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宵闇に灯火の唄を  作者: 野木 千里
第二章
26/142

23話

 ソラは族長と婆様とケビールの三人に連れられて、村の外れへ向かっていた。村の中心の族長の家から大通を通って川の近くまで下り、雑木林の傍を抜ければ村の裏広場だ。成人の儀式の時にしか使われず、普段は放っておかれているらしい。

 ケビールがどことなく疲れた様子だ。大きなあくびをして婆様に睨みつけられている。

 川を背にして、族長はソラに問う。

「長距離の飛行は、先日主人から逃げ出したのが最初だったな?」

「はい。練習は全て屋内で行いました」

「ふむ……最初の飛行で雨とは、空の精霊に愛されているな」

 初めて見る族長の笑顔だ。言葉の意味は分からないが、良いことなのだろう。時折カプラへ行くというケビールが解説してくれる。

「カプラ国教会でいう『天上サブラバ神』みたいなもんだよ。天気や風を司る精霊で、女好きだとか。好みの女の子が飛ぶと雨を降らせるなんて伝承もある」

 国教会の神々に比べてものすごく人間臭いが、そんなものなのかもしれない。異文化に興味を持ち顔を輝かせるソラにケビールが得意げになって話を続ける。後ろの族長と婆様が冷たい目で彼を見ていることには気づいていないようだ。

 彼は紋様が削られたこんを背負っている。もしかするとこの青年と戦わされるのでは、とソラは不安に思ったがその気配はない。

「乾季で村に雨が降らなかった年、一人の女の子が空の精霊に雨を願った。それで、その子が可愛いものだから、近くに来て歌ってくれたらいいよなんて精霊が安請け合いをしたらしい。女の子は空高くまで飛んで歌ったとか。それが忘れられなくて、精霊は好みの女の子が飛ぶと浮かれて雨を降らせるんだってさ」

「おもしろいですね」

「もっと聞きたいなら、精霊の話に詳しい村の子を紹介するよ」

「是非、お願いします」

 聞いた話を全部編纂して本にしても面白いかもしれない、とソラは算段する。そうすればいつでも本が読めるし、物語形式ならカプラ国内に持ち込めるかもしれない。旅芸人への当たりの悪さは相当なものだった。似た話が有名になれば、彼らへの風当たりも多少良くなるかもしれない。

 婆様が冷たい目をしたままソラに問う。集中しろと言いたげだ。

「それでお前さん、『呼歌よびうた』はちゃんと覚えていたんだね」

 呼歌というのは鳥人族が空を飛ぶ際に使う歌のことだ。歌って翼をはためかせて飛ぶ、ということしかソラは覚えていなかったが、なんとか飛行を成功させた。

「いえ、それがほとんど忘れていたので、その場で適当な歌を歌いました」

「ほう」

 族長も険しい顔をしている。もしかしたらソラが忘れているだけで、手順や歌を誤れば手ひどい目に遭うのかもしれない。

「今歌えるかね?」

 婆様に言われて、躊躇しながらもソラは歌いだす。

「えっと……

『呼べ、風の音

 止まり木を灯りに呼べ

 寄る辺は月夜に

 私は空を駆ける

 風よ吹け

 もう地を這わぬよう』」

 あの時と違って、体が宙に連れていかれた。今ケビールが話してくれた空の精霊に摘ままれて空高く連れていかれるような奇妙な感覚だ。ひ、と短い悲鳴がソラの口から漏れ出す。

 真っ先に行動したのはケビールだ。川の方へ飛ぶように駆けていき、水中に棍を突き立てる。雄叫びと歌の間のような声が聞こえた気がした。

 途端に川は大きな水柱を次々に上げ、ケビールがその上を走る。

「ソラちゃん、捕まって!」

 返事の前に太い腕に捕まえられて、ソラは大きな荷物のように小脇に抱えられてしまう。痛い、と声を上げる前に彼は地上に着地した。

「すごい飛んだね。本当に空の精霊に溺愛されてたりして」

「大事ないな」

「あんな適当な歌でよくあんなに飛んだもんだ」

 誰一人心配してくれない。期待していたわけではないが。

 脳裏に浮かぶ憂いを湛えた瞳の主人だけが、「怪我はしていない? 怖かったね」と彼女の心配をしてくれる。

 厭味ったらしく振り出した小雨にソラは忌々しくなって頭上を眺めた。

 絶対にラヒムの呪いだ。

「どれ、正しい歌を婆が仕込んでやろうね。なに、心配はいらんよ。お前さん声はいい」

「ありがとうございます、お婆様……」

 空を睨みつけることで手一杯だったが、ソラは婆様に大人しくついていった。あとに残された男たちは、心配そうに二人を見送る。

「明日、蜂蜜持って行ってあげよう……」

「家のを持っていくなよ。口説く分は、自分の小遣いで買いなさい」

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