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宵闇に灯火の唄を  作者: 野木 千里
第二章
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42話

 カプラ王国からの正式な返還依頼は思った以上に遅く、ソラが鳥人族の保護区でラヒムと遭遇してから一月以上経っていた。国営族長たちの方も戦争になることを想定して、期限ぎりぎりに返事をしたという。

 その間の動きは、カプラが一歩早かった。すぐさま鳥人族全員をサグエル領地から移動させたようだ。斥候せっこうの話によると、王都より山を挟んで反対側、海沿いのアイハン領地で彼らは幽閉されているという。国境の川沿いに大規模な村がないことと、いざというときは彼らを矢面に立たせるためだろう。

 急ぐだろうから、と国営族長から届いた手紙と楽譜と照らし合わせて呼歌の練習に励んでいるが、未だ文書一枚で行われた任命以上の連絡はない。

村からはケビールだけが呼ばれ、十日後に戻ってきた。

 彼は何も言わなかったが、翌日瓦版が配布され、彼が奇襲班として鳥人族を開放してきたことが村に知れ渡った。またその際囚われた兵士もいるとのことで、再び同じ場所に行かねばならないということだ。

「腑に落ちないんだ」

 戦から帰った祝いの席の後、ケビールがぽつりと漏らしたのをソラは聞き逃さなかった。周りは高揚感と慌ただしさで彼の独り言を聞く余裕がない。

「どういうことですか」

 小声でソラが問う。本当におかしく思い、この先の戦いに支障をきたすものであれば、彼はもう責任者に話を通していることだろう。誰にも言っていなかったかのような口ぶりにソラは違和感を覚える。

 彼は帰っていく村人たちの背中を見ながらそれに答えた。

「鳥人族の長距離の移動もだけど、思った以上に手厚く保護されていて、俺達に付いていかないって泣く子がいたんだ。警備の兵士もいたし腕は良かったが人数が妙に少なかった。てっきり鳥人族を矢面に立たせて荷鳥でも操縦させるのかと思ったけど、そうでもなさそうでさ」

「国営族長に連絡が入っているのであれば、一兵士として派遣されたケビールさんが気に病むことでもなさそうですね。わざと国内の土地を叩かせて大義名分を手に入れるためでしょう。保護なさった中に魚人でも鳥人でもない人間が多数混じっていれば話は別ですが」

 納得いったようでケビールが頷くが、まだ考え込んでいる。

 一体何をそんなに悩んでいるのかが分からなくて、暗くなってきた中で二人きりで立ちすくむことになった。

 誰にも聞かせたくないのだろうと解釈し、ソラはケビールを家に押し込んで茶を入れた。嫁ぐ前にウルファが教えてくれた乳粥も出してやる。今日の宴で彼はあまり食べていないようだった。

「王太子の命令だって、前の雨乞乙女が子供と引き離されて尋問にかけられたらしいんだ。俺たちが逃げ出したその日のうちだって。でもあっちがソラを返せって言ったのはそれから一月も後だろ? しかもその間に鳥人族は全員大移動させられてるし。聞けば馬車とか使って結構手厚く移動させたらしいし、なんかもう色々納得いかなくて」

「成程。確かに不可解ですね」

 ただ囮に使いたいだけならば、そこまで手厚くする必要はない。適当に扱って死ねば捨て置けばいいだけのこと。だが子供が行きたくないと泣くほど手厚く保護しておいて、あっさり手放し全員をセメクに保護させた理由。そして、国境の河川の近くでありながら魚人族の兵士を捕らえた理由。

 王太子の考えていることがソラには検討がつかない気がしたが、考えるのをやめれば終わる予感がした。

「一つ目は……やはり雨乞乙女は戦力として大きいので確保しておきたかったのではないでしょうか。歌をいくつか習いましたが、歌の一節だけでも強い風が吹きました。私は習ったばかりですが、手練れの乙女がいれば威力も相当なものかと。二つ目は鳥人族とは完全に対立しようと思ったのでしょうか。魚人族と鳥人族は親交深いですから、変に戦場に立たせると戦線が瓦解する恐れもあります」

 王太子が軍部の人間と複数回に及ぶ会議をしていた場合、理由はそれだけに留まらないだろうが。

「手厚く保護したのは、おそらく先の戦争で先王が鳥人族に手ひどい仕打ちをしてミガルティ帝国からかなりきつく糾弾されたと聞いていますので、それが原因だと思います。王太子の母親は故人ですが、ミガルティの皇族でした」

 これら全て推測に過ぎないが、順当に考えればそのくらいだろうか。ソラは指折り理由に漏れがないか確認する。仮に今話した憶測が全て正しかったとしても、鳥人族をミガルティの国境近くの山脈地帯からわざわざセメクの方へ移動させたことの理由がつかない。どれだけ新兵に仕事をさせたとしても、人も時間も必要とすることだ。

 アイハン領地はセメクに近いこともあり、小競り合いが頻発している。盗賊や旅の一座崩れの者たちに鳥人族を輸送する間襲わせないようにさせるだけで一苦労だ。十年前の疫病で数を減らしたとはいえ、保護区内の人口はかなりの数だったはず。

「……まさかとは思いますが、鳥人族を保護した場所は港近くの廃村ではありませんでしたか」

 嫌な予感がして、ソラは国内の地図を必死に思い出している。王太子の得意科目は地学だったので、教わることも多かった。

「え、うん。そうだけど。なんで?」

「あの辺りはセメクの土地とそう大差ありません。池や小川も多いんですが、川の流れが弱く、国境の川と比べて海水が内地に流れてきています。それから、廃村は岩塩採掘場だったかと。盗賊があまりに出るので放棄された村があったはずです。アイハンには塩川も流れていたはずです」

「待って。そんな塩まみれのところじゃ、泳げない上に御力が使えないんだけど」

 だからですよ、とソラが言う前に納得したのか、だからか、と彼は言った。もしかすると国営族長も知っていることかもしれないが、カプラの動きからして知らないことも想定できる。もちろん、魚人族は足があるので塩気のある川だろうとただの戦闘をする気であれば差し支えない。だが、魚人族は鰓も御力も淡水での活動に限定される。もし塩川で息をすれば、すぐに鰓は浮腫み呼吸が難しくなるだろうし、御力を使おうとしても思うような結果は得られないだろう。万が一、戦況の悪化で御力や泳ぐことを想定した立案が採用されたり、咄嗟にそれに頼ろうとすれば、どうなるかは火を見るよりも明らかだ。

見ればケビールは戻ったばかりだというのに旅支度を始めている。ソラは自分の知識の価値を突き付けられ動揺したが、冷静になるよう努める。

 自分が知っている国内の歴史背景、地学、特産物の知識。何より、王太子と議論してきたこと。路銀と髪飾りと最低限の衣類以外全て置いて出てきたつもりだった。自分は何も持たない、ただの女の子になったと思っていた。だがそれは全くの間違いだ。

 戦局を左右しかねない情報が頭の中に全て叩き込まれている。当たり前だ、軍を動かす王太子について戦場に出るように教育されてきたのだから。だから自分が国を出れば戦の火種として利用されることも当然想定していなければならなかった。実際、王太子の持ち物を返還するかどうかで済む問題ではない。既にソラが漏らした情報で、カプラが戦争に負ける可能性が生まれた。

「ケビールさん。向かう前に、妹君のお墓へ。王太子は消耗戦を嫌います。恐らく鳥人族を保護していた場所を主戦場にするでしょうから」

 本格的に戦をするならば、時間がかかるはずだ。痛手を負うことも想定していなければいけない。

「分かった、親父にも声をかけてくるよ」

 ソラの親しい友人は、ほとんどが嫁ぐために村を出た。どこの村も考えることは同じようで、戦争が始まる前に安全な内地へおいで、と声をかけてくれたところも多かったくらいだ。逆にここより国境に近いところから来た花嫁もいる。ささやかながら合同で結婚式を行った。

 もう声をかける人がいなくなったソラは、ケビールが戻るまでの短い間、懐に入れたままの髪飾りと下着に縫い付けた銅貨を握りしめていた。窓の外で浮かぶ青白い月の光が切なくて、同じ色の石がついた髪飾りを眺めることはできそうになかった。

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