32話
川に群生する花藻の蕾が赤く色づき、冷たい水に顔をつけて花が咲くのはまだかと皆が心待ちにする季節となった。今年一番に花藻が咲いているのを見つけた少年は、村中を走り回って乾季の訪れを告げた。そして、大人たちからおやつをもらい満足げに宴の真ん中の席で魚にかぶりついている。
まだ冷たいだろう川に次々に飛び込む魚人たちに驚いたソラだったが、飛んでくる魚を籠に入れるのに奔走し、漁に出た人々のために焚火をつけて回り、料理の手伝いもして汗だくとなった。
村の未婚の女性たちは絢爛な衣装を身にまとい、面紗で目から下を隠している。飾りが軽やかな音を立てるのが楽しくて、小さな女の子たちが鳴らして遊んでいるのがほほえましい。未婚の男性たちは、女性から贈られた刺繍作品を身にまとい悲喜交々に見せ合っている。婚約者から贈られた者、気になる子に貰った者、母親が仕方なく縫った者。数名の男性はあからさまに気合の入った複数の作品を勲章のように身にまとっていた。ケビールもそのうちの一人だ。
「はい、ターリクさんどうぞ。お帽子ですよ」
族長の末息子のターリクは、ソラから帽子を被せてもらって誇らしいのか、胸を張っている。母親からは上着、ジュジュからは銛入れをもらって満足そうだ。
「ソラちゃんありがとう! ファーファーに見せて来なきゃ!」
ファーファーは今年最初の赤花藻の発見者だ。家族以外からもらったというのが嬉しくてたまらないのだろう。皆に見せて回ってはしゃいでいる。友達のところに辿り着くのは当分先になりそうだ。
次はケビールだ。婚約が成立したことで、一番大きなものを縫わなければならなくなったので、帽子ではなく外套を縫うことになった。随分温かくなり始めていたので、寝る間も惜しんで制作することとなったが。
「ケビールさん」
彼の周りにいた女の子たちが一様に黙り込んでソラを見る。視線の先はソラのかけている鱗の首飾りだ。彼女たちがケビールに結婚を意識してもらうために、時間と手間をかけて刺繍細工を作っていたことをソラは知っている。横取りのような形になって申し訳ない気持ちもあったが、引くことは考えられなかった。第一、それを理由に結婚を取り下げる必要性も感じられなかった。
「約束の通り、外套を用意しました。使節団の方も到着されたそうですので来てください」
「今年は早かったんだな。分かった、すぐ行く」
結婚式を待ち望むばかりとなったナダも、ケビールと婚約したソラも仕事が目白押しだ。寂しそうなウルファに申し訳ないと何度も伝えたが、果たして彼女が納得しているかは不明だ。
二人が婚約したことを族長へ伝えに行ったのは、赤花祭の数日前のことだった。ソラの経歴のこともあり、あまり歓迎されないことを覚悟して今後の人生設計を二人で整理していったのだが、そんなことは一つも聞かれなかった。婚約の報告もそこそこに、族長と族長夫人から来る乾季の村の運営について話し合いを始められてしまったからだ。そのままなし崩しに婚約は認められた。
言いづらそうに、結婚式の日取りは、と言いかけたケビールの問いは婆様からの「収穫期の前におやり」という一言で解決させられた。ケビールも十七だ、彼以外の家族全員がもう段取りを始めていたに違いない。
二人が連れ立って裏広場へ向かうと、村人と話している鳥人族が二人いた。一人は族長よりやや年上の老人で、一人は二十歳頃の青年だ。
「よく来てくれましたね、村長さん、クナトゥラさん、お待ちしていました」
「おおケビールくん久しぶり! 後ろの子が手紙で言ってた……子、でいいのかな?」
青年が覗き込んできたが、ソラは軽く礼をして微笑んだ。ケビールの紹介があるまでは話すべきではないだろう。
「そうです。まぁ詳しい話は宴の席で。今日は祭なんです」
「それはいいけど……」
青年は何か言いたげにソラをじっと見ている。ケビールは何を勘違いしているのか、さりげなく自分の後ろにソラを隠した。
それを冷たい目で見守っているのはソラだけではなかった。使節団の二人も同じ目で彼を見ていたようで、それぞれが気が付いてなんとも気まずい礼を三人は強いられた。恐らくケビールはこの後族長から叱られることだろう。




