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宵闇に灯火の唄を  作者: 野木 千里
第二章
36/142

33話

「長距離飛行の度に雨……」

「はい」

「それで今君はここの息子さんと婚約をしていると」

「はい」

 祭の翌日、族長一家の机の上で、使節団の青年は頭を抱えていた。族長夫人とジュジュと三人で食事の支度をしていたソラは呼ばれて首を傾げるだけだ。昨日の祭では男性たちはお酒が入ったのか随分陽気な様子だったし、寝床へ案内したときも機嫌が良さそうだったが。

「君、っていうか、ソラさんは保護区の中のこと覚えてる?」

 父母と食事をしたり、こっそりおやつをもらったことを朧気にしか覚えておらず、はっきりとした記憶はほとんどない。その後の強烈な体験を思えば当然のことと言えなくもないが。

 はいともいいえとも言いづらく考え込むソラに、村長が問いかける。

「今の君くらいの年頃の子に『雨乞乙女あまごいおとめ』がいたことは覚えているか? 乾季の間に歌を歌って、雨を降らせる仕事をしてくれていた。子供たちは雨が降るからと喜んで周りをうろついているんだ」

 残念ながらその記憶はない。

「ごめんなさい、父が病床におりましたので、きっとその中には加わっていなかったのだと思います。『雨乞乙女』というのも」

「ああ、だろうね、無理もない。では、一から話をしてもいいですかな?」

 鳥人族の村長が皆に声をかけるが、族長と夫人、婆様まで難しい顔をしている。話だけでも聞きたいとソラは思うが、ケビールですら渋い顔をしている。

「自分の種族のことだ、ソラさんも知っておくべきだろう」

 やがて苦虫でも噛みしめるように族長が言った。あまり良い話ではなさそうだ。それを聞いて、鳥人族の村長が口を開いた。

「鳥人族の間では、特に御力の強い乙女が数年おきに『雨乞乙女』という職につく決まりになっている。仕事は結婚するまで乾季の間に数度雨を降らせる程度のことなのだが。それで、今代の乙女は次代の乙女がいないからと十八まで子を成すのを待ってくれていたんだ。だが、子ができてね。次の子はまだ十に手がかかる頃なので、せめて一年、間に誰かに入って欲しい。もし、ソラさんが本当に長期飛行の度に雨が降るというのなら要件は十分に満たしている」

 成程、族長一家が良い顔をしないはずだ。

 婚約者となったケビールが決定権を握っている。ソラはケビールの決定が気になりそちらを見遣ると、ケビールと目が合った。

「そうですか、飛行の度の降雨が悪い兆候ではなくて安心しました。ですが彼女は自分の婚約者です。乾季の間に結婚も決まりましたので、別の方にお願いできませんか。保護区での滞在が必須でしょう」

「いえ、数度来ていただいて雨を降らせてもらうだけで結構です。報酬も、できるだけ用意します。このままでは皆餓えてしまいますから」

 保護区が位置する山脈地帯は強烈な乾燥地帯で、それでも乾季の間雨が降らないわけではないと地学で習ったことがある。むしろ乾燥地帯であるのに鳥人族の居住域ではそれなりに作物が取れると習った。あれが特殊な気候のためではなく、御力に起因するものだとすれば納得がいく。

 度々サグエル領地が干ばつに見舞われるのに、鳥人族の保護区から報告が上がらないのはそういうわけだったのか、とソラは理解した。王宮に戻ることがあればそれ込みの政策を王太子と話し合いたいくらいには興味深い内容だ。

「治水はなさいましたか」

「ソラちゃん」

 ケビールに窘められてソラは黙る。男たちが不快そうな顔でソラを見た。

「すみません、金糸雀時代の主人が変わり者で勉学をしていたとかで。でも今しなくてもいい話ですね。言い聞かせておきますので」

 御力の不確かな力に頼るより治水をすれば確実に飢えることはないだろうに、理不尽な話だ。だが、他国の村のために口を出す権利はもちろんソラにはない。

「そういえば」

 村長が険しい顔をしている。

「王太子の鷹が盗賊に襲われて行方知れずとか。我々も所在を知っていれば国王に知らせる義務がある。年の頃は十五、茶髪に黄金の瞳……」

 どうやら検討が付いていたらしい。クナトゥラがソラの顔を見ていた理由が分かった。国で知らせが出ていたのなら理解できる。

「国王に知らせるつもりはない。結婚までに里帰りついでに数度頼まれごとをして欲しいだけだ。それが嫌だというのなら、せめて父親の墓参りをしてやってくれんか」

 ソラがどこの家の子供か、彼らは知っているのだ。

「なっ」

 ケビールが声を上げかけ、族長がそれを制する。

申し訳なさそうに懇願してくる村長になんと返事をするべきだろうか。ソラは悩んだ。族長とケビールは憤りを感じているようだが口をつぐんでいた。父親の墓には行きたいし、できれば母親にも会いたい。

 それに、治水に手を出せば王太子に居所が知れてしまうだろう。王太子が黙秘したとして、国王の副官がそれを見逃すとは思えない。それなら結婚するまでの間だけでも雨乞乙女として協力した方が良さそうだ。何より、二度と会えないと思っていた母親に会えるかもしれない。

「教えてください。母は生きているのですか」

 ソラの縋る目に気付いたのだろう。村長は目を潤ませて深く頷いた。

「君がカルハマンとチチェクの一人娘のソラだというのなら、まだ元気にしているとも」

 ソラはケビールを見上げた。もちろん、これがとてつもないわがままであるということをソラは十分に理解している。続いて族長、婆様、族長夫人。皆ソラの選択は分かっているらしい。


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