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宵闇に灯火の唄を  作者: 野木 千里
第二章
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40話

 重々しい雰囲気が族長の家を襲っていた。

 客人として世話をしており、乾季が終わる頃に嫁として迎え入れる予定だった娘が、その経歴から戦の火種となった。国営族長たちにはつい昨日の出来事を知らせるべく、息子が国境を越えて最初の村で伝令を依頼した。

 雨乞乙女を鳥人族に依頼された時、族長は快諾せざるを得なかった。人間に対して数が劣る獣人族は、度々住処を追われる憂き目に遭っており、協力し合うことでその場所を守ってきたからだ。先の戦争で負けて以来、交流に制限をかけられている鳥人族の村長たっての申し出だ。断ることは憚られた。だが、こうなるのであれば初めから丁重に断っておくべきだった。

「あちらもお前さんを言い訳にもう一度吹っ掛けたかっただけだよ。気に病むことはない」

 婆様がそう言ってソラを慰めているが、彼女の顔色は良くならない。

「村長が巡回は昼過ぎに来るって言ってたのに違った。軍が来てるのに誰も知らせに飛んでこなかった。俺たちも甘かったけど、下手をしたらあっちがそのつもりで国王軍をそれとなく呼んだのかも、って思う。王太子の副官があんなとこにいたんだ。それしか考えられない」

 忌々し気にケビールが吐き捨てる。

「親父の名前を使って、国営族長たちに早鳥の伝令は出した。どの道戦争にはなるだろうけど、鳥人族の狙いはカプラとの戦争に俺たちを引きずり込むことだろうから、あっちもそのつもりなら早いうちに協力体制を取りたい」

 真剣な面持ちのケビールの肩を族長が軽く叩く。

「よくやった。すぐさま村の集会を行おう。お前、頼んだぞ」

 族長が夫人に仕事を言いつけ、彼女はすぐに家を出て行った。そして族長はソラのほうへ向き直る。

「ソラさんにも仕事がある。いいか」

「何なりと」

 ラヒムの制止を振り切って帰ってきた。そういうことになると十分理解した上での行動だ。覚悟ができたといえば言い過ぎだが、自分のしたことの重大さを突き付けられ、断る選択肢はないと決意した。

「国営族長から正式な任命があるだろうが、君は『雨乞乙女』としての仕事の延長で『戦乙女いくさおとめ』を担ってもらうことになる。すなわち、風を操り弓矢や投石機を相手に使わせない、追い風を呼び続けて先方に放った炎を延焼させる。戦の要となる支援者になる必要がある。今までの雨を少し降らせるような生易しいものではないが、やってくれるか」

「そんなことができるのですか? 私に?」

「雨乞乙女は風を操って雨を降らせたり止ませたりするからな。もっと強力に、一時的に使ってもらう。体の負担は相当なものだが……」

 言いかけて、族長は黙り込んだ。申し訳なさそうにケビールを見ている。

「子を成せなくなる可能性がある、はっきり言ったらどうだい」

 婆様が族長を叱りつけた。ソラはケビールを見た。

 自分は良い。もう結婚さえできないと思っていたのだから。子供と碌に接したことのない自分がまともな子育てをする自信もない。ただ、ケビールの妻となる以上、当然産むだろうという気持ちはあったが。

「もし子供ができなくなったら、もう一人奥さんをもらってください。結婚式の前ですから、婚約を取り下げてもらっても結構です。ケビールさんの良いようになさってください」

「ソラちゃんがこれ以上大変な思いをする必要ないと思ってる。出来なくても嫁さんは一人でいいし、ずっと一緒だ」

「あなたには子供が必要でしょう。聞かなかったことにします」

「あのなぁ!」

 苛立ったケビールが立ち上がるが、ソラは応じない。

 自分に惚れ込んだというだけで、この純朴で結婚に憧れを抱いている青年が、子供を成せないということの方がおかしい。

 誠実で、努力し続け、夢も持っている、普通の青年だ。災難なことに女の趣味だけが決定的に悪い。たったそれだけで彼が子を望めなくなるかもしれないと言われると、ソラは申し訳なくて逃げ出したくなった。

「俺はソラが好きだって言ってるんだ! それ以上はいらないんだよ、そこは譲歩させるなよ! 俺は譲らないからな!」

 これほどまでに好いてもらえる理由がない。理解しがたくて口論に応じたくなったが、ソラは黙って頷いた。

「『戦乙女』としての仕事を請け負うこと、お約束いたします。子が成せなくなってもかまいません。その代わり、村の女の子たちのうち、国境から離れたところへ嫁ぐ予定のある方はなるべく早く結婚式をお願いしたく存じます。できれば、身重な方々も」

 仲良くしようと歩み寄ってくれた女の子たちの幸せを、自分の尊厳のために打ち壊す勇気は流石にない。戦がどれほどの規模のものになるのか予測はつかないが、長引けば嫁き遅れる子も出てくることだろう。せめて自分の手の届く範囲の娘たちだけでも幸せを掴んで欲しい。最早ソラの願いはそれだけだった。自分の未来を考えるには、彼女はまだ幼すぎた。

 友人たちが自分のために結婚を遅らせ、自分だけが結婚し子供を成すことはあまりにも心苦しい。いっそ、子供ができなくなれば、とソラは思った。自分がしたことのために自分で身を切ることができれば、これほどまでに苦悩することもないのだろう、とも。

「できる限りのことはすると約束しよう」

 族長はそれからやはり深いため息をついてしばらく黙り込み、小さな声でソラに感謝の意を述べた。ソラの願いは族長の頷きをもって叶えられることとなった。

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