41話
広場に集められた村人たちがざわめいている。
いつも良くしてくれている村人たちの不安げな表情を見て、ソラは心苦しさから黙り込んでいた。
サグエル領地から国王軍が早馬を出したとしたら、国王は既に今回の顛末を知っているはずだ。王太子の鷹をそうと知りながら連れ去られたと判断されれば、返還要求が出ることだろう。国営族長たちの様子を見るに棄却される。使いの者が生かされるにしろ殺されるにしろ、準備が早いに越したことはない。
族長は村人が揃っていることを確認して、静かに頷いた。
「国境付近の小競り合いが頻発していたが、今度は本格的に戦争になりそうだ」
平和そうに見える村だが、以前よりそういう話は出ていたらしい。誰も驚いた様子はない。どの家から何人出すかな、と他人事だ。それを族長が睨みつけてやめさせる。
「先の戦争に負けて以来、あちらの要求は年々大きくなってきていた。そのうちの一つに、鳥人族との連絡を一切絶てといったものもあったんだが、当然、棄却している。今回のことは、カプラがもう一つ言い訳を考えてきただけに過ぎん事を明言しておく」
族長に呼ばれて、ソラは前に出た。ウルファとナダが心配そうな顔をしている。
村人たちもソラを不安げに見ている。随分見知った顔が増えた。それをソラは喜ばしく思い、また、申し訳なく思っている。
「この村に滞在してくれているソラは、先の戦争の鳥人族側の英雄、カルハマンの一人娘だ。雨乞乙女になる予定だったが、本人が知る前にあの簒奪者どもが誘拐した。そして、その力を利用すべく王太子の『鷹』にしたというのだ!」
そういうことにされた。おそらく国営族長たちが考えた筋書きだろう。王太子はそんな人ではない、と言いたかったが、そうしたいのであれば今すぐカプラに戻って処刑覚悟で頭を下げる必要がある。
族長の言葉に村人たちが騒めく。
今まで接してきた元『金糸雀』はただの奴隷ではなく、王太子の盾となり名代となるべく育てられたというのだから。
ソラの新しい友人たちは信じられない状況に感想を言うことがやめられず、彼女に求婚した男たちは断られて助かったと脂汗をかいている。
「絶対金糸雀だと思っていたのに」
「字もかけるのに少しも気づかなかった」
「本物のお姫様だったなんて」
姫ではないが、噂話を訂正する必要はない。訂正したところで意味のない情報だ。
静まれ、と族長が言うが声が届かない。それほど大きな反響を生んでいる。
「この度のこと、皆様には大変なご迷惑をおかけいたします」
凛と澄んだソラの声は喧騒の中でもよく響き、村人たちは彼女を見た。
打って変わって静まり返った広場を見て、族長が話を続ける。
「知っての通り、彼女は我が家の嫁として迎える。それを変えるつもりはない。先方は保護していたと弁明するだろうが、保護した時に村に返さなかったのだから、奴隷商人と同じことだ。長らく、獣人族であるというだけで我々も被害を被ってきた。先の戦争に負けてからずっとだ。二度も負けてみろ、我々も住処を追われる羽目になるぞ」
空を飛び交う鳥人を、若者たちは見たことがない。だが、大人たちはそれを見たことがある。交流もしてきた。同じ獣人族として上手く協力し合ってきていたのを、横から遮られた。その屈辱が、当時の恐怖と不安が、彼らの瞳に宿っている。元に戻してほしい。そんなもう叶えられないだろう願いが渦巻いている。
「前回と違って今回は『戦乙女』がいる! 安心しろ、御力一つ操れぬ人間に我々は負けん!」
その言葉に広場が沸き立った。ソラだけがその大仕事をこなす自信があるのか不安で黙り込んでいた。
だが、人にばかり犠牲を強いて、安全なところで泣いているほうが気分が悪いというものだ。鳥人族がこの戦に関わろうと関わるまいと、戦乙女として協力することを既に心に決めてきた。
「でも、そんな。結婚を間近に控えているのに。あんまりよ」
心優しい友人が泣いてくれる。
彼女の言葉に気づいた村人たちが、そうだよ、いけないよ、とソラを止めようとしてくれる。
「ウルファの嫁ぎ先は国境から離れていますから大丈夫ですよ」
「そういう意味じゃないわ! ソラ、あなたも幸せなお嫁さんにならなきゃ! そうでしょ?」
そういう意味で泣いてくれていることを承知で、ソラも言っている。
「今回の任命、あなたの取り急ぎの結婚式をお願いする代わりに受けました。ナダ、あなたはウルファについて行ってあげてくださいね。男の方は戦でみんな出て行ってしまいますから」
ナダはここ最近体調が優れないと言っていた。新婚夫婦の妻の体調が悪いといえば、大抵目出度いことと相場が決まっている。この件に関してはウルファの兄が便宜を図ってくれることになっていた。ただの風邪なら戻ってくればいいだけだ。いっそ滞在先で祝い事が判明すれば良いとソラは思っている。そうなれば彼女を国境に比較的近いこの村に戻そうと考える者はいなくなるはずだ。
このことは族長にソラから願い出たことだ。だから哀れまれる必要はない。
「そんなのダメ、ソラ。お願い。私だけ結婚するなんて、そんなことできない。あなたが行くなら私も行く。ぶ、武器は使えないけど、私にだって何かできることがあるはずだよ」
「ウルファの言う通りだよ。女の子が一人だけ戦に出るなんて、生贄みたいで嫌だ。せめて一緒に逃げてよ」
珍しくナダが目に涙を浮かべて止めようとしてくれる。だが、生憎そんな風に哀れんでもらえる年齢ではなくなった。もう成人して一年になろうとしている。料理も怪我の手当てもできないソラにできることといえば、今回の火種となった力を使って支援者として戦場に立つことだけだ。
「大丈夫ですよ! 私、とっても力が強いみたいですから。待っていてください。私の活躍はきっと噂になって嫁ぎ先の家で誰かが聞かせてくれますよ。戻ったらウルファが私に話して聞かせてくださいね。出来れば格好良く脚色して」
わざと高揚したように話しかけると、少し安心したのかウルファは笑った。冷え切ったナダの手を擦りながら、彼女たちに教えてもらった溌剌とした笑顔を浮かべ続ける。絶対に勝てます、大丈夫です、あの王太子の懐刀として教育は十分に受けましたから、作戦もこちらには筒抜けに決まっています。ありもしないことを言って村人たちを鼓舞する。自分を哀れむ村人たちを一人ずつ高揚させ、歓声を上げる彼らに向かってもっともらしくソラは手を振った。
「では私は訓練がありますから、失礼します」
浮かべたことのないほどの満面の笑みを湛えたままソラは広場を抜け、婆様の家に駆けこんだ。扉を閉めて家で待っていた婆様の顔を見た途端に気が抜けて嘔吐する。洗ったばかりの水瓶を汚された婆様は顔をしかめたが、黙って背中を擦ってくれる。
ものすごい重圧だった。もう二度とこんなことはしたくないと思わされるほど。
自分が大口を叩くことで、誰も自分を哀れまなくなった。そのうえ、戦争に対しても前向きな姿勢を見せてくれた。
これでいいはずだ。帝王学の端くれのようなものをユルクが口走ったのを、間違って解釈していなければ。これ以上の重圧を主人は日々浴びながら生活していた。そう知っただけで格の違いを見せつけられた気分になる。その格の違う人間と戦わなければならない。ただ歌うだけの仕事がそれだけで大仕事となる。体の震えが止まらない。
「ようやった。お前さん立派な『戦乙女』になるよ」
婆様の誉め言葉を聞いて、やはりソラは返事ができずまた吐いた。




