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宵闇に灯火の唄を  作者: 野木 千里
第二章
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24話

 案の定婆様の訓練で声が出なくなったソラは、訓練を休むことにして村の仕事を族長夫人からもらった。まず、新年祭で使う敷物の修繕。乾季になる頃に来る鳥人族の使節団のための布団や敷物の準備の一部。次に村の物品購入のための費用計算。最後にその物品を買いに出るケビールに付いて行って、村の仕事をよく勉強するように、とのことだ。

 村のそろばん用の石がどう考えても足りなかったので家の裏に落ちていた石で代用しているが、使いづらかった。王宮のそろばん石はつやつやと輝く黒曜石だった。あれはあれで気を使うが、せめて形の整ったものが欲しい。ソラは貴重な紙を無駄にするわけにはいかず、必要物品が記載された紙の端に小さく、『そろばん石が足りません』と書き足した。

「ソラちゃん、いる?」

 ケビールの声だ。声が出なくなってから毎日蜂蜜の入った茶を持ってきてくれている。しゃがれた声で返事をする代わりに扉を開けると、彼の後ろには女の子が二人立っていた。

「この間、精霊の話がもっと聞きたいって言ってただろ? この子はウルファ、今まで聞いた話は全部覚えてるって。ウルファ、この子がソラ。色々教えてやって」

 ウルファと呼ばれた女の子は、ソラと同じくらいか少し年下だろうか。珍しく明るい褐色の目が印象的だ。

「ソラです」

「あ、いいですよ。ケビールさんから聞いてます」

 柔らかい話し方をする。話し手になれば皆有難がって聞きそうだ。

 もう一人も紹介してもらおうと向き直ると、彼女はケビールを押しのけてソラの前に躍り出た。

「私はナダ。一人で花嫁衣裳縫ってたらなんか疲れちゃって! おやつ持ってきたから一緒に食べよう」

 快活な話し方をするナダは、顔つきも快活そのもので、裏表というものが存在しなさそうだった。

 ソラは二人の顔を見て、ケビールの人選が悪くないことに感心した。あくまで第一印象だが、ソラのことを村人たちに言いふらすために根掘り葉掘り聞きに来たわけではなさそうだ。

「はい、これお茶。俺は裏で作業してるからさ、ナダに変なこと言われたら言いつけにおいで」

「言わないよ。早く行って、じゃあね!」

 どうやらケビールとナダはものすごく仲がいいらしい。微笑ましいものを見て笑うソラに、ナダがゾっとした顔をする。

「違うからね」

 誰かと仲が良いというのは良いことなのに。

 だが、言及する声が出ないソラは、二人を家の中に招き入れる。ケビールがくれたお茶は大きな急須に目一杯入っていて、三人で分け合うのに良さそうだ。割ってしまわないように茶器を出して、三人分入れる。

「じゃあ、どこから話そうかな。あ、ソラさんは鳥人族だから風の精霊と空の精霊の話からのほうがいいか」

「それよりさ、ケビールに川に引きずり込まれたって本当?」

 ソラの返事を待たずに、ナダが話に割り込んでくる。止めてくれるのかと思いきや、ウルファも目を輝かせて前のめりになってくる。

「あっ、それ私も聞きたかった!」

 真面目な話より恋の話だ。気持ちは分からなくもない。だが声の出ない相手に聞いたところで面白いのだろうか。

 そうは思うものの、ソラは頷いて返事をした。途端に女の子たちが黄色い悲鳴を上げる。

 三人は伝承の口伝というとても大切な時間であることも忘れておしゃべりに耽る。だが、存外ソラにとってもその時間は悪いものではなかった。何しろ、人の恋の話を聞くのは初めてだ。

 二人の話を聞き、時折頷いたり首を振ったりしながら、ソラは窓の外を見遣る。そして、昼間から浮いている月に元婚約者の目を思い出して、なんだか気恥ずかしくて顔を伏せた。

「ねぇソラ。近くの街に旅芸人が来てるらしいよ。どこかで休んで見に行かない?」

 ナダにそう言われて、ソラは顔を上げる。二人はにやにやと笑っている。

 行きます、という代わりに頷いて答えると、ナダはソラの耳元に唇を近づけて低くて甘い声でこう言った。

「前の彼氏のこと思ってた? ケビール嫉妬するよ」

 似たような年なのに色気溢れる声なのは、彼女はちゃんと結婚が決まっているからだろうか。それとも、恋人に求婚させたという実績がそう思わせるのだろうか。途端に言及されるのが恥ずかしくなって、ソラは懸命に首を左右に振り続けた。だが、それが大嘘であるということを、目の前の恋の成功者はよく知っていた。

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