開きは難しいだろう。ソラは緩慢に首を振った。恐らくムルシドは読心術の類を身に着けている。嘘を重ねれば心証も悪くなるだろう。

 彼はしばし熟考し、女官に持ってこさせた椅子を二人の寝台の間に置いてどっかりと座り込んだ。

「ユルクは良い主人であったと思うがな」

「ユルク王太子殿下にお仕えする以上に光栄なことなどありません」

「ふん、それが裏切って出てきた者の言うことか。お主は知らんと思うがな、ユルクはこっちに来る度にお主の話を嬉しそうに話しておったわ。自分を慕ってくれている、勉強も熱心だ、花嫁衣装に翡翠を付けてくれるらしい、とな」

 彼が自分にどんな風に気にかけてくれていたのか、人から聞かされるのは初めてのことだ。彼は責任感からだけでなく、本当にソラを大切にしてくれていた。

 自分のしたことが許されるとはソラも思っていない。そうまでして彼の王位を支える最後の一手になりたかった欲に呑まれて、こんなところまで来てしまった。主人の色の髪飾りだけを握りしめて出てきたのは、やはり間違いだったのかもしれない。そう思ってももう戻れないだろうが。後悔から涙が浮かび、ソラが懐から手巾を出そうとした。その途端にムルシドが顔を顰める。

「……おい、待て。泣くな。裏切者はこんなことで泣いてはいかん。いいか、自分に害が及びそうになった時だけ泣け。使えるものは全部使え、今更清廉ぶるな」

 ムルシドは腹を立てたようで、自分の着ているものでソラの顔を乱暴に拭って肩を鷲掴みにした。

「泣くな! お前が決めてお前が裏切った! 被害者はユルク一人、それはこの先一生変わらんぞ!」

 ソラはやっとのことで涙を堪え、ただ頷いた。

 それに満足がいったのか、ムルシドはソラの隣に座りなおした。指で女官と護衛に指示をしている。

「良かろう、お主には詳しく話を聞く必要がありそうだ。そこの間夫は別室に案内してやれ。動けるようになったら護衛として鍛え上げろ。川に入らせればただの人間の倍は働くぞ」

 ケビールは渡りに船、と言いたげに顔を輝かせている。護衛たちは仕事に集中しているようで真剣な顔を崩さない。ケビールの足元はまだ覚束ないがすぐに元のように走り回れるようになるだろう。

「えっ、いいのか? あ、いや、ありがとうございます! 俺一生懸命働きます! いてっ、あばら折れてるから優しくして」

 いつもの調子に戻ったケビールに、護衛たちは笑いを堪えながら肩を貸してやっている。調子のいい男だが要領はいいはずだ。きっと護衛の仕事もすぐに覚えることだろう。

 ムルシドは呆れ顔でケビールを見送り、扉が閉まっているのを確認するとソラへ向き直った。

「……昨年の年末前だったな、お主の捜索依頼がミガルティにも知らされたのは。盗賊に襲われた後行方不明、と。それはあの男ではないのか?」

「はい、違います」

「あの時はただの誘拐とも思ったが、お主の意思で出てきたのだな?」

「はい」

 言い訳を聞く気はない、と言わんばかりに矢継ぎ早に質問される。

「その意図は?」

「……カプラ王国は先の戦以降、山脈以南の鳥人族の村一辺を鳥人族保護区としていることは、ムルシド殿下もご存じのことかと。ユルク殿下はかねてより鳥人族に対して市民権の付与を提案されていました。ですが、誘拐されてきた私が傍でお仕えしていると説得力に欠けましょう?」

「政策一つにその命を安く投げ打った訳か。感動的だな、眠くて涙が出そうだ」

 心ゆくまでムルシドがけなしてくる。彼の怒りも当然のもので、ソラが鷹として仕え続ければ出来たことも沢山ある。無下にするどころか新たな戦の種を生んでまで実行するという浅はかさに怒りが生まれるのも当然のことだろう。

「だが、お主の運の悪さには余も興味がある。力が暴走したと言っていたな」

「はい、戦乙女として出ている最中になりました」

「『精霊降ろし』について誰かから聞かされたか?」

 聞き覚えのない言葉にソラが首を傾げると、ムルシドは納得がいったようで、懐から一つの巻物を取り出した。紫の宝石をはめた、彼専用の読み物だ。

「読め。余がこの地を帝位と引き換えに貰ったのも、このことを調べるべくなるたけ多くの獣人族の話が聞きたいと思ったからだからだ。知識をつけ、余に協力せよ」

「私を処刑しないのですか?」

 その言葉を聞いてムルシドが意外そうな顔をした。

「ユルクの結婚祝いに盛大に処刑してやってもいいが。お主は置いておいたほうがなにかと都合が良さそうだ。せいぜい余の役に立て」

 王太子は近く結婚するのか。ムルシドの言葉でそれを知ったソラは、命令に従うべく巻物を読むことにした。どの道結婚の祝いには駆け付けられそうもない。ミガルティ語で綴られたそれは、ソラもよく知った呼歌よびうたが記載された、歌うことを前提として残された鳥人族の記録だった。

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