018「女司令の決死隊」
翌日、俺たちは駐屯地の正門前にいた。出発するカイトを見送る為だ。
「カイト。せっかく知り合えたのに、しばらくお別れだな」
駐屯地からは王都を経由し国境まで竜車が運行している。傷が癒えて復帰する兵や、新たな赴任先に向かう新兵たちを載せる為だ。
「ああ、次はお互いの仲間と一緒に会おうぜ」
「そうだな、きっとすぐに会えるさ」
「魔人になったんだ。もっと強くなって次は勝ちてえなあ……」
カイトが言う勝ちたい相手とは仲間と自身をも殺した勇者のことだ。オレにとっては仲間とオレを殺した冒険者の四人組である。
「もちろんさ。俺だってそのつもりだ。いずれ一緒に戦おう」
「ああ、絶対だぜっ!」
オレたちは拳を合わせ、それから堅い握手を交わす。隣り合っている二つの国などは共同で戦うことも多いらしい。
◆
中庭ではレージーナ司令が一人静かにお茶を飲んでいた。立場上、他の者は気軽に声を掛けられないのであろう。
ちょっと失礼かもと思いつつ、オレは屋台でお茶をもらってそのテーブルに向かう。
「あの……。ここ、よろしですか?」
「フォルリッヒですか。どうぞ、今は休憩中ですので構いませんよ」
司令は快く応じてくれた。感謝しつつ着席する。
「今、カイトを見送ってきました」
「そうですか。よく二人で話していたそうですね。同じ学院に通えれば良かったのに……」
「いえ。いずれ戦場で共に戦おうと約束しました」
「はははっ、それは感心です。我々はそうでなくてはいけない」
「次は勝とうと約束しました」
「ますます感心です。何か聞きたいことがあるなら構わないですよ。話せる範囲なら話しましょう」
「ありがとうございます」
司令はオレの考えを察してくれた。さすが上に立つ魔人は違う。少しぶしつけだとは思ったが、こんな機会は滅多にない。
「勇者と戦ったことはありますか?」
「あります! しかし一瞬のことで、戦ったと言えるかは微妙ですねかえ……」
司令は小首を傾げた。紫色の髪が揺れる。少しだけ考える。
「撤退戦で一撃を加えただけですから。私は部下を守って逃げていました」
「やはり強いのですか?」
「強い。正面から戦えば私は負けていました。それが勇者です。見なさい」
右腕を差し出し、袖をめくると生々しい傷跡があった。
「切り落とされたのです。そして胴体を二カ所切りつけられました。やっとここまで再生したのです。跡もそろそろ消えるでしょう……」
そこまでされて逃げおおせた、この人も強いのであろう。
「どこで戦ったのですか?」
「切っ掛けはダンジョンです。恒久的な転送回廊がある我らが重要拠点でした。そこの防衛戦に追加投入されたのですよ」
ダンジョンは人間界に存在する、ほとんど魔族が掌握している地下の世界である。オレの中の、たぶんフロレーテの記憶がそう教えてくれた。しかし知っているのはここまでであった。
「長い間小競り合い程度が続いている場所でした。我々はその重要度を悟られないように偽装していましたから。しかし人間たちがそれに気が付き攻略目標としたのですよ」
司令は続けて説明を始める。地底深くに広がる地下迷宮には様々な罠が張り巡らされ、多数の伏兵を潜ませ長年に渡って人間と戦っていた。人間軍の先頭で戦う勇者パーティーが、それらを蹴散らしていきなり最深部まで迫ったのだ。
「勇者とはそれほどの戦闘力があるのです。そこで私はある作戦を進言しました」
レージーナ司令の援軍は陽動部隊として、遠く離れた他の転送回廊から人間世界に進行した。そして地上を疾走し、一気呵成にダンジョンの入り口を目指したのだ。
逃げ道を塞がれそうになった人間たちは、さぞや慌てたに違いない。
「それでどうなったのですか?」
「おっと、残念ですがここまでですね、時間です。用事があるので」
残ったお茶を飲み干した司令はすくっと立ち上がる。軍人らしい身のこなしであった。
「いえ、貴重なお時間、ありがとうございました」
「これも仕事です。戦史は学院で学べますから。その戦いの報告書もありますよ」
「はい」
レージーナ司令は長い紫の髪をなびかせて颯爽と去って行った。
「リーダーか……」