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宵闇に灯火の唄を  作者: 野木 千里
第二章
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48話

 戦はひどいものだった。

 カプラとの国境沿いの治安は、もうずいぶん長いこと悪いと村の大人たちが言っているのを知っていた。俺たちの村には人間はいなかったから、人間とはどんなに悪いやつらなんだろうと気になっていた。そんな折、妹を亡くしてしばらく落ち込んでいた様子の友人がカプラへ向かう行商にくっついて行った。族長の息子がそんなことをする必要なんてきっとなかったのだろうが、妹の最期があまりに凄惨だったので誰も口出しをしなかった。

 やがて帰ってきた友人は、少し明るくなっていたように思う。なにか良いことでもあったのかと聞けば、いいものを見たという。なんと王宮に足を踏み入れて王子様の庭の花を見たというのだから驚きだ。

 あれは花じゃなくて女だよ、見なよあの顔。そう言って俺に話しかけてきたのは同い年の女だった。そうだろうか、と首をかしげる俺の背を遠慮なく叩いて笑うその姿が妙に可愛かった。

 俺たちの村はずっと平和だった。戦とかそういったことが現実として理解できない程度には。俺はあの日背を叩いてきた女との結婚が決まった。彼女は村で一番力持ちの俺が良くて狙い撃ちにしたと言っていた。そんなところも頼りがいがあって、俺は益々結婚の準備に没頭した。

 そんなある日、友人が村に来た鳥人の女の子を川に引きずり込んだという噂が流れた。

 俺の記憶にあるそいつは、あれやこれやと理由をつけては女の子の誘いを断るような奴だった。やれ性格がきつすぎる、俺の好みの顔じゃない、俺がいなくても生きていけそう、などと言って。

 その友人が、来客用の荷鳥小屋から来た明らかな客人を狙った。もう俺の中では自分の結婚話よりも大ごとだった。

 それが元金糸雀でものすごい貴人の奴隷だったというんだから、流石に村中が騒然となった。当の本人はというと、その金糸雀の元へせっせと蜂蜜なんて高価なものを貢ぎにいく始末だ。それ用の奴隷だから虜にさせられるのは当たり前だろう、アイツは阿呆だと婚約者となった女に漏らしたら、手を叩いて笑っていた。何が「分かるー!」なのか俺には分からなかったが。

 まぁ、確かに、顔は良かった。刺繍の腕も良いみたいで、挙句いろんな国の言葉を当然のように使うし字も書くというとんでもない奴だった。夢中になる男たちもいて、自分の鱗を振り回して「金糸雀解放宣言」なる宣言を繰り返していた。だけどその女は友人に口答えもするし、とても『守りたくなるような笑顔の、気は強すぎないが芯の強い子』ではなかった。俺には『微笑んで男たちを虜にする、ものすごく気の強い女』だった。それはもう、ものすごく怖かった。

 だけど、友人は明るくなった。視線一つで虜にされた男たちと戦ったり、牽制したり、また足しげく婆様の家に通ったりして、笑顔が増えた。昔みたいに喧嘩の最中に相手を煽る悪い癖まで戻ってきたのだから、俺も嬉しくなって何度も喧嘩をしに行った。喧嘩のしすぎで婚約者に怒られた。

 その友人を明るくした女が、金糸雀なんかよりももっとすごい鷹だったというのだから、村中ひっくり返したかのような大騒ぎになった。俺は友人を憐れんだ。それはお前の手に余るだろうと声をかけたのだが、聞きやしない。

 俺たちは戦争には前向きだった。年々盗賊は増えるし、行商は襲われる一方だ。治安が悪いという言葉で纏められているけど、アレはそんなものじゃなくて、人間たちが獣人族を見下して何をやってもいいと思っているという意識がそうさせているのだと誰もが理解している。現にあちらに負けて囚われた鳥人族の扱いは悪かった。人さらいが出ても碌に対策もさせてもらえず、娼館には主人に飽きられた元金糸雀も少なくない。そういうやり方に俺たちは怯えていた。

 また人間に負けたら、自分たちも同じような扱いを受けるのではないか、と。

 俺たちは家族を、国を守るために戦いに行くのだ、と自分たちを奮い立たせた。

 父親になるんだから、無事に戻ってきてよね。不安そうに嫁さんは言った。腹の中の子供を見ずに死ぬのはごめんだと無我夢中で戦ったが。

 戦闘の二日目、俺たちは主力部隊から引き離された。馬の騎兵隊に分断されたらしい。騎兵隊が振り下ろす剣の勢いはすさまじく、何人も死んだ。飛び散った血が目に入って見えづらかったが、剣を振り回すのをやめれば死ぬと思って、その場にあるものは何でも握って振り回した。だから、友人が合流した援軍から荷鳥を奪って飛んで行ったのに気づいたのは、アイツが王太子に襲いかかる瞬間だった。

 結果、奇襲は成功したのだろう。カプラ軍の旗が降ろされていた。

 だがこちらもそれは同じことだった。戦乙女はとてつもない風を伴って王太子に向かって空中を歩くように進んでいた。地面は裂け、どこからか流れてきた水でいろんなものが流れていった。その場にいた全員が戦うのを止めて、呆然と上空を眺めていた。

 鳥人族の兵士が言った。

「精霊降ろしだ」

 なんじゃそりゃ、だった。鳥人族は次から次へ難しい言葉を使ってけしからんと思った。

「でもどうやって」

 そんな声も聞こえる。自分たちの中で伝わることでさえ、やり方を分からないようにされたのだとしたら、やはり鳥人族はもう精霊の加護を手放し始めさせられているのだろうと思う。

 精霊の力を借りるのにやれ雨乞乙女だ、戦乙女だとうるさい。そんなことばかり言うからものすごく強いやつしか碌に力が使えないんだ、と心の中で罵倒する。

 だが、とにかく鷹が暴走状態にあるのは確かだった。友人が大事な婚約者になった鷹を庇うために御力をそのまま風にぶつけ続けるがたいして意味はなかった。もうやめろ、と言いたかった。言ったところで聞こえやしないくらい高く飛んでいるのだが。

 二人はどんどん高く飛んでいき、豆粒くらい小さくしか見えなくなった時、辺りを閃光で包み大きな音と兵士たち全員が立っていられないほどの突風を生んで消えた。

 残った青空をどれだけ目を凝らしてみても、もう二人はそこにはいなかった。

 アイツは幸せになっていい男だったのに。将来は村を背負って立つ人間だったのに。

 そういう未来ある若者が沢山いたはずだ。若者たちが集められて、国の良く分からない意地やいろんなもののために手足を失い、命を落とした。国営族長たちがもうちょっとうまくやってくれれば、きっとここまで拗れなかっただろう。あの鷹が素直にご主人様とお茶でもして腹を割って話せば、きっとここまでのことにはならなかっただろう。

 どいつもこいつも揃ってバカばっかりだ。命を懸けてまで欲しいものがあるなら自分たちだけでやれとすら思う。もう疲れた。俺は早く故郷に帰って嫁と、もしかするともうそろそろ出てくるだろう子供の顔が見たかった。それに勝る幸せなんてないし、俺はこれからもそれ以上は一切望まないから、とにかくもう二度とこんな下らないことには巻き込まれたくないと思った。

 死んでいった奴らはかわいそうだが、弔うだけで勘弁してほしい。弔い合戦だけはごめんだ。

 それでいいよ、とあの友人は笑って許してくれるだろう。アイツはそういうやつだった。



「宵闇に灯火の唄を」 二章 完

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