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宵闇に灯火の唄を  作者: 野木 千里
第二章
47/142

44話

 日が暮れると戦は一旦落ち着いた。魚人族と鳥人族の連合軍はセメク国内に戻り、カプラ王太子軍も内地へ撤退した。明朝、再び鐘が鳴るまでは戦闘は行われないのが南東大陸での取り決めだ。物見が寝ずの番をしているが、停戦の申し入れはない。今日の戦いは獣人族側の優勢で終わった。

「何か食べたほうがいい」

 士気を上げるのに酒がふるまわれているらしい。男たちが酒と魚を嬉しそうに頬張っている。

 焚火越しにその様子を眺めていたソラに、ケビールが肉を差し出す。ソラが内地で育ったのを知っての配慮だろう。血抜きされたばかりの羊の串だ。香辛料の効いたそれを見ると身震いが止まらなくなり、ソラは首を左右に振る。力を使った高揚感も収まりかけており、戦場の悲惨さと自分の異様さに恐怖が芽生え始めていた。

 茶を飲むので精一杯だ。今回が初陣の者も少なくはないが、獣の解体などで血は見慣れているのだろう。ソラほど食欲を落としているものはいなかった。むしろ、敵と戦うことで興奮し、酒が進んでいるようだ。

「死体を見るのは初めてだったか」

 哀れむように言われても、怒る気力もない。縋るものが欲しくて、ソラはケビールに手を伸ばした。

「ごめんなさい、手を握ってください」

 敵の攻撃が掠めたのか、手に布が巻き付けられている。剣胼胝けんだこが出来かけた手がソラの手を包み込んだ。

「ごめんなさい」

「いつもこうして甘えてくれたらいいのに」

「こんな時ばかり、本当に」

「まぁいいよ。そのうち毎日甘えないと気が済まないようにするからさ」

 手を握ってくれているケビールが、ソラと肩口がつくほどに近づいて座る。ここ最近はそれどころではなかったが、彼は元々こういうことをする人だった。それを思い出し、いつもの様子の彼にソラは安心して頬を緩める。ケビールもいつもの表情に戻った。

 この戦争がどういう形であれ、一度落ち着けば、ささやかなもので良いから結婚式がしたい。戦争の後だから簡単な昼餐会でも皆許してくれるだろう。その時には仲良くなった友人たちも呼びたい、とソラはなんとなく思った。

 きっと彼となら、子供が出来なくても満足いく人生を送れることだろう。

「あなたは太陽のような方ですね」

 ソラはケビールのように自分の気持ちを形容する言葉の使いどころが良く分からないでいる。だから、きっと遠回しすぎるとか固いなどと思われるのを承知で、感じたままのことを口にすることにした。

「あなたを見つめた花々の気持ちが分かる気がします。彼女たちが一層絢爛に咲く理由も。太陽に見つめられて咲かない花はありませんもの」

 焚火に照らされたケビールの顔が赤く染まっていくのを眺め、ソラの心は満たされた。普段あんなに言葉をかけてくれて、触れ合ってくれる彼が簡単な言葉で首まで真っ赤にするその様子をもっと眺めていたいとさえ思わされる。

 ソラとて戦乙女として任命されることを当然と思ったわけではない。だが、自分を戦の引き金として使おうという人々の気持ちもよく分かった。あと少しだけ戦をするのに理由が必要で、誂え向きの人物がそこにいた。仕方ないのだ、と自分に言い聞かせてソラは平常心を保つことを心がけた。

「すっげぇ口説き文句……」

「うまく自分の気持ちが言い表せなくて。あなたと同じだと良いのだけれど」

 戦闘が更に激しくなるだろう明日以降、あの時伝えておけばよかったと後悔するのは嫌だ。ソラの脳裏に浮かぶのは、何度も彼女の名を叫び求めたラヒムの声だ。あんなに想ってくれていたのに、言ってもらえなかったからとソラは彼の気持ちを疑い続けた。ケビールにあの頃の自分のように勘違いされるのは辛いだろうと思い至ったのだ。

「同じだろうけどさ。そんな風に言ってあげられない自分が情けなくなる」

「ケビールさんには十分いただいていますよ」

 二人はゆらゆらと揺れる焚火を眺めたまま、お互いの手のぬくもりを求めて指を絡めあった。それ以上のことはどちらも求めず、また気の利いた言葉をかける余裕はどちらにもなかった。ただ、二人だけの時間が流れているということを理解した上で、噛み締めるように息をする。

 過ぎていく時間が惜しかった。登っていく月が憎たらしかった。

 明日の戦いに備え、ソラは寝床に戻る前にようやく果物を一つ二つと麺麭をつまんだ。それを見ていたケビールは、明日はもうちょっと食べたほうがいい、と彼女に忠告した。


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