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宵闇に灯火の唄を  作者: 野木 千里
第二章
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46話

「本当に戦乙女をしてるんだね。君が僕の隣りにいてくれないことが悔やまれるよ」

 旧採掘場の戦い二日目。王太子はソラを見ながらひとりごちた。

 初陣で、記録にほとんどない戦乙女が出て、自軍はそれなりに損失が出た。それでも獣人族に大切に育てた鷹を取られっぱなしで黙っていられるほど王太子は呑気ではない。それがこの戦争だ。前々から国境付近の治安が悪く、盗賊などが出た際の協力体制を棄却されて続けてきた。おかげで川を渡れば捕まえられるのに幾度となく取り逃がす憂き目に遭っていた。

 ソラを奪われた際の旅芸人の一座だってそうだ。首謀者一人を残してとっくに国外に逃亡したのを見て、近衛隊長は怒りのあまりすでに死んでいる首謀者に剣を突き立てたという。殺しておいてやって良かったとすらラヒムは思った。

「じゃあそろそろ、騎兵隊に頑張ってもらおうか。作戦通りにね。右翼を正面突破して魚人族と鳥人族を切り離す。相手はただの即席軍だ。ずっと一緒に訓練してきた君たちの相手じゃない。魚人族の歩兵は投石機の岩で戦闘不能にしたらそれでいい。逃走兵は追わずに荷鳥と鳥人族を狙って。飛ばれたり妖力を使われたら厄介だ」

「ですが右翼側には川がありますよ」

「そうだね、君は作戦を聞いていなかったのかな」

 笑顔のままの王太子が人差し指を少し動かし、彼を退場させる。最低限の知識がないものが命令系統にいると面倒なことになる。彼はこの後延々衛生兵に交じってこき使われることだろう。武官としての出世の道も、文官としての出世の道も閉ざされた。同僚たちが哀れなものを見る目でその背中を見送る。

 この辺り一帯の川は、国境の川を除いてほとんど全て海水が流入した塩水が流れている。まして今回唯一の退路として残すのは、国内唯一の塩川だ。魚人族は淡水の中でしか息ができない。どういう仕組みなのかはわからないが、同じ水でも淡水と海水では妖力の効きも違うという。場所を選ばず戦える鳥人族を中心に狙うのは当然のことだ。武官なら魚人族と戦うと決まった時にそのくらいのことは調べておいて欲しいものだが。

 少し離れた場所にいるソラが気になってしょうがない。この場が戦場でなかったら飛び出して行って色々問い質したいくらいだ。そんなことを思いながら、ラヒムは先程から何度も彼女の方を見ていた。

「ラヒム。ソラが可愛いのはいつものことだからそんなに見てもしょうがないよ。それより、荷鳥の騎兵隊は決めたところに行っているだろうね?」

 明らかに王太子が苛立っている。今回の作戦行動を乱して回っているソラに愛憎交じりの目を向けながら彼はそう言った。

「もちろんです。戦乙女を確実に確保できるように、熟練兵を各所から集めましたよ」

「護衛がみんないなくなったら、僕が行ってもいいよね。ラヒムの言う『下品な男』が来なければ」

 王太子が怒っている理由は二つあった。一つ目は、間違いなくソラが国内の情報を今回の大将に知らせているということ。近くに川があるというのに魚人族がそれを地の利として一切戦に利用していないことからそれが伺える。二つ目が、大切に育てた鷹を下品な男が手籠めにしているということ。ラヒムから愚痴交じりの報告を聞いた時、ソラは趣味が悪くなったと笑っていたが、目は一つも笑っていなかった。王太子はソラを娘のように大切に扱っていたのだから当たり前だ。

「殿下が向かわれれば、何もしなくてもソラは戦闘不能状態に陥るでしょうが……。間違いなく誰かが飛んでくるかと」

 誰か、と聞いて王太子の眉がぴくりと動いた。これ以上『下品な男』に言及するのはやめておいたほうが良さそうだ。

 そうこうしているうちに、右翼の魚人族の分断に成功した。優秀な騎馬兵たちを更に奥へ進ませ、岩の準備を始めさせる。

「やっぱり陸の戦いだと鳥人族が厄介だね。ミガルティ側の村との合流を防げたのは本当に助かった。あっちはミガルティの管轄だから、拗れると従兄上達が出てきちゃうんだよね。誰も飛ばせずに全員を捕獲できたんだ。ラヒム、本当によくやってくれたね」

 深々と礼をして返事にする。その時、戦場によく聞きなれた声が聞こえだした。弓兵を出していないのに、とソラの方を見ると、扇を振って歌っている。護衛が飛んで後方に行ったのは見えていたし、魚人族の方へ荷鳥を連れて行こうとしていたので、荷鳥戦闘種の騎兵隊を飛ばしたところだ。

「……まさか」

 王太子が投石機の方を見ている。資料にない戦乙女の力をつぶさに見るべく、投石機も大小様々なものが用意されていた。残念ながら妖力を使われればどれも彼女のところまでは届かなかったが。

 その後ろにはいくつも岩が積まれていて、まさに相手軍の方へ転がされようとしていたはずだった。

「信じられない、あんなのが出てきたら一人で戦局が変わってしまうじゃないですか! いや既に変わってるんだけど! ちょっと殿下まずいです。荷鳥で退避しましょう」

 昨日の戦いで妖力の風に煽られることなく飛んだ、戦闘種の荷鳥を引き寄せてラヒムは王太子に手綱を渡した。もちろん自分も逃げるべく荷鳥に乗り込もうとする。

 信じられなかった。留め具を外された岩々は、低いほうへ転がっていかなければならなかった。仮に動かなかったとしても、高いほうへ転がるなどあってはならない。

 可愛くてたまらなかった婚約者が今では完全に別の生き物に見えた。

 化け物と形容するのでもまだ甘い気さえする。災害をその身に宿しているようだ。

 とんでもない振動で、自分たちのいる場所の近くの岩肌が削れたのをラヒムは理解した。妖力について学ばなかったわけではない。だがせいぜい雨を降らせたり空を飛んだり、水を操って魚を取りやすくする程度のものではなかったのか。ラヒムはたいして残っていない歴史の資料に心の中で悪態をつきながらその様子を目に留める。

 理解できない現象にも、法則はあるはずだ。

 今日逃れれば明日、ラヒムが資料を残せば未来に至るまで、妖力の恐ろしさを伝えることができる。それゆえ見逃すのは惜しかった。

「一旦上空から戦局を確認したほうが良さそ、」

 気配に気づいてラヒムと護衛の兵士たちが上空を見あげる。荷鳥だ。しかも通常種。それをそうと気取らせぬ騎乗で猛烈な速さで近づいてくる。

 王太子が膝を折れば、軍の士気が大きく下がる。なにより敵軍の兵士だろう。ラヒムは主人を守るために彼を一歩後ろに下がらせた。

 鋭い眼光。

 たった一度の邂逅でも忘れられないほど憎い男の目だ。兜を投げ捨てて真っすぐ飛び込んでくる。

 自軍の騎兵隊たちは、と視線をずらす間もない。ここまで来られたのだ。どの道追いつけなかったか倒されたに違いない。

 男の得物は銛だった。半月刀はどこへやったのか、腰から鞘すらぶら下げられていない。正常な判断をしようがしまいが、自分がその刃の犠牲になることをラヒムは良く理解した。そのうえで相手にも傷を負わせようと半月刀を素早く抜いた。

 王太子の護衛に回る者の刀は通常のものより分厚く丈夫に作られている。もう切れなくなっても王太子を守るため、敵を確実に撲殺できるように。

 その半月刀が真っ二つに折れた。それほどの衝撃だ。肩から胸にかけて一突きされ、その勢いのままラヒムは足場から転げ落ちてしまう。

 地面に到達しようとしたまさにその時、彼は自分の婚約者だった少女を見て、微かに笑った。

「……ソラは泣き虫だなぁ」 

 遠目に見る彼女はきっと泣いていた。その呟きを最期に、ラヒムは愛した少女が生み出した地面の隙間と濁流のなかに飲み込まれていった。


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