016「人間との戦い」
「俺は気ままに森で暮していた。時々夜に人間の畑を荒らしたりしてな。そこまでは話したか」
「そこまでだ」
「続きだ。移動中の猪の群と出会った。そいつらは人間を喰らう、との本能に忠実に行動すると言ったんだ。俺も思い出したよ」
「ああ、そのとおりだ。オレもそうだったよ」
しかしその思慮の浅い行動が、最終的に仲間も自身をも追い詰めてしまったのだ。
「で、俺も一緒に移動することにした。仲間ができたんだよ。楽しい奴らさ」
オレたちはいたち、鷹、兎、そして粘魔など雑多な種が集まったが、カイトの場合は同じ猪で群を構成した。どちらが戦力上優位になるのかと考える。
「リーダーは魔族の軍団を見つけて、それに合流しようとしていた。皆興味があったんだ。魔人や魔物の仲間にね。人間と戦ったり逃げたりしながら旅を続けてようやくそれが叶ったよ」
「何の為の軍団だったんだ?」
「魔族の支配地域に人間軍が侵攻して来て、それを撃退する為に編成されたと聞いた。遠くから見ただけだけど魔人三人が率いていた。数百の魔獣と魔物の大軍団さ」
カイトが言う支配地域とは人間世界の話である。古くから魔族はあちらの世界にも住んでいる。オレたちが戦っていた時も、人間世界のどこかで仲間たちは戦っていたのだ。
「更に多くの猪が増えた。矢じりのように三角の密集隊形で、全員の魔力を先端に集中させる。そしてただ突っ込む! これが当たった」
カイトはその時のことを思い出したのか愉快そうに話を続ける。
「鎧と盾で完全武装した人間の塊に突っ込んで蹴散らす。バラバラに逃げ出す相手を牙で突き刺し追い落とす。時には苦戦する魔獣を助けたりもして、俺たちは軍団の中でも一目おかれるようになった。全てリーダーの考えた作戦だったんだ」
「優秀な魔物だったんだな……」
オレはフロレーテの知識や知見を思い出した。魔物が持っている記憶は様々である。
「ああ、皆がそのリーダーを尊敬した。上手くいってたよ。ただ今にして思えば上手くいきすぎてしまった……」
そう言ってから後悔するような複雑な表情で、小さく首を左右に振る。
「人間たちを領内から追い出して次は防衛だとなったけど、このまま人間領に進行しようって意見も多くてな。結局そうなった」
フロレーテならば防衛と言うし、リザーベルなら進行。オレならば迷うだろう。結果的に進行は間違っていたようだが、そう言った者たちを責めることなどできない。
「俺たちは進行を主張したよ。負け知らずだったしなあ――、イケイケだった」
「で、負けたか……」
「ああ、最初は上手くいった。しかしある日を境に状況が変わった。奴らは勇者と呼ばれる人間を投入したんだ」
以前リザーベルが言っていた、高位の魔人すらも圧倒する戦力。それが勇者だ。
「まったくお話にならなかった。空中に浮かんでゆっくり進むそいつが軽く剣を振るたびに稲妻が地上を襲って、俺たちはただ切り刻まれるだけだった……」
「……」
「皆必至だった。特に進行しようって言った奴らは死に物狂いで立ち向かった。空を飛べる連中は束になって突っ込んだけど――次々に丸焼けに……なって、おっ、俺たちの上に降り注――ぐっ……」
カイトは涙目になり拳を振るわせる。激しい戦いの様子が、ぼんやりとオレの目に浮かんだ。これは、おそらくはリザーベルの持っていた記憶であろう。
「もういいよ……」
「いや、言わせてくれ。そんな状況で俺たちも引けなかったんだよ。たけど全く無駄だった。勇者が作った魔力の剣みたいなモノが群の中で暴れ回った。奴は先に行っちまったが、そいつがまるで意思を持ってるように俺たちを切り裂くんだ。最初に足を切り落とされてから――喉を裂いてトドメを刺す……。一匹一匹と命を奪う。俺はそんな光景を見ながら、最後のほうに殺された。戦友だ。そいつらが次々と俺の目の前で死んじまった。これで終りさ」
「悪かったな。思い出させてしまった……」
「いや、お前だって話してくれた。これでおあいこだ……」
オレの脳裏にはオレたちを、フロレーテを、リザーベルを、ユーリアムを、そして犬王たちを殺した冒険者たちの顔が浮かんだ。絶対に忘れられない顔だ。
「……」
「アイツ笑ってやがった。絶対にブッ潰してやる……」
「俺は魔人になんったんだぜ。奴の顔は絶対忘れねえ。必ず喰らってやる」
突然、オレの思考に何かが割り込んだ。この戦いの終止符とは、いったい何なのか? それはオレの種子に埋め込まれていた、記録からの問い掛けだ。
あの四人と戦い殲滅する。それ意外に何があるというのだ? オレはスライムのフォルリッヒだ。