二十二話 そういえばベルなんてあったね
陽光の下できらめく銀色の髪に、私と同じ、だけどきらきらと輝いて見える妖精眼。
ほとんど話したこともないし、顔を合わせたのも少しだけ。それでもその人が誰であるのかを間違えるはずがない。
「お姫様」
「ねえ、ライラ。この人ったらひどいのよ。申請がない人は入れられないだなんて言って……失礼しちゃうわ」
ちらりと流された視線の先にいるのは城門を守る兵士。城門の守護を任されているから鎧姿で、だけど王都ということもあり甲冑よりは楽な格好をした兵士さんは、少し困った顔をして私と、そしてルーファス陛下を見ている。
「王女の一人も満足に接待できないなんて……あら、そちらにいらっしゃるのはルーファス様?」
ぷんぷんと怒っていたお姫様だけど、ルーファス陛下に目を留めて、頬を薔薇色に染めた。
「エイシュケル王国の姫君とお見受けしましたが……本日はどのような用件で?」
ルーファス陛下のうやうやしい言葉。普段の素っ気ない口調は鳴りを潜め、こんな対応もできるなんてと驚いてしまう。
私との初対面――ではなく、妻となって初めて会ったときとは大違いだ。
私を指定していたという話は方便だったのでは、と疑いそうになる。
「いやだわ姫君だなんて。アルテシラと呼ぶことを特別に許してあげるから、そう呼んでくれないかしら」
ふふ、とお姫様は可憐な笑みを浮かべて、私の存在を忘れてしまったかのようにルーファス陛下だけを見上げている。
そしてルーファス陛下もお姫様を見下ろしていて。そんな二人の脇でぽつんと立つ私は、どうしたものかと悩んだ。
二人を残してこっそり城内に入れてくれないのだろうかと思ったけど、兵士さんは困り顔のままで、どうぞ、と私を案内してくれそうにはない。
「アルテシラ様。本日はどのようなご用件でいらしたのでしょうか。エイシュケルから使者がいらっしゃるという話は聞いておりませんが……」
「ええ、そうでしょうね。だってこっそり来たんだもの。ライラが帰ってこないからどうなったのだろうと心配になったのよ。思っていたよりも元気そうで、驚いたわ」
私の存在を完全に忘れていたわけではなかったようだ。
お姫様は頬に手を当て、憂いげにため息を落とした。
王様がこよなく愛している王妃様とよく似たお姫様。それがこっそり来たということは、王様は今頃大慌てだろう。
「……護衛の者は」
「あら、そんなものいないわよ。護衛なんて連れていったらお父様にばれてしまうもの。それに、妖精の血をひく私を襲おうなんて不届き者はいないでしょう」
ルーファス陛下が少しだけ遠くを見る。
なんの許可もなくやってきたお姫様に、どうしたらいいのか悩んでいるのだろう。
私も、お姫様がここまで行動力溢れる人だなんて思ってもいなかった。
「……あ、あの、お母さまは? お姫様がここにいるなら、私のお母さまはどうなったんですか?」
てっきり、お姫様はお母さまのことを診ていてくれているんだと思っていた。
世話をすると約束してくれたから、お母さまが起きられるように尽力してくれるんだと、信じて疑っていなかった。
たとえ私が死ぬのが遅くても、待っていてくれるはずだと、そう思っていた。
「あなたの母親? そんなの――」
「アルテシラ様。長旅でお疲れでしょう……まずは、少し休まれてからお話いたしましょう」
きょとんと首を傾げるお姫様。不思議そうな顔をしている彼女が何か言うよりも早く、ルーファス陛下が兵士さんに門を開けるように告げる。
お姫様はその対応に気をよくしたのか、ふふ、と笑みを浮かべてルーファス陛下に手を差しだした。
「エスコートしてくださらないの?」
そしてルーファス陛下が眉をひそめるのを見て、お姫様はまた不思議そうな顔で首を傾げる。
「……すまないが、ヴィルヘルムを探して、彼女が来たことを伝えてくれるか?」
ちらりと私を見下ろしてそう言うと、ルーファス陛下はお姫様の手を取り、城内に入っていった。
私はその背中を見送り、こほんと兵士さんが咳払いをしたので我に返る。
「お、お母さまはどうなったの……?」
一人取り残された私の言葉に答える人はいない。兵士さんは困ったなぁ、という顔で何も言わず、私に気遣うような視線を注いでいるだけだ。
その目がなんとなく居たたまれなくて、急いで門をくぐり、ルーファス陛下が言っていたようにヴィルヘルムさんを探すことにする。
城内に人は少ないので、ヴィルヘルムさんの所在を誰かに尋ねるのは難しい。その誰かですら、どこにいるかわからないからだ。
そしてヴィルヘルムさんが普段どこで過ごしているかも知らないので、ただ闇雲に歩く。
歩いて歩いて――歩き疲れたので、廊下の隅に座り込む。この城は広すぎる。
お母さまと二人で過ごしていた小屋が懐かしい。手を伸ばせばなんでも取れるほど狭かった。
「ライラ様? こんなところで、どうされたのですか?」
落ちた影と共に聞こえた声に、下げていた顔を上げる。星が瞬いているようなきらめく瞳と視線がかち合った。
眼鏡は私が借りているので、天使の血を表す瞳は晒されていて、状況も忘れて綺麗だなぁ、と思ってしまう。
「……お姫様が――エイシュケル王国のお姫様が来たので伝えるようにとルーファス陛下が言っていました」
「エイシュケルの姫君が……? また、どうして……」
困惑するヴィルヘルムさんに、私は作った笑みを返す。どうしてかなんて、私が死ぬのが遅くて待ちきれなくなったから以外にないだろう。
「お姫様はルーファス陛下が好きなようなので、多分そのせいだと思います」
「……彼を? お会いしたことがあるとは聞いておりませんが……」
「以前一度、顔を見たことがあるそうで……それで一目惚れしたんだと思います」
かっこいい、とお姫様は言っていた。だから一目惚れで間違いはないはず。
ヴィルヘルムさんは少し悩むようにあらぬ方向を見てから、小さくため息を落として私の前にしゃがみこんだ。
「ライラ様。エイシュケルの姫君がどのような感情を抱いていようと、この国の妃は――陛下の妻はあなたお一人です。ですから、このようなところではなく、あなた様のいるべき場所に行きましょう」
「……別に、好きでいるわけではないですよ。ヴィルヘルムさんを探していただけです」
ヴィルヘルムさんは少しだけ目を丸くして、それから笑みを零した。
「お部屋にあるベルを鳴らしていただければ、いつでもはせ参じますよ。何か御用がありましたら鳴らすようにとお伝えしたでしょう」
そういえばそんなこともあったような。
ほとんど使う機会がなかったので、忘れていた。




