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宵闇に灯火の唄を  作者: 野木 千里
第二章
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47話

 ソラの体は熱くてたまらなかった。

 熱にうなされた夜のことを思い出す。あの頃ソラはまだ幼く、口さがない女官は王太子の奴隷でなければこれさえ用意しなかったのに、と水と果物だけを置いて、部屋の灯もつけずに出て行ってしまった。夜空に浮かぶ星々が顔の周りでうろついているような、誰かが息を吹きかけてくるような不気味さにソラは泣いていた。夜半、誰かがソラの額をそっと撫でた。冷たくて大きかった気がした。

 あの時の感覚だ。間違いなく高熱が出ているに違いない。

 節々は重く、体は引きちぎられそうに痛み、いっそ手足が落ち翼と胴だけになったほうが幾分楽だろうとすら感じる。

そんな状態にも関わらず、ソラは王太子の元へ向かった。

 濁流に流された元婚約者を、今すぐ戦を中止してでも探して欲しかったからだ。気づけば出来ていた両軍を分断する大きな川のなかに呑まれてしまった。彼ならば川の流れからどこを捜索すればいいか分かるだろう、と人任せな考えが頭から消えない。

 ソラの飛行を邪魔するものはいなかった。宙を飛び交っていた騎兵隊たちが、絶望の眼差しでソラを見上げている。味方を川から引き上げようとする者、魚人に助けられ困惑した表情をする人間、人間に庇われ俯く鳥人。誰も彼も必死で、唯一の加害者となった彼女を恐れている。

「ソラ!」

 王太子が、あれほど会いたいと焦がれた主人が、自分に向かって手を広げている。迷わず飛び込む。もう、鳥人族の市民権獲得のことなど、すっかり頭から抜け落ちていた。

「ユルク殿下! どうしましょう、ラヒムが、ラヒムが!」

「そうだね、でも落ち着いて。そのままだと君が」

「私なんかのことは、どうだっていいでしょう!? 怪我一つしていませんのに」

 そう言った途端、ソラの右側の視界が赤く染まった。何事かと指で辿ればぬめりを帯びた液体が纏わりついた。不思議に思って主人を見ると、彼は青ざめた顔でソラを見ている。

「退いてくれ! 俺が御力で相殺する!!」

 やけに音が遠い気がしたが、まだ確かに聞こえる。ケビールの声だ。

 彼は王太子を押しのけるようにソラの前に出て、ソラの腹に手を回した。また人前で、と抵抗しようとするソラの足元に、血が飛び散る。ぼたぼたと落ちる血はケビールのものだろうか、と考える間もなく啼声なきごえが聞こえた。魚人族が御力を使うときに、歌詞のない歌のように、叫んでいるかのように上げる声だ。ケビールのそれはいつだって朗々として耳に心地よかった。今日のそれはまるで泣いているかのようだ。

 儀礼用の棍もなく、銛もなく、誰かから奪った宝刀を地面に突き立ててケビールは何度も雄叫びを上げるように啼声を唱えている。それすらあざ笑うように二人の周りに風が吹き始めた。

「ソラ、しっかりしろ! 王子様の目の前で死ぬつもりか!」

 どんどん意識が遠のいていく。流石にただ事ではないと自覚したソラは、ケビールの肩口に必死にしがみつく。風がどんどん強まっていき、二人の体が宙に浮いた。暗くなっていく視界の中、ソラは何度も声を上げていた。

 まだ、死ねない。

 こんなに何もかも中途半端で、こんなに沢山の人を傷つけて、誰も助けないまま、助けられてばかりのまま、お姫様のままでは死ねない。

 血を吐きながら、地面を這いずる獣のような声で、彼女は喉が潰れるまで叫び続けた。

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