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宵闇に灯火の唄を  作者: 野木 千里
第一章
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10話

 月が頭上に昇りきった頃、ようやくイスティファはソラの元へ訪れた。女官が部屋の灯を消してしまったので、眠らないようにするのに必死だった。夕飯に出た木の実をずっと噛んでみたり、踊ってみたりしたが、眠気に抗うのは大変なことだった。王太子に見咎められない位置、膝の少し上を爪でちょっとだけ刺してみてようやく耐えきった次第だ。

「もうおねむなの? お気楽でいいね」

「こんな時間でなくても、もっとあったでしょうに。あなた方が野営しているのは城壁の内側でしょう」

 国と教えを別つためか、それとも夜に大金を手に入れるためか、旅芸人の一座が王都へ来るとほとんど必ず盗賊団に襲われてしまう。そのため、自然教を信仰する旅芸人かつ国が指定した一座は城壁内で野営することが許されている。消灯時間内であれば城内にいてもおかしくはないのだが。

 消灯時間がとっくに過ぎた夜半にうろつくほうが目立つだろうに、とソラはイスティファを恨めしく思った。

「アンタと違って私は仕事があるの。分かった? お姫様」

 仕事、に思い切り力を込めて指摘されて、ソラは黙り込んだ。王太子のお茶の相手と手習い以外にこれといった仕事がない彼女に文句をいう権利はない、と暗に言われている。

「結論から言うと、頑張れば外でも十分やっていける。アンタは字が書けて計算もできるらしいから、行商に混ざれば重宝される。刺繍の腕も大したもんだ、昼の手巾が銀貨になった。この国では市民権がなくても、ミガルティかセメクなら鳥人もいないことはないし、十分やってける。行くところがないからって王子様を妄信する必要はないよ」

「妄信ですか」

 苦々しい気持ちになりながら、ソラはイスティファの言葉を噛みしめる。この九年間、それを考えなかったわけでもない。だが、それ以上に彼がいなければ自分はきっと生きていなかっただろうという思いが強い。

 これは妄信ではなく、敬愛だ。少なくともソラはそう信じている。

「妄信じゃないってんなら、アタシだったらとっくに王宮出てるけど」

 自由に生きているはずの踊り子が言う。ソラの過去も気も知らずに勝手なことだ。だがソラは黙って話を聞いた。きっと彼女にもそう思う何某かの理由があるに違いないと考えたから。

「カプラの鳥人に市民権がないのも半分アンタのせいだよ」

 思いもよらない発言に、ソラはぎょっとして息を呑んだ。そんなこと、一度だって誰も言わなかったし、想像もしていなかった。

「王太子殿下がアンタを囲ってるから、何を言っても贔屓に感じられて議会を通してもらえない。そういう王子様の不利益、一遍でも考えてみた?」

「いいえ……」

「すっごい頑張ってるのにおかしいな、って思わなかった? どこの客も言ってるよ。カプラの王太子は鳥人の市民権について熱心なのに自分の鳥は籠に入れたまま、なんてさ」

 後頭部を殴打された気分になって、ソラはその場にへたりこんだ。ユルクが鳥人への市民権付与に向けて議会で発言していることも、他国へ訪問した際に資料を取り寄せたりしていることも、それとなくラヒムが言っていた。当の本人は飄々とお茶を飲んで大人って気難しいよね、の一言でずっと終わらせていたが。

 言われてみれば確かにそうだ。ただ、ユルクもソラも気づきたくなかっただけだった。

「……外に出るつもりがあれば、手伝うよ」

 優しく告げられて、ソラはイスティファを仰ぎ見た。背に月を背負っている。顔は見えなかった。きっと、途方に暮れているソラの情けない顔だけは彼女にしっかり見えていることだろう。

「誰かに知れれば貴方も処刑されるでしょうに、どうして」

 霞のような小さな声を聞いて、女は誰にも聞こえないように笑った。

「アタシももう終わるからだよ、ソラ」

 何もかも分からないことだらけだったが、その一言でソラはようやく決心した。

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