019「フォルの後ろ盾」
オレもまた駐屯地を出て、この国の王都へと向かう竜車に乗った。
進むにつれて森が多い風景は牧草地に変わり農地が多くなってきた。空は紫だが薄色で天気は良いようだ。以前見ていた人間界と同じような太陽が輝いている。人間の世界と魔界は、空の色以外はほとんど同じだと感じた。
建物が多くなり街が近くなってきたのが分かる。人間と魔人は同じような生活様式で暮らしていた。
「ん?」
オレは人間の暮らしなんてあの村しか知らない。なのに同じような――だと感じる。これもまた、あの三匹の誰かの記憶だ。たぶん大空を飛んで、どこへでも自由に行っていたリザーベルのものだろう。
今もオレはあの仲間たちに助けられていた。
街中に入り、途中で竜車を下り、これから通う学院の場所を確認した。駐屯地と同じく歴史を感じさせる石造りの建物で、既に通っている上級生徒の姿が見える。
次は指定されている宿舎を探した。学院に通っている間は無料で、食事は学院の食堂か街の店で金を払って勝手に食べる。
その金とやらは学院から月々、必要最小限だけ支給される。人間の世界でも、この世界でも金だった。経済? には必用な制度らしい。これはフロレーテの記憶なのか?
路地の裏で宿舎を見つけた。簡素な部屋であるが寝るだけなので十分だ。食事も場所柄安くて旨い店が多そうだ、と客で賑わう近くの店を見つつ勝手に想像する。
駐屯地で支給された金を使いつつ、学院が始まるまでの三日間のんびりと街を散策したりする。様々なお店にはバイト募集の張り紙が貼ってあった。
バイトとは店を手伝うなどして、金を報酬としてもらう戦いのことだ。駐屯地の食堂などでもそのバイトが大勢戦っていた。支給される金では生活はギリギリだし、魔族社会を知るためにもバイト戦闘は奨励されている。
今までのように、森の中でひたすら獲物を待つだけの生活とは大違いなのだ。
「ん?」
開店前の店の張り紙が目に付いた。バイト募集と店名が書いてある。
「スライム亭?」
看板を見上げると、そこにも【スライム亭】と書かれていた。なんとも親近感のある店名である。酒場兼食事処のようだ。
◆
そして、ついに学院初日を迎えた。ここからがオレの魔人としての第一歩なのだ、と自分に気合いを入れつつ門をくぐる。
「いよいよだな……」
昔を引きずるなよ! とカイトに言われないように、気持ちを切り替えた。
特設の新学院生受付が目につき、そこで駐屯地が発行した推薦状を出す。受付嬢はニッコリと微笑んでそれを受け取った。
「新入生ですね。名前はスライム・フォルリッヒ――」
オレの名前はフォルリッヒ。種を撒いた魔王が気まぐれに付けた名前だ。
もう一つの名前は、一人前になるといずれ誰かから拝命するのだが、今は分かりやすいように便宜上、前世が何であったかで付けられている。
オレが元スライムであったと、あっさりバレてしまう困った制度である。はっきり言って中止して欲しいものだ。
「スライムから直接魔人にねえ――。魔界転生推薦者は――マウラー・ルドヴィン将軍!?」
受付の女性は声が裏返るほど驚く。オレも駐屯地で後から知ったが、魔王軍大幹部であり魔王ロード・レームブルック・イェルガーの側近。人間の一軍をたった一人で相手にする、最狂最悪、最――とにかく凄い人物、大将軍様なのだ。
「たまたま近くの駐屯地に視察に来ていて、気まぐれでオレを迎えに来てくれたようです」
「ふ~ん……、あそこの駐屯地の司令は――。そうかあ、今はガイスト・レージーナ様なのね! サインがあるわ」
「?」
この受付嬢は何かにつけて驚いている。オレには意味がよく分からない
「転生したばかりだから知らないのは無理もないわね。ダンジョン防衛で絶対不可能と言われた作戦を具申して自ら実行した人なの。私たち女性にとっての英雄よ」
「その話はちょっと聞きました」
オレはなるほどなあ、と思う。
「そうっ!」
受付嬢は目を輝かせてから、後ろに魔人が並び始めたので慌ててスタンプ押す。
「と、余計な話だったわね。隣で着替えてから、第十三教室で待機して下さい」
隣の受付では武装魔法を貸与された。光球を受け取ると俺は学院の制服姿となる。魔法により実体の服が封印されているのだ。武装とは、魔法本来の使い方を意味しているらしい。つまり鎧の装着など、戦闘に応じて利用する魔法なのだ。
全員で二十名前後だろうか? 全てが人間と戦い死んだ猛者が教室にそろった。魔族の最上位種に生まれ変わり皆自信たっぷりである。
「よーしっ、全員そろっているな――」
このクラスの担当教官が教室に入って来た。一見して歴戦の魔人、数多の戦場をくぐり抜けてきた戦士だと分かる。顔には傷と右目には眼帯。
「――俺はお前たちを預かるゲディック・デブレオだ。デブレオと呼んでもらって構わんぞ! ここのやり方は戦場と同じだからな」
周囲がひそひそと、魔王様の側近の一人だとか話している。俺はなんとなく大将軍様の知り合いなのかなと思った。
次は教官の点呼である。全員が名前を呼ばれて挙手をし、スライム・フォルリッヒの名が呼ばれた。
「けっ、スライムだってよ。魔物上がりもいるんだなあ。小物じゃんか!」
そう悪態をつくのは、さっきミルメコレオと呼ばれた奴だ。A級かB級の魔獣上がりなのだからオレより遙か上で、自信たっぷりなのは当然であろう。
「止めなさいよ。あなただって最初は魔物だったでしょうに」
そうフォローするのは、ヒュドラーと呼ばれていた女の魔人だ。二人共に元は立派な魔獣様である。
「こっちは二回も戦って死んだんだ。ついこの間まで魔物だったニワカと同じクラスとはな!」
それはそのとおりなのだろう。魔物と魔獣では経験が明らかに違う。全員がオレに注目する。迷惑な話だ。
その後は教官からこの学院のシステム、ルールなどが説明された。三年制であり一回生のクラスは四、五ヶ月に一つ編成される。つまり一学年には二、三クラスあり、一定の成績を収めれば二年に進級出来る。学院も戦場と同じで弱肉強食なのだ。
続いて点呼の順に前に出て、教官から学院の学生証を受け取った。身分や出自の証明である。
初日はこの程度で終わった。