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宵闇に灯火の唄を  作者: 野木 千里
第二章
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29話

「お待たせしました、どうぞ」

 隣国から逃げてきた金糸雀奴隷の子が、刺繍細工を青年に手渡した。青年は今年十八になる。今年十五になる女の子は、青年から見ればまだ少し子供のようで、それなのに村の女の子よりずっと大人に見える。

 彼は結婚相手のあてがないわけではなかった。だが、満月のような瞳が物憂げに伏せられているのを見ると胸が騒ぐ。首からかけた鱗を彼女にかけてしまいたくなった。村の男たちはもう何人も彼女に恋に落ちていると聞いて、急いで街に行って面紗と交換に赤花祭のための小物入れを縫ってもらうことを約束したのだ。

 その男たちの頭を悩ませてやまない彼女が、ただゆったりと微笑む姿さえ麗しい。

 以前に「細くてきれいな指先」と褒めたことを彼女は覚えているだろうか。その時は「もうやすりをかけてくれる人もいないので、伸びてしょうがないです」と困り顔だったが。

「その、ありがとう……。嬉しいよ」

「喜んでいただけて良かったです。それでは」

「待って!」

 手短に済まされるのは気分の良いものではない。呼び止めても微笑むばかりの彼女は文句も言わないが。

「待って。君のことが好きなんだ。僕の鱗を貰ってよ」

「ごめんなさい」

 何を思ってか、少女ははにかみながら断りを入れる。その表情の奥にあの男の顔が見えたような気がして、青年は胸の内側にふつふつと怒りが湧き出す。

「ケビールのこと? 会ってすぐに女の子を川に引きずり込むようなヤツ、気にしなくていいんだよ」

 族長の息子のことを話題に上げられて彼女は戸惑っていた。彼女が村に来た日、村はその話題で持ちきりだった。女の好みにうるさいあのケビールが、やっといい人を見つけたらしい。一目で川に引きずり込んだらしい。引きずり込まれたのは、異国の姫とでもいうべき美少女で、元金糸雀奴隷らしい。

 次第に噂は世間話になった。仕草が優美で、話し方も綺麗だ。鱗をかけたい。過去の辛かっただろうことを自分が忘れさせてあげたい。男も例外ではなく、姫のような元奴隷に一目で虜になった。

 ある者はその黄金の瞳を蜂蜜を固めたようだと言った。またある者は満月を空から盗んできたようだと言った。

「いいえ、あの方と今のお返事は関係のないことですよ」

 鈴の鳴る声でそう言われ、その言葉になにか意思を感じて、男は憤りすら覚えた。彼女がそうだとしても、ケビールはこの儚げな女の子のところへずけずけと近づいて行っては馴れ馴れしく触れる。それが堪らなく憎らしいのだ。

「だってアイツ、君のことを大切にしてないじゃないか! 君はもっともっと大切にされるべき女の子だよ! 守られていないと! こんな風に僕や他の男が気軽に頼めるようじゃ、だめなんだよ」

 気が狂ってしまいそうなほどの怒りに眩暈がして、男は自分が情けなくなって頭を垂れた。

「私はもう籠の鳥ではないのですよ」

 言い含めるような声に、甘い香が焚きしめられている気がした。

「まだ主人の元を離れて日が浅いですし、不可解に思われることも多いことは承知しております。ご心配をおかけしてすみません。私としても、こちらの考え方に早く慣れたいと常々思っておりますよ」

 伸びた背筋、誰かに似ているような気がする表情、いつ見ても完璧と言わざるをえない微笑み。

 優しく見つめる瞳に、手出し無用と窘められる。

「どうぞ、温かい目で見守ってくださいね」

 それでは、と断りを入れて去っていく彼女を青年は追うことができなかった。明確にこれ以上言及するなと言われたわけではない。反論なら実際続けられたかもしれない。それなのに言葉が出てこなかった。

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