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宵闇に灯火の唄を  作者: 野木 千里
第二章
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22話

 ソラは生まれて初めて作るスープの様子を見守りながら、項垂れる青年の溜息を聞いてやっている。族長に紹介されたのは行商隊長の一番上の姉で、皆から婆様と呼ばれている。小柄ではあるものの、皺は深く顔も怖く、気配も常人のそれではない。ソラを見て一言「余程の貴人の金糸雀だね」と事情を把握した。そして息をつく暇もなく「お客様」のおもてなしのために族長の家の台所へ連れて来られた。

「ケビール兄さん、邪魔!」

 十ほどの妹に罵倒されているが、ケビールに動く気配はない。ソラはそれどころではないので、一度も振り返っていないが。

「ソラさん、本当にごめんね」

 ケビールの妹ジュジュは兄が軽率に求愛をし、村の誰もがそれを知ることになってしまったことに悪態を吐きながらも、ソラに謝辞を述べた。

「気にしていませんので、ジュジュさんも気になさらないでください」

「あのう、ソラちゃん、せめてこっち振り返りませんか」

 依然無視され続けているケビールが情けない声を上げる。

 杖で叩かれるような音が聞こえた。頑なに動かないケビールが多分婆様に叩かれたのだろう。ジュジュに教わって野菜を鍋に入れる。そっちはもういいから次はこっち、と言われ、麺麭パンを皿に盛ったものをお客様となった行商たちに出しに行く。少し余裕ができたので、ケビールをちらりと見ることにする。

「本当に大丈夫です。この先結婚できると思っていませんから。お気になさらずお嫁さん探しをなさってください」

 昨日の今日で、考えられるわけがない。生い立ちを鑑みてもこの先結婚が望めないのは明らかだ。なにしろ、村人には『金糸雀』だった成人女性と知れ渡る。そんな自分を誰かが欲しがるとは到底考えられない。ソラ自身も、婚約者を裏切ってまで出てきたのだ。生活が不安なので結婚相手を見つけてすぐに安寧な生活を送りたいなどという要求は自尊心が許さなかった。

「気にしてるのはお前さんだけだねぇ」

「嘘だろ……?」

 婆様の言い聞かせる声が聞こえる。ケビールは信じられないものを見る目でソラを見ている。

 嘘で結構。

 心の中でソラは言い返す。

 初めから嘘だったかのように、皆が自分を忘れてくれればいい。もう自分にそれ以上の存在価値などないはずだ。

「でも……ソラちゃんが俺のこと好きになってくれたら、大事にしたいなって思うんだ。それでもダメか?」

 流石に動揺してソラは振り返った。ケビールの言葉は客間にも聞こえていたようで、大人たちがぎょっとして台所やソラを見ている。

 そんなこと、ラヒムにだって直接言われたことはなかった。それを彼はこんなに気安く言ってくる。族長の息子なのに、責任感というものはないのだろうか。身分というものを考えたことはないのだろうか。

「自分で探しなさいとは言ったけど……」

 困った様子の族長婦人が、族長の顔を見る。きっと族長は今夜悪夢にうなされるに違いない。ソラは疲れた様子の彼を憐れむ。

「……では、ソラさんは母と一緒に住んでもらおう。村では『元金糸雀』で通す。母には生活に必要なことを習ってもらう。鳥人としての働きも期待している。飛行は昨日が最初と言っていたな。飛行訓練も同様に行おう。ケビールに任せようと思ったが不安だ。私も付き添う。いいね、ソラさん」

「本当にありがとうございます。お世話になります」

 ソラは了承したが、後ろでは兄妹喧嘩が始まってしまった。

「俺一人で十分だよそんなの!」

「来年十七になるのに? 兄さん格好悪」

「ジュジュ、それ以上兄貴の悪口言ってみろ。お前が未来の旦那に作った手巾で鼻をかんでやるからな!」

 二人だというのに随分にぎやかだ。ソラはそれを見てにっこりとほほ笑んだ。

「お二人は仲が宜しいのですね、お婆様」

「そうさな。年の近い兄弟のように仲が良いよ」

 ケビールは祖母からの冷たい目を見て、本当に半泣きになって部屋から出て行った。どうやら今回の勝負はジュジュの勝ちらしい。

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