013「激闘」
「ダメか……」
「散開しましょう。あの魔法はそう何度も使えませんわ」
フロレーテの言葉を理解したのか、はたまた同じ作戦を思いついたのか、野犬たちも河原一杯に広がった。ユーリアムはフロレーテの背から飛び降りて姿をかき消す。迷彩魔法だ。
こいつを抜けば、今度は本当に包囲を突破できる。
「もう一度やるぞっ!」
オレは再び川に広がりの水の流れに身を任せる。犬王もまた再び衝角を出現させた。
一斉に迫る魔物と野犬の群に相対し、剣士は剣を後ろに引いて腰を落とす。
「ぬおおおおっ!」
雄叫びと共に大きく振られた剣から、魔法の光と共に衝撃波が発せられオレたちに襲い掛かる。
野犬たちは一斉に障壁で身を守るが数頭が切り裂かれ、もんどり打って倒れた。
「がっ……」
衝撃波は水中も襲い周囲の水が吹き上がった。オレの貴重な体液が霧散する。凄まじい強さの前に、全員の行き足が止まった。
後方からは魔法使いが迫り、森の中からは魔導士が姿を現した。
黒い短髪、黒い切れ長の目に厳しい表情。死を予感させる黒い服に黒の魔法衣羽を織る、全身が黒ずくめの男だ。
そして森からは断続的に弓使いの攻撃。オレたちは完全に包囲されてしまったのだ。しかしあきらめるわけにはいかない。
これしかないとばかりに、オレは水中を剣士に向けて進んだ。リザーベルは一度高空に上がってから急降下する。犬王部隊も前面の敵に集中した。
ユーリアムが魔法攻撃を仕掛けるが、剣士の男はその攻撃を剣の一振りで阻む。弾かれた突起が地面に突き刺ささった。振るたびに剣が輝き、そして拳を上空に振り上げた。
「あっ!」
剣士の力かリザーベルの降下が急停止し、その体は矢に射貫かれる。そのまま頼りなく飛び森の中へと落ちて行く。
「くっそーっ!」
オレは水面から飛び掛かるが、これもまた一振りに跳ね返された。
側面の魔導士から放たれた光球が次々野犬たちに命中する。更に曲射で放たれる矢が降り注ぐ。
犬王とフロレーテは背中に矢を突き立てたまま、ひたすら正面の敵に突っかかるが効果は薄い。この冒険者は一人で立ちはだかっているが、仲間から魔法の支援を受けているのだ。皆が次の一手を思いつかぬまま消耗戦を続けてていた。
光の刃が、ユーリアムがいるらしき場所に向かって放たれる。障壁を展開するが、一枚二枚と破られユーリアムは切り刻まれた。迷彩魔法が破られているのだ。
そして返す剣が犬王に深々と突き刺さる。状況は絶望的だ。
フロレーテは剣士に突っ込み、攻撃をかわしながらユーリアムを咥え一気に引き、魔法で叫ぶ。
「乗って下さい!」
オレは背中に飛びつき一時森の中へと引く。矢が追いすがりオレは体液を跳ばして防ぎ、光球が周囲の木々を吹き飛ばした。
フロレーテは全速で奥へ奥へと進み、リザーベルの降下地点へと向かった。野犬の残党は未だ戦い続けている。
森の中は戦いが嘘のように静かであった。河辺の死闘の音も聞こえなくなる。木々の間に矢が刺さったままの鷹が横たわっていた。
「リザーベル……」
くちばしと目が開かれた仲間は微動だにしない。フロレーテはその横にそっと兎を横たえる。
「ユーリアム……。オレのミスだ。すまない」
「フォルの責任ではありません。あの冒険者たちの執念です」
「執念……」
それは彼らの形相からも想像できた。特別の意味合いを持ってこの戦いに臨んでいる。オレは彼らの思念を感じていた。
「それに、まだ私たちは負けてはいません」
「無理だよ……」
どうみてもこちら側の完敗である。この状況をひっくり返せるとは思えなかった。
「私たちを食べて下さい――」
「なっ、何を言うんだ!」
いくらなんでも仲間を喰らうなんて出来ない。
「今は少しでも力をつける時です。それが生き延びる道――」
そんなこと、と思ってから気が付いた。フロレーテは私たちと言った。
「もう、さよならですわ。あなただけでも生き延びて……。フォル、今まで楽しかったです……」
「!!」
口から滝のように鮮血が流れ出る。腹がぱっくりと割れ臓物が溢れ出て、フロレーテはドサリと倒れた。
「傷が開かないように魔法で抑えていました。もう限界です……わ」
そして体中の傷口が開き、血飛沫が舞う。フロレーテもまた目を見開いたまま死んだ。
「……」
今まで気力と魔力で命を繋いでいたが、それも事切れたのだ。仲間たちの思いを、オレは――。
「喰うよ、喰ってやる。オレはお前たちを喰らう!」
オレは体を薄く伸ばして彼女たちの亡骸に覆い被さった。