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宵闇に灯火の唄を  作者: 野木 千里
第二章
28/142

25話

 段々と寒さも深まり、新年祭のための買い出しに出ることになった。カプラに比べるとセメクは冬場でも暖かく魚人族は寒さに強いため、皆動きやすそうな服装だ。ソラは翼も覆うことができる外套をすっぽり被っている。ラヒムが持たせてくれた外套は見た目こそ派手ではなかったが、布地が高級品らしく目立つらしい。ケビールに取り上げられて今頃家で留守番をしていることだろう。

 買い出しを族長から任命されていたケビールは村の仕事を勉強中のソラとその友人のナダとウルファを連れてきた。目的はその二人に付いてくる男たちだが。ナダは婚約者の大柄な青年、イスハークを、ウルファは兄のクトゥブを連れてきた。

 ケビールは疲れた様子だ。人選に苦慮したようだった。

「お嬢さん方寒いだろう! お茶飲んでいきなよ!」

「西大陸から絹が沢山入ってるよー!」

「トセリオの珊瑚飾りだ! 兄さん嫁さんに買ってやんな!」

 飛び交う声に目を白黒させているソラは、ケビールにしっかり手を引かれて大路を歩く。ナダはイスハークの腕に自分の腕を絡みつかせて、見せびらかすように歩いている。ウルファだけは兄の手を振り払い一人で歩いている。その時のクトゥブの悲しそうな顔といったらなかった。

「すごいでしょ。市場は初めて?」

 どこかで買ってきた水飴を差し出しながらウルファが言った。もちろん初めてだ、ソラは頷く。舐めてから蜂蜜だと気づき、木の実の蜂蜜漬けが恋しくなった。

 ケビールは備忘録を見て言った。

「結構、もりの先傷んでたか。それから儀礼用の棍の材料と、婦人会からは布と糸か。ナダ、機織はたおりは壊れてなかったか?」

「それは大丈夫。でも次って成人の儀式あるでしょ。色々足りるの?」

「それは今度でいいだろ」

 ソラは会話に混ざることを諦めた。それはウルファも同じようで、退屈そうに市場を眺めている。

 手持ち無沙汰な二人に気を使ってかウルファの兄が二人を旅芸人の舞台の前の席に連れて行ってくれた。族長からソラの面倒を見るよう言いつけられているはずのケビールは何も言わない。手におやつを握らされて、並んで長椅子に座らされる。

「二人とも誰に話しかけられても返事しちゃダメだからね。いい? 俺たちが来るまで座っててね」

「兄さん、私たち来年十五なんだけど」

「来年十五だからなんですけど!? こういうところはお嫁さん探しに来てる人もいるんだってば」

「はいはい」

 どことなく王太子に似ている気がするのは気のせいだろうか。あの心配性ぶりはそっくりかもしれない、そんなことを考えながら舞台を見遣る。どうやらカプラの方の旅芸人らしい。音楽がそちらのものだ。

 踊り子が舞台に躍り出る。まだ十二、三といったところだろうか。幼い肢体をしなやかにくねらせて踊っている。見事なもので、王宮に呼ばれてもおかしくない腕前だ。柔らかくて、流れるようで、観客への視線配りも一級品。

 ふと、ソラは気になって座席を一つ前にずらした。踊り子の衣装がイスティファのものと同じように感じたのだ。確信が持てなくてもう一つ前の座席へ。

 とうとうソラは一番前の座席で舞台を見ることになった。ウルファが付いてきてくれる。

 ソラはほとんど無意識に、自分をちらちらと見てくる男性に声をかけていた。

「……よくご覧になられるの?」

「あ、ああ。前も雨季の間に来てたな。その時も見てた。綺麗な踊り子がいたんだ」

「その方は今日踊られるのかしら」

「いや、なんかいないみたいだね」

 ソラは小さな踊り子の首飾りをよく見る。間違いない、踊り子の首にかかっている首飾りは木製のもので、表に護符の模様が彫られている。月明かりの下で何度も見たものだ。裏面にはアサドの名が刻まれていることだろう。

 俯くソラの手をウルファが握った。

「ソラ?」

 ウルファが不安げに声をかけてくるが、返事ができない。それでも声を絞り出さなくてはいけなかった。

「すみません……なんだか気分が優れなくて……」

「人混みに酔っちゃったのかもね」

 彼女はそう言って、ソラを人の少ない後ろへ連れて行ってくれる。まだ泣けない。

 そこに買い出しに出ていた四人が戻ってきたらしい。慌てた様子でケビールが駆け寄ってくるのが、なぜか顔を伏せたままのソラには分かった。

「ソラちゃんどうかしたの?」

「気分が悪いみたい」

「急いで村に帰ろう。悪い、クトゥブさん、イスハーク、あとの買い出しは頼んだ。ソラちゃん、帰ろう。行きがけに飛んだから、無理しすぎたんだ」

 どう答えていいのか分からなくて、都合のいい解釈に甘える自分に嫌気が差す。だが、違いますと真実を話す勇気も出ずにソラは言われるがままに従うことにした。

 抱きかかえられるようにして荷鳥に乗せられ、村へ向かって飛行する。馬の上と違い落ち着かない乗り心地に不安にさせられる。

 ソラは涙が止められずにいた。泣いているのに気づかれて、いらぬ心配をかけることがソラには恐ろしかったが、それでも止まってくれなかった。

「……こういうのはさ」

 ケビールの大きな手のひらが、手綱を掴むソラの手を包み込んだ。

「言っていいんだよ。というか、言っちゃったほうがいい。安心してよ、俺誰にも言わないからさ」

 ソラを元『金糸雀』ということにしよう、と言ってくれたのはケビールだった。その分彼は責任をもって接してくれる。

 そっとしておいて欲しかった。まだ自分で受け入れられないような内容を、人に話せる自信もなかった。そう易々と話せると思う無神経さが、言っちゃうなどと言ってしまう物事に対する気安さがソラを激しく苛立たせる。それと同時に、ソラは自分の感情をせき止められなくなってしまった。

「……私に外の世界について話してくれた男の子がいました」

 誰からも忘れられたいという思いは何だったのか、ソラは自分を胸の内で罵倒する。

「旅芸人の子で、病気にかかってしまって、治してくれるお医者様がいないまま亡くなりました。その子の姉に私は逃がしてもらいました。見事な踊りをする踊り子でした。その方も病気で、きっと亡くなるだろうことは分かっていました。でも」

 目に焼き付いた首飾りが頭から離れない。

 年を越すことはなかった。病気のためか、それとも処刑されたのか。

 長い間付き合いがあったわけではない。だが、二人はソラにとってかけがえのない恩人だ。

「……あそこの一座は、カプラから逃げて来たんだ。座長さんも変わってたし、何かあったんだろうとは思ってたけど」

 そうか、と自分に言い聞かせるようにケビールが呟く。

「お礼も弔いもきっと許されないのでしょうね」

「流石にな」

「でもしたかったの」

 舞台に立っている踊り子を見て、ソラは思い知らされた。アサドとイスティファの家族たちは、もう弔いを終えているのだ。カプラから逃げなければならなくなった原因の人物が弔いに来れば、きっと胸を抉られる思いになることだろう。それはソラの望むところではない。

「私は人を裏切って、人の犠牲の上に立って、いつだって自分が一番楽なところにいる。これではいつまでたっても『お姫様』だわ」

 だがもう、ソラの代わりに怒ってくれる人も悲しんでくれる人もいない。自分で自分の心を受け入れなければならない。知らないふりをしていても感情というものは自分を襲うのだと、涙で霞む視界を通してソラは知った。

「話してくれてありがとう」

 厚みのある手が、ソラの頭を撫でた。

 責めるのでもなく、深く言及するわけでもなく。無理に理解しようとしない、その距離感がこの上なく心地よかった。だからだろうか。

「今度、ケビールさんのことを聞かせてくださいね」

 近づいてくる村を見ながら、思った言葉がそのまま口から飛び出した。動揺したらしいケビールが、まだ高さがあるというのに荷鳥から転がり落ちてしまった。騎手を失った荷鳥も動揺し、ソラは空中に放り投げられる。ケビールは運よく川に落ち、ソラは上手く翼を広げることができたため二人とも怪我は免れたが、二人の悲鳴を聞いて駆け付けた族長は呆れかえっていつもの溜息を聞かせてくれた。

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