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宵闇に灯火の唄を  作者: 野木 千里
第二章
38/142

35話

 鳥人族の村までは大した距離ではなかった。荷鳥で三日。女性を連れていれば途中休憩を入れて四日かけて行くのだが、人相の報せが出ている以上、ソラを人目に晒すわけにはいかなかった。ただでさえ目立つ目の色をしている上、一目で金糸雀だったろうと認識できる顔立ちだ。面紗ヴェールで隠していく他ない。

 途中寄った村では、病気の妹という扱いだった。茶と麺麭と木の実だけの食事はあまり美味しいとは言えなかったが、温かいものが出るだけマシだと自分に言い聞かせて飲み込んだ。王宮の茶と比べてはいけないが、恐ろしく渋かった。

 寝床も硬くて嫌な思い出が蘇ったが、別室で眠っているケビールを頼るわけにもいかず、ソラは座ったまま朝を迎えた。

 そのため、鳥人族の村を見た時、とてつもなく長い旅を終えた気分になって深く溜息をついたのも無理はあるまい。

「大丈夫、疲れた?」

「旅慣れないもので、すみません」

「そりゃそうだな。降りるからしっかり捕まってて」

 そう言われてソラは荷鳥にしがみつく。鳥人族の村は大きな赤い岩山をくり抜いて住居にしている。岩肌には出入り用の穴が複数開いていて、一際小さな穴は伝書鳩の出入り用のものだ。

 久方ぶりの故郷は思った以上に小さい。昔は子供の目から見ていたので、実際よりずっと広く大きく見えていたことだろう。来客用の吊橋がところどころにかけられている。

 荷鳥が村に降り立とうとしているのが見えたようだ、村長とクナトゥラが走ってくる。後ろから女性が一人付いてきていた。村人たちは遠巻きに窓の中からこちらを伺っている。緊張感のある様子にソラは首を傾げた。

「よく来てくれた。待っていたぞ」

 砂埃に咳き込む二人に向かって、村長が手を上げる。ソラは彼に礼をして、後ろの人物に目をやった。黄金の瞳、丸みを帯びた目。王太子が西大陸から仕入れた鏡で見た自分の顔に似ている気がした。

「……ソラ」

 声まで似ているのか。

 どこか他人事のような感覚に、ソラは母親と思しき人物にしばらく声をかけられなかった。頭のてっぺんからつま先まで何度も眺めて、深呼吸をして、それから彼女をなんと呼んでいたか思い出し、おそるおそる声に出す。

「お母さん、ですか」

 記憶に母の顔は残っていない。凄惨な記憶が全てかき消してしまった。

 母親の手がソラの頬を包み込む。彼女が被っていた面紗が風で飛ばされて、ようやく髪も全て見えた。髪の色は黒のようだ。小さな手がソラの髪を撫でつけて、もっと見たいと自分の方へ引き寄せた。

 大きな目から大粒の涙を零して彼女は泣いていた。夫も娘もなくして、さぞや孤独に苛まれた十年間だっただろう。もう別の家族を見つけてくれているだろうか。そう思って周囲を見渡すが、誰も母を慮る人はいない。

「そうよ。私の宝物、もう会えないと思っていた、ソラ、ソラ。おかえりなさい。無事で良かった……」

 言われていることの半分程度しか理解できなかった。風化した記憶のせいか、母の涙ながらの発言が不明瞭なためか。

 だがソラの心を打ち砕くのには十分過ぎた。

 もうここは、ソラの故郷ではない。母と分かち合う思い出も残っていない。

「……会えてよかったです、その……お母さん。父のお墓に案内していただけますか」

 打ちひしがれるソラの背をケビールが支える。今すぐにでも崩れ落ちてしまいそうなのを察してくれたのだろうか。

 今、ソラが立っていられるのは、彼が支えてくれているからだ。自分を家族と言ってくれる青年が傍にいるからだ。

 父の墓は戦の英雄と言うこともあって、他の墓より幾分大きく立派だった。供えるものがなかったので、ただ眺めることしかできなかったが。墓標に母が話しかける様子もソラには滑稽に見えていた。そういえば、ソラが人攫いに攫われる直前も母は父に縋りついて泣いていた。十年たった今、同じものを見せられている気分になって感動より不快感が勝ったことをソラは認めた。

「今も昔も、仲の良い夫婦ですね」

 その言葉が賞賛か嫌味なのかも判断がつかないまま、ソラは村長にそう漏らした。

 もう乾いた風に体が馴染まない。息をするたびに砂埃で喉が痛むので、面紗の中で息をするように努める彼女らは、確かに他国から来た客人だった。


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