012「冒険者との対決」
俺たちは山を下りながら川を目指した。以前野犬に追われて逃げた場所だ。
「なぜ川なのですか?」
フローテはオレとリザーベルを背に乗せて走り、後にはユーリアムが続いている。
「犬王たちはこちらに逃げてくると思う。オレたちがいると知っているからな」
「えーっ! 共同で戦うの?」
いかにも疑問視するようにリザーベルは言うが、オレはこの可能性に賭けるしかないと思っていた。
「いや、野犬の戦いを上手く利用できればと思っている。打ち合せもなしに共同はやっぱり無理だよ」
「良い手だと思いますわ」
それもまた人間にとって意表に違いない。やつらに仲間だと誤解させるのだ。事実、戦いの音はこちらに近づいて来ている。
「人間たちはオレたちを各個撃破できると考えている。そうはさせるか!」
問題の河原に着くと、野犬たちの戦闘音がますます接近して来る。やつらは戦いながら間違いなくこちらを目指していた。
「前方警戒に行くわっ」
「リザーベル、それは危険よ。相手の能力もまだ――」
「危ないのは承知よ。だけどやらなきゃ!」
「頼みます……」
「森の近くを木に隠れながら飛ぶわ。大丈夫」
フロレーテとしても苦渋の選択だ。しかし、何もしなければただ追い詰められて死ぬだけだ。リザーベルは川下に向かって飛んで行った。
「オレは先行して牽制する。敵がいた場合は隙をついて一気に突破するぞ!」
いざとなれば水に飛び込み、体を希釈して身を守れる。スライムらしい消極的な戦いだ。
「分かりました。犬王たちは途中に踏みとどまっているようですが、私たちから接触してみます」
こちらの様子を伺っているのだろうが、オレたちがいるぞとこちらから知らせるのは良い作戦だろう。そのうち人間に追い立てられて河原に飛び出してくるに違いない。
「あいつらはやる気だ。それに上手く乗っかってみよう」
「はい~」
「分かりました。行きましょう」
フロレーテとユーリアムは森に分け入り、オレは河原の中心部を下った。
「川下に一人いるわ!」
リザーベルが敵を発見する。やはり下にも人間は待ち構えていた。ここまでは想定内だ。まさか誰もいないとは、オレもそこまで楽観視はしていない。
その女は河原に立ち、銀連の鎖が付く魔導の杖を持っている。ストレートの金髪、白く透明感のある肌は怒りかほんのりと朱に染まっていた。
聖教会の白衣に青いベスト。白いフード付ローブ。頭に神の髪飾り。これは魔王から受継いでいる記憶だろう。しかし見覚えのある表情なのはなぜだろうか?
「上流の気配も接近して来るっ!」
「ちっ!」
ここを突破するしかない。オレは川の中に飛び込み、その流れに身を任せて魔法使いに接近する。
「喰らってやる!」
女はニヤリと笑ってから川に入り水面に杖を突き立てた。
「ガハッ!」
オレの体中を衝撃波が包み込む。水を伝わった魔法による攻撃だ。
「ぐおおおっ――」
リザーベルが上空から、その女に果敢に突っ込む。森から飛びだした野犬が一頭、猛然と走り飛び掛かる。
女は杖を掲げて空に円形障壁を作ると、オレを襲っていた衝撃波は止まった。空中の野犬には、どこからか放たれた矢が突然突き刺さった。
対岸の高台、木の陰にもう一人の女、弓使いが姿を現す。
赤色の衣装に身を包み、青い目で次の矢を引き絞って対岸を狙う。その先には犬王部隊が姿を現す。援軍の登場だ。
リザーベルは一枚目の障壁を破壊するが、二枚目にぶち当たって上空に待避した。
「こなくそっ!」
オレは魔法使いの足元に到達し、スライム体を実体化させ顔に飛ばして貼り付けた。
しかし女は涼しい顔をしたまま、野犬たちに杖を掲げて光球を連続発射。こちらの攻撃など気にならないとの素振だ。
野犬たちはそれぞれが障壁を張りながら木の陰に隠れて光球をかわし、こちらの様子を伺っていた。
左翼の後方にはユーリアムを載せたフロレーテがいる。犬王部隊は人間を共通の敵と認識してくれたようだ。
続いて女の口を覆っていた粘体が、魔法の力で光ってから消滅する。
「これならっ!」
オレは体液を薄く引き延ばして、包み込むように水上に展開した。相手の体全体を覆って息を塞ごうと考える。
しかし女の杖全体が光り輝き吹き飛ばされた。霧のように体液を飛散され、オレは一瞬気が遠くなりそのまま川下に流され始める。
頭がクラクラするが気力を振り絞った。分散した体の成分をまとめつつ、意識を集中し状況を眺める。森の中で起こっている魔力爆発もこちらに迫りつつあった。突破を急がねばならない。
ユーリアムが魔法の力で空中に光る突起といくつも作り上げた。魔法使いを攻撃するかと思いきや、それは野犬たちに向かう矢を空中で弾き一部が弓使いに襲い掛かった。
その隙を見て、森の中からは一斉に野犬たちが飛びだす。先頭は犬王だ。鼻先に衝角となった障壁をまとい、一直線に魔法使いに向かう。
「オレもだ!」
スライムの成分をまとめて細い円錐形となり、水の中を逆流。一気に水面を飛び出すと、女は犬王の攻撃を魔導の杖で防いでいた。
「たかが犬風情がっ! それとスライム?」
光がほとばしり互角の力比べに耐える。背中を狙うが、女は後ろを見ないまま手を広げてオレの攻撃を防いだ。
「こんの~~っ!」
体を変形させその腕を取り込み食らい付く。冒険者たちが分散したなら、オレたちは一人に的を絞る。大勢で攻撃し隙を作るのだ。
その脇を野犬の群とフロレーテ、ユーリアムたちがすり抜けて行った。
犬王は力比べに負けて、魔法の力で跳び女の頭上を通り抜ける。
「よくも私のっ!」
「ぐあっ!」
オレは腕から発せられた魔法に弾かれ水面に落ち、そのまま流れに任せて川を下った。
やや無様ではあるがオレたちは突破に成功する。犬王を先頭にして河原を駆け下った。作戦は成功だ。
「あれは?」
川下の先で不思議な模様が発生して渦を巻く。
「こいつが……」
転送回廊が開き、剣を構えた男が姿を現した。山の上から移動したのだ。
茶髪の少し長い髪に茶色の目。最小限の革装甲をいくつか身につけている剣士の男だ。一見して優しく見える表情は、長い剣を構えた途端に怒りと憎悪に染まった。こいつもまたオレたち魔物を憎んでいるのだ。
結果としてオレたちは一カ所に集められ、そして冒険者たちは包囲しながら集結しつつある。人間は一方が突破されたとしても、すかさず移動して包囲の穴を塞ぐ算段をつけていたのだ。
やはり人間とは恐ろしい。